「魔王様」の定義
翔くんとルーちゃん その1
翔とルシファーとの付き合いは、ルシファーから見れば千年以上前、そして翔からしてみれば三十年ちょっと前からである。
発端はどうということはない。「召喚」されたのだ。
最近では「何で呼び出されたんだっけ?」と言いたくなるくらいどうでもいい出来事だった。
そういう意味では「間違えて」召喚されたとはいえ、達樹には理由があった。
翔の異世界における情報網は今でもそこそこあると思っている。
魔物や魔族と仲良くなったおかげだ。
だからルシファーに双子の娘が産まれたことも、その双子の母親が天界の女性だったことも、ルシファーが娘にそんなに関心がないことも知っていた。
ただ、そのルシファーが達樹を気に入ったことに驚いた。
「翔、遊びに来たぞ」
「おや、ルーちゃん。よく家が分かったね」
そして、良くぞこちらの服を手に入れられたものだ。
「達樹のところに顔を出したら、真壁という親子が来ていた」
ついでだから連れてきてもらったということらしい。
「あぁ、達樹君の診察にでも行ったのかな?」
「そのようであるな」
「チェスでもやりに来たの?」
「否、本日は将棋をしたい」
若干、傍若無人なのは仕方ないか。翔はそう思いながら、将棋盤を取り出した。
「俺が最初に行ってから、こっちでは三十年くらいしか経ってないってのに、向こうじゃ千年だもんな」
「そうであったな。しかし、あの扉が出来たことにより、しばらくは同じ年月で歩むであろうよ」
「俺はそのためだけに頑張ってきたからね」
もう一度、自分の力で異世界に渡るという野望のためだけに。
ぱちん、ぱちん。将棋の駒を動かす音が静かに響く。
「ずるいんだよ。向こうの人間は『召喚』という形でこちらの人間を呼び寄せられる。だけど、こちらから行く場合は一方通行だ」
「それが世の理らしいからな」
だが、翔はそれが納得いかなかった。魔族はまだいい。長命だ。だが、向こうで千年もの年月が流れてしまえば、翔という人間を知る人物はいなくなる。二度、あちらに渡るという僥倖を成し遂げた翔にとって、何よりも辛いものだった。
「今後は余が翔たちを看取るということになるわけであるな」
痛いところをつかれてしまった。翔は魔族とも交流がありすぎた。
「しかし、このように『思い出』とやらを数多作ることが出来る」
「……ルーちゃんらしくない台詞だね。誰が……」
「達樹のところにいる、シスリードという名の神官だ」
「達樹君が言ったとしたら、天変地異の前触れだよ」
ルシファーが言った時点で、翔はそう思ってしまったのだが。
「で、ルーちゃんが天界の姫君に手を出した理由を聞きたいんだけど」
「何ということはない。復讐だ」
その言葉に、将棋を打つ手が止まった。
「我ら魔界と下界の人間は千年前までは仲が良かったであろう?」
「そうだね」
神殿に仕える者たちも、そこまで魔物や魔族に対して毛嫌いしていなかった。
「三百年前、翔が再度訪れた時おかしいと思わなかったか?」
「うん。人間が魔物や魔族を悪しき者と見なしていたね」
「それが天界の策略よ。故に、『高貴なる血』をひく天界の姫君を攫った」
そして無理矢理犯し、子を孕ませたという。
「それ最悪だよ」
「仕方あるまい。余にとって子は復讐の道具でしかない」
よほど歪んでしまったと見える。
「おかげで魔素は多く取り入れることが出来た」
「……そっか。その魔素で魔族たちも歪んじゃったってことか」
「左様。しかし、人間が我らを嫌い始めた時から、その魔素は流れて着ておった」
「魔族や魔物の凶暴化……」
「左様。それならば天界の思惑通り、凶暴に振舞えばよいということ」
「達樹君たちがまったく違うやり方で、改善してくれたわけだ」
「……してやられたわ」
楽しそうにルシファーが呟いた。
「達樹君はね、あの歳で一番人間の醜い部分を見てきた子だからね。だから、正直あの程度の醜さでは何とも思わないよ」
「左様か」
「そ。母親も結構なお人だったし、……でも責任感はあったかな? 父親なんて醜さの固まりだし、小学生の時点で殺されかけてるしね」
父親と継母が財産欲しさに、達樹に毒をもったのだ。だが、誤飲ということで片付けられている。
「なるほどな」
「しかも、あの狸も最悪だし」
「狸?」
「達樹君のお祖父さん。父方も母方も結構最悪だよ」
「よくぞ歪まなんだな」
「そのあたりは、哉斗とかね。今回出張った幼馴染たちのおかげ。身内に裏切られた分、周囲に恵まれたって達樹君は言ってたよ」
「だからか。達樹は、絶望と希望は表裏一体のものだと言いのけたのは」
「達樹君の行き付いた真理だろうね」
それがルシファーの負けに繋がったのだろう。いや、ルシファーも達樹も「負け」てはいない。だが、勝ってもいないのだ。
「多分、達樹君は天界とやりあうつもりはないだろうね。とりあえず、自治領さえ上手くいけばどうでもいいと、思ってるんじゃないかな?」
「ふむ。どうりで天界への執着がないと思った。……王手である」
「うっそ! 俺負け?」
「初の一勝であるな」
にやりとルシファーが笑った。
おそらく、あちらで達樹と散々やりあっていたに違いない。時折達樹とチェスや将棋をやるが、駒の動かし方がかなりえげつなくなってきたのだ。
「で、こっちに来た本当の理由って何?」
「思い出を語りに来ただけのこと」
「……いいよ。俺も今日は非番だからね」
「非番?」
「あ、休みってこと」
そして、ルシファーと翔は思い出話に花を咲かせた。
発端はどうということはない。「召喚」されたのだ。
最近では「何で呼び出されたんだっけ?」と言いたくなるくらいどうでもいい出来事だった。
そういう意味では「間違えて」召喚されたとはいえ、達樹には理由があった。
翔の異世界における情報網は今でもそこそこあると思っている。
魔物や魔族と仲良くなったおかげだ。
だからルシファーに双子の娘が産まれたことも、その双子の母親が天界の女性だったことも、ルシファーが娘にそんなに関心がないことも知っていた。
ただ、そのルシファーが達樹を気に入ったことに驚いた。
「翔、遊びに来たぞ」
「おや、ルーちゃん。よく家が分かったね」
そして、良くぞこちらの服を手に入れられたものだ。
「達樹のところに顔を出したら、真壁という親子が来ていた」
ついでだから連れてきてもらったということらしい。
「あぁ、達樹君の診察にでも行ったのかな?」
「そのようであるな」
「チェスでもやりに来たの?」
「否、本日は将棋をしたい」
若干、傍若無人なのは仕方ないか。翔はそう思いながら、将棋盤を取り出した。
「俺が最初に行ってから、こっちでは三十年くらいしか経ってないってのに、向こうじゃ千年だもんな」
「そうであったな。しかし、あの扉が出来たことにより、しばらくは同じ年月で歩むであろうよ」
「俺はそのためだけに頑張ってきたからね」
もう一度、自分の力で異世界に渡るという野望のためだけに。
ぱちん、ぱちん。将棋の駒を動かす音が静かに響く。
「ずるいんだよ。向こうの人間は『召喚』という形でこちらの人間を呼び寄せられる。だけど、こちらから行く場合は一方通行だ」
「それが世の理らしいからな」
だが、翔はそれが納得いかなかった。魔族はまだいい。長命だ。だが、向こうで千年もの年月が流れてしまえば、翔という人間を知る人物はいなくなる。二度、あちらに渡るという僥倖を成し遂げた翔にとって、何よりも辛いものだった。
「今後は余が翔たちを看取るということになるわけであるな」
痛いところをつかれてしまった。翔は魔族とも交流がありすぎた。
「しかし、このように『思い出』とやらを数多作ることが出来る」
「……ルーちゃんらしくない台詞だね。誰が……」
「達樹のところにいる、シスリードという名の神官だ」
「達樹君が言ったとしたら、天変地異の前触れだよ」
ルシファーが言った時点で、翔はそう思ってしまったのだが。
「で、ルーちゃんが天界の姫君に手を出した理由を聞きたいんだけど」
「何ということはない。復讐だ」
その言葉に、将棋を打つ手が止まった。
「我ら魔界と下界の人間は千年前までは仲が良かったであろう?」
「そうだね」
神殿に仕える者たちも、そこまで魔物や魔族に対して毛嫌いしていなかった。
「三百年前、翔が再度訪れた時おかしいと思わなかったか?」
「うん。人間が魔物や魔族を悪しき者と見なしていたね」
「それが天界の策略よ。故に、『高貴なる血』をひく天界の姫君を攫った」
そして無理矢理犯し、子を孕ませたという。
「それ最悪だよ」
「仕方あるまい。余にとって子は復讐の道具でしかない」
よほど歪んでしまったと見える。
「おかげで魔素は多く取り入れることが出来た」
「……そっか。その魔素で魔族たちも歪んじゃったってことか」
「左様。しかし、人間が我らを嫌い始めた時から、その魔素は流れて着ておった」
「魔族や魔物の凶暴化……」
「左様。それならば天界の思惑通り、凶暴に振舞えばよいということ」
「達樹君たちがまったく違うやり方で、改善してくれたわけだ」
「……してやられたわ」
楽しそうにルシファーが呟いた。
「達樹君はね、あの歳で一番人間の醜い部分を見てきた子だからね。だから、正直あの程度の醜さでは何とも思わないよ」
「左様か」
「そ。母親も結構なお人だったし、……でも責任感はあったかな? 父親なんて醜さの固まりだし、小学生の時点で殺されかけてるしね」
父親と継母が財産欲しさに、達樹に毒をもったのだ。だが、誤飲ということで片付けられている。
「なるほどな」
「しかも、あの狸も最悪だし」
「狸?」
「達樹君のお祖父さん。父方も母方も結構最悪だよ」
「よくぞ歪まなんだな」
「そのあたりは、哉斗とかね。今回出張った幼馴染たちのおかげ。身内に裏切られた分、周囲に恵まれたって達樹君は言ってたよ」
「だからか。達樹は、絶望と希望は表裏一体のものだと言いのけたのは」
「達樹君の行き付いた真理だろうね」
それがルシファーの負けに繋がったのだろう。いや、ルシファーも達樹も「負け」てはいない。だが、勝ってもいないのだ。
「多分、達樹君は天界とやりあうつもりはないだろうね。とりあえず、自治領さえ上手くいけばどうでもいいと、思ってるんじゃないかな?」
「ふむ。どうりで天界への執着がないと思った。……王手である」
「うっそ! 俺負け?」
「初の一勝であるな」
にやりとルシファーが笑った。
おそらく、あちらで達樹と散々やりあっていたに違いない。時折達樹とチェスや将棋をやるが、駒の動かし方がかなりえげつなくなってきたのだ。
「で、こっちに来た本当の理由って何?」
「思い出を語りに来ただけのこと」
「……いいよ。俺も今日は非番だからね」
「非番?」
「あ、休みってこと」
そして、ルシファーと翔は思い出話に花を咲かせた。
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