つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/4

 つのつきたちはみんなの方針というものを大抵の場合、話し合って決める。彼らが"つののしらせ"という共感能力を持つと知り、けれどもそうするのをわたしは一時奇妙に思ったけれども、なにもおかしくはないとすぐにわかった。感じることとわかりあうことと納得することは、たぶん、別なのだ。男性のつのつきさえ出産の痛みを知ることができる──実際に痛みを共にするためそうしていることも結構ある──共感能力は、けれども腑に落ちる思いまで共有できるかというと、きっと別。だからつのつきたちには、言葉を使って面と向かい、膝を突き合わせて話し合うことが必要なのだ。わたしはそう思った。
 けれども、これはまた話が別だった。信じられるかどうかは別にしても緊急性が高いつのなしの言葉はすぐさま衛視を伝令として酋長のつのつきに伝えられ、彼女はこれまた余計な話し合いなど挟むことなく北方への斥候隊を衛視のつのつきたちから編成した。
 つのつきは実際に危険が差し迫っているか否か、そんなことをいちいち話し合って時間を無駄に費やしたりはしない。まず第一に確認がある。実際に現地に足をはこび、現実に目を向けて、確かめる。なにもなければそれでいいし、ことがあればすぐさまそれを共有する。つのつきはそうする。今回の迅速な動きも原則から外れたものではなかった。
 斥候隊といってもごく少数で、大鹿を乗りこなす衛視のつのつき三人が主な斥候役。そこに案内役をつとめるつのなしが随伴し、通訳と後方支援を担当する薬師のつのつきも同様に。持ちこむ食糧も少量におさえて速度を重視し、問題があれば仕事よりも身の安全を優先して領地に帰投するという手はずになった。
 あいにく、弟子のつのつきはお留守番だった。子どもを危険地帯に送りこむことをつのつきたちは往々にしてよしとしない。子どもの命を危険に晒すだけでなく、自分が逃げることも難しくしてしまうから、これは当たり前といえば当たり前のことなのかもしれない。
 そして速度を優先したのは、安全性の他にもわけがあったらしい。酋長のつのつきが判ずるところによれば、つまりなぜ危険が差し迫っているのにいまだ攻めこまれていないかというと、それはひとえに冬であったからということ。冬が冬であるというだけで雪中を行進するのはものすごく難しいし、しかもつのなしたちがたくさんの兵を引き連れたりしていればなおさらのこと。時間がかかればかかるだけ必要なごはんも増えてくるし、効率が悪いことこのうえない。寒いせいで倒れるつのなしもいるだろうし、数が多ければ病気が広まってしまう危険も高くなってくる。そういう問題があるからこそ、冬に攻め込まれるようなことは起きずに、つのなしの青年もどうにかこうにか逃げ延びたということなのだろう。
 そして今は、いうまでもないことだけれど、春だ。冬は終わった。雪解けは完全に過ぎたわけではないけれどじきに済むことだろう。つのなしの青年の言葉が真であったなら、一刻を争う今日明日の問題とすらいってもよかった。
 ことがなければそれがいいのはもちろんで、けれども甘い期待をつのつきたちはやらない。つのつきみんなが兵であるかのように総動員され、子どもを別にして角の槍を代表としてたくさんの武器が用意される。
 つのつきたちは結局のところ軍とか兵士とかいわれるものを持っていない。衛視は少し似ているけれども兵とは違い、その最たる役目は言葉通りつのつきの領地のいわば目になること。戦うことはその次に来る。けれども戦うつのつきがいないかというと、やっぱりそれも違う。子どもを別にしてしまえば、つまるところ、つのつきはみんなが戦士に足る資質を持ち合わせている。男女の別はない。年老いているからといって、立ち上がるのも槍を持つのもたやすいこと。どれだけ身体から肉が落ちても、これ以上ないくらいに細くても、身体の根幹といえそうな腰はしっかりと据わっているならばと。
 先代酋長のつのつきさえ、穏やかに座しながら傍らには一本の槍をそなえている。持ち主をそのまた先代に遡ることのできるらしい角を冠する、立派な黒金の柄がついた槍だった。
 みんなが当事者として立ち上がるからこそ、戦への備えは急速に進められる。かといって常日頃の仕事を休むというわけでは断じてなくて、むしろそちらこそ優先してやらなければならないことだった。今でもごはんの蓄えは依然としてあるけれど、それを下手に目減りさせることはつのつきたちが今一番困ることだった。実際に事が起こったとしたら補給のために狩りにくりだす余裕なんてどこにもないだろうし、畑の世話などいうに及ばず。事によっては戦場になるかもしれないのだから、大切に開墾しては耕し、肥やし、育んできた農地が荒らされるという可能性すらも考えないといけなかった。となるとなおさら食糧供給をおこたるわけにもいかず。
 かつては簡単な床の高い倉庫にごはんを蓄えていたものだけれど、今はそのいくらかを縦穴を掘り進んだ地下に保管するようになっている。地下水脈の関係もあって土の下は温度が低く、樽に入れて置いておけば倉庫などに置くよりも傷みづらくて長持ちしやすいとのこと。領地の真ん中に井戸をつくろうという話があがったとき、一緒に考えられた設備だった。それらのおかげでつのつきたちがなによりも必要とする水とごはんは確保できるから、あと準備が必要なのは、拠点そのものだった。
 今つのつきたちの拠点は、広く領地を取るように石壁と木の柵でぐるりと囲まれている。ただし広くなり過ぎないよう間合いを取って、北方を除く三方の門前には櫓が左右ふたつずつ立っている。普段はそこに衛視のつのつきが立ち、外でなにか異変がないものか見張っている。拠点の中はもっぱら"つののしらせ"が行きわたるおかげで、見回りは最小限でそんなに問題はないみたい。
 そこでまず行われたのは各門の守りをいっぱいに強化すること。鋭く削りだした丸太をいくつも縄で結びつけ、突撃すれば串刺しになってしまうような柵──乱杭をつくったり、木や石のみならず粘土まで伝って門をしっかりと固めてしまったり。後々面倒くさいことになるのは予想できるのだけれど、そこは非常時ということで酋長のつのつきの許しもあって実行された。わたしはすこしばかり早計な気もしたけれど、実際に事態が差し迫っているつのつきに口を出すのはこればっかりは間違っていると思ったので見守るばかり。あるいは備えが杞憂に過ぎないのだとしても、後始末が面倒なだけでそれはそれで構わないのだし。実際に事が起こるとしたら、早いうちに防備を固めておくのはそれこそきっと無駄にならないだろうと思う。柵とかはいつか使いまわせそうだなあ、とも思う。わたしが見守っているうちに、いつか無意味なものになるときが来るかもしれないけれど、それはそれ。
 お留守番をしている弟子のつのつきも、いわずもがな大人しくしているばかりではなく。春の訪れにあわせて森から傷にきく薬草のたぐいをいっぱいにかき集め、念のため別に取り分けて置いておく。普段も狩りで怪我をするつのつきがそこそこいるというのに、戦なんかになればどれだけの怪我人が出たものかわたしにはぜんぜんわからない。弟子のつのつきもわからなさそう。そのせいか、いっぱいに集まった。大人の手を借りたこともあっていっぱいに集まった。なにぶん未熟な弟子のやったことだから薬師のつのつきが取り置いているのとは別にして、けれども百余りというつのつきみんなを補って余りあるくらいにはなりそうだった。
 実際に領地の防御を固めるにあたっては、つのつきの中でも狩人の手によるところが大きかった。狩猟をやるからには、その逆になる守りを固めることもお仕事の範疇であるのかもしれない。彼らの知識や仕事の骨子は"つののしらせ"によってつのつきの中で共有化され、それを参照することで誰でも同じだけの準備が進められるようになる。もし狩人がいなくなったとしても、そこに必ず代わりになるつのつきがいる。自分だけではないというのに促進されて、全体としての作業速度が飛躍的に向上する。
 見守っていてわたしが気づいたのは、つのつきたちはどうやら、少数で多くの仕事を分業するより、たくさんの数で一個の仕事に当たるほうがずっと効率がよくなるみたいだった。新しく生まれたこつや工夫などの知識のみならず、実際に手足で、身体で感じたものもすぐさま"つののしらせ"の共有化に組み入れられる。全く別のことにあたっていたつのつきの配置を入れ替えても差し支えは全くない。説明の必要もほとんどなし。流動性がめちゃくちゃに高いのだ。また別のことをやっていても共感によって改善すべきことが浮かび上がりやすく、発展の速度そのものもまたすさまじい。
 つのつきの数は決して多くはないと思う。きっと地平すべてを見渡せば、つのつきよりもたくさんの数をほこるつのなしがいっぱいいると思う。そして数というしめつけがあるせいで、つのつきはたくさんの問題を少人数のグループで分担してあたることを強いられていた。
 けれども、だからこそわたしは思う。つのつきたちがもっともっと増えて、いっぱいの数になったなら。この地平がつのつきで埋まってしまうくらいに、小麦が地面を黄金に染めていくように埋めつくすことができたなら────つのつきたちは、わたしでは到底及びもつかないようなことをやってくれるに違いない。
 領地が着々と要塞化されていく光景は、見守るわたしをそう思わせるには、十分にすぎるしろものだった。

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