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『中国拳法 新型』

 
 『中国拳法 新型』とは何か?

 それを説明しないわけにはいかないだろう。
 さて―――
 多くの人が勘違いしていることだが、中国拳法という格闘技は存在しない。
 中国拳法とは、中国発祥の格闘技の総称である。
 極端な話、今、中国で中国人がボクシングやレスリングと言った西洋格闘技を参考にした新興格闘技を立ち上げても、それは中国拳法のカテゴリーとして認められてしまう。
 されど、黄河に文明が誕生して4000年とも5000年とも言われ、その長い歴史の英知に沿って闘争の歴史、格闘技も文化として内包している。
 そう言った歴史と文化の流れから生まれ出た物。それが中国拳法そのものであるとも言えよう。
 しかし、この中国拳法は歴史の渦に巻き込まれ、死滅しかけたことが何度もある。
 そして現在もまた・・・・・・
 そうである。

 まずは1人っ子政策により、子供は親から一身の愛情を受け、甘やかされ育つ。
 そして、過激な受験戦争。人口が多い中国では大学に入学する事が困難であり、大学入試の結果で、その後の人生が決まってしまう。
 こんな状態で、可愛い我が子を過酷な武道武術の世界に進ませようとする親がどのくらいいるだろうか?

 中国拳法は衰退していった。
 しかし、格闘技を文化の一つとして考えてきた中国。
 20年前の西暦2055年に大きな動きが誕生した。
 中国拳法復興を国家プロジェクトとして生まれた新たな中国拳法。
 それこそが『中国拳法 新型』である。

 こういった歴史に埋没した格闘技を復興させた例は、決して珍しいわけではない。
 ギリシャでは古代の総合格闘技パンクラチオンを現在の格闘技術を組み合わせ、復興させている。
 日本でも、琉球唐手など失われた古流武術、技術の研究に苦心を捧げる団体も存在している。
 しかし、現存している格闘技である中国拳法を、国家プロジェクトとして復興しようとする試みは、他に例を見ない。
 焚書など、時代の移り変わりに資料を焼き払ってしまう事がある中国では、文献の発掘も難しい。
 そのため、中国全土から集められた現役格闘家たちの意見を参考にした部分が多く、本来の中国拳法とは違い、どこか近代的で実戦的な格闘技なっている。
 その分、強い。
 なんせ、国をあげての国家プロジェクトである。億単位の金が動いて作られた、新しい格闘技。
 それに関わった格闘家たちは普及活動に積極的に参加していった。
 ぶっちゃけ、現役格闘家に近代技術を無償で教われるわけだ。
 そりゃ、『中国拳法 新型』の使い手は強くなるに決まっている。

 もっとも、向里佳那が『中国拳法 新型』を本場、中国で、現役格闘家から直接手ほどきを受けたかどうかはわからない。
 最近じゃ『中国拳法 新型』の世界規模の普及活動もはじめている。
 まさか、彼女の渡航歴を調べるわけにはいかない。
 (もちろん、俺には調べるスキルがない)
 だから、現時点で俺ができる事は、ネット上で閲覧できる膨大な数の対戦動画を見続けて、研究する事だけだ。

 現在の時刻は朝の7時。彼女との対戦時間まで残り12時間。
 俺の家は一軒家だ。
 家族は片親だけで、日常的に仕事に奔走している。
 前に顔を見たのはいつ以来だろうか?
 実質上の一人暮らし状態。そのおかげで『アンリミテッドペイン』をやり込めるわけだ。
 念のために言っておくが、学校をさぼってまで、やり込む事はない。
 今回が特別な事案なわけで・・・・・・。念のためにな?
 しかし、今日、学校をさぼった理由が『アンリミテッドペイン』に関わる問題だと親が知ればどうなるか?いや、考えるのはやめておこう。想像するのも嫌だ。
 俺はトレーニングウェアに着替え外に出る。
 学校をさぼった手前、外に出てのは後ろめたい気持ちがある。
 けれども、この時間なら、ご近所さんに見られても怪しまれる事はない・・・・・・はず。
 登校前の軽い運動と思ってくれるだろう。

 家の裏には小さな庭がある。
 俺の身長より少しだけ高い壁。庭の中心には大き目の樹木が陣取っている。
 準備運動から始め、体がほぐれてきた所で本番だ。
 動画で見た向里佳那の動きを 『ハイトゥン・イー』の動きを思い出す。
 左のミドル。これはフェイント。
 相手がガードを固めた瞬間にモーションが変わる。
 相手と接触する直前で左足は空中で止まり、足を折りたたむように引いていく。
 そのタイミングでは、既に右足が浮かんでいて、左足と入れ替わるように真っ直ぐに伸びていく。
 右の前蹴り。
 さらに地面に着地するかと思われた左足が跳ね上がり、左の縦蹴りが下から頭部と狙ってくる。

 空中三段蹴り。

 これで終わりではない。
 地面に着地と同時に回転して回し蹴り。これはスピンキックだ。
 遠心力を得た横薙ぎの蹴り。踵が相手の腹部にねじ込まれる。

 空中三段蹴りから回し蹴りのコンビネーション。
 まるでフィギュアスケートの選手みたいな連続技。
 俺はこの動きを真似をした。
 虚空での相手を想定した動き。
 真似をするだけなら容易だ。
 しかし、『アンリミテッドペイン』でのアバターは現実の物理現象を再現している。
 アバターには質量が存在していて、何もない空間に向けて技を放つのとはわけが違う。
 相手に当たれば、返ってくる反動から技が止まってしまうだろう。
 俺だったら、こうも華麗な連続技を『アンリミテッドペイン』という実戦の場で使いこなせない。

 真似をして分かった事は『ハイトゥン・イー』の技術の高さ。
 打撃という瞬発力に依存した技。それも連続技は見た目以上に体力を消耗させる。
 そして、空中でも崩れないバランス能力。
 うん。
 しかし、それでも・・・・・・
 疑問が浮かんだ。
 彼女の最大の武器は何か?それは逸脱した脚力以外に存在しないだろう。
 それなのになぜ?
 『中国拳法 新型』の使い手であり、逸脱した脚力の持ち主なら、こういう事も可能なはず。
 俺は庭にある唯一の障害物である樹木に近づく。

 やがて―――
 衝撃音は2つ。飛び散る木片。
 俺の拳は生木の部分まで到達し、そのまま深くまで埋もれている。

 俺は樹木から拳を引き抜き、その拳をまじまじと見る。
 おそらく、彼女はこういった技々を隠している。
 俺が『ハイトゥン・イー』を追い詰めて、ようやく彼女は使用してくるであろう切り札なのだろう。
 あくまで推測だが・・・・・・用心しないわけにはいかないだろう。
 俺は樹木を後ろに、家の中へ戻った。
 また、『ハイトゥン・イー』の対戦動画を見るために。

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