「魔王様」の定義

神無乃愛

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 シスとの話で分かったのは、ここにはやはりというべきか、魔法と魔物が存在するということ。魔物がそこまで跋扈していないが、時折旅人を襲うため冒険者と呼ばれる人物や兵士が狩っていること、そしてこの国はこの世界で一番大きな国であるということ。
「で、その国が腐っていると」
「早い話がね」
 固いパンをシチューにつけながら二人もくもくと食べる。どうも中世ヨーロッパに似た世界観らしい。……達樹としては勘弁して欲しいところだが。なにせ中世ヨーロッパといえばペストやチフスが蔓延し、その辺に汚物が……食べ物食ってる時に想像するもんじゃないと一瞬にして後悔したが。そして何より衛生管理が杜撰だということだ。
「風呂ってここにある?」
「貴族なら何とか。神殿には沐浴のための水はあるけど、そこまで綺麗じゃない」
「公衆浴場は?」
「……何それ」
 衛生面から向上させなきゃ、間違いなくすぐに病気にかかると達樹は思った。
「つかぬ事を聞くけどさ、よく病気とか蔓延しない?」
「よく分かったね」
「衛生面からやり直そうよ。……それから猫を飼うことを奨励する、そしてねずみの駆逐。まずはここからかなぁ」
 下水道完備なんて難しい。水は真水ではなく一度温めたものを使うこと、それでも病気はなくならないが。
 見るとまた薬の時間。白湯を持ってきてもらってまた薬を飲んだ。
「俺が何かしてあげられるのは、短くて七日間。その先はもう、どうなるか分からない」
 シスが驚いたようにこちらを見つめた。
「仕方ないだろ? 俺はこの薬が一応生命を繋ぐものだし。……主治医がこちらに来れれば少し違うけど、無理だろうし」
「そうか……僕の仮説だけど、その『すまほ』とやらを使えばもしかしたら、君を帰せるかもしれない。そうすれば君は生き延びれる」
「どうするつもり?」
「僕が空間を軽く繋ぐ術を使う。これの応用が勇者召還になるんだけどね。その話は割愛するよ。そして空間が繋がったところで『すまほ』で空間を固定する。そこに大量の術力を繋げば戻れるはずだ。君が示してくれた道が一つ出来た。それだけでも違う」
「……そっか」
 何故そこまでしてくれるかは分からないが。
「君に惚れたから」
 達樹にその趣味はない。
 その言葉を言うよりも早く、シスが行動していた。そしてスマホにはアンテナがたっていた。
 電子音がさらりと鳴り響き、ディスプレイには「千紘」の文字。
「もしもし、千紘兄」
『遅い!!』
 心配して怒鳴る千紘の声に、達樹は安堵していた。
「いくよ」
 シスの声に一瞬驚いたものの、何が? とは聞けなかった。聞いちゃいけない、意識をこちに向けてはいけない、本能がそう達樹に言い聞かせてきた。
「……我の名の下に空間よ開け!!」
「やめろ! シス!!
 助けて! 千紘兄!」
『馬鹿野郎!! 心配してここにいるのは俺だけじゃねぇ!!』
 思わず電話口に向かって叫んだ達樹を千紘は言いくるめるように怒った。
『皆いるんだよ! お前を心配して』
「兄ちゃん、姉ちゃん、助けて!」
 千紘の言葉にそれしか言えなかった。
「シスリード様!!」
 周囲にいた神官たちがシスを支えた。
「おまえ……たちも……唱えろ……。……こ、の……腐った、国を…………救……う」
「かしこまりました。シスリード様。あなたの御心のままに」
 そして全ての神官たちが同じ術を唱えた。
 がっぽりと神殿の天井が開いたと思ったら、どすどすどすと五つの塊……いや、人物。
「到着。やっぱ異世界ねっ」
 そう嬉しそうに言うのは千夏ちなつ
「あ、あんた大丈夫!?」
 すぐさま達樹の身体の心配をするのは千佳ちか
 そして千紘とすい哉斗かなと
 千紘、千佳、千夏は兄妹で、達樹がよく行く総合病院の院長の孫。翆は土建業の社長令息、哉斗はとある道場の跡取り息子だ。そして全員が達樹にとってかけがえのない大事な幼馴染たちである。
「ただの疲労だな。多分……少し寝りゃ、おさまる」
 気がついたらシスを千紘が診察していた。
「済まない……元はといえば僕がやらかした出来事なのに……」
「達樹が『助けてくれ』って言ったんだ。俺たちはそれを助ける」
 哉斗が当たり前のように言った。それだけで達樹は嬉しかった。
「ひっさしぶりだよなぁ……達樹の『お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けて』は」
 翆が嬉しそうに言う。
 この六人の中で達樹が一番幼く、細い。身体の大きさは流石に千佳や千夏よりも大きくはなったが。年齢の高い順に、千紘、千佳、翆、千夏、哉斗、達樹。背の大きさ順に翆、哉斗、千紘、達樹、千夏、千佳。年齢は千紘二十八、千佳二十七、翆二十五、千夏二十三、哉斗二十一、達樹が二十である。
 純日本人な六人は皆黒髪に焦げ茶の瞳だ。おそらくシスから見れば髪型で誰かを区別するしかないだろう。
「でぇも、どうして私たちが来れたのかしら?」
 千夏が不思議そうに言う。
「多分、『助けて』が変に作用した。『帰りたい』であれば間違いなくタツキは帰れたはずだ」
 シスが推測だと付け加えて言う。
「とりあえず自己紹介からさせてもらう。俺は真壁まかべ 千紘。で、妹の千佳と千夏。俺の職業は医師」
「千佳です。薬剤師」
「千夏。看護師です」
「俺は高峰たかみね 翆。一応建築士かな?」
「俺は首藤すどう 哉斗。大学生」
「で、俺らの弟分の重見 達樹」
「シスリード=ファルス。この神殿の神官長だ」
 簡単な自己紹介が終わった後、術力の測定をすると言い出した。
「これだけいれば、ある程度適性がある人物がいてもいいと思う。いてもらったほうが、いいというか……六人で『伝説の勇者』様をやってもらったほうが楽かと思ったから」
「なるほど。で、これが術を測るものだと」
 シスの言葉に千紘が訊ねていた。
「そう。色々な適性があると思う。タツキは測ったけど、術力、剣術共に適性なしだったから」
「じゃあ、私からやる!」
 そう叫ぶのは千夏。実はかなりの腐女子で、何かとあれば「○○×○○よね~」とあらぬ想像をしているのだ。
「千夏、適性なんてあってもなくても一緒。私は薬剤師なんだから達樹の薬さえ調達できればいいんだから」
「っつーことは、千佳は『薬師』か。RPGっぽいよな。で、俺は『鍛冶屋』がいいな」
「翆、悪乗りしすぎだ」
「お兄ちゃんのノリがわるいだけでしょー? 私はナースだから『治癒者ヒーラー』かしら? とするならお兄ちゃんは『魔法医師ウィッチドクター』なんてどうよ? で、哉斗はやっぱり『剣士』でしょ!」
「いいな、それ! ファンタジーっぽくなってきた!」
「……協力的で助かるが、適性診断からしてもらえないかな?」
 翆と千夏のオタク会話になる前に、冷静に突っ込んできたのはシスだった。
 適性として、千紘は攻撃系魔法、しかも土と火に対して特化しており、サブとして光魔法(俗にいう回復魔法)、千佳は緑と水に特化した攻撃魔法とサブとして闇魔法、翆は火と闇で、千夏は光と水、哉斗は土だけだった。魔法の適性がこれだけということらしく、勿論哉斗は武術に秀でている。対する達樹は、本当に何の適性もない。
「達樹は先見の明がある。軍師向きなんだよ」
 笑いながら翆が言うものの、釈然としない。
「その『先見の明』とやらで、衛生面を何とかしろとタツキに言われた」
「まぁ、衛生面に関しては基本だな。俺たちのいた世界では。千佳と哉斗で薬草探して来い。誰か道案内頼むわ」
 既に千紘が指揮を取り始めていた。
「で、シスリード……」
「シスでいい」
「シス、あんたにはいくつか頼みがある。まずはその魔王とやらを倒す前に診療所を開設する。一応医師は俺、看護師として千夏がやる。後継者もそれなりに育てるつもりだ。それから、下水道の完備と公衆浴場と厠だな。この辺は翆が出来るだろ?」
「やれってことだろ? 千紘」
「で、ここで達樹の出番だ。金集めよろしく」
 はい、それしか能はございません。達樹はそれしか返せなかった。
「王に謁見するにも大変だよ。それにそんなことに金を出す賢者じゃない」
「謁見の用意さえしてくれれば問題ない。達樹の得意分野だ」
「無茶だ!」
「騙されたと思ってやってみろ」
 千紘の一言にシスが折れた。

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