連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
/117/:背面にあるもの
暗い室内の天井にモニターが映っている。
長テーブルを手前に大きな赤のソファがあり、そこに座る白髪を持った初老の男が、天井の画面に映る、緑の外套を纏った少年を見ていた。
少年の背後にあるは木々であり、そこはハヴレウス城付近にある村の1つだった。
「随分と遅い連絡だったではないか、セイニス君よ」
《申し訳ございません、フラクリスラル王陛下。“悪幻種”なるものに命を奪われ兼ねなかったので、注意しつつ動いておりました》
「……ノールですか」
初老の老人ーーフラクリスラル王は自身の耳たぶを引っ張っては離し、それを繰り返しながら思慮に耽る。
桃色の着物の上に赤い外套を纏って腰掛けた初老は重たいと感じたのか、金一色のの冠を取って冠を見つめた。
「……城内まで監視するのは、難しそうてすね」
《はい。万が一サァグラトスを相手取れば、私など秒殺でしょう》
「ですが、この先何が起こるかは容易に想像できます」
老人は冠をテーブルの上に置き、一息つく。
ヤララン・シュテルロードの事をセイニスを通して1年間、老人はずっと監視していた。
最初、西大陸の童1人をヤラランに捕まえさせて今後の動きを見ていたのだが、あれはあまり意味を成さず、フラクリスラル王はヤラランの旧友であるセイニス達を派遣したのだった。
《……失礼かとは思いますが、王陛下は何を考えておられるのですか?ヤラランの監視などさせるより、善悪平等なら、ヤラランを殺せばよいのでは?》
「おや、お友達ではないのですか?」
《昔の話です》
「そうですか」
生死に関する会話であっても、2人の表情が変わることはなかった。
セイニスは能天気さなど毛ほども感じぬ強面であり、フラクリスラル王はずっと目を閉じ、口だけを淡々と動かしている。
「……君の質問の件ですが、簡単な話です」
《……と、言いますと?》
「我は、フォルシーナ・チュリケットに期待しているのですよ」
《……あの貴族の名を捨てた女を?何故ですか?》
「今我とこうして会話する技術、これは彼女の社で働く技師によるものなのですよ。姿も映り、声も遅れがなく、とても素晴らしい道具をお作りになる」
フラクリスラル王はそう言ってまた耳たぶを引っ張った。
彼は、ヤララン商会の技師の1人を拷問にかけ、洗脳し、その技師を国のものとしていた。
その技師曰く、フォルシーナ・チュリケットは手の内の全てを商会の人間にすら晒してないと言う。
これは王の耳を疑わせた。
既にこの通信術だけでも、世界的に見て絶賛されるものだったのだから、これ以上の技術とはどれほどなのかと驚嘆したのだ。
《……では、フォルシーナ・チュリケットに善悪調整装置を操らせると?》
「できれば、そうあって欲しいものなのです。我が国の技術ではまったく太刀打ちできず、匙を投げた。だけれど――彼女なら。彼らの善意の想いがあるならば、諦めず、懸命に、あの装置を解析する。我は、そう信じているのです」
《……その結果、我が国では犯罪が1.5倍以上増えたのではないのですか?これから先は3倍にもなると言われています。たとえそれでも、やるべきことなのですか!?可能性に賭けるだけで――》
「我は世界が平和になると言うのなら、一時の狂乱も静観し、平和を待ちたい。未来があると信じて現在を捧げる事が、我々にできる懸命なことですよ」
《…………》
「我々はあんなたった1つの装置に心を惑わされて生きている。それから解放されるならば、この老いぼれの命が尽きるまで待ちましょう」
王は目を開いて、優しく諭すようにセイニスに言い聞かせた。
瞳の色は光り輝く黄金色で、老体ながらも太陽のような輝きがあった。
《……可能性を信じる、ですか》
「はい。我は次代の若者に全てを賭けますよ。無論、貴方にも期待しています」
《……身に余る光栄です》
「だって、西大陸に来た理由を修行とか言いなさるのですから」
《……その話は、もう忘れてください》
「フフッ、あれは面白かったですよ……どんな理由でもいいから問われた時のことを考えときなさいと言ったのに……修行は酷いですねぇ」
《……どうとでも言ってください》
セイニスは頭で考えることより、その時々の状況判断に長けている。
そのために刺客として送られたが、ボロが出る日も近くはなさそうだ。
「……通信は終わりです。次の通信を待ちなさい」
《ハッ》
そこで通信は終わり、天井にあった映像はただの壁に還る。
フラクリスラル王は大きく息を吸い、ため息混じりに吐き出した。
フラクリスラル王は考えた。
別に、自国の平和などが欲しいわけではなかった。
ただ、あの装置がある以上は悪の大陸、善の大陸を作ることが最善であると、そう信じていた。
可能ならば魔物を無限に生み出して西大陸に閉じ込めたいものだが、そんな夢物語は叶わず、現状に落ち着いている。
「……我も大悪人ですか。まったく……世界のために生きてるのに、世界は酷いものですね……」
フラクリスラル王はそう言って少し、魔力を放出した。
大半は善魔力であるが、その内3割は黒い魔力が混ざっている。
この世界における魔力は、恨む方も恨む方で魔力を得て、恨まれる方はその数十分の一の悪魔力を貰う。
善意にあってもそう。
優しくする方も、優しくされて尊敬すればその分魔力は増える。
フラクリスラル王は、自身では善魔力しかないように思えていたからこそこの現象に気がついた。
嫌われてると、自然と悪魔力が自分に付きまとうということに……。
「……まぁ、老いぼれは今出来ることを精一杯やるとしましょう。取り敢えずは自国の平和を、守らせていただきますよ」
重たい腰を持ち上げ、ソファに立て掛けた杖を携えて立ち上がり、フラクリスラル王は静かにその部屋を退室した。
長テーブルを手前に大きな赤のソファがあり、そこに座る白髪を持った初老の男が、天井の画面に映る、緑の外套を纏った少年を見ていた。
少年の背後にあるは木々であり、そこはハヴレウス城付近にある村の1つだった。
「随分と遅い連絡だったではないか、セイニス君よ」
《申し訳ございません、フラクリスラル王陛下。“悪幻種”なるものに命を奪われ兼ねなかったので、注意しつつ動いておりました》
「……ノールですか」
初老の老人ーーフラクリスラル王は自身の耳たぶを引っ張っては離し、それを繰り返しながら思慮に耽る。
桃色の着物の上に赤い外套を纏って腰掛けた初老は重たいと感じたのか、金一色のの冠を取って冠を見つめた。
「……城内まで監視するのは、難しそうてすね」
《はい。万が一サァグラトスを相手取れば、私など秒殺でしょう》
「ですが、この先何が起こるかは容易に想像できます」
老人は冠をテーブルの上に置き、一息つく。
ヤララン・シュテルロードの事をセイニスを通して1年間、老人はずっと監視していた。
最初、西大陸の童1人をヤラランに捕まえさせて今後の動きを見ていたのだが、あれはあまり意味を成さず、フラクリスラル王はヤラランの旧友であるセイニス達を派遣したのだった。
《……失礼かとは思いますが、王陛下は何を考えておられるのですか?ヤラランの監視などさせるより、善悪平等なら、ヤラランを殺せばよいのでは?》
「おや、お友達ではないのですか?」
《昔の話です》
「そうですか」
生死に関する会話であっても、2人の表情が変わることはなかった。
セイニスは能天気さなど毛ほども感じぬ強面であり、フラクリスラル王はずっと目を閉じ、口だけを淡々と動かしている。
「……君の質問の件ですが、簡単な話です」
《……と、言いますと?》
「我は、フォルシーナ・チュリケットに期待しているのですよ」
《……あの貴族の名を捨てた女を?何故ですか?》
「今我とこうして会話する技術、これは彼女の社で働く技師によるものなのですよ。姿も映り、声も遅れがなく、とても素晴らしい道具をお作りになる」
フラクリスラル王はそう言ってまた耳たぶを引っ張った。
彼は、ヤララン商会の技師の1人を拷問にかけ、洗脳し、その技師を国のものとしていた。
その技師曰く、フォルシーナ・チュリケットは手の内の全てを商会の人間にすら晒してないと言う。
これは王の耳を疑わせた。
既にこの通信術だけでも、世界的に見て絶賛されるものだったのだから、これ以上の技術とはどれほどなのかと驚嘆したのだ。
《……では、フォルシーナ・チュリケットに善悪調整装置を操らせると?》
「できれば、そうあって欲しいものなのです。我が国の技術ではまったく太刀打ちできず、匙を投げた。だけれど――彼女なら。彼らの善意の想いがあるならば、諦めず、懸命に、あの装置を解析する。我は、そう信じているのです」
《……その結果、我が国では犯罪が1.5倍以上増えたのではないのですか?これから先は3倍にもなると言われています。たとえそれでも、やるべきことなのですか!?可能性に賭けるだけで――》
「我は世界が平和になると言うのなら、一時の狂乱も静観し、平和を待ちたい。未来があると信じて現在を捧げる事が、我々にできる懸命なことですよ」
《…………》
「我々はあんなたった1つの装置に心を惑わされて生きている。それから解放されるならば、この老いぼれの命が尽きるまで待ちましょう」
王は目を開いて、優しく諭すようにセイニスに言い聞かせた。
瞳の色は光り輝く黄金色で、老体ながらも太陽のような輝きがあった。
《……可能性を信じる、ですか》
「はい。我は次代の若者に全てを賭けますよ。無論、貴方にも期待しています」
《……身に余る光栄です》
「だって、西大陸に来た理由を修行とか言いなさるのですから」
《……その話は、もう忘れてください》
「フフッ、あれは面白かったですよ……どんな理由でもいいから問われた時のことを考えときなさいと言ったのに……修行は酷いですねぇ」
《……どうとでも言ってください》
セイニスは頭で考えることより、その時々の状況判断に長けている。
そのために刺客として送られたが、ボロが出る日も近くはなさそうだ。
「……通信は終わりです。次の通信を待ちなさい」
《ハッ》
そこで通信は終わり、天井にあった映像はただの壁に還る。
フラクリスラル王は大きく息を吸い、ため息混じりに吐き出した。
フラクリスラル王は考えた。
別に、自国の平和などが欲しいわけではなかった。
ただ、あの装置がある以上は悪の大陸、善の大陸を作ることが最善であると、そう信じていた。
可能ならば魔物を無限に生み出して西大陸に閉じ込めたいものだが、そんな夢物語は叶わず、現状に落ち着いている。
「……我も大悪人ですか。まったく……世界のために生きてるのに、世界は酷いものですね……」
フラクリスラル王はそう言って少し、魔力を放出した。
大半は善魔力であるが、その内3割は黒い魔力が混ざっている。
この世界における魔力は、恨む方も恨む方で魔力を得て、恨まれる方はその数十分の一の悪魔力を貰う。
善意にあってもそう。
優しくする方も、優しくされて尊敬すればその分魔力は増える。
フラクリスラル王は、自身では善魔力しかないように思えていたからこそこの現象に気がついた。
嫌われてると、自然と悪魔力が自分に付きまとうということに……。
「……まぁ、老いぼれは今出来ることを精一杯やるとしましょう。取り敢えずは自国の平和を、守らせていただきますよ」
重たい腰を持ち上げ、ソファに立て掛けた杖を携えて立ち上がり、フラクリスラル王は静かにその部屋を退室した。
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