アンリミテッドペイン

チョーカー

死に遊ぶ男女の演舞場

 打たれたのは鋭い左フック。
 振りの角度は45度。角度をつけ、顎を打ち抜かれた。
 細かく、小さく、コンパクトな打撃。最小の労力で最大限の報酬。
 俺の視線は激しく転換していく。そして、次なる彼女の攻撃は蹴り。
 ハイキック。
 従来のハイキックの軌道ではない。俺の斜め横に位置取りし、角度を微調整。
 側頭部ではなく顔面へ。俺の顔面を正面から打ち抜いてくる。
 何かが、俺の肉体から後方へ飛び出していく。
 魂?精神?心?意識? 

 闇。暗闇。ブラック。ブラックアウト。
 失神しているのか?俺は?
 敗北?それだけは・・・・・・・嫌だ。

 ―――ドックン―――

 嗚呼、いつものやつだ。

 ―――ドックン―――

 心音が高まってくる。
 鼓動が荒ぶっている。体が、負けを認めたがらない。

 ―――ドックン―――

 精神が塗り替えられていく。
 仮想現実を舞台に仮想の人格が目覚めていく。
 あれ?そもそも、俺って誰だっけ?
 霞城一郎?いや、そんな名前じゃなったはず・・・・・・・。
 確か、俺の名は・・・・・・

 ―――ドックン―――

 俺の名前は『痛み傷ペインウンード』だ。




 いつもなら観客は、お決まりのように、こう言う。

 『こいつはここからが強い』

 じゃ、普段の俺と、今の俺。何が、どう違うのか?
 過去の試合を見比べ、照らし合せ、データから統計してみた結果―――
 何も変わっていなかった。
 打撃の速度や威力が上がっているわけでもなく
 何か、特殊な攻撃が可能になっているわけでもない。
 奇想天外な作戦を実行させたり
 構えやスタイルといったものにも、何ら変更がない。
 しかし、それでも、彼らは言う。

 『こいつはここからが強い』

 彼らも対戦相手も、何かに気がついている。
 そして俺自身、俺が別人になっているのを理解している。 
 二重人格?いや違う。
 おそらく『痛み傷ペインウンード』は俺自身なんだ。
 俺が憧れる強者像。俺がこう成りたい俺自身。俺の理想図。
 メンタルティが俺の延長線上にある存在になっている。
 だから俺は―――まだ戦える。


 俺が意識を失っていた時間はどれくらいか?
 1秒?2秒?おそらくは、そのくらいだろう。
 『アンリミテッドペイン』のシステムでは、選手が失神した時、PCに繋がられた外部出力機が強制終了される。外部出力機から読み取った状態によっては、病院へ自動的にデータを送信。
 場合によっては緊急車両が手配される事もある。
 今だ、『アンリミテッドペイン』が接続されているという事は、意識を失ったのは僅かな時間であるという証拠だ。
 ・・・・・・追撃が来ない。
 俺は、刮眼する。俺の目の前にいる彼女『ハイトゥン・イー』は驚きの表情を浮かべて固まっている。
 おそらく彼女が放ったのは渾身の一撃。試合を決めるには十分過ぎてお釣りが帰ってる。
 オーバーキルってやつだ。だが、それを受けた相手が立ち上がっている。
 そりゃ驚きもするだろう。
 いや、彼女が動きを止めている理由は、驚きだけではない。
 彼女も俺から受けた投げのダメージから回復しきっていない様子だ。

 ダメージだけで言うなら俺のほうが多い。
 攻めてこないなら、じっくりと休ませてもらう。
 そう考える。普通なら・・・・・・。けれども・・・・・・。
 俺は拳を固める。強く、より強く。
 普通じゃないから、ここにいる。
 美学とか、流儀とか、なんか違うんだよ。
 もっと・・・こう・・・・うまく言えないけど・・・
 それって余裕じゃん?違うんだよ俺は、俺たちは。
 ギリギリまで、競い合って、表現できるものの全てを使い切って、それでようやく生きてるって感じるだよ。
 これは自殺だよ。自分で死に近づいて、それで生きてるって感じてるんだもの。
 ジェットコースターとか、絶叫マシンってそうだろ?擬似的な死を体験して楽しんでいるんだろ?
 死っていう未知の領域を擬似体験して、それから・・・・・・なんだったけ?
 そうだ。俺たちは、簡単に死ねないから、死に近づく事が娯楽になっちまうんだよな。 

 俺は強く固めた拳を彼女にぶつける。
 のけぞる彼女。しかし、体勢を整えると同時の反撃を受ける。

 頭突き。

 今度は俺が仰け反る番。その隙を逃さないと彼女は追い討ちを仕掛けてくる。

 前蹴り。

 そのまま飛び上がり、連続して蹴りが襲ってくる。

 空中三段蹴り。

 速い。だが、慣れた。
 初見なら対処できない奇襲攻撃のわからん殺し。
 喰らうにしても、未知の技と既知の技ならダメージが違う。
 心の準備。隙を突かれない。隙を許さない。
 彼女が放つ蹴り。
 俺はガードした腕と彼女の蹴りが接触したタイミングで俺は前に出る。
 弾かれるように彼女はバランスを崩し、後退していく。
 生まれた間合いのオープンスペース。
 こいつは滑走路だ。飛び立つために作られた道。この道を使って俺は飛び立つ。
 俺だって、俺だってやってみたかった。
 踏み込み、加速し、飛び上がる。
 膝蹴りだ。飛び膝蹴り。そう真空飛び膝蹴り。
 膝から伝わる衝撃の強さ。彼女の小柄な肉体、アバターは衝撃に耐えられず、浮き上がり倒れていく。

 ダウンだ。

 だが、立てよ。ここで終わるなよ。
 わかるよ。お前が同類だってのはわかるよ。
 ここまでしたんだもんな。ここまでして、俺と戦いたかったんだろ?
 ほら、こんなに楽しんだもの。お前、気がついているか?

 俺たち、笑い合ってるんだぜ?

 彼女は立ち上がる。強烈な笑みを浮かべている。
 まるで鏡を見ているみたいだ。おそらく、俺も同じ笑みを浮かべているんだろ? 
 ここまで楽しませてくれるなんて、感謝したい。
 感謝を込めて彼女を殴る。彼女も殴り返してくる。

 こいつは社交ダンスに似ている。
 俺と彼女、2人じゃないと表現できない。
 芸術?それは言いすぎか?それじゃ、なんだろう?
 嗚呼、たぶん・・・社交ダンスも単純に楽しいから踊るんじゃないかな?
 このまま最後まで一緒に行こう。
 余韻に浸る余裕すら残さないよう。全てを出し尽くして、2人共ぶっ倒れて終わろう。
 それはきっと、とても幸せな事だから・・・・・・。


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