≪インフィニティ≫ ~日常編~

巫夏希

鬼は外、福は内

「節分?」

 マーズが崇人の言葉を聞いて、スマートフォンにクギ付けになっていた視線を外した。

「ああ。俺の世界にある行事だ」

 崇人の手には一つのビニール袋があった。
 その中には豆の袋が入っていた。ただの豆ではなく、炒り豆だ。

「炒り豆をどうするつもりなのよ?」
「これを鬼に投げて、一年の福を家に呼び込む……確かこんな感じだった気がするよ。あまりよく覚えていないがな」
「向こうの世界でも有名じゃあなかったのかしら?」
「仕事が忙しかったものだから、まったくやっていないんだよ。少しは理解してくれ」

 崇人の言葉に、マーズは違和感を覚えるが、スマートフォンをテーブルに置いて立ち上がった。

「よし、お前の言う『節分』をやろうじゃあないか。どうすればいいんだ?」

 マーズの対応の早さに、崇人は少々驚いたが、すぐにマーズに豆の袋を一つ渡した。

「これを開けて、家の中に投げるんだ。凡ての部屋に、だからな。その時には『福は内』と大声を出して投げるんだぜ。分かったな?」
「そんな感じでいいのかねえ?」
「俺は家の外に向かって玄関から『鬼は外』と大声を出してぶん投げるから、それで豆まきは終わり。簡単だろ?」

 それを聞いてマーズは小さく頷く。

「……しかしまあ、タカトの居た世界とやらは変な行事ばかりあるなあ。私も一度でいいから行ってみたいものだ」
「そんなことしているなら、俺はさっさと元の世界に戻ってそうだがなあ……」

 そんなことを言いながら、二人はそれぞれの配置に着こうとした、その時だった。
 ピンポーン。
 マーズの家の玄関にあるチャイムが鳴った。

「ん、誰だ?」

 マーズはそれを聞いて玄関へとむかう。
 崇人は豆の袋を開けて、カップに分けていく。とはいえ二人分だけなので、分けると相当量になってしまう。

「残りは分けて食べるしかねえな……年の数食べても絶対に余るだろこの量は……」

 其の時崇人はスーパーで三割引になっていた炒り豆をまとめ買いするんじゃあなかった――と後悔していた。

「おい、タカト。ご友人だぞ」

 それを聞いて崇人は振り返る。
 そこに居たのは、エスティとアーデルハイト、ヴィエンス、それにケイスだった。

「ハロウィンの時は出来なかったからね。今回は参戦させてもらうよ」

 ケイスはそう言った。

「そういえばそうだったな。それじゃあ、改めて豆まきについて説明するか」

 そう言って、崇人は再びマーズにしたような説明をした。
 説明が終わり、

「ねえ、タカト。『鬼』って何?」

 エスティからそんな質問がかかった。
 そう言われればそうね、とほかの人からもそういう声が上がる。

「そうだな……確か鬼というのは生き物の鬼ではなくて『災い』という意味があるらしい。だからこの時は『災いを祓う』ってことになるかな」
「災いを祓う、ねえ……」

 アーデルハイトは豆を見ながら、そうつぶやいた。

「さあ、これからさっき言ったとおり部屋に豆を撒いていくぞ! 大丈夫、そう難しいことじゃあない! よろしく!」

 そうして彼らは各自、豆を撒くこととした。


 部屋に豆を撒き終わり、彼らはひと段落していた。
 ソファに腰掛け、お茶に豆を入れ、それを飲むマーズたち。
 息をついたマーズが最後に一言、ぽつりと呟いた。

「これは明日……掃除しなくてはいけないな……」

 その呟きは、聞きたくもなかった言葉だった。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品