つのつきのかみさま

きー子

暗黒の時代/6

 帰りつくなり、狩猟団の報告はすぐに酋長の女性へと伝えられた。その後の動きはとても早くて、たくさんのことがいつの間にか決まっていた。
 外側の"民"──つのつきたちは、つのなしのことをそう呼んでいた──によく気をつけ、交代制で常に見張りを立てること。そのために、特に槍働きに長けたものから人員をつのること。そうして生まれたひとつの仕事が、巡視だった。つまり拠点の周りを見て回り、安全を確かめるのが役目の仕事。言葉の意味がよくわからなかったので(わたしもよくわからなかった)、それは夜警団とか戦士団とか色々にいわれてるみたいだった。代表役には狩人のリーダーをつとめていたつのつきが就いた。転向したのではなく、兼任だった。そもそも巡視をするのはほとんどが兼任で、酋長の女性は専任を提案していたのだけれど、本人たちからすれば食い扶持くらいは自分で働くという向きがまだまだ強いみたい。
 そんなことをしないでもわたしが見守るといいたいところだったけれど、できないことをいうのはよそうと思った。なにせつのなしはちいさいうえにつのもないから、ぼっとしていたら見逃しかねない。そしてわたしはよくぼおっとする。向いていないと思う。
 いつも通りに狩猟採集で蓄えをする秋が続く。つのつきたちはすこしばかりぴりぴりしていたけれど、それもいつの間にか冬が近づくにつれて収まった。報復のためにつのなしがいつか来るとして、まさか厳しい冬にのこのことやってくるわけがない。口に出しはしなかったし、そう信じこんでいるわけでもないけれど、そういう思いがよぎってしまうのが普通だった。
 なのでわたしも冬の間はすこしだけ気を張っていた。そして、実際に来なかった。調子が抜けるというか、なんといったものか。試しにあの時のつのなしたちの拠点と思しい土地をいくつか見て回ってみたけれど、すぐに徒労と気づく。わたしには彼らがなにをいっているのかてんでわからないのだから当たり前だった。
 まだすこしだけ肌寒い春がくる。そして拠点では、前見たときよりも地面から生え出す芽が少しばかり増えていた。それはまだまだ頼りないけれど、とてもつのつきたちのお腹を満たせるものではないけれど、ほんのひとつきりだった前と比べればぜんぜん違う。次の年になれば、もし順調にいったならば、少しは食べるぶんに回せるようになるかもしれない。そんなことを薬師のつのつきが子どもたちにいっていた。なにせ子どもにわかるようにいっているので、わたしにもわかる。
「芽が出なかったのもあるけれど。どれくらいに埋めたら芽が出るかは、だいたい、わかったから」
 そして、順調に進めることもそんなには難しくないというみたいに。薬師のつのつきの言葉を、彼女を囲う子どもたちは話半分に聞いている。というのも、薬師のつのつきはいまいち大人たちからも胡散臭がられているからだった。彼女は拠点の中でも一番隅っこの日陰に居を構え、日がな一日草花をかき集めてはそれを調べることに勤しんでいる。実際にうさんくさいとしかいいようがない。なんでも彼女の先祖は、つのつきたちがまだ遊牧民であったころ、外部からやってきた珍しい一族であるよう。草花の確かな知識や薬師の腕前には、信頼を置かれているようだけれど。なので彼女はつのつきの大人でも珍しく、外に働きに出ることがあんまりない。むしろ薬師が怪我なんかされても困るから、頼まれてそうしているみたいなものみたい。つまり、草花をかき集めるのは彼女の道楽のようだった。
「ほんとうか?」
「私は、嘘をいわないよ」
「でも、あんまり増えたら、私達だけじゃ追いつかなくなっちゃう」
 そういったのはつのつきの女の子で、生まれてきてまだ五年かそこらの、角も伸び切っていないような年ごろだった。頭の上から飛び出た先っぽがわずかに丸い。あどけない顔立ちをくもらせてつぶやくことは、年頃にしてはかなり真っ当な懸念だった。今こそつのつきの子どもたちや、興味を惹かれた大人たちだけで十分なくらいだけれど、薬師が語る来季の栽培量はいささか子どもたちの手にあまる。土地も結構な場所を取ってしまうだろうし、使わなきゃいけない水なんかもまた増える。けれども薬師のつのつきは、そんな心配に引っかかりもしないみたいだった。
「大丈夫。そのときは、みんなの手を借りれば、それでいい」
「ほんとうかよ」
「私は嘘は言わないよ」
「でも、みんな、忙しいし。お仕事、ふえてるの」
 生意気に口を出す男の子のつのつきを別にしても、信用されていない感じがすごかった。けれども薬師のつのつきは頭から黒布のフードをすっぽりと羽織って、本来ならば目立つはずの角までも覆い隠してしまっているので、子どもたちの反応も無理はなさそうだった。わたしも彼女の働きを見ていなければきっと怪しいと思う。いや、見ていてもその格好はじゅうぶんに怪しいと思った。
「大丈夫。仕事を減らすにも必要になるから。さ、お話、続けようか」
 そういって薬師のつのつきは薬草を片手に語り続ける。つのつきの子どもたちは、さっきまでの態度からは意外なくらいにそれをよく聞いている。つのつきの子どもたちには知らないことがたくさんあって、それを知っていくことにとても貪欲なたちだった。時には屋内でそうするだけじゃなくて、外に連れ出しては森の入口近辺を実習と称して歩き回ったりする。いかにも怪しげな彼女のやることだから他のつのつきに反対されても全くおかしくはないけれど、不思議とそんなこともない。彼女のもたらす薬効の見識はきわめて有益で、それが先行きの長い子どもたちに伝わるのはきっといいこと。わたしはそう思うように、つのつきたちもそう思っているのかもしれない。つのつきたちは往々にして、能力があるならば性格なんかは別にして考えるところがあるみたいだった。
 春が訪れたばかりの時期は狩人にとって絶好の狩り時で、年の中でもかなり忙しい時みたいだった。こんな時にこそつのなしたちのことが危ぶまれたのだけれど、拍子抜けといっていいものか何事もなく。
 薬師のつのつきがいっていたことを、わたしがすっかりと忘れたころ。彼女が酋長のつのつきのもとを訪れたのは、夏を前にしてのことだった。彼女ははみだしものらしく集会にもあまり来ることがなく、たまに顔を出してはものも言わずみんなの言葉に耳を傾けるくらいのもの。そんな薬師のつのつきがたったひとりで酋長の前にあらわれたのだから、驚いてもしかたがないことだと思う。
「いかがなさいました。藪から棒に」
「急ぐ話でもないけれど。ううん、急いではいけない話、かな」
 そんな風に切り出してからふたりして筵に腰を下ろし、膝を突き合わせるように向かい合わせで座る。はじめは静かだった語り口には次第に少しずつ熱がこもり、時折り角と角の先っぽが触れ合わんばかりになる。喧々諤々とやりあったあとに夜もすっかり更けたころでようやく話がまとまったみたいで、ふたりともくたびれた様子なのに満足気でもあった。
 それはつまり、食べられる植物──作物なんかの栽培を手広くやるために、いくらかの人手がつのつきの中からほしいということ。そして規模を大きくするためにも、水源をもう少し近づけられないかということだった。
 つのなしのことがある手前、不安定な情勢にあって酋長がそれを唯々諾々を受け入れることはない。けれども魅力的な提案ではあった──行く行くは狩りをせずともみんなのお腹を満たせると、薬師のつのつきは説いたのだ。そうすれば狩猟における不意な事故がぐんと減るはずで、怪我人も自然と減る。そのぶん、酋長が望んでいたようにいくらかのつのつきを"戦士"に専念させることもできる。
 わたしにとっても、つのつきが減ってしまうことが少なくなるかもしれない。単純な話だけれど、それはとてもいいことだと思う。
 後の集会で酋長の女性がこれを話題に上げたとき、多くのつのつきたちが賛同の声をあげた。もちろん、語り合った内容をそっくりそのまま言ったわけでは全くなかった。あくまで最終的な目標に継続的な栽培を行うというのをかかげて、狩猟や漁業などもまた継続しながら長い目で見て緩やかな変化を実行する旨を伝えたのだ。それが現実的に外部を警戒しながらでも続けられる範囲だったのかもしれない。栽培がそううまくいくとも限らない、という可能性もある。緩やかに移行していくならば、いずれは兵を専任することになるかもしれない"巡視"のつのつきたちの反発も減らせるだろう。
 集会の席では、めずらしく顔出しした薬師のつのつきが鷹揚にうなずいていた。満足とまではいかないけれど、納得はいったというみたいに。まさに、急いではいけない話、の通りだったのかもしれない。
 ────いいよ。いい。
 そう思ったとき、それが全部だだ漏れていたのに、つのつきたちの素っ頓狂な反応を見てから気づいた。まるで集会場がひっくり返ったみたいな感じだった。ひとりふたり、あるいは一組にものを言うだけなら何度かあったけれど、みんなに口を出してしまったのはひょっとしたら初めてかもしれない。その日は、つのつきたちが歌い踊りとやるたいへんな騒ぎになっていた。大げさだなあと思うけれど、賑やかなのを見るのは悪い気にはならなかった。沈んでいるよりもずっといいと思った。

 いくつもの季節が追いつけないくらいの早さでめぐっていく。水場を拠点の近くに引く工事は意外と早い段階で進められていた。それはきっと栽培を続けるかどうかに関わらず、拠点に行き渡りやすいようにしたほうが便利だという思いがつのつきたちにもあったのだと思う。水を汲みに出かけるのはなんだかんだで一仕事だし、温暖な季節ならばまだいいけれど、寒いときにはとっても困る。時に川が凍ってしまっていたこともしばしばあるのでなおさら困る。そういうときは氷を火にかけてなんとか飲用にしたものだけれど、そんなことをつのつきたちみんなのためにやっていてはそれこそ一日仕事だ。木炭もすごい勢いで減ってしまうので、これをなんとかできるのならつのつきたちも手間は惜しまないといった感じ。
 工事はつまりちょっとした溜池をつくるようなもので、川の流れから枝分かれするように湧口を広げる。そこから水が流れこんでくるよう拠点のそこそこ近くに窪地をつくるという手はずだった。鋭い角のおかげで堅い土であろうともさして苦労することもなく掘り進むことができたみたいだけれど、そこから先は試行錯誤の連続になる。
 水を引くための道が狭かったせいで泥が詰まってしまったり、また窪地の底が浅かったせいで底にすっかり石や泥が堆積してしまったり。こうなると水に濡れながらの作業になるわけで、わたしは新しくつくればいいのではないかと思ったのだけれど全くの浅知恵だった。そんなことをしていたらあちこちが穴ぼこだらけになってしまう。角のおかげで掘り進むのに苦労しないけれど、埋め立てるのはきっとものすごく大変なのだ。
 冬をはさむせいで作業のできない期間があったり、もちろん今までの仕事をする時間も必要なので、工事に集中するわけにもいかない。あふれかえらないように工夫をほどこしたりで、完成したときにはすでに季節がふたつかみっつはめぐっていた。早いと見るか時間がかかったと見るか。他はわからないけれど、つのつきたちだからこそその期間で終えられたのだと思う。なにせその間、禍事のたぐいはほとんど皆無といってよかった。まさに幸いというほかない。
 それだけの期間があれば、角もほとんど生えていないようなつのつきの赤子がしっかりと立つ。意味はわからないけれど、それなりにものも言う。さほど心配なくごはんが食べられるおかげでみんなを養えるという安心もあって、いつの間にやらつのつきはの数は五十にまで増えていた。一度はがくんと減ったせいであわや全滅かとあたふたしていたころが嘘のよう。
 わたしにはつのつきたちがほんの少しずつ増えていくのがもどかしくも思えたものだけれど、眺めていればそのほうがいいのだと気づくこともある。つまり気づくまではわかっていなかったのだけれど、つのつきが増えれば食べるごはんの量が増えるのだ。それを補うように多くのごはんを集めることも必要になる。増えれば増えるほどいい、ということではどうやらないみたいだった。かといって減るのはいやだった。ゆるやかに、ゆっくりと増えるのがいい。
 つまり、きっと、今くらいがいいんだと思う。わたしはそう思う。
 貯水池がすっかりできたころ、いっしょに整えられていたものがあった。作物を栽培するための農地と、薬師のつのつきはそういっていた。
「日陰は私の場所。日向は草花のためにあるからね」
 そういってはばからない彼女が、集会でよくよく根回ししては農作のための土地を確保していたみたいだった。いつもはてんで日陰者の振る舞いをしている薬師のつのつきは、興味の赴くところで驚くくらいの行動力を発揮した。今年の実りはすっかりと群れをなすといえるくらいのものになっていて、いつか見たつのなしの土地にはさすがに敵わないものがあったけれど、ごく少数のつのつきたちがそれをやっているのだと思えば単純に比べられるものではないと思う。高みから見下ろしてもわかってしまいそうなくらいの、地面に垂れた黄金の穂の群れ。そのいくらかは、実際にごはんとして卓上にのぼる日も近い。野からかき集められたものでなく、まごうことのない自分たちの土地で育まれたものとして。
 今はまだ、ほんの少し。けれどもそれはいつか、たくさんのつのつきのお腹を満たすことになる。その徴候はすでにしてあるのだから、この年はきっと農地を耕すつのつきが増えるのだろうなと思う。
「あんまりおいしくないけどな」
 収穫しながらも生意気な男の子がいうところは、残念ながら見事に当たっているよう。薬師のつのつきといえば、どうも味のことには興味がなさそうだった。実際、彼女の調剤する薬はよく効くが死ぬほど苦いということでも評判なのだ。
「それは私の仕事ではないからね」
「じゃあ、誰がするんだよ」
「ごはんをつくる子だね」
「そっか」
「そうさ。私は嘘を言わないからね。そうだろう?」
 薬師のつのつきはそういって、収穫を共にする女の子のつのつきを意味ありげに見て笑う。
「えっ」
「だろう」
「そうなのか」
「えっ……あ、はい」
「そっか」
 平然としていう男の子と、にわかに赤くなる女の子。わたしからすれば子どものつのつきなんかほとんど違わないように見えるのだけれど、この辺りどうも違うところはあるみたいだった。大人のつのつきたちは角を通じてものごとを同じように共感できるようなのだけれど、未発達な子どものうちはそういうわけにもいかないのだろう。わたしにわかるのは、彼らがたぶん契りを結ぶのだろうなというくらいのものだった。産みの親にあたるつのつきたちがそういっていたからわかる。
 角も生えそろっていないような子どもがすっかりと育ち、それはまだまだ子どもでも。また年月がいくつか巡り、きっとその時つのつきたちは大人になる。そしてまた新たなつのつきが増えるときを、わたしは待ち遠しく思う。
 それはまるで、ひとつの時代の始まりのように。けれども知らせのひとつもなく、穏やかな風が鮮やかな麦穂をただ揺らすばかりだった。

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