連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
/Ex/:始まりの物語
フォルシーナ・チュリケットという名前を貰ってから13年が経った。
私は魔法道具を作ったり、本を読むのが好きで、伯爵家の娘なのに引きこもってばかりだった。
魔法の強い名家で、かつ優しさを兼ね備えたチュリケット家でも、私は7色の魔法を使えながらも創作意欲ばかり湧いて親から見放されてしまった。
魔法道具や魔法を考えたって、子供の空想だの、実用性がないだの、そんなことばかり。
なんで貶すようなことを言うの?
善意ある名家じゃないの?
嘘ばかり、こんな世界、私にはどうでも良すぎる。
だから私は、魔法書を読んで道具と魔法を開発して人生を生きる。
自分の楽しみたい生き方をもう見つけている。
これが――私の幸せだった。
最高の生き方だった――。
彼に、会うまでは――。
「古代ルーンのD7から9、それから善魔力としての白魔法を流して圧縮白魔法のルーンを……」
ぶつぶつと呟きながら膝元に置いた本を読み、両手で黒魔法で作った固定強度の箱に指で魔法の光を刻んでいた。
目の下にはどれだけ深いクマができてるだろう、大分顔も痩せこけて見えるだろう。
それがなんだと言うのだ。
私は楽しいことをしている。
そのうち、いや、最早私の技術は世界有数のものであろう。
両親にそんなことを伝えれば金のなる木にされるだけだから言わないが、私は魔法技術者として、貴族という退屈な家名を背負っていた。
この家に生まれなければのんびり研究もできなかった。
その点だけは感謝をしている。
だけれど、最近は嫁ぎ先が決まるだどうのとうるさい。
やれやれ、私は結婚などする気は毛頭ないというのに。
男なんて体目当てばかりだ、汚らしい。
だから男を寄せ付けないよう口も多少上手くなったけれど、どれだけ通用するか……するしないは実際に試してみるまでわからない。
今はまだ、研究に集中しよう。
そこに突如、短いノックが2つあった。
無駄に広いが、物の散乱した自室を見、それからドアの方を見てどうぞと短く返事を返す。
扉の外から現れたのは、他でもない父上だった。
着物を着ているが、胸には金に輝くバッチや宝石が付けられており、煌びやかな衣装と化している。
チリチリ髪の顎髭の付いたその男が、ずしずしと入ってくる。
散乱した私の私物を当たり前のように踏みながら。
「フォルシーナ、お前に見せたい客が来た。なんと侯爵の長男だぞ? 痩せ細っていて根暗なお前だが、見てくれは母さんに似てそれなりに良い。あわよくば惚れさせなさい」
「……侯爵ですか? どこの――」
「シュテルロード家だ。彼は12歳ながらに天才魔法使いとして国に重宝されている。どうにかして手篭めにしろ」
「……了解です」
それだけ言って、父上は去っていった。
天才魔法使い、なんとも安直でアホらしい言葉だろう。
私としてはどうでもいい。
人間、魔法がなくたって――善意や悪意がなくたって楽しく生きていける。
1人でこうして趣味を楽しんでればいいのに、侯爵家の跡取りというのは国に言い寄られたり、伯爵家に来たりと忙しそうだ。
なんて、また無駄な事を考えているうちにノックも無く部屋が開いた。
誰が入ってきたのかを見るや、私は肩を落とした。
ゼェゼェと肩で息をする少年は簡素な緑の着物を着ているだけで、おかっぱに近いが後ろ髪の跳ね上がった髪型をしている。
なんとなく女の子にも見えなくないが、目付きは鋭く男のようだ。
この少年がシュテルロード家の嫡男なのだろう。
肩で息をするなど、スマートではない。
気品のなさにげんなりしつつ、私は本を閉じて立ち上がり、ゆっくりと彼の前に立った。
「どうされました?」
「ハァ……ハァ、いや、その、ハァ、伯爵が追いかけてきやがってさ、ハァ、ひーっ、助かった〜……」
「……父上が?」
父上が、追いかけた?
この少年を?
一応、父上は威厳あるお方なのだけれども……予想外。
「いやさ、俺は一昨日くらいに一人旅始めたの。なのに伯爵に捕まっちゃってさ。脱出を試みてるんだけど、中々難しいな〜」
「え、一人旅……?」
彼の発言はさらに予想外だった。
一人旅? 侯爵家の息子なのに?
「失礼ですが、シュテルロード家の方……ですよね?」
「うん? あんな家名は捨てたよ」
「え? えぇええええ〜……?」
「みんなそうやって反応するよな。だけどよ、あんなん鳥籠の中で自分の羽をブチブチ引き抜いてるようなもんだぜ? 毛がなくなったら寒いだろうが」
「は、はぁ……」
鳥籠の中の生活と自分に言っているが、そんなことはないでしょう。
周りに賞賛され、魔法を学び、毎日ゴロゴロしてられるような生活。
不満など、普通は無いはず……。
「まぁまぁ。俺が家出しようがしまいが、どっちでもいいだろ? つーかお前、俺と背丈変わんねぇな?何歳?」
「じゅ、13です……」
「へー、1つ違いか。俺は12だ。名前は?」
「……フォルシーナ・チュリケットです」
「フォルシーナな? 俺はヤララン。どうせ家名は剥奪されないだろうから、シュテルロードってのも覚えとくといいかもよ?」
「は、はぁ……そうですか……」
正直、色々と反応に困った。
この侯爵嫡男様はなんとも野蛮な口調で不躾な態度なのでしょう。
事情も何かありそうで、明らかに厄介でしかない。
ですが……もしも手篭めにできれば、私はこの先も人生の大半を趣味のために使える。
なら――。
「ね、ねぇ、ヤララン様? 私と――」
「様付けはやめろ。お前のが年上だしな」
ピシャリと注意を受ける。
……いちいち面倒な。
「……ヤララン。少しお話ししませんか?」
「話? 俺と話しても、面白いことねぇぞ?」
「そうですか? 私としては、お話しできるだけでも嬉しいのですが……」
「……そう言われたら、話をしないわけにもいかないな」
少年は腕組みをして得意げにふふんと鼻を鳴らす。
……ちょろい、ちょろすぎる。
とりあえず話をする事は出来るようになったため、色々な事を話した。
お互いの好きなものや嫌いなもの、将来の夢などを話したりした。
これが、自分で思ったよりも楽しい。
今まで同年代の友人などいなかったからか、話をすること自体少なかった。
自分のやりたいことなどを言葉で発信して、ちゃんと聞いてもらえる。
それがこんなに嬉しいとは、思わなかった。
「……魔法技術者か。凄いよな。俺はあんなの全然わかんねぇぞ?」
「更に言うと、【無色魔法】が使えることが前提条件となりますし、飛んで戦う軍人登用もあるからそもそもの人数が少ないんです。ですが、魔法技術者になれれば、いろんな人に自分の使いたい魔法を使わせることができます。一種の自己実現ですよ」
「自己実現……いいね。自分を表現するってのは良いことだ。俺も1人旅でやりたい事をやる。自己実現だろ?」
「……ですね。貴方も素敵だと思いますよ」
「だろ? 素敵な事だからやりたいんだ」
「…………」
さり気なく褒めても間違った捉え方をされ、惚れてくれる兆しは見えない。
仕方なしに、普通に話を楽しむことにする。
「俺さぁ、生まれて死に、また次の世代が生まれて死ぬって事が最近明瞭にわかってな、どうせ俺たちが死ぬなら、何か次の世代のためにできることをしたいんだ」
「……それなのに1人旅なんですか?」
「うん。とりあえず、世界を見て勉強したい。そしたら多分、金でも稼ぐかな。行商人とか面白そうだし、金を貯めといて貧しい人に寄付するとか、そういうのがやりたいよ」
「……良い夢ですね」
欠片も思ってない事を口にする。
他人が貧しいのはその人に原因があるのだから私が気にしても仕方ない、自分には関係ないというのが私の思いだ。
心の中で彼を嘲笑しつつもにこやかに受け答えする。
「褒められるほどのことじゃない。人間として当然の事だと思う。どうせ死ぬ命だ。なら、世界のために使ってやろうって思ったんだよ」
「……どうせ死ぬ、ですか?」
「あぁ。人間、不死じゃねぇだろ?」
「…………」
返す言葉がなかった。
加えて、ちょっと考えさせられる言葉だった。
私も技術を1人で持っていたとして、そのまま死んでは何も残らない。
何にも残せないで死ぬのって、それはなんだか寂しいし、なんだか残せないのは負けた気がする……。
私は能力があるのに、それは悔しい……。
「……とりあえず、俺が持ってるのは魔法と夢だけだ。でも、世渡り上手なつもりだし、なんとかなるだろ」
「……それだけでなんとかなりますか?」
「……気合いで、なんとかするさ」
「…………」
彼の返答が少し遅れたのは、自信がなかったからだろうか。
……そう。
なら、持ち物を増やしてあげよう。
そうすれば、今よりは自信がつくでしょう。
「私も連れてってください」
「……は?」
私の明瞭でコンパクトでわかりやすい言葉を、彼は聞き返してきた。
仕方がないからもう一度口にする。
「ですから、私も連れてってください」
「……本気か?お前は伯爵家の娘だろ? 今の生活の方が楽じゃないか?」
「楽かどうかより、生きたかどうかです。貴方には随分心を動かされましたよ」
「つってもなぁ……」
「……ダメなんですか?」
「いや、いい。お前が決めたんなら、俺と一緒に世界に貢献していこうぜ」
「フフッ、はい」
私が快く相槌を打つと、彼は微笑んだ。
「今日初めて笑ったな」
「……え?」
「お化けみたいな顔だと思ってたが、可愛いじゃん。見直したぞ」
「はっ、はいっ!?」
お化けみたいなというのは自覚があるから百万歩譲っても暴言じゃないとしましょう。
か、可愛いですって!?
「……どうしたよ?」
「……可愛いなんて、何年振りに言われたのか……いえ、その……ありがとうございます……」
「やめろよその反応、こそばゆい。どっしり構えろよな」
「…………」
なんだろう、こんなに私が照れてるのに甘い言葉で攻めて来ないとは。
ああ、あれですね、乙女心をちっともわかってないんですね。
まぁでも、それが男らしいというのかもしれませんね……。
「じゃ、いっちょ脱出しますかっ」
「ですね。あ、置き手紙ぐらい置いていくので少々お時間ください」
「オーケー。じゃ、俺は体操でもしてるよ」
言って彼はくるりと身を翻し、屈伸や伸脚を始める。
女の子の前で体操なんて、彼も彼で思考が自由だなあと思う。
彼を見るのもやめ、私は机に着いて筆を執った。
拝啓、じゃないか、前略お父様お母様。フォルシーナ・チュリケットです。
現在、ヤララン様に心を揺り動かされ、家出をしようと考えています。
よろしいですよね?どうせ貴方達も私の事を疎んでいたのだから。
厄介払いができて、いいでしょう?
私の知恵も知識も、これからは大好きになったヤララン様のために使います。
1日話しただけでこんなに好きになれた人のために、使おうと思います。
新しい人生、この人と生きます。
お金ができたら、私を育てた分のお金ぐらいは返しますね。
それでは
また会ったら、よろしくお願いします。
フォルシーナ
簡潔かもしれないが、心のままに綴った。
こんな文で構わないでしょう。
私はその文を三つ折りにし、机の真ん中に置いた。
「書き終わりました」
「んっ、そっか。もう行くか?」
「ええ、止まる理由が無いです」
「ははっ、お前も寂しい奴だな。まぁいい。じゃ――」
ヤラランは部屋にある窓を勢いよく開けた。
窓からは闇のカーテンがかかり、優しい光を灯した満月が映っている、
「――行こう! 旅に!」
彼はそう言って、私に手を伸ばす。
返答はいらない、その手を掴めば良いだけなのだから――。
どうか、連れて行ってください――。
貴方が求める、優しい世界へと――。
連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
―了―
私は魔法道具を作ったり、本を読むのが好きで、伯爵家の娘なのに引きこもってばかりだった。
魔法の強い名家で、かつ優しさを兼ね備えたチュリケット家でも、私は7色の魔法を使えながらも創作意欲ばかり湧いて親から見放されてしまった。
魔法道具や魔法を考えたって、子供の空想だの、実用性がないだの、そんなことばかり。
なんで貶すようなことを言うの?
善意ある名家じゃないの?
嘘ばかり、こんな世界、私にはどうでも良すぎる。
だから私は、魔法書を読んで道具と魔法を開発して人生を生きる。
自分の楽しみたい生き方をもう見つけている。
これが――私の幸せだった。
最高の生き方だった――。
彼に、会うまでは――。
「古代ルーンのD7から9、それから善魔力としての白魔法を流して圧縮白魔法のルーンを……」
ぶつぶつと呟きながら膝元に置いた本を読み、両手で黒魔法で作った固定強度の箱に指で魔法の光を刻んでいた。
目の下にはどれだけ深いクマができてるだろう、大分顔も痩せこけて見えるだろう。
それがなんだと言うのだ。
私は楽しいことをしている。
そのうち、いや、最早私の技術は世界有数のものであろう。
両親にそんなことを伝えれば金のなる木にされるだけだから言わないが、私は魔法技術者として、貴族という退屈な家名を背負っていた。
この家に生まれなければのんびり研究もできなかった。
その点だけは感謝をしている。
だけれど、最近は嫁ぎ先が決まるだどうのとうるさい。
やれやれ、私は結婚などする気は毛頭ないというのに。
男なんて体目当てばかりだ、汚らしい。
だから男を寄せ付けないよう口も多少上手くなったけれど、どれだけ通用するか……するしないは実際に試してみるまでわからない。
今はまだ、研究に集中しよう。
そこに突如、短いノックが2つあった。
無駄に広いが、物の散乱した自室を見、それからドアの方を見てどうぞと短く返事を返す。
扉の外から現れたのは、他でもない父上だった。
着物を着ているが、胸には金に輝くバッチや宝石が付けられており、煌びやかな衣装と化している。
チリチリ髪の顎髭の付いたその男が、ずしずしと入ってくる。
散乱した私の私物を当たり前のように踏みながら。
「フォルシーナ、お前に見せたい客が来た。なんと侯爵の長男だぞ? 痩せ細っていて根暗なお前だが、見てくれは母さんに似てそれなりに良い。あわよくば惚れさせなさい」
「……侯爵ですか? どこの――」
「シュテルロード家だ。彼は12歳ながらに天才魔法使いとして国に重宝されている。どうにかして手篭めにしろ」
「……了解です」
それだけ言って、父上は去っていった。
天才魔法使い、なんとも安直でアホらしい言葉だろう。
私としてはどうでもいい。
人間、魔法がなくたって――善意や悪意がなくたって楽しく生きていける。
1人でこうして趣味を楽しんでればいいのに、侯爵家の跡取りというのは国に言い寄られたり、伯爵家に来たりと忙しそうだ。
なんて、また無駄な事を考えているうちにノックも無く部屋が開いた。
誰が入ってきたのかを見るや、私は肩を落とした。
ゼェゼェと肩で息をする少年は簡素な緑の着物を着ているだけで、おかっぱに近いが後ろ髪の跳ね上がった髪型をしている。
なんとなく女の子にも見えなくないが、目付きは鋭く男のようだ。
この少年がシュテルロード家の嫡男なのだろう。
肩で息をするなど、スマートではない。
気品のなさにげんなりしつつ、私は本を閉じて立ち上がり、ゆっくりと彼の前に立った。
「どうされました?」
「ハァ……ハァ、いや、その、ハァ、伯爵が追いかけてきやがってさ、ハァ、ひーっ、助かった〜……」
「……父上が?」
父上が、追いかけた?
この少年を?
一応、父上は威厳あるお方なのだけれども……予想外。
「いやさ、俺は一昨日くらいに一人旅始めたの。なのに伯爵に捕まっちゃってさ。脱出を試みてるんだけど、中々難しいな〜」
「え、一人旅……?」
彼の発言はさらに予想外だった。
一人旅? 侯爵家の息子なのに?
「失礼ですが、シュテルロード家の方……ですよね?」
「うん? あんな家名は捨てたよ」
「え? えぇええええ〜……?」
「みんなそうやって反応するよな。だけどよ、あんなん鳥籠の中で自分の羽をブチブチ引き抜いてるようなもんだぜ? 毛がなくなったら寒いだろうが」
「は、はぁ……」
鳥籠の中の生活と自分に言っているが、そんなことはないでしょう。
周りに賞賛され、魔法を学び、毎日ゴロゴロしてられるような生活。
不満など、普通は無いはず……。
「まぁまぁ。俺が家出しようがしまいが、どっちでもいいだろ? つーかお前、俺と背丈変わんねぇな?何歳?」
「じゅ、13です……」
「へー、1つ違いか。俺は12だ。名前は?」
「……フォルシーナ・チュリケットです」
「フォルシーナな? 俺はヤララン。どうせ家名は剥奪されないだろうから、シュテルロードってのも覚えとくといいかもよ?」
「は、はぁ……そうですか……」
正直、色々と反応に困った。
この侯爵嫡男様はなんとも野蛮な口調で不躾な態度なのでしょう。
事情も何かありそうで、明らかに厄介でしかない。
ですが……もしも手篭めにできれば、私はこの先も人生の大半を趣味のために使える。
なら――。
「ね、ねぇ、ヤララン様? 私と――」
「様付けはやめろ。お前のが年上だしな」
ピシャリと注意を受ける。
……いちいち面倒な。
「……ヤララン。少しお話ししませんか?」
「話? 俺と話しても、面白いことねぇぞ?」
「そうですか? 私としては、お話しできるだけでも嬉しいのですが……」
「……そう言われたら、話をしないわけにもいかないな」
少年は腕組みをして得意げにふふんと鼻を鳴らす。
……ちょろい、ちょろすぎる。
とりあえず話をする事は出来るようになったため、色々な事を話した。
お互いの好きなものや嫌いなもの、将来の夢などを話したりした。
これが、自分で思ったよりも楽しい。
今まで同年代の友人などいなかったからか、話をすること自体少なかった。
自分のやりたいことなどを言葉で発信して、ちゃんと聞いてもらえる。
それがこんなに嬉しいとは、思わなかった。
「……魔法技術者か。凄いよな。俺はあんなの全然わかんねぇぞ?」
「更に言うと、【無色魔法】が使えることが前提条件となりますし、飛んで戦う軍人登用もあるからそもそもの人数が少ないんです。ですが、魔法技術者になれれば、いろんな人に自分の使いたい魔法を使わせることができます。一種の自己実現ですよ」
「自己実現……いいね。自分を表現するってのは良いことだ。俺も1人旅でやりたい事をやる。自己実現だろ?」
「……ですね。貴方も素敵だと思いますよ」
「だろ? 素敵な事だからやりたいんだ」
「…………」
さり気なく褒めても間違った捉え方をされ、惚れてくれる兆しは見えない。
仕方なしに、普通に話を楽しむことにする。
「俺さぁ、生まれて死に、また次の世代が生まれて死ぬって事が最近明瞭にわかってな、どうせ俺たちが死ぬなら、何か次の世代のためにできることをしたいんだ」
「……それなのに1人旅なんですか?」
「うん。とりあえず、世界を見て勉強したい。そしたら多分、金でも稼ぐかな。行商人とか面白そうだし、金を貯めといて貧しい人に寄付するとか、そういうのがやりたいよ」
「……良い夢ですね」
欠片も思ってない事を口にする。
他人が貧しいのはその人に原因があるのだから私が気にしても仕方ない、自分には関係ないというのが私の思いだ。
心の中で彼を嘲笑しつつもにこやかに受け答えする。
「褒められるほどのことじゃない。人間として当然の事だと思う。どうせ死ぬ命だ。なら、世界のために使ってやろうって思ったんだよ」
「……どうせ死ぬ、ですか?」
「あぁ。人間、不死じゃねぇだろ?」
「…………」
返す言葉がなかった。
加えて、ちょっと考えさせられる言葉だった。
私も技術を1人で持っていたとして、そのまま死んでは何も残らない。
何にも残せないで死ぬのって、それはなんだか寂しいし、なんだか残せないのは負けた気がする……。
私は能力があるのに、それは悔しい……。
「……とりあえず、俺が持ってるのは魔法と夢だけだ。でも、世渡り上手なつもりだし、なんとかなるだろ」
「……それだけでなんとかなりますか?」
「……気合いで、なんとかするさ」
「…………」
彼の返答が少し遅れたのは、自信がなかったからだろうか。
……そう。
なら、持ち物を増やしてあげよう。
そうすれば、今よりは自信がつくでしょう。
「私も連れてってください」
「……は?」
私の明瞭でコンパクトでわかりやすい言葉を、彼は聞き返してきた。
仕方がないからもう一度口にする。
「ですから、私も連れてってください」
「……本気か?お前は伯爵家の娘だろ? 今の生活の方が楽じゃないか?」
「楽かどうかより、生きたかどうかです。貴方には随分心を動かされましたよ」
「つってもなぁ……」
「……ダメなんですか?」
「いや、いい。お前が決めたんなら、俺と一緒に世界に貢献していこうぜ」
「フフッ、はい」
私が快く相槌を打つと、彼は微笑んだ。
「今日初めて笑ったな」
「……え?」
「お化けみたいな顔だと思ってたが、可愛いじゃん。見直したぞ」
「はっ、はいっ!?」
お化けみたいなというのは自覚があるから百万歩譲っても暴言じゃないとしましょう。
か、可愛いですって!?
「……どうしたよ?」
「……可愛いなんて、何年振りに言われたのか……いえ、その……ありがとうございます……」
「やめろよその反応、こそばゆい。どっしり構えろよな」
「…………」
なんだろう、こんなに私が照れてるのに甘い言葉で攻めて来ないとは。
ああ、あれですね、乙女心をちっともわかってないんですね。
まぁでも、それが男らしいというのかもしれませんね……。
「じゃ、いっちょ脱出しますかっ」
「ですね。あ、置き手紙ぐらい置いていくので少々お時間ください」
「オーケー。じゃ、俺は体操でもしてるよ」
言って彼はくるりと身を翻し、屈伸や伸脚を始める。
女の子の前で体操なんて、彼も彼で思考が自由だなあと思う。
彼を見るのもやめ、私は机に着いて筆を執った。
拝啓、じゃないか、前略お父様お母様。フォルシーナ・チュリケットです。
現在、ヤララン様に心を揺り動かされ、家出をしようと考えています。
よろしいですよね?どうせ貴方達も私の事を疎んでいたのだから。
厄介払いができて、いいでしょう?
私の知恵も知識も、これからは大好きになったヤララン様のために使います。
1日話しただけでこんなに好きになれた人のために、使おうと思います。
新しい人生、この人と生きます。
お金ができたら、私を育てた分のお金ぐらいは返しますね。
それでは
また会ったら、よろしくお願いします。
フォルシーナ
簡潔かもしれないが、心のままに綴った。
こんな文で構わないでしょう。
私はその文を三つ折りにし、机の真ん中に置いた。
「書き終わりました」
「んっ、そっか。もう行くか?」
「ええ、止まる理由が無いです」
「ははっ、お前も寂しい奴だな。まぁいい。じゃ――」
ヤラランは部屋にある窓を勢いよく開けた。
窓からは闇のカーテンがかかり、優しい光を灯した満月が映っている、
「――行こう! 旅に!」
彼はそう言って、私に手を伸ばす。
返答はいらない、その手を掴めば良いだけなのだから――。
どうか、連れて行ってください――。
貴方が求める、優しい世界へと――。
連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
―了―
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