つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/6

 三日くらいの斥候が続いて、改めて斥候隊のみんなが集まる。薬師のつのつきはこの辺りの植生や地質などを簡単に調べていたとのこと。相変わらずといえば相変わらずなのがどこか頼もしかった。
 これまでの時間でつのつきたちが用意してきた糧食は半分以上がごはんとしてお腹の中に収められてしまったので、つまりこれ以上の斥候を継続するかどうかということが問題だ。つのなしの兵たちが動く様子はいまだない。なんのために彼らが村にとどまっているのか、それを議論するために集まったということもみたいだった。
 考えられる目的はふたつ。村を統治下に置くためか、村を足がかりにしてさらに周辺へと兵を出すのか。ひとつ目の目的は一応程度に検討されたというやつだけれども、当然のようにありえないと却下された。薬師のつのつきにいわせれば、あれを治めているとはいえないとのこと。
「私たちと、ちがう。というより、やり方が悪すぎるからね。兵を好きにさせて士気を高くしている。といえば聞こえはいいけれど、最悪だよ。後々どうするかを全く考えていない。まともに治める気があるなら、もっと考えてやる。ありゃあ、尾を引くね」
 細かいところはわたしも全く気が付かなかったわけだけれども、おおむね全く同意見だった。兵の士気を考えている、というのはなるほどだった。確かに冬の間、見知らぬ土地にずっととどまることになれば、兵たちはきっとやる気がなくなってしまうだろう。だからといって看過できる有り様では絶対にないけれど。
 そう考えれば、やっぱりよそに戦を仕掛けるというのが濃厚な可能性になる。まさにつのなしの青年が語った通り。なんのためにそうするのかはわたしにはわからないけれど。領地を広げるためなのだろうか。だとしたら、住む領地が足りないくらいにたくさんのつのなしがいるのだろうか。兵のつのなしだけで百人以上もいるのだから、仮にそうだとしてもおかしくはなさそう。
 しかしそう考えると、どうしてこの村で足を止めているのかとわたしは思う。それはつのつきたちも当然疑問に思っていたみたいで、それらしい考えもまたあった。
「おそらく、援軍が来るのでしょうな。糧食の補給も必要そうな様子。だからそれを待っている、と考えるべきかと」
 それは時間があるという意味ではいい話だけれど、手放しで喜べそうにないことだった。つまり今でさえつのつきと同じくらいいるつのなしの兵が、まだまだ増えてしまうというのだ。ごはんも万全に揃えて来るということだろうし、とても困る。つのなしの青年がものすごく困った顔をする。それは困ることだろうとわたしも思う。
「援軍が到着次第に進軍するのでしょうから、時機をはかりやすいということでもありますな。大数であれば動きもわかりやすい経路になります」
 そんな中でも落ち着き払ってそういう衛視のつのつきは、やっぱり流石というべきだろう。常日頃から領地の目の役目を果たしているだけはあって、領地を守りぬくためにも敵の隙というものを第一に考えている。
 そしてそう考えたからには、斥候も続行すべきかどうかという問題が改めて立ち上がってくる。援軍が到着したときにすぐさまつのつきたちに知らしめる斥候は、やっぱりどちらかといえば絶対にいたほうがいいだろう。けれども期間が長くなればそれだけ危険も高まるだろうし、なにより今のような人数はどうしても無駄が多いだろうと思う。単独で斥候を行うようにすれば、単純な話だけれども、糧食の消費は五分の一になる。もしものことがあってはことだから、最低限でも衛視がふたりはいたほうがいいだろうか。いずれにしても、彼らつのなしの兵の動向を観測するものが必要になってくるのは間違いがない。
 そこまで思って、ふと気づいた。これこそが、きっと、わたしが今つのつきたちを見守っているその意味なのだと。
「衛視のほうから一人ないし二人が残って偵察を続けましょう、後は俺たちに」
 ────まって。
 衛視のつのなしが任せるようにいうのを遮ってしまう。ごめんなさい。許してほしい。わたしはつのつきたちを見下ろしながらいう。彼らは一瞬驚いたように周りをきょろきょろ見渡したあと、はじめから迷いなく空を見上げていた薬師のつのつきにうながされて上を見る。彼女はほんとうになんなのだろう。こうしてわたしが直接声をかけるのは初めてのはずなのだけれども、驚いた様子なんてかけらもないのだから憎らしいくらいに頼もしい。
 薬師のつのつきは三人の衛視のつのつきに了解をとると、みんなを代表するみたいにしてゆっくりと土に膝をつく。つのなしの青年ひとりが事態を呑み込めないみたいに慌てている。つのつきたちならば誰にでも届いたわたしの声は、やっぱりつのなしには聞こえてくれないみたいだった。
「"かみさまのしらせ"さ。あんたには聞こえないみたいだね。落ち着いて。じっとしていなね」
 そういって薬師のつのつきは青年をなだめ、改まったように頭を垂れる。もはや空に目を向けるわけではなくて、天を突くほどにまっすぐな角だけがわたしのほうにただ向けられていた。肉体のないわたしが目に見えるわけがないのだから、そうやって感じようとするのはきっとつのつきなりの正しさなのだろうと思う。
 青年のつのなしといえば、薬師のつのつきの言葉に全く呆気にとられた様子だった。それは今の状況についていけないというわけではなくて、もっと根本的なことで、つまり"神"というものがあるということが信じられないみたい。実際わたしも神様なのかはわからない。ただわたしがそう信じられていて、だからわたしもそうだと思っている、そう信じている。だからわたしは、つのつきのかみさまだった。
「初めまして、かみさま。あいにく、私には貴方様が見えませんので。お目見えはかないませんが」
 ────うん。それでいい。わたしには身体がないから。
「ありがたいことです。我が老体の眼に、あまり遠くは見えぬのですよ」
 丁寧なはずなのに、どこか礼を失さないくらいに崩した感じでしゃべる薬師のつのつき。返す言葉が誘い出されてしまいそうな感じ。うっかりすると目的を忘れて無意味な会話を弾ませてしまいかねなかったので、わたしは早いうちに話を切り出すことにする。
 ────わたしにはよく見える。わたしが見る。
「万時見守っていてくださっていると、そう伺っておりますからね」
 ────あなたたちの敵を、わたしが見る。
 そういった途端に、薬師のつのつきがはっとしたように目を見開く。老いて皺が浮かんでいる目元まで張り詰めてしまいそうなくらい。彼女がおどろくところを今わたしははじめて見た。大人へのいたずらが成功した子どものつのつきの気分とは、つまるところこんな感じなのかもしれない。
 けれどもやるといったことは子どものいたずらで済むような話ではない。わたしでもそれくらいはわかる。薬師のつのつきはわたしのいったことを吟味するように黙したあとで「すこしばかり、お待ちください」と断ってからつのつきのみんなと改めて話し始めた。偵察を続行するか否か、という話ではすでに無くなっていた。もっと早いうちに言い出せればよかったのだけれど、わたしでは応援が来るという徴候にまで思い至らなかったのだ。
 五人がしばらくみんなして話し合ったあと、大体の大筋が決まったよう。まず斥候隊の五人は、なんにしてもひとまずは拠点にひきあげること。その間のつのなしの兵たちの動向は願わくばわたしに一任したい、ということ。斥候のつのつきたちは拠点に戻り次第これを酋長のつのつきに伝え、また軍の動きが見られたときにもまずは酋長にお知らせ願いたい、ということ。またわたしに一任するというのはあくまで一時的なこととする、なぜなら最終的な判断を私たちだけで決定するわけでにいかない──ということだった。
 なんだかいっぱいのことを詰めこまれて覚えていられるか不安なので、とにかくつのなしの兵たちを見下ろすことに集中する。なにかあったら酋長のつのつきに知らせる。それだけ、つまりわたしのしなきゃいけないことだけは覚えておくことにした。そうすることで今偵察に出ている彼らが領地に帰って休めるのならば安いもの。
 ────うん。いいよ。
「そ、そればかしかい」
 ちょっとだけ素の調子が覗き始めている薬師のつのつきがおかしい。わざわざいいかどうかを聞かれるまでもなく、そもそもがわたしから言い出したことなのだから是非もなかった。ともあれ確かに素っ気ないような気はする。それにばかっぽい。わたしの頭がよくないのはいっこうに構わないけれど、あまりばかだとは思われたくない。もっとつのつきたちの性分に習いたく思いながらいう。
 ────はやく帰ってきて。よく休んで。ろくに水浴びもできていないでしょう。
「神様や」
 ────うん。
「あまり頭がよくないみたいだね」
 なんでばれたの。
 薬師のつのつきの放言に衛視のつのつきたちが思いっきり目を剥いていた。仰け反るあまりに倒れたり、ふけい、といったりしていた。わたしにはいまひとつ意味がよくわからなかった。つのつきたちもあんまり口にすることがない言葉のように思う。釈然としない気持ちになっていると、薬師のつのつきが普段から腰が曲がっているのにさらに頭を下げていた。ほとんど額が地面についてしまいそうだったし、色の抜けた髪はほんとうに土を撫でてしまっている。
「神様、私はね。実のところ、神様なんて本当にいるのかって、ずうっとそう思っていたんだよ」
 ────ぜんぜん気づかなかった。
「間違っていたのは、私だったよ。いわなくてよかった。私は嘘をいわないからね」
 有難う御座います、神様、と。深々と頭を垂れたまま、いつも通りの──あるいはそれ以上の穏やかさで薬師のつのつきはそういった。わたしにはそれがいやに気恥ずかしくてなんといっていいものかわからなかったので、早くつのなしの兵を見張るお仕事に戻ることにする。引き継いだからには、やらねばならない。
 ────いいの。いい。
 ただそれだけいって、わたしは言葉を切り上げる。
 それから少しして、斥候隊のつのつきたちは野営の痕跡を残さないようしっかりと片付けてから移動を開始。つのなしたちに見つかってしまわないよう、少しばかり無理をしてでも夜のうちに村から離れる算段なのだろうと思う。
 幸い、わたしが見る限りはつのなし兵の追手がかかるようなこともなく。夜明けとともに小休止を挟んだあと、斥候隊は広々とした平原を抜けて南下。ほとんどつのつきたちの庭のような森をたどり、無事に領地の拠点へとたどり着く。問題は片付いてもいないけれど、まずは一安心といったところだった。

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