アンリミテッドペイン

チョーカー

覚醒 そして怒涛

 同化していく。俺の意識がアバターの『痛み傷』と同化して、俺の精神が消えていく。
 やがて、俺が消え、『痛み傷』だけが残った。
 『痛み傷』の意識が覚醒する。
 五感が冴えわたる感覚。耳をすませば、声援を飛ばす観客の声を1つ1つ聞き取れる。

 「覚醒したぞ。アイツはここからが強えんだ!」
 「いや、アイツ、笑ってるぜ?やばくねぇ?パンチに酔ってるじゃん!」
 「てめぇ、素人か?パンチドランカーと一緒にすんな。アイツは笑いながら戦うと強くなるんだよ」
 「なんだよ?それ?キャラ付けかよ?」

 へぇ~ 今の俺、笑ってるのか。
 そりゃそうだ。 毎日、毎日、死んだように生きてる霞城一郎が『痛み傷』に生まれ変わり、生を実感する唯一の場所がここだ。
 追い込まれて、劣勢で、必死になって、ようやく、生きてる実感が得れるんだ。
 そうだ。こうなった俺は強い。
 絶対的な自信を持って、そう言い切れる。

 
 意識をハメルトンに向ける。
 突然の状況に理解が追いついてないみたいだ。
 ここで追撃を仕掛けてこないのは経験が少ないルーキーだからだろう。
 だが、呆けてのは一瞬。すぐに構え直す。
 いや、よく見ると構えが変わっている。
 アゴを守るための右腕はそのままだが、攻撃の起点となる左腕を上げ、自分の右腕の肘に左拳をつけるような構え。Ⅼ字ブロックってやつか。その構えで上半身を左右に揺らす。
 ハメルトンは左ジョブを出そうと左足を一歩踏み込む。
 しかし―――
 乾いた音が周囲に響いた。
 俺の右足が、ハメルトンの腹部―――ガードの隙間に蹴りをねじ込んだ。右のミドルキックだ。
 そして、もう一発。人間の肉と肉がぶつかり合って鳴らしているとは思えない音が響く。
 ハメルトンは口を大きく開き、前のめりに上半身が傾いている。

 今までの試合、ハメルトンは蹴り対策が万全と言えた。
 彼に敗北した多くのベテラン選手は、彼のファイトスタイルでは蹴りに対応できないと読み、蹴りを起点としたスタイルで挑んでいった。
 なるほど、確かに格闘技には古くから、こういう言葉がある。

 「足は手の3倍の力がある」

 個人的に言わせてもらうと、手と足では用途が違うものであり、単純に筋肉の出力の差だけで、「足の方が腕より強い」という考えには疑問を抱くのだが・・・・・・
 ともかく、ハメルトン対策で蹴り技を多用して挑む選手が多かった。
 そして、その多くが返り討ちにあっている。
 その理由は射程距離リーチの差だ。
 多くの人間は腕の攻撃より、足の攻撃の方がリーチが長いと勘違いをしている。 
 いや、一概に勘違いとは言えないかもしれない。
 競技や流派によって、蹴り方が違うのだ。
 カラテスタイルの流派の1つには、足の甲を相手にぶつけるのが基本としている。
 確かに、それならば腕より足の方がリーチが長いと言える。
 しかし、多くの打撃系競技は足の甲ではなく、足の脛を利用する。
 足の甲と脛。その差は10センチほどか?
 そして、ハメルトン相手に蹴り主体のスタイルで挑んだ選手は1手目で何をするか?
 まず、様子見にローキック(自身の足を相手の足にぶつける蹴り技だ)から入る。
 ローキックでどこの部分を狙うか?これも競技や流派によって大きく違う。
 太ももや足の付け根。一撃必殺を狙うなら、筋肉も脂肪も薄い膝の横だろう。
 関節部分でもある膝付近を蹴れば、一撃で戦闘不能にすることも可能だ。
 そんな強烈な技。ハメルトンが対策をしていないはずもなく・・・・・・。
 開始早々、ローキックに合わせられたカウンターの右ストレートで有効打を浴びる。
 そういう試合が多かった。
 だから、俺はハメルトンから蹴り技の意識が薄れるまで蹴り技を温存していたのだ。
 そして、ミドルを選択したのはローキックやハイキック(足を跳ね上げて、相手の頭部を狙う蹴り技)よりリーチがあるのはもちろんの事、一番、ハメルトンが受けた事のない技だからだ。
 過去のVTRを遡って見ても、大抵はローキック。たまに、開始直後に賭けでハイキックは放つ奴はいた。しかし、みんな古流拳闘術ボクシングという情報の少ない格闘技を相手にしてるためか、勝負を急ぎ過ぎている。じっくりとミドルから攻める選手は皆無と言ってもいいほどの少なさだったのだ。
 だからこそ、俺は試合中盤からのミドル狙いの戦略を取り、効果はご覧の通りだ。 

 予期せぬミドル2連打を受けたハメルトンは、見て明らかな程に深いダメージを負っている。
 しかし、その目から闘志は失っていない。
 ダメージからフォームは乱れ、従来のパンチとは程遠いスピードではあるが、それでも近づこうとすれば、鋭いパンチを打ち、牽制してくる。
 だからと言って、折角のチャンス。 俺は、ハメルトンが回復するまで、お見合いするほどお人よしではない。 
  ハメルトンのパンチを腕で弾き、強引に前に出る。
 しかし、ハメルトンは両手を広げ、腕を俺の体に巻き付けてくる。
 クリンチ。
 しかし、今までの俺のスタミナをロスさせるための技ではなく、時間稼ぎの苦し紛れみたいだ。
 俺は十分に余裕をもって、腰を落としハメルトンと組み合う。
 これで、簡単に投げれないだろう。
 俺は、ハメルトンの耳元、小さな声で死刑宣告を呟いた。

 「お前、寝技グランドできないだろ?ここから、地獄だぜ!」

 組み合ったハメルトンの体から、確かな動揺が感じられる。
 俺は片足を上げ、ハメルトンの足を踵で踏みつけた。
 1発では終わらせない。何度も何度も、踏みつける。
 ハメルトンは嫌がるそぶりを見せてくる。
 その隙に俺は、足を踏みつけると見せかけ、ハメルトンの股に自分の右足を滑り込ませる。
 と同時にハメルトンに背中を見せるように反転。
 右足はハメルトンの左足をひっかけるようにして、踵を跳ね上げ指せる。
 J-DO柔道でいう内股。
 この試合で何度も俺を投げてきたハメルトン。今度は投げられる番だった。
 そして、試合は寝技へ移行した。

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