アンリミテッドペイン

チョーカー

闘争の求め

 暗闇が支配する空間。
 音もなく、生物の気配は皆無だ。
 いや、目を凝らせば、暗闇の中に人影が揺れている。
 シルエットから、かろうじてわかるのは女性という事か?
 2つに結んだ髪。ツインテールが腰の辺りまで伸びている。
 服装はどうだろう?ミニスカートだろうか?
 少女らしくファンシーな膨らみがあるスカートに見えるが―――
 暗闇の中、正確な判断はできない・・・・・・。
 やがて、眩いライトが彼女を照らし出す。
 想像通りの少女の姿が現れた。
 愛らしいアイドルのようなルックス。

 「レディース&ジェントルメン(紳士、淑女のみなさん)・・・・・」

 彼女はマイクを手に、周囲の人間に語りかける。
 ・・・・・・? 生物の気配がないはずなのに?誰もいないのに?
 しかし、次の瞬間には、そんな疑問は吹き飛んでしまうだろう。
 なぜなら、彼女が豹変したからだ。

 「ファック!?紳士だ?淑女だ?そんな連中はファックユーだぜ。帰ってママのおっぱいでも吸ってろや!?
 俺たちが見たいのはなんだ?こんな退屈な世の中に刺激を求めて集まってきた快楽の求道者どもよ。我こそが蛮族と自負する変態どもよ。答えやがれ屑ども!?」

 彼女の絶叫に合わせて明かりがつく。
 太陽を模したライトが周囲を照らし出す。
 次の瞬間―――

 『ウオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 呼応が起こる。爆発したかのように男たちの雄叫びが起こる。
 そこには何百?いや、何千というギャラリーがいた。
 いままで、彼らはどこにいたのだろう?何千という人間達が音を立てず、気配すら殺していたとでも言うのだろうか?

 「いいぜ!?お前たちの気持ちはよくわかった!行くぜ! 
 選手の入場だぜ!?もっと声出せ!最高に最大にオッキして、狂いやがれ!?
 もちろん、選手の呼び込みは、この俺様 お前らの天使ちゃん事、暴走天使長ユズキちゃんだせ!?
 ヒャッハアアアアアアアアアア!?」

 彼女は可愛らしい表情を、そのままに、最大限の下品な表現を繰り返す。
 そのギャップこそが、彼女―――
 いや、彼女のアバターを操る人間、暴走天使長ユズキちゃん(おそらく男性)の人気を不動のものしている。
  そう、ここは電脳世界。現実とは違うバーチャルワールドだ。
 コンピュターが世界を再現した仮想現実。
 彼ら、観客がこの場に望んでいるのはリアリティ。

 時は西暦2075年の近未来。
 人類が繁栄し、栄華を極めた結果、何を失ったか?
 あらゆるものが不健全と規制され、社会というシステムに保護された人類は―――
 リアリティを失ってしまっていた。
 人類は保護されている。擁護され、甘やかされている。
 もはや、生きている意味。生きている実感が味わえないほどに、この世界は病んでしまっているのだ。

 『もはや、現実にはリアリティなど存在せず、バーチャルにのみリアルが存在している』

 したり顔で、そう言う若者が後を絶えない。
 だから、彼らは本物を見るため―――見届けるために来ているのだ。  

 『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』

 爆走天使長ユズキちゃんの足元から轟音が鳴り響き、舞台がせり上がっていく。
 その下に隠されていたのはリング。
 旧時代の格闘技で使用されていたリングとは違いロープなどはない。
 ゲージ、つまりは金網もない。
 観客が見やすいように不可視のシールドに覆われている。
 足場が四角形のフィールド。これが現在のリングだ。
 よく、リングを見れば2つの影が見える。

 「青コーナー!?総合格闘技コンプリートファイター 痛み傷ペインウーンド選手入場!?」

 俺の名前が高らかに読まれる。
 それと同時に観客からの声援に包まれる。

 痛み傷は俺、霞城一郎かすみじょういちろうのプレイヤーネームだ。
 この電脳世界で使っている俺のアバターは人間型タイプヒューマン
 日本人格闘家をイメージした黒髪、短髪。
 全体的に黒を基調とし、一部に赤い炎をあしらっている胴着を着用している。
 軽く体を動かし、実際の体との差。ラグの有無の確認する。コンディションは悪くない。

 「赤コーナー!?古流拳闘術ボクシング マシンガンハメルトン選手入場!?」

 対戦相手の名前がコールされる。
 シルエットだけだった相手の体が浮かび上がってくる。
 俺と同じ人間型タイプヒューマン
 金髪、白い皮膚。欧米人のイメージのアバター。
 リーチが長そうな、スラリとした四肢。
 上半身は裸で、下半身はトランクス。拳には白いテーピングが巻かれている。
 なるほど、破竹の勢いで快進撃を続けているルーキーとは聞いていたが、良い面構えだ。
 軽いアップでも動きのキレがいい。
 古流拳闘術ボクシングという古い格闘技の使い手。
 基本的にパンチしか使わないという独自のスタイル。それをおいしい相手だとベテラン選手たちが舐めて挑んでいった結果、返り討ちの山を作り、俺のランクまで短期間で登ってきた相手だと聞いている。
 ルーキーで格下の相手が赤コーナーで、上位ランカーの俺が青コーナーなのは、俺のこだわりで
 青コーナー(挑戦者)側の気持ちを維持するために運営に頼んでいる、いわばゲン担ぎみたいなもんだが、ルーキーくんは、それが気に入らないらしい。
 試合前から鋭い視線で睨み付けてくる。いい気合の入り方だ。

 やがて、CPUのレェフリーが2人を中央へ促す。
 テンプレ化した簡易ルール説明と利用規約の確認が行われる。
 確認が終わると、2人はリングの端まで移動し、開始を待つ。
 そのわずかな時間、精神は向上していく。感情が昂ぶってくる。
 やがて、獣が繋がれた鎖が解かれる音。
 ゴングが響いた。
 非日常と化した現実から、日常的な戦いへと俺は帰っていく。

 
 

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