アンリミテッドペイン

チョーカー

非日常の朝

 現実にログイン・・・・・・もとい『アンリミテッドペイン』からログアウトした僕は時計で時間を確認する。
 デジタル時計に表示された時間は『3時00分』だ。
 もちろん、昼間の3時ではない。昼なら、こんなに暗いわけがない。
 平日の深夜3時。『痛み傷』ではない、現実の俺、霞城一郎は学生。高校2年生だ。
 明日の学校の事をかんが・・・・・・。いや、考えるから駄目なんだ。考えないようにしよう。
 格闘技の世界には『考えるな!感じるんだ!?』と有名な言葉がある。
 まだ4時間近く睡眠は取れる。
 あの後、知り合い連中から祝杯とご祝儀を頂き、テンションがあがったまま、スパーリングモードで100人組み手を行ったのが間違いの元なのかもしれない。
 そんなことを考えながら、俺はPCパソンコンのUSBに接続させていた外部出力機を取り外す。
 ヘッドホンとグラサンが同一化したようなデザイン。
 これを着用すること。ただそれだけで俺を『アンリミテッドペイン』の世界へ誘い、『痛み傷』へ変身させる魔法の機材だ。
 それを大事に扱い、ベットの横の机。その上に完備されてある専用のホルダーへ収める。
 そのまま、電気を消しベットへ潜り込む。
 実際に肉体を酷使したわけではないはずなのに、体の疲労感から深い眠りについた。


 けたたましく鳴る目覚まし時計。表示される数字は7時ジャスト。
 ほんのさっき、ベットに潜り込んだ感覚なのだが、時間は残酷だ。
 ふらふらと部屋から出て、台所に向かう。
 とりあえず、水をいれた鍋に火をかける。
 赤い炎をぼけっ~と眺める。
 赤い炎・・・・・・自分のアバターを連想させる。徐々に昨日の戦いを思い出していく。
 「古流拳闘術ボクシングか・・・・・・こんな感じだったかな?」
 ハメルトンの構えを、動きをトレースする。ジャブを起点に戦うスタイル。
 雑にならないようスピードを徐々に抑えて、正確な動きを心がける。
 (アイツ、強かった。また戦いたいなぁ)
 ピタッと体を止め、鍋を見る。
 沸騰している。俺は冷蔵庫を開き、鳥のささみを取り出す。
 そのまま、鍋へ投入。暫し待つ。
 やがて、鍋のお湯が白く変色していく。
 箸で刺して、火の通りを確認。うん、頃合いだ。
 鍋からささみを取り出すと、次に鍋に入れたのは生卵。
 余ったお湯でゆでたまごを作った。

 炊飯器から炊き立ての玄米を取り出す。
 鳥のささみに、ソースをかける。横には、ゆでたまごが2つ。
 コンビニで買ったカット野菜を盛りつけ・・・・・・うん、朝ごはんの完成だ。
 我ながら淡泊な料理だ。強くなるための栄養補充。
 『アンリミテッドペイン』の上位ランカーは自分の肉体に気を遣う。
 もちろん、実際の、現実の体の方だ。
 「ゲームで遊ぶのに食事に気を遣ったり、体を鍛えないといけないのか!?」
 なんて驚かれる事も多い。
 もちろん、ゲームであれ、強くなるため努力は必要不可欠だ。
 実際の体と『アンリミテッドペイン』のアバター。
 俺のアバター『痛み傷』の運動能力は高い。
 実際の格闘家やアスリート。
 五輪オリンピックのメダリスト以上の運動能力に設定されてある。
 しかし、実際の肉体とアバターの運動能力の差。
 それが戦いの最中にラグとして動きに現れる事がある。
 一瞬の判断力と反射神経の狂い。勝敗を分けるには十分なファクターになってしまう。
 そのラグを少しでも抑えるためにはどうすればいいのか?
 答えとして、俺が考え出したのは、実際の肉体をアバターの運動能力に近づける事だった。
 トップアスリートにはなれなくても―――
 実際の格闘家のように強くなくても―――
 少しでも、僅かでも、誤差レベルでも、近づければラグが抑えれるのならば―――やる。
 やらなくちゃいけない事だ。
 バーチャルリアルなゲームに陶酔する事で、現実の体を重要視する事になるなんて皮肉な話―――なのかもしれない。
 しかし、まぁ、つらつらと偉そうな事を言っても、俺の料理はインスタント的な誰でも作れるレベルの料理なわけだが・・・・・・

 「いただきます」と手を合わせ、頭を下げる。
 食糧へ感謝の念を捧げる。
 近代、飽和な時代は加速を迎える。
 昔は「食べ物を粗末にしてはいけません」なんて当たり前の話だったが、現在は・・・・・・ひどいもんだ。
 俺としては、自分の体の血肉になる物で遊ぶなんて、ある種の猟奇じみた趣味のように感じるのだが。 だけれども、それは世界から、現リアルティが失われている事から行われている可能性もある。
 ならば、その影響は俺も受けているのだろう。きっと、自分は気がついていないだけで、他人から見れば、何かが致命的に狂っている。
 それが現実を軽視し、バーチャルへ陶酔した俺への罰なのだろう。

 「ごちそうさま」

 さて、思春期特有のモノローグを脳内で発展させながらも、食事を進ませて終わらせた。
 おっと、デザートにバナナ一房と牛乳を忘れていた。
 身支度を整え、時計を見る。
 そろそろ、学校へ向かう時間になっていた。
 こんなに文明が発達しても、学校というアナログな存在は不変のままだ。
 もっと、画期的なシステム構築が社会に反映されるのは、当分、先の事なのだろう。

 

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