アンリミテッドペイン

チョーカー

倒錯していく現実とリアル

 なるほど。俺の見込みが甘かった。
 思い返せば、なぜ俺が初対面の女子相手に反抗的だったのか?
 俺は、『現実にリアルティを感じない』世代の代表格じゃなかったのか?
 普段の俺だったら、暖簾に腕押しで、ぬらりくらりかわしていたはずだ。
 だから、そう―――もっと早くに気がつけたはずだ。
 彼女もまた、俺と同じ人種だということに・・・・・・。

 彼女の蹴りを躱す。
 体を縮め、階段に片手をつける。
 俺の頭上の斜め上を右足の前蹴りが通過していく。
 空振りの前蹴りが引き戻され、右足が地面に着くよりも早く、俺の顔面を狙って彼女の左足が跳ねあがってくる。縦蹴りが俺の顔面ギリギリのスレスレで通過していった。
 彼女のめくれ上がったスカートから、次から次へと鋭い蹴りが襲い掛かってくる。
 彼女の足技は止まらない。むしろ加速し、多彩に変化していく。
 まるで空中に留まり、演舞でも舞っているかのように美しく艶やかな技。
 それを躱す。躱す。躱す。
 ダッキング。スウェー。スリッピング。
 ハメルトン戦に向けて、研究していた古流拳闘術ボクシングのディフェンス技術が役に立っている。
 しかし―――
 前蹴りを腕で弾くパーリングという技を使った時だ。その瞬間に気がついてしまった。
 いくら向里佳那の蹴りを躱せても、防御ガードする事ができないと。
 この場所は階段である。
 その上である平地からは、向里佳那からは蹴りを放てる。しかし俺からは?
 いや、そんなことは些細な問題に過ぎない。
 もしも、もしも―――
 階段に立っている俺が力強い一撃を受ければ・・・・・・。
 足場のない空中で、後ろに足引いて踏ん張る。そんな真似ができるはずもなく・・・・・・。
 当たり前のように高所から落下する。

 ここから下までどのくらいの高さだ?俺の身長くらいか?
 まさか、向里佳那の蹴りを避けながら、目で確認するわけにはいかない。
 最初から、この高さを利用して蹴り落とすつもりだったのか。
 俺の思考は(卑怯な)とか(卑劣な)といった言葉が浮かぶのではなく
 (おもしれぇじゃねぇか。コイツ!?)
 むしろ、好意に近い感情が湧いてきた。
 不意に彼女の蹴撃が止む。一瞬の時間停止。
 来る。おそらく、彼女の決め手となる攻撃が。
 不意に彼女が背中を見せる。しかし、それだけではない。
 その動作は回転。体を半回転し、得た遠心力を武器に彼女の踵が向かってくる。

 ローリングソバット。

 明らかに俺を後方へ蹴り飛ばすために選ばれた技が繰り出された。
 それに対して俺は―――この戦いが始まって、初めて防御を固めた。
 両手をクロスし向里佳那の蹴りを受ける。と、同時に自ら後方へ飛ぶ。
 浮遊感を感じながら、着地の衝撃を足に受けないように、足が地面と接触する直前に体を丸め、後ろ回り。
 再び、視線を彼女に向けた時、感じたのは悪夢のような時間だった。

 彼女は飛んでいた。

 階段の天辺から俺に向かって・・・・・・。
 上から下へ。重力に身を委ねる行為がここまで恐ろしいものなのか。
 単純でシンプルで圧倒的な恐怖を感じる技だ。
 俺は片手をつき、しゃがみ込んでいる状態。回避可能なのか?
 そんな絶妙なタイミングでの攻撃。
 平均的な女子高生の体重はどのくらいだろうか?
 いや、たった10キロのダンベルでも2メートル上から降ってきたならどうだろう?
 病院送りは逃れられない。たった10キロでもだ。
 その数倍の重さが降ってくる。避けなければ―――迎えるのは絶対的な死。
 彼女は空中で屈伸して、体を縮め、その脚力を開放するかのように下にいる俺に足を伸ばしてくる。

 フットスタンプ。

 そういうには、あまりにも悪魔的な殺し技と化している。 
 横に回転するよう回避運動。間に合うか?
 降り注いでくる2本の脚。まるでスローモーションのように落ちてくる。
 回転し、上を向いた俺の腹部。彼女の攻撃はその横を通過していった。
 彼女の両足から地面を踏みつぶした音が鳴る。
 当たれば、どうなっていただろうか?そんな想像も一瞬で切り払う。
 さすがの向里佳那も着地の衝撃に耐えられなかったのだろう。
 バランスを崩して倒れそうになっている。
 そんな彼女の両足を刈り取るように両腕を絡ませ、肩で彼女の腹部を圧迫する。
 タックルだ。
 そのまま、壁へ彼女をたたきつける。
 「カッ!?」と彼女の口から空気が漏れる。
 その隙に彼女の左右の手首を、自分の両手で掴み、壁に押さえつける。
 完璧に捕縛。彼女の得意な蹴り技を放とうにも、そのスペースすら許さない密着状態。
 完全に勝負はついたと言っても良いだろう。

 彼女に聞きたい事は山ほどある。
 その中でまず、聞かなければならない事は何か?
 そして出た言葉はシンプルに

 「お前、なぜ俺を襲った」

 というものだった。

 そんな俺の質問に彼女は笑みを浮かべる。悪い笑顔だ。

 「そんなに不思議かしら? ネットでは常に話題のテーマとしてあげられる理由なのだけれども?」
 「だから、それはなんだよ」
 「よく言うでしょ?『アンリミテッドペイン』の上位ランカーはリアルで戦っても強いのか?・・・・・・ってね」
 「――――――えっ?」
 言われている事の意味が分からなかった。それじゃ、まるで、彼女は俺の事を―――

 「アバターネーム『痛み傷』 霞城一郎さん。お手合わせできて光栄でしたわよ」

 彼女の言う言葉の意味が呑み込めず、俺の思考は停止した。


  

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