つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/8

 まるで前兆のように、何度か拠点の周りにもつのなしの斥候らしい兵がしばしば見え隠れする。つのつきの領地の場所は冬以前からの偵察で知っていて、今回は本格的な視察ということなのだろうと思う。つのつきたちは斥候がいることを認めていたようだけれど、あえて放っておいているみたいだった。酋長のつのつき曰く、あの程度の距離ならばまだ安全と思わせておくとのこと。薬師のつのつきに負けず劣らずの悪い顔だった。誰に似たのやらとわたしは思った。
 ともあれ、来たるは晴天の進軍日和。とうとう、どこのものとも知れないつのなしの軍が動き始める。元いた駐屯兵のつのなしたちに、援軍のつのなしが加わった総勢五百と少しの混成軍。とはいってもそのみんなが村から出てしまうわけではもちろん無くて、いくらかのつのなし兵が村の守りとして残されるみたいだった。とはいえ数はせいぜい五十かそこらくらいのもので、守りというよりは現地民が逃げ出してしまわぬよう見張る意味合いのほうがずっと強いのだろう。当然といえば当然の話で、つのなしたちは先制攻撃をしかけるつもりでいるのだろうから、まさか今まさに運悪く攻められるなんてことは万にひとつも考えていないに違いなかった。向こう見ずなくらいのつのなしたちの士気の高さがそれを物語っているといってもいい。
「敵部隊の通行を確認。いかがいたしますか」
 つのなしたちに決して見つからぬよう、村外れから村を監視していた衛視のつのつきが指揮官のつのつきに向かっていう。今回は以前のように斥候としてきているわけではない。見張りならわたしがつのなしたちを見ているだけでも事足りる。そしてほんの十という数をようやく満たせるくらいの一部隊は、まぎれもないつのつきの実行部隊にほかならなかった。襲われ、奪われ、踏みにじられたつのなしの土地を奪還するための強襲案。発案は酋長のつのつきだった。ただでさえ少ないつのつきをさらに少ない数にわけるなんてむちゃくちゃだと思ったけれども、わたしがそれを否といえるわけはない。それが彼女の選択であり、また百にもおよぶつのつきたちのみんなが賛成と消極的賛成を示してもいるのだから。そして実行に移されてしまったからには、つまり、わたしにはよくわからないけれど、たぶん成功に至ることのできる勝算があるということ。だからわたしは、今はただ見守るばかりでいる。つのなしの数を、その動きをずっと観測し続ける。
「残数五十前後か」
 指揮官がぽつりとつぶやく。言葉で伝えられたのではなく、角を介した共感覚。それは場所も時間も問わないで通ずることができる。知るべきことはつのつきたちへと瞬く間に伝達される。
「やれないことはないな」
 指揮官のつのつきは当たり前のようにいった。村に予想以上の守勢が残された場合は第二案としてつのなし軍の後方に位置する支援部隊を狙う手はずだったのだけれど、事態はおおむね予想通りに進行していることになる。よいことなのかどうなのか、わたしにはいまいちわからなかった。
 実行部隊の中にはつのなしの青年も含まれている。数日間の斥候によってある程度の土地感覚はつのつきも持っているのだけれど、十と何年という年月の経験を蓄積している彼にはきっとかなわないだろう。現に今、つのつきたちが潜伏しているのは村に隣接する森の奥深くだった。足元の沼は踏みどころがよくないと身体ごと沈みこんでしまうほどのもので、数年に一度くらいの調子で行方不明者を出してしまうそう。だからつのなしの兵はめったに近寄ることがないし、多勢の軍などもってのほか。そしてつのつきは高くそびえる木に軽々登ることで、高くから村の様子を見渡すことができる。まさに絶好の観測地だった。わたしの視点につのつきが近づいているようで、なんだか少しだけうれしかった。
「軍の全縦列が通過したようです」
「わかった」
 指揮官役──狩人のつのつきは静かにうなずく。慣れ親しんだ大鹿をかたわらに、その背中を撫でながら周りのみんなへと目配せする。全員がうなずく。準備はとっくのとうにできていると言わんばかり。片手には角の槍、背中には黒金の矢。腰には投擲用の短い角槍が結びつけられている。角はかつてのように粗末な木ではなく、しっかりとした金属製の柄とつながっていた。
 ただしつのなしの青年だけは話が別で、彼の槍だけは鏃と同じように黒金でつくられている。あえてそうしているようではないみたいで、つまり理由があった。万能のようにさえ思われる鋭さを誇るつのつきの角は、つのなしの青年が振うとなまくらもいいところになってしまったのだ。なんでかはぜんぜんわからないけれど、武器としての角が真価を発揮するとき、それはつのつきの手の中にあるときに限られるみたい。つのつきたちはそれを別段気にかける様子もないけれど、つのなしの青年はすこしばかり残念そうだった。とはいえ、彼の故郷はつのつきの領地ではない。また戻るところがある。それは悪い徴候ばかりではきっとない、とわたしは思う。
 ともあれ、彼らは槍をまるで天に向かって突きつけるみたいにかかげ、矛先をかつんと突き合わせた。十本の槍がよりあつまって、地面に天幕のような影が浮かび上がる。まるでなにかの誓いか、祈りのようにも見えた。祈り屋でもないのに祈りをするのだから、なんだかわたしはおかしくなってしまった。
「いこう」
「いこう」
「おうさ」
「うむ」
 士気高揚の雄叫びをあげるようなこともない。うるさくしていいことなんかひとつもない。それで勘付かれたら笑い話にもならない。陣形なんて組みもせず、てんでばらばらとそれぞれが行動を開始する。つのなしの青年だけは、先頭を行く指揮官のつのつきに付き従うようにすぐさま同行。
 数頭の鹿には誰も乗ってはいない。にも関わらず鹿はつのつきたちに服従するよう付かず離れず駆けている。鹿をともにするつのつきたちは森の中を一気に走り抜けて入り口まで戻ってくる。そこは村の西側につながっている。つのなしの兵が集中する村の南部には近からず遠からず。悪くはないと思った。少なくともまだつのなしの兵に気づかれてしまうような心配はない。こうやって今も見下ろしていて、しかし気づいているような様子は全くなかった。村の南門を呑気に守っていたり、無理やりに働かせている現地民のつのなしたちを監督していたり、村の中に築かれた監視塔から周囲へと目を光らせていたり。注意するべきはそういった軍のための施設だけれど、幸いにしてそこから伝令が走り出るようなことにはなっていない。
 狩人のつのつきがみんなに合図を出す。みんなが角を介して応じるとともにつのなしの青年がうなずく。そして大鹿の尻を軽く張った。
「いけ」
 つのつきが手懐けた鹿に知性といえるものはほとんどないけど、ひどく貧しい格好をさせられている現地民のつのなしと、鎧を着ている兵のつのなしの見分けくらいはできる。わたしよりかしこいかもしれない。ともあれ、なので指揮官のつのつきは五頭の大鹿を一斉に村へとなだれこませた。
 一瞬、つのなしの兵は呆気にとられたようになる。それは困惑するだろうと思う。鹿は普通こんなところにはいない。ましてや森の中から飛び出したりすることはまずありえない。つのつきが近くに寄るだけで本来は逃げてしまったり、あるいは遮二無二にぶつかってくるほどに繊細なのだからよくわかる。
 それが五頭も協調して。しかも大きい。村の中は瞬く間に大混乱に陥る。なにせ鹿というのはとても速い。本気になればつのつきの脚でもとても追いつけるものではない。つのなしの、しかも鎧を着込んでいる彼らはいわずもがな。何も考えていないように自由に走り回り、追いかければひょうひょうと逃げまわり、いざ弓矢で射掛けようとすれば俊足を活かしてめちゃくちゃに突っ込んでくる。一頭だけなら難しくもないだろうけど、そう簡単にいなせるような相手では決してない。こんなことをやられればつのつきだって大変な苦労を強いられるだろうと思う。
 巨体と速度、そして頭から生えた鋭い角。そこから繰り出される体当たりをまともに食らえば死傷者も余儀なくされる。本来は大人しいことの多い鹿の蛮行に、つのなしの兵は完全に面食らってしまっていた。つのなし兵の喧騒や罵る声が絶え間なく響く。なにをいっているやらわたしにはさっぱりわからないけれど、なにをいいたいのかは言葉がわからずともわかるくらいだった。
 その途中でつのなし兵は現地民のつのなしをけしかけようとするけれども、鹿はそれをてんで無視して兵のほうにきびすを返す。あるいは迂回して突っ込む。こうやって見下ろしていれば明らかに不自然だしおかしな光景なのだけれど、ああも混乱していたらそれさえ気づくのは難しいだろうと思う。
 ひどい大騒ぎに急き立てられるみたいに、南部の北側──元々は村の中心だったのだろう集会場らしい建物から、いかにもえらそうなつのなしがゆっくりと歩み出てくる。他のつのなし兵たちに比べれば年がいっていて、鎧越しでも身体つきがわかってしまいそうなくらい逞しい。禿げ上がった頭に、傷跡も生々しい顔つきが威圧的な感じ。きっと、守りの将をになっているえらい人なのだろうと思う。その表情には青筋が立っている。村を支配下においている兵たちが、ただの鹿に大混乱させていればそうもなるだろう。しん、と急につのなしの兵たちが静まり返る。そして、将のつのなしは兵たちを一喝しようとするみたいに、すぅっと深く息を吸い込む。
 瞬間、将のつのなしの頭にすこんと黒金の矢がどこかから突き立った。血が吹き出し、脳天からどろりとしたものを垂れ流しながらばったりと倒れ伏す。かぶろうとして片手に持っていた兜がこぼれ落ちた。どこからどう見ても即死だった。
 それは当然、つのつきの仕業だ。大混乱に陥っているつのなしをぼうっと見ていたわけではもちろん無く、密やかに暗躍しては兵たちをまとめあげるつのなしが姿を現すのをじっと待っていたのだ。機をうかがっていたところにのこのこ出てきた将のつのなしは、まさに的もいいところ。混乱を落ち着けるために顔を覗かせた彼が倒れたことで、騒ぎにいよいよ収拾がつかなくなる。監視塔についていたつのなしはずっとなにかを叫んでいて、敵襲を知らせているのかもしれないけど効果は全く望めそうにない。姿がうかがえない敵より目に見える脅威、つまり鹿が一大事なのだ。
 女性のつのつきがひとり、咄嗟に監視塔を素早く登り、上にいるつのなしを後ろから思いっきり蹴っ飛ばす。間の抜けたような声をあげてつのなしが塔の上から真っ逆さまに落ちる。そしてぐしゃりとはじけた。果実が落ちたあとのように、地面が真っ赤に染め上がった。もう一本ある別の監視塔でも、ほとんど同じことが起こった。状況がつのなしの全く気づけないうちに進行する。
 鹿が大暴れしている最中、六人のつのつきがつのなしをひとりひとり正確に突き殺していく。それはひどく簡単な仕事にみえた。戦闘態勢にないつのなしの兵たちから反撃を受ける心配はすさまじく低く、そして角の槍はつのなしの防御を鎧の上からたやすく食い破ってみせる。つのなしの数があっという間に減っていく。五十なんて数を全くものともしていない制圧の早さ。二百は難しいだろうけど、百くらいならそんなに難しくはなかったかもしれないと思うくらいだった。
 けれどもつのつきたち部隊全員に油断といえる気配は全くといっていいくらい見当たらない。それは数の上で決定的に負けているということも勿論あるけれど、なにより一人でも見逃すことが即座に危険につながるからだ。見逃してしまったつのなしの兵が、たとえば今進軍中のつのなしたちに、村が襲われているという事実を伝えたらどうなるか。あまつさえ将が討ち取られ、守兵もほとんど壊滅の状態にあるとなったら。百にも満たないつのなしの兵を駆逐することはたやすくても、さすがに四百という数が切って返してきたらどうにもならないだろう。そうなれば大軍が帰ってくる前に村の民を率いて逃げ隠れるのがせいぜいで、村の奪還はもはや諦めるほかない。
 そうならないためにも、混乱の最中逃げ出すつのなしの兵を絶対に見逃さないようつのつきたちは全力をつくす。逃走の要所はつのなしの青年のおかげで余すところなく知り尽くしている。せいぜい数ヶ月駐屯していただけのつのなし兵が、現地民の土地勘を上回れるわけがなかった。
 いくつかの場所にはつのつきたちが立って、逃走経路を露骨にふさぐ。それでも恐慌状態のつのなし兵は無理やりに通ろうとすることが珍しくなかった。もちろん一人残さず突き殺された。いくら数の上で優っているとはいっても、統率が取れていなければ物量で押し切る手立てを取ることすらままならない。
 そして駄目押しに南門をがら空きにしておく。パッと見ただけではつのつきの姿は影も形も見当たらず、全速力で駆け抜ければあわよくば進軍中のつのなしたちと合流できるかもしれない、そんな絶好の道筋。もちろん罠に決まっていた。まるで誘われるように南門を通ろうとするつのなし兵が、あまりにも正確な弓矢射撃を見舞われて無残な死体を積み上げていく。指揮官である狩人のつのつきの仕業だった。常日頃から凶暴な猪や巨大な鹿を相手取っている彼にとって、こんなに簡単な狩りは無いに違いない。走るのは遅いし、逃げ道を求める動きは獣のそれよりずっと単純に見える。やがて門がつのなしの死体でほとんど埋まってしまう。さすがにそこから逃げ出そうとするほど無謀なつのなし兵はすぐにいなくなった。
 残るつのなし兵は完全に泡を食ってしまっていた。数は半分をとっくのとうに割っていて逃げ出すのも踏ん切りがつかないような惨状。いっそ降参することも考えてしまいそうなところに、しかしそれを許さないように獣じみて襲いかかるものがひとりいた。「あああああッ!!!」意味をなさない叫び声をあげてつのなしの青年が躍りかかる。先制して思いっきり叩きつけられた槍がつのなし兵の兜を弾き飛ばす。青年の表情は、いつもの線の細さとは裏腹なとてつもない怒りに満ちていた。村の民の手ひどい扱いを目の当たりにしたせいだった。その怒気は戦うためにそこにいるはずの兵をさえ圧倒していた。
 二度三度と火花が散らして槍の柄をかち合わせる。つのなしの青年に技術なんてこれっぽっちもなかったけれど、まともに訓練の成果を発揮できない兵もそれは同じことだった。吹っ切れたように槍を振るう青年は力づくに押し込む。槍を弾き飛ばす。つのなし兵がその勢いでへたりこみ、尻もちをついた。その頭に矛先が突きつけられる。そのまま迷いなく突き出すものの、兵は咄嗟に跳ね上がるように立ち上がって、背を向けてがむしゃらに逃げ出した。どこに逃げるかさえ考えていないように。
 そんなつのなし兵の頭に首筋にと無慈悲な矢がいくつも突き立つ。前のめりに倒れこんでだらだらと血を流して動かなくなる。つのなしの青年に当たったら困るので別のところを狙っていた照準が、新たな狙いにと背を向けた彼を選んだのだった。自ら死を選んだようなものだった。つのなしの青年は肩で息をしながら、ゆっくりと頷いた。そして残った最後のつのなし兵を迷わず貫いた。
 あたりがしんと静まり返る。こうやって見下ろしていても死体だらけで、臭いこそ届かなくたって血煙の色がかいま見えてしまいそうなくらいの有り様。それを見て、わたしは、むごいとは思わなかった。かつてつのつきたちを襲撃したつのなしたちにも少しは思うところがあったけれども、今度ばかりは少しもなかった。
 つのなしの兵は全滅した。たった一時間にも満たない間の出来事だった。
 事は済んだけれども、本番はここからみたいなもの。まずは手早く怪我人の治療にあたる。現地のつのなしが兵に押し退けられた拍子に軽いけがをしたりしていたけれど、重傷を負ったものは一人もいない。ただし大鹿は五頭のうち二頭が殺されてしまった。彼らは夕ごはんとしてみんなの胃袋に収まることになるだろう。
 ともあれ、先のことは置いておいて、片付けるべきは目先の問題。ひとまずつのなし兵の屍を外にかき集めて放り出しておく。衛生と健康によくないらしいし、盛大に煙を焚いて軍に見つかっても締まらない。なのでしばらくはそのまま野ざらし。葬るというのなら、彼らよりも現地民のつのなしのほうをずっとずっと優先すべきだった。
 なのでつのつきたちはすぐさま半数で村の北部の散策にあたる。必要だからそうするまでといわんばかりに行動はすばやい。その間、つのなしの青年が助けだした現地民の説得にあたっている。とはいってもなにが問題になるというわけではなく、ただただ状況がのみこめていない感じ。とはいってもつのつきたちに対する敵意のようなものは見当たらない。彼らを迫害していたつのなしたちを的確に、そして嵐のように薙ぎ払ってしまったのだから当たり前といえば当たり前。つのなしの青年の言葉にしきりに頷き、また堰を切ったように涙を流すつのなしもいた。ずっと押さえつけられていたものが解き放たれたみたいだった。
 廃墟であったり、土の下であったり、瓦礫の下敷きになっていたつのなしの死体がいくつも発見される。冬の寒さのせいであまり傷んではいないのが幸いだったけれど、いたましい扱いには変わりがない。つのつきたちはそれらを厭うことなく、綺麗に並べ揃えたりして丁寧に扱うという気持ちを行動で示す。それだけで、言葉が明瞭に伝わらなくてもつのつきたちの気持ちは現地民によく伝わったみたいだった。
 葬るさいには彼らのやり方でやる。つのつきは屍を焼いて葬るけれども、彼らの場合は土葬だった。死体を埋めて葬る。奇しくも以前、つのつきたちが敵のつのなしを葬ったときとほとんど同じものだった。そして土の下にある彼らを想い、そっと手をあわせる。つのつきたちもまたそれに習った。つのつきを葬るときはその限りではないだろうけれど、今そうすることに抵抗はないみたいだった。
 そんな最中、少なくない数のつのなしが慌てた様子で集会場のほうへと向かっていく。なんだろう、とわたしは不思議に思う。指揮官のつのつきもまた同じ想いのようで、首をかしげる彼につのなしの青年がそっという。「ツクヨミ様が生きておられるやも、と。みんな諦めていました」胸をなでおろしたみたいな様子だった。
「ツクヨミ?」
「我々の指導者です。空を見て、天気を知るものを、月詠というのです」
「それは、すごい」
 つのなしの青年は言葉が通じるよう、簡潔な語を選んでゆっくりと答える。きっと間違っていないだろうと思う。にしても本当にすごかった。
 集会場にはなだれこんだたくさんのつのなしがいて、その先にはなんと地面を掘りこんで石を敷き詰めたみたいな地下の石室。そのまた奥に、ひとりのつのなしがたたずんでいた。どうもわたしは地下があるのを見落としてみたい。うかつ。
 それは若い、というより幼いといっていいくらいの年頃のつのなしだった。ふわっとした感じのはっきりしない表情で、彼女は建物の柱に鎖と手錠で繋がれていた。つのなしの将がそうしていたのだろうか。だとすれば、なんのためかは知らないけれど、むちゃくちゃもここに極まれりだ。子どもを奪うのは病気だけで十分すぎると無性に怒りがこみ上げてくる。もう死んでる相手なのに。
 とはいえごはんは与えられていたようで、なにはともあれ無事そうだった。手錠と鎖の戒めは呆気なく壊され、月詠といわれた少女が解放される。助かってなお表情の晴れなかったつのなしたちも、この時ばかりは明るさを取り戻したみたいだった。鎖のあとが痛々しく残る白い肌を心配されたりしていて、幼くても目上のように慕わしくされていることはわたしの目にもすぐわかるくらいのもの。なにをおいても、ひどい目にあわされてしまったとしても、無事だったのは幸いというほかない。それにしても大人しすぎるのは不安だったけれども。
「ずいぶんと静かじゃないか」
「それは元々なのです」
「そうか」
 そうらしい。指導者がそれでいいのかと思った。なにせ幼いくらいにちいさな女の子だというのに。薬師の弟子の彼女だとか、つのつきの中にもひときわ尖った子どもはいるものだけれど。
 にわかに村に活気が取り戻される中、残り半数のつのつきたちが村の南部を隅から隅まで探し回った。目当てのものはいうまでもない。村の一箇所、集会場にかき集められたそれは、五十人にもおよんでいたつのなし兵をまかなうために備えられていた、大量の食糧だった。村のつのなしたちが当座をしのぐには十分なくらいの量があるだろう。つのなし兵たちが食いつぶした元々の蓄えには届かないかもしれないけれど、それでも無いよりはずっといい。食べ物に罪はない。むしろ彼らが食いつぶしたぶんをきっちり払わせるべきだからぜんぜん足りないくらいといってもいい。
 集会場に集まっているつのなしは一様に目を丸くする。つのなしの青年もまた同様に。月詠といわれたつのなしの少女は、ゆっくりと首をかしげて周りの大人を見仰ぐようにする。
「奴らが持っていた食糧だ。収めてください。しばらくは持つ」
 食糧を集めさせた指揮官のつのつきがそういって、つのなしの青年が翻訳として間に入る。
 すると幼い少女のつのなしは、以外にもすべらかな声で答えてみせる。言葉はわからなくても、その声色はとても綺麗なものだった。金属の響めいてはいるけれど甲高くもなく、流れる水のように心を落ち着かせてくれる音のようにわたしは思う。
「なにをお望みですか、とのことです」
 けれどもその声がつむいだ言葉は、意外にも現実的な駆け引きだった。まさかただでそうするわけではないと断じるみたいに。それは手ひどい扱いに摩耗した心が口にさせた言葉のようで、だとすれば子どもがそんなことを言わなければならないということにやりきれなくなる。そのように強いたつのなしの兵たちこそまた腹立たしい。
 指揮官のつのつきが考えこむようにちょっと目を伏せる。"つののしらせ"で、酋長のつのつきにも事の次第を知らせているのかもしれない。確かに彼の一存で決定をくだすのは難しそうだった。
 つのなしたちが一様に視線を彼に向かって集中させる。あれほど鮮やかにつのなしの兵を追い払ったつのつきは、彼らをどのようにして扱うつもりなのか。それを代表して答えるようなものといってもいいだろう。しかし周りを固めるつのつきたちはさしたる緊張した様子もなく。それはつまるところ、"つののしらせ"による共感覚がみんなの意志を共有・同一としているおかげだった。指揮官のつのつきは迷いなく答えた。
「私共の隊一同、一宿一飯を皆様のご相伴にあずかりたい」
 貸しを強いるつもりはないし、友誼を深めたくも思うし、最後まで守ることもまた考えている。確固たる意志表示がいくつもこめられているようだった。実際つのつきたちにとり、角というつのなしにあらざるものを備えている民にとって、友好的でいられる隣人とは貴重この上ないのだろう。決して遠くもない距離で、それでも今まで気付かずにいた彼らと、どうして今さら無関係が貫けよう?
 つのつきの意志を、つのなしの青年が媒介して伝える。月詠の少女が一瞬目を丸くしたあと、青年に向かって問いただす。けれども彼はゆっくりと首を振るばかりだった。間違いはない、とそういっているみたいだった。
 少女はゆっくりとうなずいて、改まったように指揮官のつのつきに向き直る。凛とした佇まいは、ほんの子どもだというのに、狩人のつのつきとはずいぶんな身長差があるというのに、不思議とそれを意識させない感じがあった。
 そしてゆっくりと頭を垂れた。それはまぎれもない、ただひとりの少女で、指導者としてのひとりのつのなしの礼に見えた。
 つのつきもまた礼を返した。対等であるようにとそうしたのかもしれないけれど、一瞬向けられる角はちょっとばかり威圧的かもしれなかった──ちょっと考えものと思った。
 ──あとはただ、つのつきたちの領地が無事に守り通されることを祈るのみ。
 わたしはそちらに目を向ける。着実につのなしの軍が迫りつつあるつのつきの領地を。つのつきたちの拠点を。じっと、見守る。

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