「魔王様」の定義

神無乃愛

酒場で情報収集??

 酒場が別の意味でざわついていることに千紘は気付いたが、酒癖の悪いエリにのみ注意が向いていたため、対処が遅れた。
「よう、あんたら異世界から来たんだってな」
「『伝説の勇者様』ご一行だって?」
「異世界から来たのは本当だよ~~」
 さらりと千夏が返していた。
「なら、ここで死ねや!!」
 魔物の一人がこちらへ殴りかかってきた。
「あひゃひゃひゃ。千紘さぁぁぁぁん。どぉせですからぁ、もっと飲みましょうよ~~」
「エリ、お前は黙れ」
 そう言って、魔物の拳をかわした。
「いきなり殴られる理由が分からん。誰だ? 俺らを『伝説の勇者』と言ったのは」
「あ? 『伝説の勇者』ってのは異世界から来るって相場が決まってんだよ! 俺らを手当たり次第殺して略奪して行きやがる!」
「殴られたら、反撃するのは当たり前だろ? 略奪って……俺ら金払って酒飲んでんだけど。ってか、お前らの酒代も俺らもち」
 魔物たちがひるんだのが分かった。
「で、俺らを『伝説の勇者』って言ったのは誰だ?」
 正直な話、千紘はエリのせいで美味しい酒を味わえず鬱憤が溜まっていた。
「……あそこで、地図広げてる奴だよ!」
 ぷちん、千紘の中で何かが切れるのが分かった。
「達樹―――――!!」
 この騒ぎの元凶ともいえる達樹に、思わず怒鳴った。

「え? 俺は別世界から依頼を受けて来たってしか言ってないけど?」
 さらりと達樹が返している。
「あとは、グレス聖王国とエーベル王国に内乱の危機があるって話くらいだよ。勇者様って柄じゃないし、為政者の魔王様を倒すつもりはないって言ったはずなんだけどなぁ」
「言い方考えろ!!」
 グレス聖王国とエーベル王国に内乱の危機があるからこそ、魔王を討ち取ることによって、内乱を避ける狙いがあると取られてもおかしくない。それくらい、達樹だって知ってるはずだ。
「だってさ、嘘言っちゃいけないでしょ」
 誰よりも「正直者」から程遠い達樹の言葉に怒りを通り越して脱力してしまった。
「俺らに干渉されるの嫌だから、俺内乱の種を二国に数十個撒いてきたんだから」
「そんな置き土産してきたのか!!」
 ただでさえ酔っていない千紘から残っていた酔いが一瞬でさめた。そして、周囲の魔物たちも全員絶句している。
「俺らが独立したのが一番大きな種だし、ギルタブルルと組んで守りを固めているのだって向こうから見れば脅威だしね」
「……千佳、すまん。エリ見ててくれ。ちょっくら達樹に説教するわ」
「そうして頂戴。流石にそんなに内乱の種を撒いてきてたとは思わなかったわ」
 千佳と二人、ため息をつきながらそれぞれの役割を変えた。


 一方、そんな騒ぎになっているとは露知らず、翠と哉斗は魔物たちと意気投合して酒を飲み交わしていた。
「いやぁ、酒の美味いところは飯も美味い!」
「兄ちゃん、人間なのにいいこと言うなぁ」
「何言ってんだよ、美味い酒と食い物に国境はない!」
「もっと飲め! そっちの妖精ピクシーの嬢ちゃんは酒大丈夫か?」
『花酒がいいわ! あるかしら?』
「おうよ! 俺も好きなんだ。ここは花酒も置いてる酒場だ! ほれ」
『いただきま~~す』
「兄ちゃんたちの武器はドワーフ製だな! 人間たちにも使える唯一の武器だ」
「そいつは初耳。でも使い勝手がいいよ。何たって作業が細かいから、丈夫だし」
 哉斗も珍しく饒舌に話していた。

 勿論、その頃千紘は達樹に説教をしており、千佳と千夏でエリの面倒を見ていたりで、楽しんでいたのはこの二人だけとも言えた。

「ドワーフのクンツォーネさん作だよ」
「あぁ! あの偏屈者のドワーフか! 確か人間の国に請われて行ったんだっけ」
「そ。それが俺らの国」
「ってぇと、元エーベル王国の自治領か! それで妖精ピクシーとも旅してんだな」
「そそ。一応、俺らはそこに名前を置いてる」
「王がすさまじいやり手だと聞いたぞ」
「その王と、クンツォーネさんの相性が悪くて、俺が交渉したの」
 翠もほろ酔いで色々話していた。
「おっしゃぁぁぁ!! 今日は飲むぞ!!」
 一人の魔物の声に全員で歓声をあげ、まずは飲んでいるものを空にして、もう一杯全員が頼んでいた。
「ほぉ……人捜しねぇ……」
「名前しか知らない。それで捜せといわれても結構困るんだが、大丈夫だろ」
 哉斗が酒を飲みながら答えていた。
「名前は?」
「アネッサって言ったな」
「サキュバスのアネッサ女王なら知ってるが、人間のアネッサは知らねぇなぁ」
「最初から知ってる人に会えると思ってないし」
「あれ? これアルプが作った金細工?」
「兄ちゃん、人間のくせによく知ってるな!」
 翠の言葉に魔物たちが気をよくしている。こればかりは哉斗には無理な話だ。
「俺、兄ちゃんって名前じゃないし、人間って名前でもない。翠って言うんだ。で、こっちが哉斗。そしてこの妖精ピクシーちゃんが……」
『エメラルドよ』
「そうかい、そうかい。俺はアルプ族のバートって言うんだ。これは俺のお師匠作だ」
「俺はドワーフ族のエルマーだ」
「俺は……」
 次々に自己紹介が進んでいく。
 気がついたら、職人や剣士といった職の魔物たちが集まり談笑していた。

 それはもう、豪快な談笑だった。
 文化の話からシモの話まで。

 だから、正直に言おう。まさか、千紘たちがとんでもないことになっていたことに翠と哉斗はまったく気がつかなかった。


「……なるほど。で、誤解は解けた?」
「解けてないなら、とっくに宿から放り出されてるぞ」
 不機嫌なまま、千紘は答えた。
「千紘、ご苦労さん。俺らは結構仲良くなった部族が多いぞ。アルプに……」
「お前らが羨ましいよ。……酒も飯も美味しく食べられて、話が出来て」
「だと、その人たちからアネッサ嬢のことが聞けるかな?」
 翠の言葉に反省もせず、達樹が言う。
「達樹! 少しは反省しろ!!」
 こちにまで不和の種を撒いてどうすると、昨日から何度説教したか分からない。
「人間のアネッサは知らないってさ。サキュバスの女王の名前がアネッサらしいぞ」
「一応会いに行ってみようかな。エメラルドさんは行って欲しくないみたいだし」
 哉斗の言葉にまたしても達樹が、さらりと返していた。
 天邪鬼め。達樹以外全員の心が一つになった瞬間だった。

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