「魔王様」の定義

神無乃愛

無知は罪だとあとで言われました

 唐突なその行動に、エルフリーデは硬直した。
 あの冷徹な男とは同一人物と思えないほどの、穏やかな気配。

 総てを包み込むかのような温かさ。
――姉さん、だいじょうぶですかぁぁぁ!?――
 妹の声が心話しんわで届いた。この能力は、二人だけの秘密だ。
――大丈夫よ――
――姉さんが達樹さんに食われないか、心配ですぅぅぅぅ――
 人間をどうやって食べるというのだろう、この妹は。

 誰一人、エルフリーデたちに名前をつけなかった。つけたのはリュグナンだった。
 だが、リュグナンが呼ぶのはいつもエルフリーデ自分だけだった。

 だから、二人で一つの名前にしたのだ。

 異世界にエルフリーデを渡したのは、エルフリーデ自分だ。
 リュグナンはエルフリーデ自分を異世界に逃がしたかった。「魔界にいるエルフリーデ様が不憫だから」と。
 おそらく、リュグナンは異世界に渡った後、すぐにこちらの世界にエルフリーデ自分を連れてくるつもりだったのだろう。だが、一緒に渡ったのがエルフリーデだと分かって、計画が狂ったはずだ。だから、自分だけさっさと帰ってきたのだろう。
 まさか、異世界からこちらに戻す魔法なんて唱えられないと思い込んで。

 エルフリーデが戻ってきてくれて嬉しかったのは、エルフリーデ自分だ。そして、エルフリーデから異世界の話を聞き、羨ましくなった。
異世界むこうで私のことを『エリ』って呼んでくれたんです! 姉さん以外で私を名前で呼んでくれる人がいましたぁぁ!」
 その報告が、エルフリーデ自分にとってどれだけ嬉しかった事か。いつか、異世界に二人で渡って、そんな人たちに会いたいね、そんな話をしていた。
 それが、あの城で叶うと思わなかった。「おいで」と手を差し伸べてくれたのは、達樹だ。

 あの手を取ってよかったと思うが、それと同時に後悔もする。
 理由は、達樹の手段を選ばないやり方だ。

 気に入らない。エルフリーデを躊躇いもなく脅し、話をさせるなど。

 この発作を知って、理由が分かった。
 達樹は急いでいたのだ。

 形振りかまわず、目的を達成させるためだけに。

 この国の人たちを守るために。


 それにしても、達樹たちは「忌み子」に対してあまり嫌悪感を抱いていないようだ。
 そのあたりはそのうち、本人から聞いてみたほうがいい。

 そして、籠にいる妖精ピクシーの事も。

 あえていれているのだろう。
 さっきあの温かな気配に包まれ、それが分かった。

 手段と口調さえ変えれば、エルフリーデだって彼を「魔王」とは呼ばないはずだ。
 それなのに、その「魔王」という称号が達樹に似合っているような気もする。

――姉さぁぁん。達樹さんに食べられそうになったら、すぐ連絡ください。千紘さんたちと急いで駆けつけますから! どちらにしてもこちらの話が終わったら、もう一度達樹さんの部屋に向かいますぅ――
 達樹は食人鬼なのか? だからエルフリーデエルフリーデ自分が食べられると思い込んでいるのか?

 勿論、起きた達樹に「お前は食人鬼か?」と聞いて、後でがっつりエルフリーデが叱られていた。

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