つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/7

 斥候隊が出ているうちに領地の防備はかなり強化されていて、それはもう出ていった五人が呆気にとられるくらいのものだった。もちろん厳重とはいっても、角を持っているつのつきを拠点の中に入らせるのに手間取ってしまうようなことは特になく。
 偵察によって得られた村の状況、そしてわたしが敵地の見張りを引き継いでいることは無事に酋長のつのつきの知るところとなった。そこから改めてのお伺いがあったりして、別にいいのにと思ったりもしたけれど、わたしにはこれくらいがちょうどいいかもしれない。ちょっと気を抜いてるうちにつのなしの援軍を見逃したなんてことになったらたまらない。
 つのつきたちの拠点に目を向けていると感心して気を逸らしてしまうかもしれないので、残念ながらもわたしはつのなし軍の監視に注力する。はっきりいってしまえば見たくもないものがあまりにも多かったけれど、わたしから言いだしたことなのなのだからしかたがない。やらないと大変なことになる。具体的にいうとつのつきたちが減る。全くもって冗談ではないし、それだけは絶対にいやだった。改めてそう思えばわたしだって気が引き締まるというものである。
 それから、太陽が三度はめぐったあと。見ているだけでもうんざりしてしまいそうな村の様子を、それでもじっと辛抱強く見続けていた成果があらわれるときがきた。
 まずはじめに、ほんの数えきれるくらいのつのなしの兵が村のほうに飛びこんでくる。村に陣取っていたつのなしたちは彼らをいかにも歓迎するような雰囲気で出迎えて、なにかの報告を受けている。いっていることはわたしにはいまひとつわからないけれど、伝令が来た直後につのなし兵の代表らしいものが格式張っていかにもな訓示をやり出したのだから一目瞭然。じきに援軍がやってきて駐屯しているつのなし兵と合流することになるから、それまでに緩んでいた気分を一発引き締めておこうという腹なのだと思う。それを受けたつのなしは一様に荒っぽい雄叫びをあげる。
 戦場の咆哮。大物を仕留めた狩人のつのつきたちも、似たようなことをしばしばやるのですぐにわかった。そんなところはつのつきたちと変わらないのだなあと思うけれど、かといって親しみがわくわけもない。
 駐屯しているつのなしの兵たちが着々と出陣の準備を進める中、またひとつ夜が明けて太陽が中天にのぼりつめたくらいのとき。まるで大きな湖を揺らす黒い波のようなものが、平原を割るみたいにゆっくりと村のほうに近づいてくる。一瞬いったいなんなのかわからなかったわたしは、けれどもすぐにその正体を悟らずにはいられない。
 それはつのなしだ。わたしが決して一度には見たことのないようなめちゃくちゃな数のつのなしの兵隊が、整然と統率の取れた動きで進軍しているのだ。
 数はぱっと見ではちょっとわかりそうにない。それでも、駐屯しているつのなし兵の倍。もしくは三倍。あるいはもっといるかもしれない。つまり、ものすごく大雑把に考えたらつのなし兵はだいたい全部で五百くらいはいることになる。これで全部かはわからないけれど、それでもわたしが見える範囲には、確かにそれくらいの数がいた。わたしはそれを見て、ただただ驚くしかなかった。
 だって、つのつきたちはみんなあわせて百くらいしかいないのだ。それも純粋な戦士なんかでは決してない。つのつきたちはみんな生きるためにそうしていて、戦うためにいるつのつきはまだ一人もいないといってもいい。子どもを抜いたら百という数も割ってしまうかもしれない。いったいどうやって、あんな数のつのなしに対抗することができるというのだろう? わたしにはぜんぜんわからなかった。
 それに不思議なことだけれど、つのなしの兵たちはつのつきと違ってみんながみんな男性なのだ。少なくともわたしにはそう見える。駐屯しているつのなしの兵がそうだったように、援軍にきたつのなしたちもまた変わらない。つのつきたちはだいたい男女半々くらいだけれど、彼らは男性だけであんなにものすごい数になってしまうのだから途方もなかった。それとも、もしかしたらつのなし兵たちの故郷には男性しかいなくって、子どもも男性だけで産んだりするのだろうか。けれど村のつのなしにはきちんと女性もいたから、なおさらによくわからなくなる。つのなしはふしぎだ。
 そうじゃない。そんなことに思いをめぐらせている場合では全くない。わたしはすぐに酋長のつのつきへと情勢の変化を知らせるためにいう。
 ────敵地での合流を確認。数はいっぱい。
「神様。いっぱいですか」
 ちょうど拠点の防備について話し合っていた酋長のつのつきは、まるで弾けるみたいにとても素早い反応を示してくれる。ちょうど傍らにいたつのつきの男性を制するみたいにそっと掌を突き出し、ゆっくりとひざまずく。彼はすぐに何が起こっているかを理解したようで、また後にうかがうと言い残してから退出した。いちいち律儀だなあと思ったら、いつか鹿を手懐けることを進言した狩人のつのつきだった。なにか大事なことがあったのかもしれないので少し申し訳なく思うけれど、いまは一大事だ。
 ────うん。すくなくとも三百よりは。
「では、多くては、いかがでしょう」
 酋長という大切な役目を担っている彼女をあんまり動揺させないようにと少ない数をいってみたものの、見事に余計なお世話みたいだった。確かに後から多いことがわかったらつのつきたちもたぶん困る。とても困る。むしろ気が動転しているのはわたしのほうだった。わたしなんか三百でもまだ多いくらいと思っているのに、酋長のつのつきはその数を聞いてまるでたじろいだ様子もない。手懐けられた鹿を見たときにはあんなに驚いていたというのに、むしろ平然としてそう聞き返してくるくらいだった。
 ────五百くらい。細かくはわからない。きっと六百はない。
「十全に過ぎるほどです。心より感謝お捧げ致します────神さま」
 わたしが見たままのことをそういって、わたし自身の適当さ加減に不甲斐なさがものすごい勢いでつのってくる。なのに酋長のつのつきは動揺もせず、感極まったように目を伏せると静かに頭を垂れている。彼女のほっそりとした親指が、ぴんと伸びた角の根本を揉むようにして押さえている。深い考え事をめぐらせているようだった。こわくはないのだろうか、とわたしはそれをひどく奇妙に思った。どうしてそんなにすぐに集中できるようになるのか、わたしにはてんでわからない。
 ────他にあるならなんでもいって。わたしが聞く。
 だからわたしにいえるのはそれくらいのもの。下手にものをいったら彼女の邪魔になってしまうかもしれないので、余計な口出しはしないでおく。ただ見守るにつとめる。わたしはむしろその姿を、先代酋長のつのつきにも見て欲しいくらいと、そう思った。そうすればきっと彼女も安心できるに違いないはず。
 酋長のつのつきは、ゆっくりと目を見開きながら口を開いた。
「……およそ五百、そのうち四百が援軍。その援軍は、皆が皆、同じような格好をしているのでしょうか」
 ────見てみる。
 改めていわれてからはっとする。なにせつのつきたちでも遠目では区別がつきにくいものだから、つのなしたちの個々の区別なんてわたしは考えてもいなかった。おまけにみんな男性だし、つのなしの兵というのはたいてい似たような鎧ばかりなのでちょっと見るだけではみんな同じに見えてしまう。けれども、実際にはそうではなかった。
 まずはじめに、四百の中でもかなりの数がつのなしの歩兵にあたる。武器はその多くが槍で、おそらく先端の材質は鎧と同じ。白くも鈍く輝く不思議な金属。斧や剣を手にしているつのなしも少数見かけられたけれど、弓を持っているつのなしは不思議とあんまりいなかった。つのつきでは狩りをやるつのつきがみんな扱えるくらいにありふれたものだけれど、つのなしには決してそうとは限らないのかもしれない。ひょっとしたら難しいのかも。もしくは狩りが流行ってないのかも。
 また極小数のつのなしは馬に乗り、腰から長い剣をさげている。騎兵のつのなしは他のつのなしとは違って立派な兜をかぶっていたりするから、ひょっとしたら彼らが援軍の大将なのかもしれない。他のみんなは馬に乗っていないから、上手に馬を乗りこなせることが特殊技能と見なされているのか。それはわからないけれど、ともかく注意すべきなのは確かだった。
 そして後方についているつのなしの多くは、よく見てみると兵なのかどうかいまひとつ判断できない感じがあった。兵のつのなしと同じように鎧を着ていたりもするけど装備はどうにもまちまちで、武器は腰に短い剣を帯びているくらいのもの。あるいは丸腰のつのなしさえ珍しくない。そしてその代わりみたいに、後方のつのなしたちはそのほとんどが大きめの荷物を持たされたり、何人かのつのなしで大きめの荷台を引いていったりしている。荷物運びのためにたくさんのつのなしが動員されている、ということなのだろうか。
 すこしばかり不思議にも思ったけれど、考えてみれば別におかしなことでもなんでもない。つのつきたちと一緒にいるつのなしの青年も、村にもともと住んでいたつのなしも、村に攻め込んだつのなしの兵たちも、そしてつのつきたちも、ものを食べなければ倒れてしまう。やせ細ってどうにもならなくなってしまう。あれだけたくさんのつのなしがいれば必要なごはんも当然ものすごい量になってしまうから、多くの荷物運びが必要になってくるのもまた当たり前のことなのだった。
 ────前面に歩兵と、後方に荷運びの兵が同じくらい。弓、騎兵が少しだけ。騎兵はきっとえらいひと。
「有難う御座います……なるほど。後援の兵から前面に転向する兵もあるかもしれませんが、芽が出てきたと思います」
 ────芽?
「やりあえる芽です」
 そういう酋長のつのつきの口元はうっすらと笑っている。それはなんだか、彼女の親でもなんでもないというのに、顔立ちなんか似ても似つかないというのに。薬師のつのつきがときおり浮かべるわるい顔に、どことなく似ているような気がした。いったいその頭のなかでなにを考えているのだろうと思う。わたしにも角があればそれを感じ取ることができるのかもしれないけれど、この時ほど身体がないのを惜しく思ったことはなかなかない。
「神様に、わざわざ御足労を頂いたのです。眼にものを見せて差し上げねばなりません。願わくばどうかお眼鏡に叶うものをご覧下さいますよう、わたくしも微力ながら尽力させていただきます」
 ────期待してる。
「是非もなく」
 酋長のつのつきがひざまずいたまま、深々と頭をさげる。母親ゆずりなのかもしれない切れ長のさえざえとした眼に、どこか妖しい光が輝いている。立派なのは間違いないのだけれども、その姿はあんまり彼女の母親に見てほしい表情ではないような気がする。
 けれども、確かに頼もしく思えるようなものがそこにはあって。五百という途方もない数のつのなしが、わたしにはいつの間にか、もののかずではないように思えてしまっていた。

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