つのつきのかみさま

きー子

暗黒の時代/2

 それからわたしは少し鬱々とした。気をまぎらわすために、いっそうつのつきたちにのめり込んだ。つまり、以前と特に変わりはなかった。
 つのつきたちは数が減ったぶんを補うためにかなり忙しく、けれども決して落ちこんではいないように見えた。ちょっと見ていても元気いっぱいだとよくわかる。
 そのころから、つのつきたちの生活が明らかに変わった。以前のようにあちこちを転々としないようになったのである。たまにつのつきの男性たちが揃って遠征することはあっても、すぐにまた元の場所に戻ってくる。住まいも以前のような野営でなく、木を切り出してちょっとした建物を仕立てるようになった。きっと、雨風を凌ぐためのものなのだろう。次第にそういう建物が流れる水の近くに増えていって、その集まりがつまりつのつきたちの拠点になった。そこに獣が入りこむことがあったからか、組み木の壁をつくって拠点をみんな囲うようにしていた。急激な変化を不思議に思ったわたしだけれど、別に不思議でもなんでもなかった。前のように大変な目にあわないよう、繰り返さないようにしているに違いない。実際ほとんど行き当たりばったりみたいに土地を転々としていたつのつきたちは、その負担がなくなったぶんだけ、みんなで集まって話し合いをするようになった。
 話すことはいくらでもあるだろう。やらなきゃいけないことが増えたせいで仕事をそれぞれに分担しなきゃならないし、問題もまだまだ山積みに見える。中でもごはんについては急ぎの問題だった。各所での狩りでまかなっていたごはんがずいぶん減ってしまうから、そのぶんは必ず補わないといけない。みんなのまとめ役は、率先して天への祈りを始めたあの女性のつのつきがやっていた。
 彼女はずいぶん大変そうだった。なにせひとりごとがずいぶん多いし、なんでもないことで空に向かって呼びかけることも結構ある。疲れているのかもしれない。無理もないだろう。だからといってわたしにできることがあるかといえば────
 あるかもしれない。ぼっと見ている場合じゃなかった。
 わたしがだれかはわからないけれど、どうもやれることはありそうな気がする。ならばやろうと思う。この際、わたしがだれかなんてことはたいした問題ではなかった。
 なにより、先のことで気づいた。たった十という数が減っても悲しいのだから、もっと減ったらきっともっと悲しい。けれど、もし増やせたならきっと楽しいと思う。
 なにができるか考える。つのつきができることをやっても仕方がない。それにつのつきたちにできることは、身体がないわたしには多分できない。そこで思いついたのが、わたしはつのつきたちよりずっと高いところにいるということだった。
 わたしは彼らと違って、ずっと高いところから下のほうをじっと見ている。その時々で距離はまちまちで、近くで見たいと思ったらつのつきひとりひとりの顔を確かめることもできる。判別はうまくできないけれど、見ることだけならとりあえずできる。その逆で、ずっと高いところからつのつきたちをずっと高いところからいっぺんに見ることもできた。ひとつひとつがすごくちいさくなるせいで大変だけれど、見ようと思えばまあ見える。
 そこでわたしは、ずっと高いところからいっぺんにたくさんの地面を見て回るようにした。つのつきがいないところにも地面はずっと続いていて、まるで果てがないみたいだった。鳥や獣がちらほら見渡せる中、つのつきと同じような姿形をした生き物もいくつか見つかった。違うとわかったのは、彼らにつのがなかったからだ。わたしは彼らをつのなしと呼ぶことにした。
 つのなしはみんなつのがなかったけれども、それ以外は一様ではなくて、例えば肌や髪の色がぜんぜん違ったりした。住んでいるところもぜんぜん違った。周りがいっぱいの木に囲まれていたり、地面が真っ白いものに覆い隠されて見えなくなっていたり。つのつきたちのように狩りをしているつのなしもいたし、水辺からは魚を引き揚げているところもあった。つのつきたちの拠点の近くにも水場はあったから、もしかしたら魚はとれるかもしれない。わたしはそれを覚えておくことにする。
 中でも妙だったのが、たくさんのつのなしが土に向かっているところだった。列になって掘り返された土にちいさな粒をまいたり、水をやったり。ところによってすでに土から生えているものは葉っぱだったり、先っぽに穂のついた草であったり、あるいは果実のついた木だったりする。どうしてそんなに色々違うものが生えるのかはわからなかったけれど、どうやらどれも食べられるものであるらしいことはわかった。つのつきの女性たちが採集していた果実なんかと似たようなものではあるけれど、決まった場所にできるのがわたしには結構大きな違いに見えた。
 思い返せばつのつきたちが土地を転々としているとき、一度来た場所で前に採ったはずの果物がまた生えていたりすることがあったように思う。あれは自然に生えてくるものだったのだろうか。わからないけれど、あちこちにあったごはんをつのつきたちの住まいに持って来られたら、食べるのに困ることはしばらくないはず。ならば思い立ったが吉日と、つのつきたちがぐるぐる回っていた土地を追いかけるように見て回る。するとつのつきたちが食べられそうなものは、やっぱり相変わらずのようにそこにあった。果物の木とか、頭を垂れた草の穂など。
 あったのはいいのだけれど、困った。どうやって運んでいけばいいのかわからない。つのつきたちに教えて、持っていってもらおうかと考える。けれどもよく考えたらつのつきたちはとてもちいさい。きっと行き来するだけでも大変な時間がかかってしまうし、大きな木なんかはどうやって持っていってもらおうか見当もつかない。そもそも持っていったとして、同じようにごはんが生えてきてくれるとも限らない。つのなしたちが植えていたのはちいさな粒で、ひどく大きな木ではない。うんうんとうなっているうちに飛んできた鳥が実をついばんでしまったりもする。遠くのものは諦めるしかないかもしれない。
 そのまま飛んでいった鳥たちの影を追いかけていると、いつの間にかつのつきたちの拠点に戻ってきていた。せっかくだからと近いところで食べられるものがありそうなところだけ確かめておく。水場が近いことが幸いしてか緑は結構豊かで、食べられるものは割合ありそうだった。さすがに急場もしのげないなんてことはないと思う。魚も食べられるし、きっと大丈夫。
 ────きこえますか?
 わたしは代表の──酋長と呼ばれている──女性を見つけて、声をかける。実際どうやって伝えるかもわたしにはわからないから、やろうと思うほかになかった。
 できた。
 ちょっと疲れた顔をしたお祈り役のつのつき。女性だ。まだまだ若くて、しわだってほとんど無い。髪もくすんだところのないつややかな黒。眉が額に寄っているのがたまにきず。首や腕には角に糸を通したような輪っかの飾りつき。彼女はびくっと跳ねたあと周囲をきょろきょろと見渡し、やがて空のほうを見上げた。まさかというような顔だった。
 そのまさかです。どうやら聞こえたみたい。そのまま気のせいと思われても困るので、一気に畳みかけることにする。
 ────きこえているみたいですね。そのままきいてください。
 彼女はあわてた様子で姿勢を正すと──そのままでといったのに──空のほうに綺麗な眼を向けながらしきりに頷いてみせる。
 ────その地にとどまるつもりですね。わかります。今は余裕がないでしょうし、周りにいくつか食べられるものがありそうなので、おしえます。おぼえてください。
 そのまま大雑把に位置を伝える。距離感はよくわからなかったので、拠点から水場までの距離を基準にした。何人かのつのつきが毎日のように拠点と水場を行き来してるから、それくらいならたぶん彼らも困らないだろうと思う。あとは今つのつきたちが使っているほかにある水場もいくつか伝える。そこで魚が捕れればいいので、できるならばそうしろとも。獣はそんなにたくさん動いてくれないけれど、魚はいっぱい流れてくるから、獲るにはきっと都合がいい。
 好き勝手にいうだけいうと、彼女はしきりに頷きながらじんわりと瞳を濡らしていた。数が減るときにつのつきはよくそうしていたから、どうも困ったことがあるのかもしれない。なんだか疲れたので休むつもりでいたけれども、どうしたのだろうと気になったので、少しだけ待ってみることにする。
 彼女はしばし立ちつくして、腕で目元をぐっとぬぐったあと、そっと自分のつのを撫でながらいった。
「まことに、有り難きことにございます。感謝の念が絶えませぬ────」
 そのままつのつきの女性は地に膝をつき、つのを捧ぐように両の手ではさむ。意味はよくわからなかったけれど、それはきっと彼女の最大限できる感謝なのだろうと思う。わたしはそれがよかった。大きな獣を捧げられても、食べられないので困る。とてももったいない。食べるものは食べられるつのつきたちが食べるべきだ。
「貴方は────貴方様は、一体、何方なのでございましょう」
 そして続けられた言葉に、わたしは止まった。
 誰なのだろうかと問われても、わたしにはそれがわからない。わたしはたまたまつのつきたちをずっと見ているだけだ。わたしはわたしだ、などといっても何の答えにもなってはいない。わたしは、だれ? 考えないようにしていたことをいくら考えても、ぽんと答えが出てくるわけはない。
 ────わたしは、だれ?
 だからわたしは、それをいっていた。問うているはずの彼女にそのまま聞き返してしまう。聞いている本人がそれを知っているわけがないというのに。ばかなことをいっているという自覚はあるのだけれども、そうしないではいられなかった。
 つのつきの女性はふと目を閉じると、つのをゆっくりと撫でながらいう。迷ったような様子はほとんどなかった。
「私達は、貴方様を、"カミサマ"だと、そう考えておりました。民のものも皆そう口にしています。さきの禍も、きっと"カミサマ"が助けてくれたに間違いはないと」
 返ってきたのは、ほとんど意外な言葉だった。わたしはわたしを知らないというのに、目に見えもないわたしをつのつきたちは知っているという。
 ────"カミサマ"とは?
「前の禍だけでなく、私達は大いなる幸いに恵まれておりました。地平には獣があり、草木があり、水があり、またそれらはみな私達の糧ともなります。なにゆえかは定かでなくとも、きっと私達は何方かに見守っていただいているのだと──我らが祖先から聞き及んでおりました」
 ────それが。
「はい。"カミサマ"のことでございます」
 なるほど、とわたしは思う。獣がいるのも草木があるのも水があるのもみんなわたしのおかげではないと思うのだけれど、つのつきたちはそうは考えなかったらしい。合っているのは見守っているというところだけ。見守るためにはすごく高いところからじゃないとできないし、だからつのつきたちは祈るときに空を見上げていたのだろう。
 ────わたしは見守っていただけ。
「ならばやはり、きっと貴方様がそうなのです」
 否定するつもりでそういったのだけれども、つのつきの女性はそうは考えなかったらしい。そこが大事なのだろうか。少なくとも嵐を退かした以外、わたしはずっと見守っていただけである。悪い気はしないけれども、ごはんをつくりだすなんて真似はできる気がしない。試しにやろうとそう思っても、やっぱりできなかった。できる気がすることはできるし、そうでないことはきっとできないのだろう。
「願わくば、これからもどうか、私達を見守り下さいませ」
 ────もちろん。
 それはたぶん、いわれるまでもなくやることだった。だってそれ以外にすることがない。
 わたしがそのまま目を離そうとしたところ、つのつきの女性はずっと膝をついたままだった。目を伏せて頭を垂らし、立ち上がることなくずっとそうしている。ちょっとして、わたしが見ているせいかと気づいた。正確には、まだわたしが見ていると思わせてしまっているのだ。それはいけない。
 ────おやすみ。
 つのつきたちが夜の挨拶に使う言葉を、わたしはそのまま借りていった。なにせつのつきにそんなことをいうのは初めてだから、おかしく思われたのかもしれない。あるいは、"カミサマ"がつのつきと同じ挨拶をするのはおかしかっただろうか。けれども他の挨拶をわたしは知らない。つのつきの女性はちょっと笑って、一度立ち上がったあとで深々と丁寧なお辞儀をした。
「はい。おやすみなさいませ────神様カミサマ
 つのつきの女性はそういうと穏やかにたたずまいを正し、せわしく皆が集まるほうに走っていった。わたしのいったことを伝えるためかもしれない。やっぱり最初からみんなにいったほうが良かっただろうか。それくらいならできる気がするけれど、しかしそれは大変な騒ぎになるような危惧もあった。結果、彼女の仕事を増やしてしまったわけだけれど、きっと無駄ではないだろうと思うことにする。
 なにより、つのつきみんなに伝えていたらゆっくり話すような暇はなかったかもしれない。わたしにはそれがなによりよかった。
 わたしは、だれ?
 わたしは、神様カミサマ
 わたしは、つのつきのかみさまだ。

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