太陽のあたる場所

ノベルバユーザー172401

太陽のあたる場所


大陸が海で繋がっている世界、その世界の片隅の国は魔法使いの国と呼ばれるところがありました。
その国に住み人々はみんな魔法使いなのです。良い魔法使い、悪い魔法使い、たくさんの魔法使いがこの国で生まれ、そして世界中に散らばっていきました。
そんな国のはじっこに、悲しみの森と呼ばれる森が存在しています。その森は昔から悲しみの森と呼ばれていたので何故そう呼ばれているのかは誰も知りません。けれど、その森は薄暗くじめじめとた雰囲気で誰も近づきたがらないのでした。
そしてその森の奥、人が滅多に出入りすることのない場所に一軒の家が建っていました。
そこは、こじんまりとしていても木でできており中をのぞけば暖炉に火がともり、家の中もこざっぱりとして住み心地はとてもよさそうでした。けれど、ここは悲しみの森。
仲間の魔法使いたちでさえ、足を踏み入れることはしないのです。住んでいるのは変わり者の魔法使いが一人。黒いローブを着こみ、この国では珍しい黒髪と赤い瞳、表情のないその人は、淡々とこの森で生きていました。
この国の魔法使いは金髪に青い瞳が主流です。それ以外も茶色の髪に緑いろの目など、似たような色彩が多いのですが、彼のそれは他とは異なっていました。そしてそれは、彼をかたくなにさせました。異端、という言葉を使わずとも態度でわかってしまう、国を出ても彼はこの赤い目を気味悪がられていました。だからこそ、この森に落ち着いたのです。
閉じこもってしまえば誰も傷をつけてくることはなく、安全なままで生きていくことができるのだから、と。

――この国は、魔法使いの国。
生まれる者みんなが、多かれ少なかれ魔法を使う力を持っているのです。それは人を助ける術、そして人を簡単に傷付けることのできる術でもあります。
彼らはこの国が作る学校に通い、魔法のいろはを学びます。そして、学校を卒業すると魔法使いとして認められたことになるのです。
魔法使いの寿命は長く、そしてそれは、この国に住む人以外の人間に恐れられることでもありました。寿命が長いだけで、傷を負えば痛み、悲しみを知り愛を知る、人と何ら変わりのないものであるのに、少し違うだけという偏見は彼らをいつだって傷付けてきました。
それでも魔法使いたちは心優しく、他人思いだったのでどんなに傷付こうと困っている人を助けたいと自分たちの国を出て世界各地に散らばっているのです。
そして今、この森に棲んでいる魔法使いもその一人でした。
偉大な魔法使いたちと同じように彼もこの国を出て、そして彼はたくさんの痛みを知り、この森に引きこもっているのです。
この森は、悲しみの森。彼は、この森が旅立っていった魔法使いたちの悲しみを吸い取っている森なのではないのかと思っていました。彼らが負った悲しみが、時を超えこの森に集まっている。だからこそ、この森に暖かな太陽の日はあたらず薄暗い気味の悪い森なのでは、と。

彼は憧れを瞳に滲ませながらいつも窓の外を眺めます。
ただ暗い森は、すべてを色褪せて見せました。
暖かな陽の光の下で見る金髪はとてもきれいです。見とれてしまうほど。けれど自分の髪のいろは、夜の真っ暗な空の色。暗い闇の色。誰にも必要とされなかった魔法使いは、暖かな自分だけを守ってくれる部屋の中で、ひとり、生きているのです。
そんなときでした。とんとん、とドアが叩かれる音がしたのは。
最初魔法使いは風の悪戯ではないかと思いました。
この家を訪ねるものなど誰もいないからです。だからこそ気にも留めなかった音ですが、もう一度今度はトントンと控えめに聞こえたノックの音に、彼は立ち上がりました。

開けてしまえば恐れられてしまうかもしれないけれど、彼は元はとても優しい人でした。
困っているのであれば、助けてあげなければと思うくらいには。
そっとドアを開けると、そこには長い銀髪に青い瞳の少女がたっていました。
今の時期は冬に近づいているころ、風も冷たくなっている夕暮れ時に、彼女はワンピース一枚という薄着をしていました。寒さに体を震わせる少女は、魔法使いを見上げて目を見張りました。


「わあ、夜空みたいに綺麗な黒髪ね!瞳もリンゴみたい」
「……夜みたいだ、と言われることはあっても林檎に喩えられたのは初めてだ」
「わたし、夜もリンゴもだいすき。――あ、…突然ごめんなさい。私はエリーナ、散歩をしていたら森の中で迷ってしまいました。帰り道がわからなくて困っていたの。私を一晩とめてくれないでしょうか」

少女は、見た目よりも大人なのでしょう。
彼の目を見て尋ねました。そして、彼も、彼女を招き入れました。
見た目で怯えられなかったのは初めてです。そして、彼の無表情の顔にかすかに笑みが浮かびました。
ぎこちなく、けれどとても自然で、彼が生まれてから幾度かしか浮かべたことのない笑みが。


「貴方のお名前は?」
「…ディート」
「ディート?素敵な名前ね」

にこにこと屈託のない笑みを浮かべるエリーナは、部屋の中を明るくさせました。
まるで太陽のようだと、魔法使い――ディートは思い、そして目を伏せました。
夜はけして太陽にはかなわないのです。

「どうしたの、ディート。悲しいの?」
「…どうして、そう思う?」
「だって、ずっと悲しそうな顔をしてるわ。ここが悲しみの森だから悲しくなってしまうのかしら…」
「いや、そうだな…そうかも、しれない」

部屋の中は温かく、けれど彼は本当の温かさを知りません。
人のぬくもりも、太陽の温かさも。いつだって他から隠れるように生きていました。いつか良いことをすれば認めてもらえるんじゃないか、そう考えていました。しかしそれは、間違っていたのです。彼の容姿をみて国の中の人は決して親しい付き合いをしようとはしませんでした。そして、国の外の人はそれ以上にもっと彼を避けました。
――黒い魔法使い そんな徒名が彼についたのは、その頃です。全てに傷付いた彼は旅をやめてこの森をすむ場所と決めたのでした。

「ね、森の外にでたら少し気分も変わるかもしれないわ」
「…やめてくれ。俺は外に出たいとは思わない。傷付けられる世界になんて、いたくないんだ。部屋は好きに使ってくれていい。気が済んだら戻るんだ」
「……ごめんなさい、ディート」

目に映ったのは悲しげなエリーナの顔でした。
後悔を噛みしめるように唇をかみ、ディートはもう一度口を開こうとして、そしてエリーナが彼の手を握ったことに気が付きました。

「悲しいことが、あったのね。無遠慮にごめんね」
「…俺のほうこそ、傷付けた」
「――優しいね、ディート。それに、あったかい」

初めてでした。優しいという言葉を貰ったのは、手を握って温かいといってもらえたのは。
目を見開くディートを見上げながらエリーナは微笑みました。

「私、貴方の事をしってる。今よりもっと小さかった頃、貴方の作った薬で病気が治ったの。だからずっとお礼がいいたくて、この森の中を探していた」
「…そんなわけ、ない」
「あるわ!わたしの家は貧しかったから薬が買えなくて…。そんなときに黒の魔法使いが私のために薬を置いて行ってくれたってお母さんが言っていたわ。貴方の事でしょう?」

覚えていました。それは、彼がこの国に帰ってきてまもなくの頃。
この国でも怯えられる存在である彼は、生活の場を求めて彷徨っていた時に貧しい家を通りかかったのでした。その時に病気の子供がいて、彼と子供は目があったので、ちょうど持っていた薬を押し付けるように渡したことがありました。
怯えられて捨てられる場面は見たくなくて、言葉少なに立ち去ってしまいましたが、あの時の子供は、銀髪に青い瞳をしていました。もしかしなくとも、彼女なのでしょうか。
は、とエリーナを見下ろせば彼女は泣きそうな顔で笑っていました。

「ずっとあなたに会いたかった。お礼が言いたかった。貴方のおかげで私は生きられて、魔法使いになれたの。本当だったら、あの時に死んでしまっていたんだってお医者様もびっくりしてらしたわ」
「…飲んで、くれたのか」
「お礼もきちんとできなくてって、お母さんとお父さんが悲しがってたわ。命の恩人だもの」
「ただ、薬を渡しただけだ。恩人なんてものじゃない」
「それでも私は貴方のおかげで助かったの!」

ありがとう、と笑うエリーナの手を魔法使いはそっと握りました。
暖かな手は、彼に今まで誰もくれなかったものを与えてくれるようでした。

「…ありがとう、エリーナ。生きてくれて。俺も誰かの役に立てたのだとわかった」
「貴方はわたしの憧れで、目標の魔法使いなの。貴方に会いたかった」

頬を紅色に染めて笑うエリーナに魔法使いは泣きながら笑いました。
彼は初めて嬉しさで泣けるということを知りました。
悲しみ以外に、感情があるということを、知ったのです。
そっと近寄り、エリーナはディートの頭を撫でてやりました。昔、父や母からこうされて落ち着いたことを思いだしたからです。
彼女にとってディートは憧れで、そしてこうして会っていとおしくて仕方のない存在になっていました。

そして、それはディートも同じです。そっと彼女を抱きしめ、人の温かさを知りました。
愛おしい、という気持ちが、彼の傷を少しづつ癒しているようだったのです。

「エリーナの髪は、星のようだ」
「ディートの髪は夜の色だから、二人で星空になれるわね」
「…そんなに、いいものじゃない」
「あら、星は黒い夜がないと綺麗に光ることができないのよ。だから私が星ならディートがいなくちゃ」
「エリーナ、」

ね?と笑う彼女は温かく、そして初めての気持ちをディートは彼女を通して知っていきたいと思ったのです。
それは、人と関わることを避けていた魔法使いは初めて感じた思いでした。
彼女のそばにいて、日々を過ごしていきたいと。初めて、彼は家族がほしいと思ったのでした。
二人で食事をとり、夜が更けるまで二人で他愛もない会話をし、そして笑いました。
ディートにとって止まっていた時間が動き出したのです。初めて、この家に幸せがあふれました。そして、その幸せがディートが本当にほしかったものだったのです。

夜が明け、朝が来ました。
そして、ディートは気付きます。この森には決して陽があたることなどなかったのに、太陽の光が窓からこの部屋を照らしていることに。

「今日はいい天気ね、ディート!」
「…この森に陽があたることなんて、なかったのに」
「きっと、あなたが笑ってくれたからよ」

暖かな陽の光が森を照らしました。
その光は、今まで眠っていた木々をさらに成長させ、沼は池に変わり、冷たかった地面には草が生え、花が咲きました。
動物が姿を現し、そして外は不気味な森から暖かな世界へと変わっていたのです。


「ディートが笑ったから森が喜んでるんだわ」
「エリーナのおかげだ。笑うことを思い出せた。ありがとう」
「…わたし、貴方の役に立てたかな」

照れたように笑ったエリーナに向き合ってディートはそっと跪きました。
両の手を握り、見上げます。彼女は驚きに目を見張ったまま、じっとディートを見ていました。
一晩考えて彼は思ったのです。それは、あきらめていた夢。それでもいつか在ればいいと思い描いた、夢。

「エリーナ、お願いがある」
「なあに、ディート」
「俺と家族になってくれないか、君と幸せになりたい」
「……、もちろんよ!」

エリーナはそっと手を離すとディートに抱き着きました。
星の色をした銀髪が、彼の黒い髪を混ざり、そして太陽の光に照らされてキラキラと輝いています。

「ありがとう、エリーナ」
「…夢みたい」
「夢には、したくないな」

頬をつねっていたい、と笑いながら夢じゃないわと喜んでいるエリーナを愛おしげに見ながらディートは笑いました。
彼女がいるなら、この世界をきっと少しづつ好きになっていけると感じたのです。
彼女が自分を必要としてくれたあの時から、きっとディートの痛みは少しづつ柔らいでいたのではないかと思ってしまうほどに。

「神様に、初めて感謝する」
「え?」
「エリーナに出会うために今まで独りだったのだとしたら、君の優しさに出会うための痛みだったのだとしたら、それは俺にとって必要だったものだったんだろう」
「……わたしと?」
「だからこそ、神に感謝する。俺は君に会うために生きていたんだと思う」
「じゃあ、これからもっともっといっぱい幸せにならなきゃね」

そうして、家族になった二人はこのあたたかな森で暮らしていくことを決めました。
ここが、二人の始まりの場所であり、ここ以上に住みたい場所がなかったのです。
恐れられていた魔法使いも、長い日々をこえて、少しずつ国の人々といい関係を築くことができました。
そして悲しみの森は、いつしか幸せの森と名前が変わり、多くの人が訪れるようになりました。今では子供たちが花を摘みに来たり、散歩に来る人々が多くあります。
その顔は誰もが笑顔でした。もうこの国には、金髪以外の髪の魔法使いが多くいます。赤い目をしたものも。黒い髪の魔法使いも。
何よりも喜んだのはディートでした。自分が感じた悲しみを感じることがない世界になってきたことが、とてもうれしかったのです。
そして、彼の隣にはいつもどんな時でもエリーナの姿がありました。

ディートとエリーナはこの森の中で、いつまでも笑顔を忘れずに幸せに暮らしたのでした。




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