つのつきのかみさま

きー子

暗黒の時代/3

 つのつきのかみさま。そんな自覚をしてはみたものの、特にわたしのやることが変わるわけではなかった。ただ延々とつのつきたちを見守る。それがわたしのやりたいことだし、することだ。するべきことなんて意識はほんのかけらも持ちあわせてはいない。大したことができるわけでもぜんぜんない。
 だというのに、つのつきたちの変わりようは劇的だった。以前はみんながてんで無作為に手探りで動きまわっていたというのに、ほんの少し目を離しているうちに役割分担のようなものができあがっていたのだ。それを采配しているのは当然のように酋長と呼ばれるつのつきの女性で、みんなもそれを受け入れているみたいだった。
 槍や弓を手に狩りに出るつのつき。地道な採集を買って出るつのつき。木を切るつのつき。薪を割るつのつき。建物をつくるつのつき。魚を釣り上げるつのつき。諸々の作業に必要になる道具をつくりあげるつのつき。すこぶる多岐に渡る作業がそれぞれに割り振られ、時に木材が不足するときなどは臨機応変に他の現場から打って出たり。分担をしてはいるものの流動性が保たれているのは、つのつきの数がたくさん減ってしまったことも手伝ってのことだろう。借りられるならばけだものの手でも借りたいといった感じ。残念ながらわたしには肉体がないので手もないのだけれど。出せるのは口くらいのものだった。
 特徴的なのは──作業によるのだけれども──つのつきたちの作業には、広く角が使われているということだった。
 たとえば、狩人の槍の穂先。あるいは弓の鏃。はたまた漁師の銛の先端。それらにはもっぱら角が括りつけられている。誰の角だろうと思う。あまり古いものではなさそうに見える。くすんだりしみがついたりといったことは全くないし、よごれもほとんど目立たない。真っ白で、鮮やかな角。時にはシカの背中を見事に貫き、だというのに角には少しも欠けたところがない。きっと獣の骨にぶつかっているし、毛皮に包まれた肉も決して柔らかいばかりではないはずなのに。
 つのつきたちは漁もよくやったもの。嵐の名残りで水場の流れが激しいうちはどうにもならなかったみたいだけれど、次第に緩やかになったあとは絶好の狩場といってもよかった。東の川よりずいぶん遠くなってしまうのだけれど、南の大きな水たまりはなおさら魚がよくとれるみたいだ。ただしそっちの水はいやに辛くて、飲むと余計にのどが渇いてしまうので水場には使えないということが明らかになった。細い川よりはずっと大きかったから期待していたのだけれども、残念といえば残念。何人かのつのつきは酋長の女性に報告するためにそれを持ち帰るつもりだったようだけれど、拠点に帰り着くころにはすっかりからからに乾いてしまっていた。残ったのはしろくてちいさな結晶みたいなものだけ。持ち帰った魚には鼻につくいやなにおいがするものもあって、どうも日持ちはあまりよくないらしい。何事もうまくいくばかりではないなあと思う。
 建物もたくさんできて、野営に毛が生えたようだった拠点もこう見ればずいぶんと大きくなった。
 雨風をしのぐための家がはじめにあって、次に獣の侵入をふさぐための柵。そして次に、いろいろな道具をつくるためにと簡便な鍛冶場。主に使われるのは石と木だった。そして多少の真っ黒な金属──それはたまたま見つかったもので、石よりもはるかに硬いことに驚いたつのつきが酋長に報告したものらしい。冬に備えて人出が足りない今は手が回らないみたいだけれど、いつかは何かの役に立つかもしれないと思う。
 鍛冶場の次に、それぞれの仕事をするつのつきのための詰所ができる。切り倒した木を保管しておくための木こり小屋や、魚や獣を解体するための狩人小屋。かさばる骨や毛皮などは丁寧に洗い清められたり加工されたりで扱いやすいようにしたあと、改めて倉庫に集積されることになる。
 倉庫といってもひとつではなくて、雑多なものを入れておくものを特に倉庫と呼んでいるようだった。必ず入り用になる炭焼きされた木は木炭小屋にまとめて置かれているし、格別に草花に詳しい薬師のつのつきはたくさんの薬草とともに薬師小屋に居座っている。なにせみんな生傷の絶えない仕事にいそしんでいるものだから、薬師のお仕事はおおいに好評を呼んでいた。
 つのつきが頻繁に行き来するところは緑の草原が掻き分けられて道ができ、地面もみんなの脚に踏み均されて自然と歩きやすい感じになる。そうやってできたつのつきの道が、つまり彼らの生活圏内を端的に示すものだった。それに気づいたつのつきがまた草が生えてこないようにと平たく加工した石を道に敷き詰めていき、それぞれの建物をつなぐ本当の道ができあがる。わたしのいる高さからでは見えないようなちいささだけれど、それは確かに道だった。つのつきみんながそれを辿るように歩くのだから、まさか疑いを抱くわけもない。酋長の女性は明らかになった周囲の地形を大きめの石に彫り込み、簡単な地図にした。未開の土地をほんの少しずつ、かたちにして刻むことによって、はじめて我が物とするかのように。
 そうやって拠点が少しずつ大きくなっていく中でも、難産だったのはひとつの倉庫──食べるためのものを保管しておく、食料庫だった。はじめは陽に傷んでしまわないようにと陰りにつくられたそれは、ごくごく普通の倉庫だった。そしてすぐに問題が起きた。ねずみが沸いて、くだものをかじっていたのだ。もちろんそのねずみはつのつきたちのお腹に収まったのだけれど、勝手にごはんに手をつけられてはたまったものではない。冬になってからもしものことがあれば死活問題になる。しかもねずみはちいさいから、どれだけ拠点を柵で囲っても完全にふせぐことは難しい。まだ被害にあってなくても虫なんかも気がかりで、どうしたものやらとつのつきたちは揃って頭をひねっていた。一日に何度かは様子見をすることで応急的に対処することになったようだけれど、それも抜本的な解決にはなっていない。
 それが解決できるような思いつきは無論ないので、わたしはただつのつきたちを見守るほかになかった。以前通りといえばやっぱりその通り。
 たくさん苦労しながらでもやっぱり冬が来るときは来るもので、こうなっては前もっての蓄えがやっぱりものをいうようだった。このあたり、つのつきたちが草原を転々としていたころとあまり変わったところはない。けれども寒さの中で無理をおして狩りにでなきゃいけないような事態はぐっと減ったように見える。なにより雨風をしのげるというのはとても大きく、炭の備えがあるおかげで暖を取るにも苦労しない。つのつきたちはさほど大きくもない家にたくさんの数で住むことを好んだので、炭を使いすぎるということがなかったのだと思う。
 ちいさな家に大所帯で詰めこまれながら、つのつきたちはなんらそれを苦にするところがなかった。親と子の間柄はそんなに重要とは思われていなくて、大切なのはひとりの子が"つのつき"の子であるということらしい。みんなが家族であるのだから、もちろん面倒事はそれだけ多くもなるけれど、身を寄せ合うことに否というわけもない。
 肉体があるというのはどうしようもなく不便だけれど、わたしはそれをほんの少しだけうらやましいと思った。だからつのつきたちを見守ることがやめられないのだとも。

 冬があっという間に過ぎていく。わたしにとっては瞬く間でも、つのつきたちには長い冬。冬の間も地道に切り開かれていた草の原は寒さのせいで後から生い茂ることもなく、あれほど降り積もった雪の痕跡もすでにすっかりと消えていた。穏やかな春の訪れをわたしはそこに垣間見た。上り詰める陽の光もいつもより少しだけ高いように見えた。
 冬の間はつのつきたちも本格的に動けなかったものだから、春季の立ち上がりはゆるやかだ。つのつきたちの衣もすっかりと打って変わって、もこもこの毛皮ではなくすっきりとした革の服。まだ身体もほぐれ切らないうち、つのつきたちが始めにかかった仕事はすなわち食料庫の建て替えだった。つのつきたちがみんなで何度も顔を突き合わせた結果、ほんのちょっとした思いつきから生まれた妙案。そのきっかけはすこぶる些細なことで、たとえ虫だろうとねずみだろうと、まっすぐな高い壁に張り付いたままではいられず、しばらくすると落ちてしまうということだ。
 つのつきたちにとってもそんなことは当たり前なのだけれど、盲点といえば全くの盲点だった。そもそもの話は、ちいさなつのつきの子どもが屋根から雪が滑り落ちるのを見て、「ねずみも落ちちゃえばいいのに」といったのに端を発するという。地をこそこそと這いまわるねずみが落ちるわけがないのだけれど、そこは大人のつのつきの知恵の見せ所。つまり、地続きだから食料庫に入りこまれてしまうのだ。段差をつくって、上げ底の食料庫を建てればいい。つのつきたちの身の丈なら段差を登るのは容易いけれど、彼らよりずっとちいさなねずみではそうはいかない、ということらしい。大きな獣は前もって柵で防いでいるから、そっちの心配は必要ないという塩梅。なるほどなあ、とわたしはつのつきたちの談話を見守りながらすこぶる感心したものだった。
 わたしは大したことができないし、実際していないのだけれど、それを憂いる必要はぜんぜんないようだった。つのつきたちを見守っていれば、なおのことそう思う。つのつきたちは、時に難儀することもあるけれど、存外に自分たちでもなんとかしてしまうものなのだ、と。それこそ、わたしでは思いつかないような考えをひねり出してみせたのだから。
 あとは実際にそれを建てられるかということだけれど、それにもさしたる問題は起こらなかった。家を建てるときに建物を支えるための柱を立てたように、地面から何本かの柱を立てて、その上に倉庫を建てれば事は済んだ。それで万全とはいかないまでも、ひとまず問題のない食料庫ができたのである。つのつきたちが揃って朗らかな笑みを浮かべるのに、それがまるで自分のことのように嬉しく思った。
 吉報かはわからないけれど、不思議なこともあった。雪解けがすんで野ざらしになった地面のあとから、ちいさな芽がいくつか顔を出しているのにつのつきのひとりが気づいたのだ。
 なんだなんだとたくさんのつのつきたちがそれを囲むようにして集まってくる。あちこちに散らばって仕事をしているつのつきも、彼らのほとんどが日に一度は拠点に戻ってくるので話が早い。ありあまるほどの体力にあかせて颯爽と駆けつけるつのつきは珍しくもなんともないくらいだった。
 なんだこれと不思議そうに首をかしげる道具作りのつのつきがいて、他の草とはちょっと違うように見えると漁師のつのつきがいう。もっぱら植物採集に駆り出されるつのつきが、どこかで似たようなものを見たことがあるという。得心したように薬師のつのつきはそれを見て口を開く──たぶん麦の芽じゃあないかしら、と。
 麦というのは採集をするつのつきたちもよく集めてきたもので、実を包んだ穂を垂らしているふしぎな草だ。穂のひとつからたくさんの粒がとれるのがいいところだけど、お世辞にもあんまりおいしそうではないというのが正直な感想。なかなかお腹にはたまるようなのだけれど、取り出すにも手間がかかるというのは問題だった。実際、つのつきたちもどちらかといえば果物なんかを喜んで食べている方だった。薬師のつのつきの言葉にも、周囲の反応はあんまりかんばしいものではない。抜いてしまえばと提案するつのつきもいたけれど、最終的にはそのまま置いておくことになった。もしここで育ってくれたら食べられるかもしれないし、幸いそんなに邪魔な場所でもない。もしわざわざ出向かないで済むのならという淡い期待もあるのだろうと思う。そんなたわむれを受け入れる余裕が、春という季節にはあるみたいだった。
 主に世話をしたのは、狩りに出るにはまだ早いちいさな子どものつのつきたちだった。はじめは薬師のつのつきがかたわらで見守るようにしていたのだけれど、いつの間にか子どもたちだけで世話ができるようになった。身の丈を競うようにぐんぐん伸びた麦の穂は夏前にしてすっかりと実り、そうしようと思えばすぐにでも食べられるくらいに育っていた。けれども収穫できるのはあまりにも微々たる量で、つのつきの子どもたちのお腹さえ満たすことはむずかしそう。子どもたちはせっかく育てたものを食べるのももったいないとそのままにして、大人のつのつきたちも強いてそれに手を伸ばすことはしなかった。かといってそのまま実が落ちるに任せるのもよくないらしくて、そこで薬師のつのつきが一計を案じた。食べることはせずに、種を保存しておいて、もっと広く植えたらどうだろうかと。そうすれば今年は食べられないけど、来年はもっとたくさんの麦が穫れるはず。なにせたった一房の穂からでも、たくさんの粒がとれるのだから。
 それは実際に悪くない考えだとみんなが考えていたようで、植物採集にあたるつのつきたちは種を取り零さないようつとめるようになった。各地を転々としていたころはそれを育てるなんて考えもしなかったようだけれど、それでもずっと積み重ねられてきた植物の知識は決して浅いものではない。採集するにあたって困るようなこともなく、倉庫には少しずつちいさな種が溜めこまれるようになった。それらがいつか、みんな揃って実をつける日を思う。わたしはふいに思い出す。
 ちいさな粒を土に撒くつのなし。彼らのやっていたことはきっとこれなのではないかと思い至る。だとすれば拠点に持ち込まれたあのちいさな芽は、冬前に垣間見た鳥がずっと遠くから運んできたものだったのかもしれない。確信なんてあるわけもないけれど、なんとはなしにそう思った。

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