光輝の一等星

ノベルバユーザー172952

賭刻家にて

 
「……はぁ~」

 寒い体に頭から熱いシャワーをかぶり生き返る気分を味わいながら、詠はぼんやりと考え事をしていた。

 ここは賭刻家。
 風邪をひくからとかいう理由で、家の近かった黎愛にお風呂を、彼女の半ば強引な押しによって貸してもらえることになったのだが、知らない人の家というのはどうも落ち着かなかった。
 しかしながら、どんなところだろうと冷えた体はまるで体の中にあった氷の個体が解けていくような感覚とともに、温まっていく。

 賭刻黎愛とは初対面と同然のはずなのに、どうしてこんなに親切にしてもらえるのだろうか、彼女のまっすぐな行為に若干の気持ち悪さを感じたものの、なんとなく、断る気にはなれずにここまできてしまった。

「バスタオルと服はここに置いておくのじゃ」
「えっと……ありがとう?」
「例などいらぬ」

 半透明のプラスチックの扉の向こう側から声がして、詠が答えると、すぐに影は消えていき、その後ろから「レイ様~」なんて声が聞こえてきていた。

 この家には黎愛のほかに可愛らしい姿をした、彼女よりも少し年下の盲目の少女がいるのだが、彼女のほうは詠が家に来てかなり警戒していたので、逆に少し詠は安心した。
 姉妹にしては似ていないが二人はいったいどういう関係なのだろうか、と考えていると、真っ先に自身と涼に似た関係というのを想像してしまった。彼女たちの年齢のころは詠も涼にべったりだった記憶があり、涼が誰かほかの人と話していたりするとかなり嫉妬して相手に対して敵対心を持っていたことを思い出した。
 どれだけ心が狭かったんだよと思いつつも、今でも、姉がほかの子と一緒にいるのはあまり良い気分ではなかったりするので、もしかしたら、あまり成長していないのかもしれない。

 クスッ、と過去の自分に対して思い出し笑いした詠は目の前の鏡を見て、自身の笑った顔をずいぶん久しぶりに見たような気がして驚く。
 自分が笑顔を取り戻したからではない、始めてくる場所で、詠にとって決して気を許せる場所ではないというのに、自分の警戒心が徐々に薄れていっていると感じたからである。

 なんとなくだが、安心できてしまうこの違和感について考えながら湯につかって少しのぼせるくらいまで温まり、少し自分の体からすると小さめの誰かの服を着て、浴場を出ると、リビングには四人分の食器が並べてあることに気付く。
 食べていくじゃろう? と問われて、詠が振り返るとそこには小さなエプロン姿でお玉を持っている奥様スタイルの黎愛がいたのだが、どう見ても家庭科の調理実習中の小学生にしか見えなかった。

「えっ、でも……」
「詠どのの服は今洗濯乾燥機にかけておるからな。どのみち少し待ってもらわねばならぬ――それにうちはいつも両親が遅いし、兄も遅くなるかもしれないのだ。いてくれた方がシノノも喜ぶじゃろう」

 そういう黎愛の陰に隠れていた少女は明らかに不満そうな顔をしていたものの、何も口にすることはなく、閉じられた目で抗議の眼を作り、詠へと向けていたのだが、まるで昔の自分を見ているようで可愛らしく思った詠はなんとなく、「うん、わかった」と黎愛の行為を受け取ることにした。

「そういうわけじゃから、シノノ、ご飯ができるまで詠どのと遊んでいてくれぬか?」
「レイ様がそういうなら……」

 おずおずと黎愛の後ろから出てきたシノノというらしいエメラルドグリーンの独特な髪色の少女は若干の頬を膨らませながら、「こっちです」と、詠を何処かへと案内していく。その後についていきながら、どう見ても同じ親から生まれた姉妹には見えない彼女に、無性に黎愛との関係を聞きたくなったが、複雑な理由があるかもしれないといくらの詠でも予想できたので、空きかけた口は閉じられた。

 シノノが案内してくれたのは、どうやら彼女たち二人で使っている部屋らしかった。机に本棚、ベッドと最低限の家具しか見つからず、ゲームやパソコン、おもちゃなどが一切見当たらないあたり小学生にしては子供っぽさのない部屋のように感じる。変に落ち着きのある黎愛からすれば普通といえば普通、意外といえば意外な部屋で、というのも、いつも和服を着ているイメージが強いからか、畳が敷かれている和室を想像していたからだ。

 テーブルの前に置かれた座布団に座ると、一つしかないベッドにポスンと座ったシノノは、詠のほうを向いて、いきなり聞いてくる。

「お前はレイ様のなんなんですか?」
「えーと、初対面だし赤の他人なんじゃないかな……?」
「そんなやつをレイ様が家に入れるわけないです」

 敵対心と嫉妬心がバリバリ伝わってくるシノノにもしかして自分もリョウちゃんのことになったら他人に対してこんな対応をとっていたのだろうかと、思って若干の反省をしながらも、詠の言うことは嘘偽りのないことのわけで……。
 しかし、彼女の言う通り、いくら仲間といわれているとはいえ、知らない人間を家に招き入れ、ご飯まで食べさせるなんて抵抗はないのだろうかとも思ってしまう。詠が借りている涼の住んでいる女子寮まではそこまで遠くないはずだし。下心しかないエロ親父や慈悲深いマリア様のような人はもちろん別だが。

「シノノ……ちゃんは黎愛さんのことが好きなんだね?」
「もちろんです、レイ様はシノノにとって神様ですよ」

 よく考えると、賭刻黎愛が詠を招いたことにも何か意味があるのではと考えてしまい、黎愛がいかに魅力的な人間であるかを長々と語るシノノの話を聞きいていると、いかに彼女が黎愛に心酔しているのかわかった。怖いくらいであるが、彼女を真っ向から否定できる立場に自分がいないことくらいわかっていたので、口を閉じたままにしておく。
 そして、語らせておいたらきっと永遠に終わらないと思いながら詠が、ふと、部屋の中の物がきになってキョロキョロと詠は質素な部屋の中を見回してみると、一つだけおかしなことに気付く。

「レイ様はシノノの命をすでに二度助けてますです、その優しく力強い声を聴くだけでシノノは生まれてきてよかったと思うですよ。レイ様は目の見えないシノノであっても自然に接してくれますですし、でも、レイ様の兄の剛志という男はレイ様とは真逆の性格で――」
「……ねえ、シノノちゃん」
「——なんですか? せっかくレイ様について教えてやっているですのに」
「本棚の本、見たことある?」

 シノノは首を横に振る。彼女は目が見えないのだから当たり前か。
 しかし、目が見える詠は、本棚に若干の違和感があることに気付いた。広辞苑の大きな箱入れ箱があるのだが、その中身であるはずの本自体はその横に並べてあるのだ。箱がいらないのならば捨てればいいのに、本棚に、それも中身を見られまいとするかのように裏向きで置かれてあることが非常に気になった。

「ねえ、シノノちゃん、ここの本棚の本って読んでいいかな?」
「? レイ様には特に何も言われていないですけど……」

 可愛らしく首をかしげているシノノの言葉に、彼女もこの違和感については知らされていないようだと考えて、詠は手を伸ばし、広辞苑の大きな箱に手をかける。ずいぶんとずっしりと、シノノよりも年上であっても、所詮は中学生の、それも女の子の詠には非常に重く、取り出すのに苦労しながら、結局引きずるように取り出した。
 やはり箱だけではないようで、中に代わりに何やら一冊の本が入っているではないか。こんな大きなものだ、CDの入れ違いのような簡単な理由ではないということは想像に難くない。

(これって……アルバム、かな?)

「なにやっているですか?」
「ちょっと私のずっと読みたかった本があってね、少しだけ読ませてもらおうかなって」

 盲目の少女の目を盗んで、だますのは少し気が引けたが、それ以上に気になってしまった詠はアルバムを開いていく。

 一ページに3,4枚の写真が貼ってあるのだが、そこに写っているのはシノノでも、ましては黎愛自身でもなかった。
 詠はそこに写っているよく知っている人間の写真の数々に思わず目を見張る。

「これって……」

 そこに写っていたのは、飛鷲涼のものだ。数年前のものらしい、中学時代の彼女のものから、つい最近に撮られたと思われるものまである。
 驚いてペラペラとめくっていくが、すべて涼お姉ちゃんのもの。しかも一枚たりとも、目線がカメラとあっていないところを見るに隠し撮りとかいうやつではないだろうか。かなり久しぶりに見たような気がする姉の写真を懐かしく思うよりも先に、得体のしれない恐怖が詠を襲う。

 なんで、こんなものを……。

「ねえ、本当に本を読んでるですか?」

 シノノの言葉にびくっ、と体がはねた詠はすぐにアルバムを閉じる。焦りからか、アルバム特有のビニールのペラペラという本を読む時とは違う音を出しすぎたようだ。
 もう少し見たかったが、シノノの前でこれ以上怪しい動きをするわけにはいかないと思い、すぐにアルバムを広辞苑の箱の中に戻して元あった本棚に置く。

「? なんか急いで何をやっているですか?」
「いや、えーと……そろそろご飯かな~、なんて」

 シノノの様子だと彼女は何も知らないらしいが、いったいどうして黎愛は涼の写真を大量に持っていたのだろうか……?

 一気に居心地が悪くなってしまったこの家の中、詠がそんなことを考え始めていると、階段を昇ってくる音とともに、黎愛が夕食ができたことを知らせに来たのであった。

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