柊木さんと魑魅魍魎の謎
第四話
「いかがなさいましたかな、このような場所までわざわざ来たということは、何か気になることがあったと。探求心を突き詰めたのでしょうか」
村長さんの家に着いて、アポイント無し(当然だけど)の訪問に快く受け入れてくれた村長さんはとても柔和な笑顔を浮かべていた。とはいえ、その挨拶――もといファーストインプレッションは上々にすべき、というのが最善の選択と言えるだろう。実際のところ、たとえいくら相手が警戒していたとしても、その警戒を少しでも解くために、私はいい人ですよ、と相手に示すためには、やはりそのような柔和な表情を示しておくほうが一番と言われている。……その村長さんがそれを知っていて、そうしているならば策士この上ないけれど。
今僕たちは客間に居る。ここが絶海の孤島とは思わせないような豪華なソファに腰掛けている。そうして高級そうに見えるティーカップに紅茶が注がれている。まだ湯気が立っているが、きっと僕たちはこれを温かいうちに飲むことは無いだろう。
それは疑念という意味もある。第一、ここにやってきた人間――それも初めて出会う人間に警戒心を完全に解くことなどありえない。ともなれば、毒物か何か入っている可能性があっても――何らおかしくはないだろう。考えすぎ、と言われてしまえばそれまでの話だが。
「私たちは竜宮城の伝説について調査しておりまして」
話を切り出したのは夏乃さんだった。夏乃さんは敢えて、一人の少女が行方不明になっていないことについて触れず、そう話した。
それについて、何も表情を変えることなく、
「ああ、竜宮城ですか。最近問い合わせが多いのですよね……。確かに、ありますよ。ここには竜宮城が」
「え? ある、というのは……」
それを聞いて、呆れ返ったような様子を見せる村長さん。
「まさか……、あなたたち、それを知らない?」
「伝説は……本当だと?」
「本当も何も、この沓掛島には本物の竜宮城がありましたよ。そうして、浦島太郎という人物が居たことも事実。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものです。ですが、これは真実なのですよ。我が村の村史にも記載されております。……時間があれば、見に行くとよいでしょう。小学校に図書館が併設されています。そこに村史がありますよ。司書の人間に話を通しておきましょう」
不味い。完全に相手のペースに飲まれている。
夏乃さん、いったいどういう手を考えているんだ――?
「椎名秋穗」
ぽつり、と。
夏乃さんは一人の少女の名前を言った。
それを聞いて、村長さんは一瞬だけ眉をひそめた。
そしてそれを、その表情の変化を、僕は見逃さなかった。
「その名前は、いったい?」
「行方不明になった、少女の名前です。民俗学に興味を持っていて、この村に向かっていたらしいのですが……」
「聞いたことはありませんね。いつ頃来られたのですか」
「一週間前。そうお聞きしています」
「ふうむ。成程、村の者に聞いてみましょう。大きくない島です。はっきり言って余所者は直ぐに見つかりますし、目立ちます。ましてや一週間もこの島に居たとすれば、必ず目撃している人間は出てきているはずですからな」
「ええ、ありがとうございます」
そうして、僕たちは短い対面を終えた。
村長さんの家を出て、
「夏乃さん、やっぱり村長さんは何かを知っていますよ。村長さん、少女の名前を聞いて――表情を変化させていました。あれは動揺している証拠です」
「その通り。……けれど、物的証拠が無いのが残念なところね。はっきり言って踏み込んでおきたいところだけれど、あれだけじゃはっきりしない。何しろ、秋穗ちゃんがどこに隠れているのか、それもはっきりとしていない以上、そう簡単に行動することは難しい話になるわね」
やはり夏乃さんは鎌をかけるつもりで、あの時名前を口にしたらしい。
それにしても『椎名』って――。
「そうよ」
夏乃さんは僕の顔を見ていたのか、僕に答えを提示する。
まるで答え合わせをするかのように。
「きっと少年も気付いているだろうけれど……、椎名秋穗はカツの妹よ。カツは昔から妹と仲が良かったからね……、クルーザーを運転しているときはとくに気にも留めなかったかもしれないけれど、実際は彼、泣きながら私に相談してきたのよ。聞いた話によれば、行方不明になった直後からずっとやつれているらしいわ。……仕方ない話よね、そりゃあ、ずっと可愛がっていた妹が行方不明になるのだから。そして彼女は浦島太郎伝説を調べていた。その目的地が……この沓掛島だったとすれば? すべて、合点がいくということよ」
成程。
あのカツさんの妹だったのか。それにしてもあまり悲しんでいる表情は見せなかった。心配させまい、という強い意志があるのかもしれない。僕ならば絶対にできない。強い意志を持つ人なんだと、僕は思った。しかしながら、強い意志を持っていたとしても行動する力が無い。立ち向かうために知識が無い。そういうことで力も知識も備わっている夏乃さんを頼ったのだろう。このような不思議なことに関しては夏乃さんはお手の物だから、最適な人選と言えるだろう。
「……さて、長く話してしまったな。少年、先ずは図書館へ向かうぞ。知識を手に入れなければ、何も話にならない。村史からこの村に残る浦島太郎伝説を紐解く。準備はいいか?」
準備なんて、とうのとっくに出来ている。
そう思って、僕は大きく頷いた。
村長さんの家に着いて、アポイント無し(当然だけど)の訪問に快く受け入れてくれた村長さんはとても柔和な笑顔を浮かべていた。とはいえ、その挨拶――もといファーストインプレッションは上々にすべき、というのが最善の選択と言えるだろう。実際のところ、たとえいくら相手が警戒していたとしても、その警戒を少しでも解くために、私はいい人ですよ、と相手に示すためには、やはりそのような柔和な表情を示しておくほうが一番と言われている。……その村長さんがそれを知っていて、そうしているならば策士この上ないけれど。
今僕たちは客間に居る。ここが絶海の孤島とは思わせないような豪華なソファに腰掛けている。そうして高級そうに見えるティーカップに紅茶が注がれている。まだ湯気が立っているが、きっと僕たちはこれを温かいうちに飲むことは無いだろう。
それは疑念という意味もある。第一、ここにやってきた人間――それも初めて出会う人間に警戒心を完全に解くことなどありえない。ともなれば、毒物か何か入っている可能性があっても――何らおかしくはないだろう。考えすぎ、と言われてしまえばそれまでの話だが。
「私たちは竜宮城の伝説について調査しておりまして」
話を切り出したのは夏乃さんだった。夏乃さんは敢えて、一人の少女が行方不明になっていないことについて触れず、そう話した。
それについて、何も表情を変えることなく、
「ああ、竜宮城ですか。最近問い合わせが多いのですよね……。確かに、ありますよ。ここには竜宮城が」
「え? ある、というのは……」
それを聞いて、呆れ返ったような様子を見せる村長さん。
「まさか……、あなたたち、それを知らない?」
「伝説は……本当だと?」
「本当も何も、この沓掛島には本物の竜宮城がありましたよ。そうして、浦島太郎という人物が居たことも事実。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものです。ですが、これは真実なのですよ。我が村の村史にも記載されております。……時間があれば、見に行くとよいでしょう。小学校に図書館が併設されています。そこに村史がありますよ。司書の人間に話を通しておきましょう」
不味い。完全に相手のペースに飲まれている。
夏乃さん、いったいどういう手を考えているんだ――?
「椎名秋穗」
ぽつり、と。
夏乃さんは一人の少女の名前を言った。
それを聞いて、村長さんは一瞬だけ眉をひそめた。
そしてそれを、その表情の変化を、僕は見逃さなかった。
「その名前は、いったい?」
「行方不明になった、少女の名前です。民俗学に興味を持っていて、この村に向かっていたらしいのですが……」
「聞いたことはありませんね。いつ頃来られたのですか」
「一週間前。そうお聞きしています」
「ふうむ。成程、村の者に聞いてみましょう。大きくない島です。はっきり言って余所者は直ぐに見つかりますし、目立ちます。ましてや一週間もこの島に居たとすれば、必ず目撃している人間は出てきているはずですからな」
「ええ、ありがとうございます」
そうして、僕たちは短い対面を終えた。
村長さんの家を出て、
「夏乃さん、やっぱり村長さんは何かを知っていますよ。村長さん、少女の名前を聞いて――表情を変化させていました。あれは動揺している証拠です」
「その通り。……けれど、物的証拠が無いのが残念なところね。はっきり言って踏み込んでおきたいところだけれど、あれだけじゃはっきりしない。何しろ、秋穗ちゃんがどこに隠れているのか、それもはっきりとしていない以上、そう簡単に行動することは難しい話になるわね」
やはり夏乃さんは鎌をかけるつもりで、あの時名前を口にしたらしい。
それにしても『椎名』って――。
「そうよ」
夏乃さんは僕の顔を見ていたのか、僕に答えを提示する。
まるで答え合わせをするかのように。
「きっと少年も気付いているだろうけれど……、椎名秋穗はカツの妹よ。カツは昔から妹と仲が良かったからね……、クルーザーを運転しているときはとくに気にも留めなかったかもしれないけれど、実際は彼、泣きながら私に相談してきたのよ。聞いた話によれば、行方不明になった直後からずっとやつれているらしいわ。……仕方ない話よね、そりゃあ、ずっと可愛がっていた妹が行方不明になるのだから。そして彼女は浦島太郎伝説を調べていた。その目的地が……この沓掛島だったとすれば? すべて、合点がいくということよ」
成程。
あのカツさんの妹だったのか。それにしてもあまり悲しんでいる表情は見せなかった。心配させまい、という強い意志があるのかもしれない。僕ならば絶対にできない。強い意志を持つ人なんだと、僕は思った。しかしながら、強い意志を持っていたとしても行動する力が無い。立ち向かうために知識が無い。そういうことで力も知識も備わっている夏乃さんを頼ったのだろう。このような不思議なことに関しては夏乃さんはお手の物だから、最適な人選と言えるだろう。
「……さて、長く話してしまったな。少年、先ずは図書館へ向かうぞ。知識を手に入れなければ、何も話にならない。村史からこの村に残る浦島太郎伝説を紐解く。準備はいいか?」
準備なんて、とうのとっくに出来ている。
そう思って、僕は大きく頷いた。
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