つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/5

 一方で、北方から森を抜けて出た斥候隊のつのつきたちにも目を向ける。思えばわたしがあちこちのつのなしを見て回れば済むような気がしないでもないけれど、改めてはるか高みから見るとつのなしの拠点は存外にいっぱいある。点々としている。北のほうというだけでは特定ができそうにない感じだった。というか、北がこっちであってるのかわたしはすこしばかり不安だった。斥候隊を追いかけるようにして見ていれば、幸いにしてあっていた。よかった。
 斥候隊はつのなしの青年に案内されながら、道中いつごろかにつのなしたちと事を構えた水場なんかを通り過ぎつつ、北上。今でもそこを見るのは少しだけどきどきするような感じがあった。何事もないからよかったけれども。
 やがて斥候隊が辿り着いたのは、いくつか見当をつけていた中でも一番つのつきたちの領地に近い村だった。村だと思う。村とはいってみたものの、わたしにはそれが本当に村といっていいものかわからなかった。なにせあちこちの家が焼かれているし、元は畑だったように見える土が無残に掘り返されて荒らされていたりする。むちゃくちゃもいいところ。特に村の中でも北部はひどい。斥候隊のつのつきたちは村の南側から近づいているので、まだいくらかまともな光景が見えているだろうけど。たぶん、この村のさらに北のほうから攻めこまれたせいなのだろう。
 南部には決して少なくない数のつのなしたちが屯している。たいていは毛皮や鈍く光る金属の鎧を着ていて、一目見るだけでも兵だとわかる。鎧を着たつのなしたちはそのほとんどが男性で、女性の姿は全くといっていいほど見当たらない。つまり、この村の原住民のつのなしでは絶対になかった。
 斥候隊のつのつきは村に近づき過ぎないよう、見つからないように気をつけて乗騎を降りる。三人いる衛視のうちふたりは慎重に村に近づいての強行偵察を行い、もうひとりの衛視は近くの高台から騎乗して村全体を見張る手はずになった。薬師のつのつきは見張りのほうにつき、つのなしは偵察側について案内を続行する。つのなしの青年は元々が木こりであったらしく、周囲の地理には手馴れているみたい。場所がわかったからにはわたしがざっと見て回ってもいいのだろうけど、わたしは大雑把なことしかいえないので偵察として難があった。実際につのつきたちが見聞きしたほうがいいものもあると思ったので、今はただ見守るだけ。
 全体の見張りは絶え間なく続け、もし見つかってしまったような気配や、それに類する異変があったらすぐに"つののしらせ"で偵察側のつのつきたちへと伝える。簡単なつのなしの言葉はすでに薬師のつのつきが共有化しているので、彼女抜きでもだいたいの言っていることはつのつきたちに通じるはず。そういうわけでつのつきふたりとつのなしで構成される偵察部隊が村へと近づいていく間、わたしは村の中──いや、村だったもの、を見渡すことにした。
 北部の荒れ果てた土地は無残だったけれども、今にも火の手があがってしまうような感じではない。たぶん、攻めこまれてからそれなりに時間が経っているためだろう。つのなしの青年は確か冬になる前といっていた。つまり、荒らされた土地はそれからずっと放ったらかしにされていることになる。そのことを考えるだけで、原住民のつのなしの生き残りはやっぱり絶望的という他になさそうだった。
 ぱっと見では遺体なんかは見当たらない。焼かれたのか、埋められたのか。見つからなければなんとも言いようがないのだけれど、しばらくじっと見下ろしていると気になるものがった。いまだ溶け残っている雪の下から、なにか真っ黒い棒のようなものが飛び出している。よく見るとその下は地面ではなく、焼け焦げた家の廃材がいっぱいに積み上がったあとだった。どかすのにも手間になるし、通り道の邪魔にもなっていないから、やっぱりずっと放置されているのだろう。
 飛び出た棒の先っぽはなにか歪なかたちをしていた。高くから見下ろすとまるでつのつきたちが漁に使う三叉槍みたい。けれどもそれは槍というには短くて、おまけに全く鋭くもない。材質は金属でも石でもなさそうだし、柄と先っぽが一緒になっているからそもそも槍ですらないだろう。そのまましばらく色んな方向から眺め回して、ぴんときた。
 腕だった。つのなしの真っ黒に焼け焦げた腕。細いからたぶん女性だろうとわたしは思う。棒状の真ん中あたりから、なにか白いものが顔を出していた。骨だった。
 ────めちゃくちゃに腹立たしくなる。なぜだろう。つのつきたちは獣を殺すし、事は起こらなかったけれど何かがあればきっとつのなしも殺した。わたしも殺させる。倒れているんだから結局は同じこと。遺体をどうするかなんて大したことではないようにも思えるのに、わたしは猛烈に腹がたった。わたし自身がやったことをみんな捨て置いて腹がたった。
 たまたまの見落とし、というわけではなさそうだった。見て回るうちに、村外れといえそうな場所から似たような遺体がいくつも見つかってくる。森の中に打ち捨てられていたり、近くの谷間たにあいに投げ捨てられていたりした。村のちょうど隅っこくらいにあたる場所に、いっぱいの骨とかまだ焼かれていない遺体が積み上がっていたりした。めちゃくちゃだった。この手のことが、まるで当たり前みたいにまかり通っている。
 ともかく、そう感じてもわたしにはどうしようもない。わたしには肉体がない。つまり彼らを葬ることもやはりできない。できるものならつのつきにやって欲しいと思ったけれど、それはあまりに偵察のつのつきたちを危険にさらしてしまう。頼めるわけがない。なにより、これは思い上がりかもしれないけれど、つのつきたちはそんなむちゃくちゃさえ拒絶せずに受け合ってしまいそうだった。それが一番こわかった。やっぱり頼めるわけがない。
 遺体と荒れ地、崩れた廃屋。そんなものばかりが目につく中で、わたしはそれをようやっと見つける。つのなしの生き残り。兵の一員らしいつのなしではなく、おそらくはあのつのなしの青年と同じ。攻め落とされた村の原住民と思しきつのなし。女性と男性が半々くらいで、着ているものは一様に粗末な布の服。汚れやしみがついていたり、擦り切れていたり。今は春先だからまだいいけれど、冬の間はそれこそ耐えられないほど寒いはずだった。つのなしの青年はかなり寒さに強かった様子だけれど、それでも薄手で紐がほつれているような服で平気でいられるほどではないだろう。
 特に女性のつのなしは、その多くが兵のつのなしに混じって働いていた。顔色はみんな青白いくらいに良くなく、どこかおどおどとして怯えているような感じ。事あるごとに頭を下げ、ひざまずき、許しを乞う。望んでそうしているわけではなさそうだった。そんなわけはない。兵は多かれ少なかれかしずかれるのが当然のようにして、声を荒らげるつのなしも少なくない。
 あっけにとられるような光景だった。驚きをかくせない────わたしはそんな光景を、そんな関係性を、今まで一度も見たことがなかった。
 つのつきにだって上下といえば親と子のような関係があるけれど、あんな無茶をすることは絶対にない。主だって我が子を育てるのは産みの親でも、それとはまた別に子どもはつのつきの大人みんなによって育まれるようなもの。あんなことになるなんて想像するのもむずかしい。そして子どもも大人になれば、それはすでに一人前の、立派な角の出来上がったつのつきなのだ。年かさのつのつきは敬われる傾向にあるけれど、それはつまり年寄りほど老いというやつが差し迫っているからこそなのだろうと思う。実際、老いを感じさせるほどつのつきたちが長生きする以前は、年上への敬意というものもそんなになかった。
 それにしたって、あのつのなしたちは──侵略者どものふるまいは、あからさまに度を越していた。怒鳴ったり手をあげたりするばかりではなくて、夫婦でするそれを強いさえした。まるでそれが彼女たちの一番必要とされる役目であるように、そうした。つがいの間で当たり前にあってしかるべき心遣いなんてかけらもなくて、まるでもののようにつのなしの女性を扱っては働きに報いることもなかった。獣のように、なんてふうにはとてもいえない。彼らにはまだよっぽど分別があるし、思いやりもある。獣のほうが、ずっとずっとましだった。
 女性のつのなしへの思いもよらない扱いは、わたしにはもう悲惨としか言いようがない。けれども男性のつのなしはまだいいかといえば、そんなことはぜんぜんない。男性のつのなしたちはその多くが村の南で、まだ生きている畑で働かされているみたいだった。顔色はやっぱり青白くて、おまけに肉がこけて痩せ細っている。ごはんに困ることが多かった昔々のつのつきでさえ、死に際でもなければあんなに痩せこけた姿はほとんど見た覚えがわたしにはない。いわずもがな、きっとまともにごはんを食べられていないのだろう。つのなしたちは決して少なくない数がいたけれど、あんなになってしまっては兵たちに抗えるわけがない。
 たくさんのつのなしを無理やりに働かせ、それを兵のつのなしが見張っている。休んだり手を止めるつのなしを見つければすぐに叱責が飛び、時には細長い革紐のようなものが振るわれる。鞭というらしいそれは、一見して武器のようだったけれど、そうではなかった。打たれたつのなしの男性はうめき、身をかがめて悶え、よろよろとまた立ち上がる。倒れてしまうわけではないけれど、痛がっているのはどこからどう見ても明らかだった。つまりそれは、身体を痛めつけるための道具なのだろうと思う。最悪だった。
 兵のつのなしは、支配下においたつのなしたちを一様に奴隷といった。一度たりとも聞いたことのない関係だった。つのなしの間ではよくあることなのだろうか。つのつきとつのなしという違いがあるのとは違って、つのなしはみんな同じような姿形をしているはずなのに。あのつのなしの青年も、言葉という壁を含めてもつのつきたちと分かり合えないわけでは決してなかったのに。土地が違うからといって、言葉が違うからといって、どうしてこんなことが起こっているのだろう。わたしにはぜんぜんわからなかった。
 わたしがそんな光景を見渡している間にも、衛視の斥候はとどこおりなく進む。さほど見回りは厳しくないと見てつのつきたちは村外れで野営を行い、斥候をしばし続行した。
 兵のつのなしたちは今のところ動き始める様子がなく、現在は待機中なのだろうと思う。日中には訓練や現地民の監視が分担で行われて、何人かは荒れ果てた村の北部の開墾にも駆りだされる。冬の間は放ったらかしでも、春がきたからにはそのままにしておくわけにはいかなかったのだろう。遺体も腐っていやな臭いを放つようになるかもしれない。なにより土地は、使えなければなんの意味もない。だからそもそも、あんな風にめちゃくちゃに踏み荒らす自体が無意味だというのに。
 兵のつのなしの規模はちいさくない。万全のつのなしばかりではないけれど、重傷のつのなしを省いても百は間違いなくいるだろう。それだけのつのなしのごはんをよく冬の間ずっと捻出できたものと思ったけれども、その答えはつのなしの青年が何の気なく口にしていた。
「村に十分なたくわえがありましたから。一度の冬くらいならば」
 そういう彼の顔立ちは、どこかもの寂しそうだった。当たり前だった。そんなもののために大切な蓄えが費やされるなんて、考えたくもない。おまけにその蓄えは、当の現地民のお腹にほとんど入っていないとしか思えない様子なのだ。つのつきたちがもしそうなったら、わたしはきっと嵐でも地震でも雷雲でも呼んでこれるだろう。それくらいに腹立たしい話だった。
 時折り村民のつのなしが外に出されて、中には入れないつのつきたちでも様子をうかがうことのできる機会がしばしばあった。どうやら、近くの川に水を汲みに行かせるためにそうしているようだった。もちろんそのまま逃してしまわないように兵のつのなしがくっついてくるため、よもや迎えにいけるわけもない。その見るに耐えない姿をかいま見て、つのなしの青年もはっと息を呑んだ。
 つのつきと違って角のない彼の考えていることは、衛視のつのつきに知られることは決してない。けれどもこの時ばかりは違った。同郷の民がそんなふうに扱われているのを見て、なにを感じるかなんてことは、つのつきたちにしたってきっと変わらない。
 幸いにして兵のつのなしが出てきたおかげで、大体の装備は知ることができた。一度に一日の用水を汲むためかたくさんの兵が揃って出てきて、それなりに統率の取れた隊列を組んでいる様子も見える。そこはきっと訓練の成果なのだろうと思う。その訓練もめちゃくちゃな統治でつのなしたちを犠牲にして行われていると思えば、いっそ忌々しいくらい。
 しかしつのなしの青年がそうであるように、それでもつのつきたちは分かり合えるかもしれない。言葉すら通じなくても、それは決して不可能ではないのかもしれない。つのつきたちが戦わないと決めたなら、わたしはそれを見守ることにしたっていいと思う。
 けれどもあれは、だめだ。断じてだめだ。つのつきをあんな風にさせるわけには絶対にいかない。力及ばず、なんていうのはなんとしてでも看過できない。
 そう、決めた。

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