「魔王様」の定義

神無乃愛

領内で戦は二度としたくありません


「お前が自治領ここの王で指揮官だ! それを忘れるな!」
 あえて敵にも分かるように千紘は声をあげた。達樹がそれ、、を自覚してくれるなら、多少の危険などどうでもいい。
 既に敵方とは命の取りあいだ。相手を殺さなければ、こちらが殺されるのだ。それを達樹は忘れているような気がしたのだ。
「そう……だね」
 寂しげに笑う達樹を千紘は黙ってみていた。
「敵は全て城外へ、そしてオアシスの外へ。直接手を下すまでもない。
 俺たちが相手をすべきなのはそこの似非エセ副司祭とその甥っ子だけだから」
「承知した! 全員にエリ!」
「わわわ分かりましたぁぁぁ!!」
 空間を繋ぐ魔法をエルフリーデが使い、その間にエリが全員にメールを配信する。

 それを受け、他の面子も動き出す。

 千佳と千夏は住民の避難を。
 自棄になった敵に暴力を受けないように。
 味方の神官と自警団、そして翠と哉斗は敵を砂漠へと押しやっていく。

 敵から見ればオアシスに逃げるようなものだ。楽だと思ったのだろう。

 実は自治領には「開かずの門」がある。以前であれば、他国との国境に面しており、エーベル王国に攻め入られた時に他国へ避難する為のものだった。
 今回はそこを開ける。
 開けた先には気候の厳しい砂漠が待ち受けているのだ。
 魔物にやられるなり、干からびるなりすればいい、それが達樹からの指令だった。

 シスは今、達樹の名代でグレス聖王国へ「宣戦布告」をしている。
 原因はリュグナン副司祭とその甥の蛮行だ。
 この一件に対し、グレス聖王国からの「正式な」謝罪がない場合、どこからでも攻め入れるぞ、と脅しをかけておくくらいのものだが。
「戦争にはならないよ」
 断言したのは達樹だった。おそらく、グレス聖王国へも工作が進んでいたのだろう。いつの間に……と皆が思うが、口出しさせないオーラを放っていた。

「リュグナンさん、あなたはせっかく自分の派閥を築いたのに、一晩で駄目にしましたね」
 達樹はにっこり笑ってリュグナンに言った。
「……どういう意味だ」
「『聖女様奪還』の御旗をたてたところまでは褒めて差し上げます。でもねぇ……色々迂闊すぎ。どす黒いオーラがそこまで漂ってたらね」
 これも嘘だ。リュグナンの派閥はそこそこ大きいと聞く。だから、そのリュグナンを叩き落したい派閥だって神殿内には存在する。
 達樹はそこをついたのだ。
「聖女様」をリュグナンが監禁して、力を奪い我が物として使っていたとか、先代「聖女様」をリュグナンが殺して今の聖女様をその地位につけ、我が物顔で「聖女様」を慰み者にしたとか、リュグナンは実は魔物だとか、リュグナンは魔王の配下で神殿の力を弱めさせる者だとか、その他色々、リュグナンに悪い噂ばかりがたった。
 嘘と真実を混ぜると、真実と嘘が分かりにくくなるが、今回はリュグナン側から見れば悪い方向にしか向かなかった。

 何故なら、今までリュグナンとその甥が支配する城に「聖女様」がいたという事実は変わりなく、そして「聖女様」は魔界にいたこともあるという事実、、を「聖女様」から語らせたのだ。
 それだけで、リュグナンに対する不信感というものが大きくなる。そこを達樹とシスはついたのだ。
 グレス聖王国にしてもそうだ。収賄の事実を隠していたからこそ、それが明るみにでて、民衆や高潔な神官たちが離れたのだ。
 隠さず、「こういった事実の元にもらい、このように使った」としっかり表明すれば、問題はなかったのだ。

 あくどい、という意味でなら達樹のほうがあくどい。そして酷いはずだ。それを隠さず、どう使ったかを民衆にまで分かるようにしたため、問題になりにくいだけだ。

 臭いものほど蓋をしないほうがいい。それが達樹の座右の銘だ。


 哉斗と翠はこちらに味方する神官や自警団と共に、神殿から沸いてでたグレス聖王国の自称「聖騎士」や、神官、そしてエーベル王国の兵士たちを倒していく。
 今までと違い、魔物ではない。同じ人間。
 血飛沫が飛び散り、相手が絶命するのをこの瞳に焼き付けた。

 これが自分たちの仕事。達樹の汚れ役。
 その言葉に異を唱えるのは、達樹だろう。哉斗たちが殺した人間は、とどのつまりは達樹が殺したも同じだと。
 そんな優しい心を守るために、哉斗と翠は剣を振い、相手を砂漠に追いやっていく。

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