つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/9

 つのなしの軍が、つのつきの領地へと少しずつしかし着実にさし迫る。なにせ四百にもおよぶとても大きな数だから結構な時間がかかるだろうと思ったものだけれど、意外にもつのなしの軍の歩みは決して遅くはない。それぞれが前進し続けるだけなのだからそんなにおかしいことではないのだけれど、それでもあの数を統率するのは大変だろうと思う。訓練のたまものというやつなのかもしれない。なにせ先頭の声は絶対に端まで届かないので、なにかを伝えるだけでも伝令を走らせなければならない。ときおり辺りに響き渡る大きな笛の音が鳴らされたりして、みんなが揃って小休止をとったりする。簡単な命令は大きな音で聞き分けさせる、ということなのだろう。
 拠点の北方を前にしてつのなしの軍は分断策をとる。大きな数をわかつことは一見して不利にしかならなさそうだったけれど、つのつきの領地の北部は空が閉じてしまうほどの暗く狭い森だ。たぶん、それを嫌ったのだと思う。つのなしの軍から騎馬とそれについていく歩兵が森を避けて大きく迂回策をとり、残る大半が正面突破をはかる形。
 狭い森を通り抜けるためにつのなしの軍が伸びきった縦列をつくる最中、先遣してつのなしの騎兵が単騎でつのつきの拠点へとたどり着く。当然のこと、見張りに立っていた衛視のつのつきがそれを見咎めないわけはない。つのなしの兵にしてもそれは承知のことなのだろう。単独で遣わされてきたらしい彼がなにかをまくし立てるのを訝って、衛視のひとりが酋長のつのつきを呼んでくる。
 通訳に薬師のつのつきをともなった彼女は、眉をひそめていかにも要領を得ない感じでゆっくりとつのなしの使いのもとに現れた。いうまでもなく、そういう風に振る舞っているのだった。じきに敵方の軍が現れるのに備えていたのは明らかなのだけれど、それをわざわざ相手に教えてやるような義理はつのつきたちには全くない。
 つのなしが述べることを薬師のつのつきが訳していわく、つまりは大数の軍が迫っている事実を振りかざしての威圧、脅迫。大人しくこの土地を帝国に明け渡すよう、云々。酋長のつのつきは帝国という言葉に少しばかり引っかかりを覚えたようだけれど、それ以外のところはほとんど聞き流すようにして頷いていた。正直いって、それは交渉といえるようなものですらなかったからだ。武力を振るっての侵略行為、それに従って当たり前という態度。従わぬならば報いを与えようというあからさまな魂胆。使いのつのなしが全て言い終えるのを待ったあと、酋長のつのつきはゆっくりと頷いていった。
「返事を用意しなければなりませんね」
 薬師のつのつきがそれをそのままつのなしの使いに伝える。満足気にするつのなしの兵をよそに、酋長のつのつきは衛視のつのつきに目配せする。応じて衛視のつのつきが背中に負った槍を抜き、間髪入れずつのなしの騎馬を一突きにした。傷みに暴れ狂う馬につのなしは振り落とされてしまって、二度三度と貫けば馬もまた動かなくなる。
 事態が飲み込めていないらしいつのなしの首にもまた槍が突き立つ。貫けぬものなんてただのひとつもない角の槍に、つのなしの肉体はいかにも柔すぎた。悲鳴もあげられずに動かなくなったつのなしを一瞥するやいなや衛視のつのつきは彼の首を落とし、脇に抱える。身体はもうひとりの衛視のつのつきが引きずっていく。
 身体は葬るため。首は返事の代わりに送りつけてやるためなのだろう。言葉のいまいちわからない相手にお断りの心を知らせてやるためには、これがなにより手っ取り早いといわんばかり。むちゃくちゃをするなあと思いながら、同時にわたしはよく考えるものとも思わずにはいられない。たぶんだけれど、つのなしたちは、怒るだろう。ものすごく怒るだろう。士気は高まるだろうし、血が上れば真っ直ぐに攻め寄せてくることは間違いない。それが吉と出るか、凶と出るか。わたしにはまだまだわからない。ただ見守るばかり。
 つのなしの使いの首は、そのままとどこおりなく彼らの陣営へと放りこまれる。木を登った高いところから放り投げたので、実行したつのつきは幸い見つからずに済んだ。つのなしたちは慌てて周囲を捜索するものの成果はない。そのときすでに、つのつきは樹から樹を渡って拠点のほうに帰還したあとである。
 ともかくつのつきたちの気持ちは余すところなく伝わったようで、つのなしたちは怒った。ひどく怒った。当たり前だった。高揚の雄叫びさえあげて報復の意志をあらたにする彼らの士気は傍目に見ても極めて高く、進軍はすぐに再開されることとなった。進軍速度も心なし先程より早くなっているみたいだった。森を貫く槍のように、つのなし軍の縦列がつのつきたちの領土を突き進む。
 異変は、つのなし軍の先頭がつのつきの拠点の北門をかいま見た時に起こった。縦列の真ん中から後方にかけて、悲鳴が波のように吹き上がる。血のにおいがする。将軍らしいつのなしが状況を把握するためすぐに伝令を向かわせるも、肝心の伝令が帰ってこない。
 いわずもがな、それは前もって待機していたつのつきの小隊による奇襲だった。ほとんど必然的に隊列が伸びる森林という地形上、そこを狙わないわけがない。それはわたしの考えではもちろんなく、酋長のつのつきが発案したことそのまんまである。せいぜい十人規模のつのつきで構成された小隊が左右から縦列を射掛ける。居並ぶ大木はちょっとした火では燃えることがないくらいにたっぷりと水を含んだ代物なので、遠慮はなしに火矢も使う。それでつのなしの軍は大混乱に陥った。実際に射たれるわけではなくても、目の前でつのなしが血を吹き上げて倒れる光景は恐怖感を煽るには十分すぎる。
 悲鳴があがる。血がしぶく。炎がもえさかる。一瞬にして十をはるかに超える被害が出る。恐怖に駆られて逃げ出したつのなしが射掛けられ、足裏と地面が矢で縫い付けられる。死ぬこともできずに苦悶の悲鳴があがる。混乱が拡散する。ひどい有様だった。
 それでも各所に配された指揮官が収拾をつけるために素早く命令を飛ばす。ほとんど叫ぶようにして周囲の捜索を命じ、指揮官のつのなし自身が率先して向かう。狙われていることを意識しているみたいに絶え間なく彼は動き続けていて、そのせいで他に狙いがつけられるのも致し方ないと噛み殺すよう。
 しかしその襲撃が悪質なのは、つのなしたちがどれだけ捜索にあたっても奇襲部隊が見つからないことだった。数発しかけた後はぐずぐず留まらずにすぐさま移動し、また別の所から遠くにいるつのつきと連携して攻撃をしかける。時には別の部隊と集合して攻撃をしかけ、次の瞬間にはとっくにばらばらに分かれている。"つののしらせ"がそれを可能にする。ばらばらと散発的に移動しても攻撃地点は一致していて、いくつもの方向から射掛けられるつのなしにしたらたまったものではないだろう。周り全部に敵がいると錯覚してしまってもおかしくないし、そうなれば一体どれだけの数から攻撃を受けているのかという話にもなる。恐怖が敵のイメージを肥大化させて、それは周囲へと次々に拡散される。
 そういう惨状に陥っていることを将のつのなしもようやく理解したみたいで、けれども彼は退くことを選ばなかった。つまるところ森を脱することが肝心で、そのためには本陣へと無理やりにでも踏み入る。それを最優先したということなのだろうと思う。
 先頭をいくつのなしの兵たちが果敢に門へと取りつくために攻撃を開始。つのつきが張り切って奇襲をかけているおかげで弓矢の支援はかなり薄いけれども、それでも数はやっぱり力だった。無事でいるつのなしの後方から放たれる弓矢がいくつも門に向かって雨のように降りそそぎ、そこに押しかけるつのなしの兵の群れ。衛視のつのつきが主となって弓矢や投石で応戦するも、多勢に無勢という感じは否めない。なにせただでさえつのつきの数は多くもないのに、別働隊に多くの数がさらに割かれているのである。まさか自分たちから門を開け放つわけにもいかないから、反撃はどうしたって散発的なものになる。時間が経つにつれて門が軋みをあげるようになるし、つのなしたちも徐々に奇襲への対応を見せ始める。どうもこれは時間との問題みたいだった──時間が経てば経つほど、つのつきたちにとっては不利になる。
 つのつきたちがずっと続けられるほど、反抗手段はさして多くもない。弓矢に投槍が一番で、あとは投石か熱した油といったところ。外壁に梯子をかけて素早く乗り上がり、門に迫り来るつのなし兵のど真ん中へとぶちまけてやるのである。ちょっと大きな石くらいではびくともしない金属の兜も、しかし熱はよく通してしまうらしい。いくらかのつのなしが転げまわるようにして戦線を離脱、効果は上々といったところ。油を思い切り使ってしまうのがとてももったいないけれどしかたがない。当のつのつきが倒れてしまったらごはんも食べれやしないのだ。
 しかしつのなしたちもまた似たようなことを考えているようで、後方に位置していたつのなしの後方支援兵が前面に出て壁に梯子を立てかけようとしてくる。馬鹿正直に真正面から門を破るばかりではなく、先立って無理やりに侵入してやろうという腹に違いない。そうやって梯子から乗り上がってくるつのなし兵は優先的に落としてやらなきゃならないから、その対応にまたつのつきの手がどうやっても割かれてしまう。
「酋長」
「ええ。やりましょう」
 門の近くで防衛を続けるつのつきたちの後ろに控え、戦況をじっと睨みつけるようにして観察している酋長の女性。呼ばれるや否や言われるまでもないといわんばかりに阿吽の呼吸で頷いて命じる。なにかを叫んだりはしないし、号令を放つようなこともない。"つののしらせ"はあらゆる作戦上の命令を密に伝達する。わざわざ外にいるつのつきたちに伝令を走らせるような必要はない。つのつきたちは、ただその角によってつながっている。通じている。それは奇襲部隊との完璧な連携を創出する。ただ酋長の手によって高らかに奏でられる角笛が、つのつきみんなの戦意を高揚させる合図だった。
 拠点内にこもっていた四人のつのつきが弾かれるみたいに素早く駆け出す。みんなの片手にはそれぞれ麻で織り上げられたちいさな袋。いっぱいに何かが詰まっているのがちょっと見ただけでも見て取れる。彼らはすばやく梯子に登り詰め、可能なものは土塁を駆け上がるようにして壁の上へと這い上がる。そして先程から何度も油をぶちまけた辺りへと放り投げる。それに反応する暇をつのなしの兵らに全く与えないように、奇襲部隊のつのつきから一斉に四方八方から放たれる、火矢。灯火のようなそれが熱された油へと燃え移り、ちいさな炎が麻袋へと飛び火する。その内側に詰まっている油にたっぷりとひたされた香草を焼きつくし、もうもうと黒煙をまき散らしながら炎はものすごい勢いで燃え広がる。それは当然、つのなしの兵にも容赦なく襲いかかった。
 つのなしの兵から声にならない悲鳴が少しずつ漏れ始める。炎の脅威は決して軽んじることはできないけれど、それでも多勢のつのなしには大した障害にはならないだろう。森といってもさして燃え広がらないような環境なのだからなおのこと。けれども問題は別にある。煙だった。
 薬師の弟子の少女が薬草とはまた別に、師から命じられてせっせと集めさせられたらしい香草。それはすり潰して煎じればちょっとした化粧薬になるような代物で、薬といってなんらはばかることはない。ただし焼くのはよくない。とてもよくない。もうもうと煙が絶え間なく吹き上がるし、おまけにひどい臭いがする。そしてそのふたつは、どれだけ鎧で身を守ろうとも防げるようなものでは全くない。目鼻をふさいで戦をできるようなものはつのつきにもいないし、その点はどうやらつのなしにも変わりはないみたいだった。
 けれども、それができないのはつのつきひとりならばの話のようだった。つのつきみんなが力をあわせれば、それができる。高くそびえ立つ木に遮られるみたいにして煙が立ち込める中、つのつきたちはごくごく狭い各々の視界を共有してそれぞれに動き始める。ドサクサにまぎれて門を開け放ち、前面に出ていたつのなしの兵を一方的に突き殺していく。煙幕の真っ只中であちこちから吹き上がる血煙と悲鳴はつのなしの正気をいたく刺激してしまうみたいで、つのなしの将が叱咤しても目覚ましい効果はあらわれない。つまり、奇襲部隊のつのつきは好き放題に動き回れるということだった。
 つのなしに傾きかけていた戦況が一気に反転する。ほとんどひっくり返るかのよう。左右から急き立てられるように攻めかけられて、まさにお尻に火がついたみたいにつのなしが進軍を開始する。門を開け放ってしまった以上、つのなし軍の前進を許してしまうのはしかたのないこと。逃げればいいのに。そう思ったけれども、いまだつのなしには半数くらいの数が残っている。全軍が退却するために反転するのは骨が折れるだろうし、その間にも当然のように被害が出る。だから敗走は選べないのだろうと、そう思った。
 実際、酋長のつのつきにすれば開け放った門も敵軍を誘い入れる意味があったのだろうと思う。決して多くはないけれど、騎兵なんかはその巨体と速度を活かして正面からまともに突っ込んでくる。あんなのにぶつかればひとたまりもないだろう。煙やら臭いやらで騎馬のほうはめちゃくちゃに荒ぶっていて、騎乗しているつのなしにしたって扱いかねている感じがあるくらい。煙が晴れる向こう側へと突っ切るみたいにしての吶喊。そのまま騎兵と思いっきり正面衝突する。
 つのつき、ではない。乱杭の柵だった。先の尖った杭が馬体に思いっきり突き立ってつんのめり、騎乗していたつのなしがそのまま前の方に投げ出される。勢い良く地面を滑ったつのなしの首筋に無慈悲な角の槍が突く。いうまでもなく即死。そんなのが二度、三度と続く。一度勢いづいた騎兵というのは、目の前の危険に気づいたとしてもそう簡単に止まれるようなものではないらしい。馬の機嫌を損ねてしまっているのだからなおのことで、あとは勢いを挫かれた騎兵隊なんてほとんど的にも等しかった。
 完全に停滞したつのなしの軍を四方から囲いこむようにして攻め立てる。数こそ劣っていても地の利は圧倒的につのつきたちの側にある。戦況のほうもまた同じく。つのなしの将は懸命に状況を立て直すべく、騎馬の上から声を張り上げている。軍勢がずいぶんと減った中では兜の上で風に揺れる赤いたてがみが目立って見えて、つまりはそれが命取りだった。
 左右の樹上から交差するかたちで正確に矢が放たれる。狙い違わずふたつの矢はことさら大きな馬を貫いて見せ、馬上のつのなしを呆気なく追い落としてみせる。馬から狙ったのはなぜだろうと思う。わたしは兵法のたぐいなんてさっぱりわからないけれど、それもつのつきたちにしたって大差はないと思う。一方的に攻め立てるための"狩り"に長けているのは間違いがないことだろうけれど。
 いずれにしても、そのわけはすぐにわかった。なんのことはない。将のつのなしを殺さないため。生け捕るためにそうしたという、ただそれだけのことのようだった。
 奇襲部隊のつのつきのひとりが地面に降り立つや否や、将のつのなしに駆け寄って槍を突きつける。今まさに突き立てるようにしながら、周囲をぐるりと見渡して脅しをかける。槍の矛先をゆらゆらと定めず、おもむろに意味のない蛮声をあげて威嚇もする。つのなしの軍が先ほどのような大勢を誇っていれば話は別だっただろうけれども、それで存外あっけなく状況は片付いた。
 周囲から囲うようにして距離を詰め、しきりに武器を持った手を小突く。離したものはそのまま捨て置き、渋ったものは容赦なく殺す。それを徹底するうちに投降者が少しずつ数を増し、金属器が地面に落とされる音がいくつもいくつも響き渡る。
 状況は決した。酋長のつのつきがちらりと空を仰ぎ見ている。
「ご覧下さいましたか」
 ────うん。でも、まだ、半分。
 わたしが並行して見守る先。西の門。そういうと、けれども酋長のつのつきはまるで心をわずらわせることもなく誇らしげに胸を張っている。
 あちらには我が母がおりますゆえ、と。

 迂回策をとった騎兵隊のつのなしはおおよそ五十ほどの数におよんでいた。隊長格らしい立派な羽飾りのついた兜のつのなしを中心にして騎兵が続き、その周りを固めるように随伴の歩兵がついている。よもや正面がひどい有様に陥っていることもいまだ伝令も飛んできていないのだから知るよしはなく、見咎めるものもないから軽快に突き進んでいる。森を避け、平原を渡り、拠点の外壁をぐるりと遠目に回るように駆け抜けながらやがてつのなしたちは西門へとたどり着く。その辺りにくればつのつきたちの補足範囲にも入るものだから、監視塔のつのつきからすぐに"つののしらせ"が指揮官のつのつきへと飛ぶ。彼女はすぐに、西側の門を拝むことのできる要衝へとやってきていた。そのちいさな身体の足取りは存外軽くかくしゃくとしていて、ともすれば老いを重ねた年月すらも感じさせないぐらいのもの。
 わたしの声を一番はじめに聞いた彼女は、兜も鎧もまとうことなく多くのつのつきたちを従えてそこにいる。数はせいぜいが二十足らずといったところで、他の場所に配されていない戦えるつのつきがみんなかき集められたといった塩梅。酋長補佐役ともいえよう彼女は現役を退いて隠居じみた暮らしをしてはいるけれど、それでも周囲のつのつきたちの尊敬を集めていることは間違いがないみたいだった。つのつきたちがしきりに支えようとするのを、しかし彼女は穏やかに首を振ってしっかと杖を突く。そして首から胸元にぶら下がった首飾り──雄々しく堅い角をそっと握りしめる。誰のものとも知れない角は、きっと誰かの形見の角だ。老いた彼女は誰かの声を聞くみたいに少しだけそうして、すっと目を閉じながら静かな声で命じた。
「構え」
 応じて弓がみなにつがえられる。"つののしらせ"あっては必ずしも声は必要なものではないけれど、その静かな声色はどこか儀式めいたものを思わせた。
 つのつきたちが待ち構える門はとっくに開け放たれている。彼らはすでに迂回策を考慮に入れて、東西の門はあらかじめそうしていたみたいだった。乱杭が敷かれているのも遠くからあからさまであるからそれは一見して丸腰のようだったけれども、当のつのつきたちはてんで動じた様子がない。まるで老いさらばえた彼女の落ち着き払った気配がみなにまで通じて、その雰囲気が感染してしまっているみたいだった。対照的に機動力を活かして吶喊してくるつのなしたちは熱気を感じられるくらいの戦意に満ち、共感覚なんかなくたってその勢いがこっちにまで伝わってきそうなくらい。
「あわせ」
 一様に構えたつのつきたちが同時に頷く。言葉ばかりではその意味は掴みきれずに、けれどもみんなには当たり前のように通じている。つのつきたちの走る勢いとは比べ物ならないくらいの早さで、騎兵が間近に迫り来る。突破力を殺さないように全速力で門をくぐり────その場で馬が思いっきりつんのめった。転んで不覚をとったという格好ではぜんぜんない。あからさまに脚を取られていた。
 種を明かされたらつまらない話で、門の間、その足元にぴんと丈夫な縄を張り詰めさせていたというただそれだけのこと。注意深く観察していれば回避するのは難しくもない罠だけれど、騎乗したままでそれに気づくことは案外に難しい。なにせ天気がとてもいいものだから、陽の照り返しで足元は余計に見えづらいのだ。その向こう側に設置された乱杭に意識はどうしても引きつけられるから、足元にまで警戒が行き渡らないというのもまた一因。かといって歩兵がのこのこと近づいて確かめようとすれば、それを放っておくようなつのつきでは決してない。当然のことだけれどすぐさまやる。つまりは準備段階での偵察不足か、あるいは勘が働かないのがわるいというほかないだろうと思う。
 後続する騎兵が二騎、三騎と見事なくらいに罠にはまってくれる。まさにその瞬間を待っていたみたいに、つのつきたちが一斉に弓を引いた。無防備なつのなし兵に、真っ黒い雨みたいな矢が降りそそぐ。血しぶきが吹き上がる。けれどもそれくらいで止まる騎兵隊ではないみたいだった。ただの歩兵よりずっと多く訓練を積み重ねているだろうから、これしきのことでは士気はくじけないということなのだろうと思う。
 あいにく、縄のほうは今ので千切れ飛んでしまっていた。馬体の重みと突破力を思い切り受け止めて、それでもまだ無事な縄を編むというのはいくらなんでも無理がある。つのなしの騎兵隊は馬首を返すことなくそのまま雪崩れこんでくるみたいに突撃を強行、門を抜けながらつのつきたちの拠点へと踏み入ってくる。
 そして途端に、足並みが乱れた。先ほどみたいに馬がつんのめって騎乗した兵が振り落とされるようなことにはならないけれど、あからさまに騎馬の突破力が殺されている。それは一見してわからないものだけれど、わたしのように上から見下ろしているとよくわかるった。地面をめちゃくちゃに掘り返して、地形をでこぼこにしているのだ。それも大きな穴をつくるのではなく間隔をあけてちいさな穴をいくつも掘るようにしていて、遠目ではきちんと見て看破するというのも難しい。その効き目は決定的というほどのものではないけれど、それでも攻撃をしかけるには十分すぎる。つがえられた二の矢が一斉に降りそそいで、動きが止まったつのなしの騎兵をためらいなく射殺す。振り落とされたつのなしに角の槍を振り下ろしてとどめを刺す。少しずつ着実に、つのなしの騎兵隊の戦力を削り落としていく。
 それでもやっぱり抗いがたいのは数の力だ。つのつきたちは幾重にも工夫を凝らしていて、それでも全てを止めきれるような代物ではありえない。更なる後続には歩兵のつのなしが先立って道を切り開くように拠点へと踏み入り、開かれた道を騎兵のつのなしがひとっ飛びするように駆け抜けていく。先に倒れたつのなしたちによって土が踏み均されたみたいに、速度を殺しきれないで侵入を許す。後から後続の戦力が雪崩れ込んでくる。まずい。そう思ったとき、つのつきたちはその場から散開するみたいにばっと飛び退く。たぶんつのなしにとってのそれは、怯えて後方に逃げ退ったようにしか見えないだろうと思う。戦をやるにはまず陣形ありき、というのが彼らの訓練からも察せられるところだから。
 けれどもつのつきにそれは全く当てはまらない。陣形とはつまりつのなしが連携をとるために必要なもので、つのつきはそれ無しで十分に連携がとれる。一見してばらばらな動きでも、わたしが一見するくらいではてんでわからなくても必ずそこには意味がある。
 まっすぐと、騎兵のつのなしは勢いのままに吶喊。乱杭の間を鮮やかに抜ける乗馬の技量は見事としか言いようがない。ぱっと見ただけでも最長老とわかる、なんとも指揮官らしく後方に控えた彼女を仕留めようという腹なのだろう。ふつう軍というものは、頭が取られれば指揮するものがいなくなって士気も下がり、どうしようもなく総崩れになってしまうみたいだった。やろうと思えば"つののしらせ"のおかげでいつでも頭をすげ替えることができなくもないだろうというつのつきの実態とは裏腹。けれども、幸いつのなしがそこまで思い至ることはなさそうだった。
 馬上から振りかざされる槍。それは今まさに長老のつのつきへと迫りきて、そのか細い身体を貫こうとする。彼女は背を向けることも辞さないで杖を突いて後ろへと飛び退き、ほんの少しでしかない間合いをかせぐ。
 そんなわずかの距離をものともせずに突き進んだ騎兵が、突如として彼女の目の前から消えた。きっと消えたように見えただろうと思う。なんのことはなく、狩猟をするにしてもある種の獣を相手にするならば常套手段のひとつ。わたしですらも狩人がそうして猪を捕らえるのを何回も見た。落とし穴だった。
 ある程度頑丈につくればつのつきの重みで落ちてしまうような心配は絶対にありえないので、安全上の配慮も十分。それでいて落っこちた騎兵は馬ともども、穴の底に敷かれた鋭い杭にざっくりと刺し貫かれて声を上げる暇もなく死んでいた。獣を獲るときと違って食べることを考えていないせいか、これ以上ないくらいに容赦の無い仕掛けだった。
 乗りかかった勢いが一瞬にして減じる。散っていたつのつきたちはみんなが飛びこんできたつのなし騎兵を包囲するように集合。助走と勢いを失った騎兵なんて、いっそ歩兵のほうがまだましかもしれないくらいだった。逃げ場を失ったつのなしが槍の囲いを狭められてあえなく倒れる。おびただしい犠牲を出して門の付近がつのなしの死体に埋め尽くされる。ひどい絵面。
「趨勢は決しました。退くか降りるか、選びなさいな」
 長老のつのつきが枯れた声色で淡々として告げる。まさか言葉が通じるわけはなくて、老いた女性のそれなのに、びっくりするくらいの力強さを思わせる声だった。それは戦意をくじかれたつのなしたちを威圧するには十分で、つのなしたちは揃って馬首を返し始める。羽飾りの兜をかぶったつのなしはいまだ健在で、その目の光もまだ消えてはいなかった。正面の本隊の戦況を知らないからこその表情だろうと思う。もうすでにつのなしの正面軍は半数以上の兵を失って、まさに老女のつのつきが口にした通りとしか言いようのない有り様なのだけれど。
 その時、きりきりと弓が引かれている。瞬間、わたしはそれを見た。
 ────あぶないっ!
 撤退する際の牽制か撹乱か、くらいに放たれた矢が浅く孤を描いてものすごい早さで飛んでくる。ひとりのつのつきの頭に吸い込まれるみたいに。どん、と横合いから皺だらけの手が彼を突き飛ばす。杖を突き、飛びこむみたいにして若いつのつきを押し退けて彼女が割りこむ。かすかに骨張った胸元に飛来する矢。着弾する。老いた彼女が、仰け反るみたいにしてその場から倒れこむ。
「長老様!!」
 いくつもの悲嘆の声が重なった。つのつきが叫ぶ。つのつきが声にならない悲鳴をあげる。わたしはなにも言えないでいる。ただその光景を見守っている。
「ええ」
 老いた彼女は呑気に応じて、胸元に触れながらむくりと起き上がった。手のひらで押さえたところからぽろりと矢が零れ落ちる。
 矢は胸元で止まっていた。首から胸元にぶら下がった角が、傷ひとつ浮かべずにきっちりと彼女への凶弾を受け止めてみせていた。
 彼女はそっと空を見上げる。わたしのほうを見ていた。見るものもないだろうけれど、わたしのほうがいっそ困った。
「お見苦しいところを、神様カミサマ。お恥ずかしい。私はもう、ずいぶん、衰えてしまったというのに」
 ────わたしはなにもしていない。
「見守っていてくださったではありませんか」
 ────約束だから。
「覚えていてくださったのですね」
 ほんとうは約束なんてしていなくたって、あるいは覚えてもいなくたって、きっとそうしていただろうけれど。本当になにもしていないのは事実だった。ただわたしは見守っているばかりで、彼女が助かったのは助かるべくそうなったというただそれだけ。あるいはだれかに由来するその角こそが、老いた彼女にいつまでもまつわる縁こそが、真に彼女を救ったといえるのかもしれなかった。
「また、お終いに、大きな幸いを頂いてしまいました。老体には過ぎたるものでございます」
 ────おやすみは、まだ。
「然様でございますね。静かな時に、またおうかがい致しましょう──」
 秘めやかに膝を突いて角を胸に礼を捧ぐ彼女は、老いた姿だというのに動きを何ら苦にするところもなく。控えめな笑みを浮かべるさまは、いつかどこかでものすごく遠くに見た、確かに見たはずの美しい面差しを思い出してしまいそうになる。しゃちほこばって丁寧で、それでも初々しい若さがあって、毅然として皆をたゆむことなく導いてきたひとりのつのつき。艶っぽくて長い髪。全てがすっかり変わり果ててしまったというのに、けれどもわたしはそこに、確かな少女の面影を見ていた。どこかその少女を思わせるような、秘めやかな笑みだった。

「つのつきのかみさま」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く