連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/140/:期限

「……あーもう、ホントどーしよ」
「何がですか?」

 場所は変わらず地下神殿の最下層。
 だが体勢は変わり、俺が胡座あぐらをかいて座るのを、後ろからフォルシーナに抱きしめられている。
 なんか胸とか当たってるけど、そういうのは置いとくとして……。

「俺さ、ここで人生使い果たすつもりなんだよ」
「なら、私もそうします」
「…………」

 あっさりと言葉を返すフォルシーナに、俺はがっくり項垂れた。

「……あのなぁ、お前は地上でいろいろやりたい事があるんじゃないのか? ここ、なんも楽しくないだろ?」
「楽しい楽しくないじゃありませんよ。幸せかどうかです。私は貴方なしでは幸せになれないんですっ。好きなんですから、もう……」

 即答を返してきた上、抱きしめられる力が強くなる。
 ……まぁ、今考えれば、俺が好きでここまで付いてきたって事だもんな……。
 何言っても、仕方ないかな……。

「……こんなに胸が苦しいのに、研究できんのか?」
「……じゃあ、離れ離れになります?」
「無理だ。それだけは勘弁してくれ」
「わっ、ヤラランが即答してくれた……」
「……うるせー」

 あえてツッコまれると気恥ずかしい。
 あーもう、なんでこんなに顔が熱いんだよ……。

「……でも、俺は封印されるつもりなんだぞ? どうするんだよ?」
「その時はその時ですよ。私は例え1秒であっても、貴方と恋人で居られるなら、全てを捨て去ることができます。貴方の言う、その時が来るまで……私にどうか、側にいる権利をください……」
「……そう言われると、断れねぇよ……」
「断らせませんよ〜だっ。ウフフッ、一緒にいさせていただきますっ」
「…………」

 服越しに伝わる彼女の感触が心地よい。
 俺だって離れたくはない……。
 だけど……この先、本当にこれで良いのか。
 様子を見ながら、やる必要がある――。

「フォルシーナ。俺たちはただでさえ研究にあまり手が付いてなかった。憂いもない今、やるべきじゃないか?」
「……もうですか?」
「やんなきゃここに居る意味がないだろ……」
「……。……そうですね」

 ピトッと俺に付いていた彼女が背中から離れ、嬉しむようにステップを踏んで、俺の前に躍り出た。

「研究してると貴方に触れないのが残念ですけど、同じ目標を持って行動できるのも嬉しいです……。やりましょう、一緒に……」
「……そーだな。じゃ、上に行こう」
「はいっ」

 俺もフラッと立ち上がり、どちらとも言わずに並んで来た道を戻る。
 お互いの気持ちを知る事は出来たが、やることは変わらないし、一緒に居ることも変わらない。
 さて……やろう……。

 志は折れない。
 だけれど、共に志を持った人が恋人。
 それならば良いのだろうか――。

 いや、もう今更何もかもが遅い。
 取り敢えず今は、お互いの気持ちが伝わっただけ。
 これからやることが変わらないのなら、それでも良いのだろう――。











 冬が訪れた。
 地下とは違い、地上での木々は纏う葉を全て失い、寒さに震える季節となっていた。
 東大陸の殆どを締めるフラクリスラルの城中枢、煌びやかな装飾を施された家具や雑貨のある王の自室。
 フラクリスラル王は普段と変わった姿で、着脱が比較的容易な法被はっぴとスカートに似た行灯袴を履いて、ベッドに腰掛けながら口元に手を当て、1つ咳払いをした。
 手を離してみると、しわだらけの手のひらには真っ赤な血が付着している。
 手のひらを見ても彼は驚くことなく、ただ一言感想を述べる。

「……限界ですか」
「その様ですね、フラクリスラル王よ」

 呟きに反応したのは壁に寄りかかったファリュイア・シュテルロードだった。
 草摺の付いた腰元には剣を携え、金色のひらひらが付いた肩章のある赤い着物を着て腕組みをしている。

「……ファリュイア、君に頼みがあります」
「……なんですか? 医師を呼べなどと仰られるなら、ある程度腕の効く奴を連れてきますが……」
「いえ、そうではありませんよ。貴方に、頼んでるんです。わかりますね?」
「…………」

 ファリュイアが悪い奴である事をフラクリスラル王は百も承知だった。
 それはファリュイア自身が悪い人間である、ということではない。
 この世界は善悪が平等。
 例え良いことをしたくても、良い事ができない・・・・・・・・人間が極稀にいる。
 それは悪魔力はあっても悪意が遅れて伸びるという特異例なのであるが、ファリュイアはその人だった。
 彼は貴族の生まれでありながら、善いことをしようとしても全て悪い方面にしか働かず、自然と自身に悪魔力が集中し、やがて周り全員を憎む様になり、悪意の権化といっても過言ではなかったのだ。
 しかし、その頃にはファリュイアは戦争に駆り出され、善悪調整装置の存在を知り、自分がこうあるのは摂理である事を知った。
 彼はいろいろと悪さをする男でありながらも、フラクリスラル王は爵位の剥奪もせず、気の置けない友人として接したのだった――。
 それは余談なのだが、彼は悪人として育ってしまった上、戦闘では1人で小国1つを滅ぼす力を有している。
 そんな彼への頼みごとなのだ。
 つまり――。

「……戦争でございますか、王陛下」
「ええ。軍の調子を整えといてください。隊の編成などは全て貴方に一任します。整備などが終わり次第、西大陸へと進軍いたします」
「……承知致しました」

 途中で血を吐きながらも伝えることを伝え、聞き届けたファリュイアはこれからすぐに向かわんと王に一礼して退室する。

「……頑張った若者よ。貴方達に託したものの、時間を無駄に浪費した様でした」

 1人になったフラクリスラル王は呟く。
 残念で敵わないという思いが血塗れの手を拳に変え、立ち上がった。

「これ以上は待てません。もはや躊躇う必要はない、宣戦布告をして参りましょう」

 戦争を起こした張本人を、我にするために――。

 そう言って立ち上がったフラクリスラル王は正装に着替え、腰に黄金の剣を携えて単身フラクリスラル国から飛び立った。

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