道を探し求める愚者に、松明の明かりを差し出す人はいるのでしょうか。

ノベルバユーザー173744

道を探し求める愚者に、松明の明かりを差し出す人はいるのでしょうか。

 自分の体と心が不安定だと、知ったのはいつの頃だったのか…。

 自分が体が弱いと知ったのは幼稚園に入る前だった。

 兄弟が遊ぶ庭を見つめ、横になっている自分。

 咳をしてひゅうひゅうとしているのではなく、原因不明と言うか自分では解らなかった。

 ぐったりとする…気分が悪く吐く、脱水症状を起こす。

 父や母は慌てて私を抱え病院にいくものの、毎回診断されるのは『自家中毒じかちゅうどく』。

 調べてみると『アセトン血性嘔吐症』と言うらしく、過労、精神的緊張、感染等により、誘引される病気。

 血中にアセトン量が多い状態となる病気で、2才から10才頃までの子供に多い疾患だとあった。

 小児手帳を見ると、他の兄弟は1回程度の『自家中毒』の文字は、私はほぼ毎月記入され、それは15才になるまで、黒々と書かれていた。

 幼稚園小学校等では先生の欄は「快活で、興味を持ったものには熱心に取り組む真面目なお子さんです。一人でいるお友達にも声をかけて一緒に遊んだり、優しいお子さんです」と、書かれているが、実際のところ、幼稚園では緊張し、子供らしからぬ演技をしていたのだろうと思う。

 優しいお利口な女の子。

 快活で、素直で、いい子を演じ、そして、蓄積されると倒れ、病院に担ぎ込まれる。

 小児科の先生は優しかったのだが、最初は薬を出してくれていたが、途中から出してくれなくなった。

 その代わり、

「お母さん、玻璃はりちゃんに、隣のスーパーで、好きなジュースを買って飲ませてあげてください。あれもだめ、これもダメとか言わないで、自由にさせてあげてください」

と、一応、嘔吐が酷くなったときのための頓服をくれるだけで、帰って良いよと頭を撫でられる。

 当時、注射が大嫌いだったのに、お姉ちゃんだからと泣かなかった私の事を先生は知っていて、いつもはお姉ちゃんと言うものに束縛されていた私への優しさだったのかもしれない。

 で、スーパーでいつもは止められていた炭酸ジュースの大瓶を抱え、

「これ、お兄ちゃんと、ピーちゃん(妹)とキー君(弟)と飲んでいいよね!!」

と、弱っていても演技してしまう私を、母は気がつかず、

「そうね。大きいの買おうか?皆で飲めるね?」

と答える。

 そしてまた翌月、倒れた私に先生はため息をつき、

「先月のジュースはおいしかった?」

と聞いた。

 私はフラフラとしながら、

「おっきい瓶のを買って、皆で分けて飲んだの。美味しかったよ…」

と答え、先生は母に、

「玻璃ちゃんのジュースを買ってあげてくださいと、言いましたよね?何で、兄弟で分けるんですか!!」

と、怒る先生に、

「先生。私が買ってって、お願いしたの…お母さん、悪くない…」

 黙り込んだ先生は、私を待合室にある寝台に寝かせ、看護師さんに付き添わせ、しばらく母と二人で話していた。

 そして、呼び戻された私は注射と、薬を渡され、必ず飲むようにと念を押され、返された。

 先生は、薄々私の弱さを知っていたのだろうと思う。

 周囲に気を使うのは、優しさよりも周囲の目を気にする神経質な性格…そして、お利口ないい子の玻璃ちゃんを自分自身で作り上げている…本当の私は臆病で寂しがりで泣き虫の弱い子供…。

 心配して、本当なら見てくれない高校生になった私に、

「玻璃ちゃん?もう少し、労りなさい。どうして、ここまで弱ってるのに、もっともっとと頑張るの?」

と優しく説教をして、

「先生はもう引退するから、たしか、お父さんの主治医の先生がお家の近くにあるんだよね?手紙を送っておくから、先生にお願いしますって言いなさい。自分は体を治したいんです。どうすれば良いですかってね?」

「でも、先生。私は元気ですよ?えっと、時々吐いたり、脱水症状起こすだけで」

「玻璃ちゃん!!だけじゃないんだよ!!自家中毒は、完全に病気!!玻璃ちゃんは何時ものことだからと思っているのかもしれないけれど、玻璃ちゃんは、普通の子供よりも自家中毒が多い!!それだけ、体が弱くて、疲労を溜めやすいんだ!!甘く考えてはいけない!!良いね?」

 そのときの言葉を、真剣に聞いておけばよかった…と思った時には後の祭りだった。



 病院が変わると、院長先生は、書面を険しい顔で読み、

「嬢。嬢は何をしたいんぞ?」

と聞いてきた。

 高校は女子高で、進学クラスと裁縫、美術、音楽科と商業コースのある学校の、希望学科を選ぶときに、一応見栄っ張りの私はそこまでの実力がないにも関わらず、特別進学クラス。しかも4年制大学進学クラスを選択し…何故か通った。

 自分は兄ほど賢くはなく、得意なのは歴史で、英語と数学が苦手なのにどうしてだ?と首をひねっていたが、中学の恩師に、

「お前、試験良く頑張ったじゃないか!!お前、あと一問正解していたら、特待生になれていたのに!!」

と言われ、点数よりも、特待生だったら、入学金や授業料も安くすむのに!!と悔やんだ。

 その頃からケチだったというよりも、年子の妹にその下に弟もいる。

 県立のそこそこ名門の高校に進学できる兄ほど賢くはない私は、無難に近くの私立に入学したのだ。

 制服代、教科書に辞書、靴にカバン…あらゆるものにお金はかかる…自分ごときにと本気で思っていた。

 その為、

「うーん…本当は、歴史の勉強がしたいので、大学に行きたいです…でも、お兄ちゃんは、商業科で、卒業したら就職するだろうし…妹も弟もいるので、就職…になると思います」

「進学クラスにおるんだろう?」

「…叔母たちが、お兄ちゃんが就職するのに、妹のあんたが進学!!周囲に何て言えばいいの!!恥ずかしいって言うので…」

 点滴を受けつつ答える。

「わしは嬢の気持ちを聞いとるんだが?」

「私の…気持ち?本心ですよ?私は就職しますね」

 そうは言ったが、友人と違い、自分の意思を鮮明にしなかった…言えなかった自分は、進学クラスの中でも中途半端なクラスに移動になった。

 それはそうだ。

 得意なのは国語に歴史、漢文古文、生物の授業、家政科の授業に、音楽の授業のみ得意で、受験にもっとも必要な英語が先生が落ち込むほど悪かった。

 はっきり言えば欠点、赤点である。

 夏休みは普通に6時間授業があり、早朝にも一時間、午後にも一時間、計8時間授業に、体育の休講を取り戻すために、プールに一時間泳ぐ。そのあと、補習。

 ゆとり教育の弊害が夏休みにかかっていた。

 夏休みの授業の宿題に、夏休みの宿題、補習で出来なかった英語、数学、化学の訂正と、間違った英語の文章を5回書き取り…。

 終わるとぐったりするそんな私に、容赦なくやって来るのは、電話。

「はい」

 必死に書き取りをする。腕がずきずきうずくのは腱鞘炎…でも、早く済ませて、夏休みの宿題をしたいのに、60枚もびっしりと書き込まれた英語の紙の束が待っている…。

 隣の部屋で兄が電話を応対している、兄なら何とか…、と思っていると、引き戸が開き、

「おい、玻璃。下忙しいから降りて来いやって」

「え、えぇぇ!?兄ちゃん…私、明日の宿題に、補習の書き取りと、夏休みの宿題…」

「つべこべいうな!!母さんから言われたんじゃ!!行ってこい」

 その声と共に、スパーンと兄の履いていたスリッパで頭部を殴られた。

 その問答無用の容赦のない攻撃に、片付け、問いかける。

「…兄ちゃんや他の皆は?」

「お前一人で良いって母さんいっとったけん。二人ともTVみよらい。行ってこい」

 姉である私が宿題をしていて、頭を殴られて命令されていても、TVを見て笑っている弟妹…拳で殴らないだけでもましと言いたげな、兄…そして、平等を唱っているはずが、不平等で、あること…顔を背け、うるんだ目を見せないようにしながら、

「行ってくる」

「はよいけ。下は忙しいんや」

 とあごで、玄関を示す兄を恨んだことは一回だけではない。



 自分が、ある程度、出来ることは解っていた。

 それは、努力であってやりたかったわけでもなく、兄に顎で使われたり、親とは言え、自分の子供の中で、指名して仕事を手伝えと強要される為に得たわけではない…。

 涙をぬぐい、扉を開けると、

「とーさん、ねーちゃん!!どこから!?やるよ!!」

と声をかけ、父とお手伝いのお姉さんに頼まれた仕事に移る。

 その時は、キャベツの千切りに、裏の炊事場の溜まった汚れた食器を洗い、干して拭いて、減った棚に置いていく。

 その時には、注意することは、中華鍋に鶏ガラスープに、中華ソバやチャンポンを作る父の動きに注意すること。

炊事場を曲がって、二歩で、父が普段動くスペースの出口に到着!!そこでぶつかっては、出来たおそばが台無しになる。

 そして、お姉さんの方は、うどんを湯がく鍋と、油鍋、そして、大きな釜で炊く熱々のご飯。

 どれも、危険で、注意を受けた。

「玻璃ちゃんは女の子なんだから!!傷を付けちゃダメなんよ!!」

「平気平気。あたしは、結婚しないし…姉ちゃんの弟子になるから!!で、兄ちゃんやピーちゃんやキー君が結婚するのを…甥っ子や姪っ子が生まれるの楽しみにしてるんだ!!」

「何で結婚しないの!?」

 驚かれたが、昔から懇々といい聞かせられ続けた叔母の言葉を告げる。

「兄ちゃんは長男で、家の跡取りだから、必要でしょ?で、キー君は末っ子で、じいちゃんが結婚させろっ言ってたじゃん。でも、家の家を絶やしたくないからちゃんと嫁を迎えるように言えって。で、ピーちゃんは、うちに束縛するの、可哀想でしょ?兄ちゃんは、就職すると思うし、キー君は、中学生になっても…飛行機だ戦闘機だって、落ち着かないし、ピーちゃんもこの家に居させたら可哀想でしょ…まぁ私よりましだけど」

 暗い声になった私に、事情をある程度知っていたお姉ちゃんは、

「何か言われたの!?下の人に!?」

「ん?うん、いつものことだよ。私が、叔母さんたちの老後を見るんだから、結婚するな。したら絶対にダメ。墓を守るんはあんたやけん!!じゃないと、ピーちゃんにさせるって…ピーちゃん束縛したら可哀想でしょ?だから…ピーちゃんとキー君には早く結婚してって言おうと思って」

「玻璃ちゃんは!!どうするの!!」

 必死の形相のお姉ちゃんに笑った。

「うん…皆が幸せになればいいよ。その為に…頑張るよ。結婚も諦めちゃった…夢も望んだって、全部奪い取られ、目の前で見せびらかされ…『お姉ちゃんなんだから、言うことを聞け!!』とか、『兄ちゃんとキー君は男だから優先!!お前は最後!!』って…言われるのも辛いよね…。姉ちゃん。私って、どんなたち位置なんだろうね?長女で、女で、年上で、何か良いことってあったのかなぁ…年子の真ん中だよ?兄ちゃんとピーちゃんと…ピーちゃんと同じでもダメなのかなぁ…私は、兄ちゃんのお古のズボンに古ぼけたシャツに、兄ちゃんの黒い古い自転車…。ピーちゃんは、お古だったとしても、まーちゃん(同じ年の従姉妹)のワンピース着て…」

 項垂れた私を抱き締めてくれる、柔らかく暖かな姉ちゃんの腕で、呟く。

「一回ね…私も、ピーちゃんとおんなじようなピンクの服が着たいって言ったら、おばちゃんたち…『ピーちゃんは可愛いから、色が白くて綺麗な顔してるから似合うの!!』『あんたみたいに色黒で、可愛いげのない子が似合うわけないでしょ!!バカを言いなさい!!』って、言われて…着たくない」

「だからあんなに嫌がったの!?」

 お姉ちゃんは愕然とする。

 数年前に、服をお姉ちゃんが買ってきた。

 私が、第二次成長期に入る前までほぼ男装…兄のお古を着ていたからだった。

 いつもは、大好きで、誰よりも自分を可愛がってくれたお姉ちゃんの手の中にあったピンクの服を見て、

「いらない!!ピーちゃんにあげて!!」

 私は年子の妹と背丈はほとんど一緒だったから、親は同じ柄の色違いの服を買う。

で、聞くのだ。

「ピーちゃん。これ買ってきたんだけど、どっちがいい?」

 妹は当然明るい色を選ぶ。

で、

「はい。玻璃ちゃんの分」

 いつもグリーンかブルー…時々クリーム色よりも濃い黄色に近い黄土色の服。

「うん、ありがとう。大事に着るね」

と受けとる。

 一度だけ…いつもは、祖父母と土曜夜市に行っていたが、その時は珍しく父と母と兄弟とで行った。

 そこに、クリーム色の可愛いワンピースがあった。

 自分の小遣いはあったが、破格の500円と書いてあるワンピースに、後ろできゅっと大きなリボン結びをする自分の持っていない初めて見る可愛いそれがどうしても欲しくてねだった。

「買って!!お母さん!!私欲しい!!」

 初めてのおねだりだったと思う。

 祖父や祖母には、本屋をねだる。

 しかし、可愛いワンピースは、どうしても欲しかった。

「そうねぇ…」

 考え込んだ母の言葉に期待していたが、次の瞬間愕然とした。

「じゃぁ、ピーちゃんとお揃いにしましょう。ピーちゃんも可愛いわよね?」

 私が!!

 私が欲しかったのに!!

 どうして、一緒!?

 しかも、色黒の自分に対して色白で可愛いと親族から言われている妹と同じ服を着ろと母は言ったのか?

「…もうやめる…いい」

「どうしたの?いいじゃない可愛いわよ?」

 妹に当てて、

「あらちょっと大きいかしら。でも成長期だもの大丈夫よね」

等と言う母から視線をそらし、手にしていたワンピースも元のところに戻す。

 哀しかった…比較され、存在を否定されたと思った。

 妹と同じ服…背丈もほぼ変わらない、年子の妹なのに、自分はどうして…。

「玻璃…?どうしたんぞ?」

 一歩二歩後ずさった私は、父の手を振り払い、

「トイレに行ってくる!!」

と駆け出した。

 しばらくして戻ると、母はいい買い物をしたと言いたげに、

「玻璃ちゃん。はい。もって帰りなさい。欲しかったんでしょ?」

「…」

 妹を見るが、妹は袋を持っていない…つまり自分は二人分持たされている訳である。

「…玻璃ちゃん?欲しいって言ったでしょ!!それなのに何?そのお顔は!!」

とキレる母に、

「ありがとう…」

と答え歩き出した。



 こんな服…二度と着るか!!

と思っていたが、母は父の実家に行くときに、私たちにそのワンピースを着せた。

 ぎゅっと締め付けるリボンをほどいてくれと言ったのに、してくれず、車酔いの激しい私は堪えきれず嘔吐する。

「又!!折角ワンピース着せたのに!!」

と言う母に、父に担がれ、道路の端で吐き続けた私に、父はリボンをほどき、

「しんどかったの。これじゃぁ苦しいわ」

と言ってくれた。

 それからさほど時をおかず、そのワンピースは父方の従姉妹たちのもとに行った。

 …しかも、母は内緒で私のシルバニアファミリーの初期の一式セットを持ち出した上に、ぬいぐるみを二袋も渡したのだと後で聞かされた。

 自分のもの…大事に家具を揃え、ワンピースがボロボロになったから手作りでドレスを着せていた…人形たちにぬいぐるみ…。

 その瞬間…諦めた。

 この家はこんな家だと…私の心にずかずかと入り込み、無神経に人の気持ちを苦しめるのだと…もう、いい。



 お姉ちゃんは自分の味方。

 父は忙しく、母は妹がお気に入り…兄と弟は親族にちやほやされるのが当然で…甘えられるのは、お姉ちゃんしかいなかった。



 でも、数年もたたず…実家の事業が建て直せず、雇われていたお姉ちゃんは家を去り…希望していた県外の大学を親族が反対し、仕方なく地元の…歴史とは全く関係がない学部の試験が迫ったある日に、高熱を発し、体の節々が痛みだした。

 病院にいくとインフルエンザA型だった。

 二週間安静にと言われても受験が近いのだと…ゼイゼイ言いながら教科書にノートをめくり、熱に浮かされた頭で必死に覚えようとする。

 そして、治り、学校に行ったその日の晩に再び高熱に全身の痛み…。

 今度はB型だった。

 その瞬間…もう全てを諦めた。

 虚しい…と思った。

 自分を、弱い自分を…家から逃げ出せる最大のチャンスを逃した上、その上…嘲るように笑う叔母の言葉に絶望した。

「何が大学に行きたい、よ。この程度で」



 辛いとき、誰かを頼るのは駄目なのだろうか…泣いても、辛いと訴えるメールを送ると、

『お前だけが辛いんと違うんぞ!!こんなメール送ってくるな!!』

と、返されたときには、堪えた。

 病院では、

「何で家族にそんなに依存するの!!離れなさい!!」

と毎回いい続けられ、離れても、今さらになって母は、私を呼び出し明るい服を着せる。

「あぁ、やっぱりいい色ね!!」

「…私には合わないよ。母さんが買ったんだから着れば?」

 疲れぎみに、言うと、

「あらそう?こんなおばさんでも大丈夫?」

「うんうん大丈夫。で、今日呼び出したのは何?」

「うーん、実はね?電子レンジ壊れちゃったのよ」

 あっけらかんと告げる母に、グリグリと眉間にシワを寄せる。

「又壊したの!?この間は炊飯ジャーを壊したよね?その前は洗濯機!!そして、オーブントースターに、ドライヤー!!」

「又って言っても、炊飯ジャーは、誤って、コード焼いちゃったし…今回の電子レンジも焼けちゃったの」

 頭を抱える。

 家の母は破壊魔である。

 冷蔵庫を購入し届いたその日に、冷蔵部分の引き出しを入れるのを忘れ、バキッと言う音と共に、破壊したし、ジャーは、最短3月で一個壊したことがある。

 電子レンジも一年おきに一台ずつ…洗濯機は弟と二人が破壊責任がある。

 弟は、仕事の関係でポケットに釘を入れたまま帰る。

 玄関には釘のための瓶を置いているのに、そのまま服を脱いで、ぽいっと脱衣所どころか廊下に置き去り…それを怒りもせず…しかも、何度も洗濯機を壊したと言うのに、母はポケットを確認せず洗濯し、最短で7月で壊れた。

 修理業者の人が呆れるほど、釘にタバコの吸い殻に、ジュースのプルタブ等…見せられる度に頭を下げた。

 情けなかった…恥ずかしかったし、腹が立った。

 どうして私が謝るのだ!?何で!!

「…で?」

「でって…電子レンジ買って?お父さんに内緒ね?ジャー壊したときに怒られたのよ~」

 呑気な母の声にぶちっと、何かがキレた。

「いい加減にして!!人をさんざん利用しといて、ボロボロにした張本人の一人が!!何をのうのうと、電子レンジ買って、よ!!何様!?あぁ、生んでくれたんだよね?私を生んだのはこき使うため?金ばかり吸い取って、借金までさせて、ボロボロにして破滅させておいて、のうのうとよく言えたな!!死ね!!それより私が死んじゃるわ!!」

 荷物をまとめ、出ていこうとすると、

「玻璃ちゃん。おにぎり作っといたから帰って食べて?」

と言う声に、

「要らんわ!!それより、キーに頼めば!!洗濯機破壊魔に!!そんでなあ?人にものを頼むときには、自分が家に来いや、ボケ、あほんだら!!それぐらい常識やろが!!そんな常識も知らずに子育てしたんか、あんたは!!」

と怒鳴り、バーンっと玄関のドアを締めた。

 もう何もかも…嫌になった。

 連絡のない私のことを心配した父が、会社の帰り、少し遠回りしてやって来た。

「おい、どうしたんぞ?何かあったんか?」

 目を伏せ、ボソッと問い返す。

「母さんから聞いてない?」

「言わんけんの。自分の都合の悪いことは…」

 長年の経験で知り尽くした父の言葉には諦念しかなかった。

 外で話していたので、

「ちょっと待ってて…」

と自分の住みかに入り、コードを引き抜くと、取り扱い説明書をはさみ、持って出た。

「なんぞ?それは!!」

 父が目を見開き絶句している。

「この間…来いってピーちゃんに言われて行ったら…母さんが、自分で買った服をあげるあげる言うから…変やと思って、何かあったん?て聞いたら…電子レンジ買ってだって…」

「ど、どう言うことぞ!!」

「コード焼いてダメになったんだって…で、買えるかアホ!!って、怒鳴り倒して帰ろうとしたらおにぎり作ったから持って帰れだって…いるか!!ボケ!!言うとった。で、うち、もうええけん…持って帰って。家より、お父さんたちのご飯暖めたり…必要でしょ?」

 と強引に父の車の後ろを開けて、押し込む。

「…父さん…いつまで頑張ればいいのかなぁ…もう頑張らなくていいって…いってくれる人いないのかなぁ…」

「…玻璃」

 泣きそうに父が顔を歪める。

 私の病は自分のせいだと…父だけが自分を責めるのだ…。

 父は私を見ていたのに…、姉ちゃんの次に私を守ってくれたのに…。

「私はしばらく要らんし、持って帰って。今度母さんが買って返せって言っといてね?人の金ばかり当てにすんな!!馬鹿!!言うとって」

「おう。怒っといてやる!!…それより、明日、兄ちゃんが…」

 しばらく…も時はいらない。

「母さんにもキーにも会いたくないし…兄ちゃんのさぶいギャグに突っ込む気力もないから…よろしくゆーとって?」

 手を振る。

 寂しそうに、悲しそうに父はいつものように手を上げ、車は動き出した。突き当たりを折れ車の姿が消えると、走って部屋に飛び込み、鍵を閉めてタオルで顔を覆い声を殺して泣き続けた。



 それから一年半…不安定な私を見守る父と、マイペースで自分を見失わない強い妹が、やって来た。

「誕生日…色々あって、辛かったの…あんまり贅沢はできんのやが…電子レンジ買いに行こう」

 目を見開いた。

 ずっと…電子レンジを父に押し付けてから…お米を買ったり炊いたりもしなくなった…。

 この前、お米をもらい…困った私は、父が来たら渡そうとしていたのだ。

 米を示すと、

「お前が食べぇや。電子レンジ買うたら、たくさん炊いといて、食べるときにレンジでチンっができるやろが。ほら乗れ、買いにいくぞ」

とドライブも兼ねたお出掛け…昔ほど酔わなくなった私に、

「ここを通り抜けると、裏道なんぞ?お前は必死に方向ばかり考えて迷うんやけん、目印を覚えておけよ」

と言い、買い物に行った。



 辛くとも…小さい明かりや…支えてくれる存在がいるだけで…こんなにも幸せになれるのだと…思えてきた今日この頃である。

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