連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
/115/:歌
「……長い間、寝ていた気がする」
「そりゃあ気のせいだ」
夜になって起き上がったノールが発した言葉を俺は真っ先に否定した。
半日なら長い間ではない。
自分の体を見渡す巫女にため息を吐きながら、王が胡座をかいた足を解いて立ち上がってノールの様子を見に行く。
同室の俺は隅っこで寄りかかり、フォルシーナは【魔法入力版】で遊んでて、キィとメリスタスは囲炉裏の近くでなんか話してる。
キィ達が連れて来たらしい脱走者とやらは東側の方に向かわせたそうな。
大陸東側は俺たちが改革したし、どこに着いても匿ってもらえるだろう。
「……腕は治っているな」
「ん? サァ兄、心配してくれたの?」
「義妹の心配もしない兄があるか。結婚こそしなかったとはいえ、貴様はキトリューの伴侶だろう。我を失っているのだからあまり言っても仕方ないが、無茶はするな」
「……了解」
サァグラトスの爺さんはノールにそれだけ言って室内を見渡した。
「して、諸君らはどうするのだ?」
「……俺たちは城下町に足を踏み入れるつもりだ。善悪調整装置とやらを、フォルシーナに見せてもらいたい」
「ふむ……」
爺さんは髭をさすり、すぐに返事を返した。
「見学だけならば構わん。あぁ、だが城下町を歩かれるのは困る。行き帰りは余が【無色魔法】で移動させるが、それで構わんか?」
「上等。今すぐ行くか?」
「今宵はもう、余は城に戻る。やることがあるのでな。明日の明朝、またここに来る。それまで待て」
「了解」
行く手段も決まり、王も頷く。
手間が省けて俺も嬉しい。
……まぁ、見学では済まないだろうがな。
「……では、これにて失敬する。また会おう」
それだけ言い残すと、王は残像を残して姿を消した。
【無色魔法】での瞬間移動であろう。
魔法はその人物の想像によって可能か不可能か、人間によって千差万別だ。
瞬間移動なんてできるのはよほど魔法に恵まれているんだろう。
まぁ、魔法技師に体に直接魔法を入れられたのかは定かではないが、それでも凄い魔法には変わりない。
流石は王家、としか言いようがないな。
「……はぁ」
王が去って、俺は深いため息と共に深く座った。
部屋の隅に腰掛けるのは痛いが、それも仕方ない。
だって、自分の仲間が今王とした会話すら無視して作業や会話に没頭してるんだから。
フォルシーナ、お前は集中し過ぎだ。
キィ、メリスタス、お前達はイチャつき過ぎだ。
なんなんだ、俺の仲間は……。
俺はよっこらせと腰を持ち上げ、寝ぼけ目のノールが居る奥の方に向かった。
「よっ。体調はどうだ?」
「……アンタに心配されるまでもないよ」
「相変わらず、連れない奴だな……」
声を掛けても冷たくあしらわれる。
仲良くなれないもんかねぇ……。
「よっこらせっ……と」
「ちょっと、ウチの許可なく隣に座らないでよ」
「お前、ケチ過ぎだぞ……。別に口説こうってわけじゃないんだからいいだろ?」
「キモッ。口説かれたりなんかしたら耳が腐って明日から音も聴こえなくなるね」
「……俺、お前に嫌われるような事したか?」
隣に座っただけでここまで文句を言われるのも珍しい。
どうしてこんなに嫌われてしまったのか……。
「……別に嫌う理由がなきゃ人を嫌わないとは限らない。何事にも理由がある」
「……なんじゃそりゃ」
「わかんなきゃそれでいいよ。理解されないように言ったんだから」
「……はーん」
ややこしい事を言われたが、なんとなく、俺を嫌う理由はないんじゃないか、というのは伝わった。
「まぁ、普通に嫌いだけどね。アンタ面倒くさいし」
「おいっ。どっちなんだよ……」
「アハハ、ま、ウチのことは良いんだけど……アンタら眠くないの?」
「……どっちでもよくないし、俺は眠いぞ」
「だろうね。アンタ、もう20時間以上起きてるだろうし」
ため息混じりにノールがツンとした声で指摘してくる。
俺は昨日の夜に起きて、そっから寝てないしな……確かに眠い。
「なんなら、子守唄を歌ってあげようか?」
「歌? お前が……?」
「なにさ、意外? 人の趣味は馬鹿にするもんじゃないよ」
「……別に馬鹿にはしてねぇけどな」
ノールが子守唄を歌ってる姿というのがあまり想像できない。
巫女だし、お経みたいな感じか?
……案外、似合ってるかもしれない。
「……なんか失礼な事考えてない?」
「いや、別に……」
「……ふんっ」
「痛っ」
わき腹に肘打ちを食らう。
悶えるほど痛くもないが、可愛げのかけらもない奴だな……。
「……これでも、【聖音の響姫】ってあだ名があったぐらいなんだけど?」
「今じゃ【邪音の狂気】だな」
「……ホントにコロスよ?」
「冗談です……」
あまり冗談も通じないし、真面目に話を聞くとしよう。
「昔からね、音楽は好きだった。ハヴレウスも元は音楽文化の国だったしね。ウチは詩を書いたり、歌ったり、そういうのが好きで……まだ、たまに歌ってるなぁ……」
懐かしむように、遠くを見据えてポツポツと語るノール。
何か声をかけたい憐憫の情がありつつも、俺は何も声をかけることはできなかった。
ただ黙って聞くしかできない。
俺も、東の人間だから……。
「……歌も得意で、歌詞もみんなに認められてた。今では聴いてくれる人はサァ兄しかいないけれど、即興の子守唄ぐらいなら、アンタに歌ってやらないでもないよ?」
「……是非聴かせて欲しいね。きっと、よく眠れると思うから」
「……後で、ね。みんな寝る頃に歌わせてもらうさ」
「はいよっ」
そこで話は途切れた。
いつかあった憐れみも消え、心にはまだ雲が掛かってるけど、それも寝れば取れるだろう。
明日も早いのはわかりきっていたから、俺は何かと集中している仲間をひっぱたき、寝る準備に入らせた。
各々眠るスペースを確保し、フォルシーナが影から寝袋やら布団やらを出して俺以外は寝具に包まった。
ノールも藁の上で寝るのか、寝具は無かった。
「眠る前に、僭越ながらウチが子守唄を歌います。どうか、ご静聴ください」
ノールはそう言って囲炉裏に灯されていた炎を消し、優しい歌を歌い始める。
初めてだった。
誰かの歌が、美しくて泣いたのは。
ノールの声はとても高く、神聖な力があった。
力強くも優しく、歌詞など気にならないぐらいに美しく……。
ただの子守唄だと言っていたのに――。
歌はどこまで続くのか、そんな事を考えているうちに意識は途切れた――。
「そりゃあ気のせいだ」
夜になって起き上がったノールが発した言葉を俺は真っ先に否定した。
半日なら長い間ではない。
自分の体を見渡す巫女にため息を吐きながら、王が胡座をかいた足を解いて立ち上がってノールの様子を見に行く。
同室の俺は隅っこで寄りかかり、フォルシーナは【魔法入力版】で遊んでて、キィとメリスタスは囲炉裏の近くでなんか話してる。
キィ達が連れて来たらしい脱走者とやらは東側の方に向かわせたそうな。
大陸東側は俺たちが改革したし、どこに着いても匿ってもらえるだろう。
「……腕は治っているな」
「ん? サァ兄、心配してくれたの?」
「義妹の心配もしない兄があるか。結婚こそしなかったとはいえ、貴様はキトリューの伴侶だろう。我を失っているのだからあまり言っても仕方ないが、無茶はするな」
「……了解」
サァグラトスの爺さんはノールにそれだけ言って室内を見渡した。
「して、諸君らはどうするのだ?」
「……俺たちは城下町に足を踏み入れるつもりだ。善悪調整装置とやらを、フォルシーナに見せてもらいたい」
「ふむ……」
爺さんは髭をさすり、すぐに返事を返した。
「見学だけならば構わん。あぁ、だが城下町を歩かれるのは困る。行き帰りは余が【無色魔法】で移動させるが、それで構わんか?」
「上等。今すぐ行くか?」
「今宵はもう、余は城に戻る。やることがあるのでな。明日の明朝、またここに来る。それまで待て」
「了解」
行く手段も決まり、王も頷く。
手間が省けて俺も嬉しい。
……まぁ、見学では済まないだろうがな。
「……では、これにて失敬する。また会おう」
それだけ言い残すと、王は残像を残して姿を消した。
【無色魔法】での瞬間移動であろう。
魔法はその人物の想像によって可能か不可能か、人間によって千差万別だ。
瞬間移動なんてできるのはよほど魔法に恵まれているんだろう。
まぁ、魔法技師に体に直接魔法を入れられたのかは定かではないが、それでも凄い魔法には変わりない。
流石は王家、としか言いようがないな。
「……はぁ」
王が去って、俺は深いため息と共に深く座った。
部屋の隅に腰掛けるのは痛いが、それも仕方ない。
だって、自分の仲間が今王とした会話すら無視して作業や会話に没頭してるんだから。
フォルシーナ、お前は集中し過ぎだ。
キィ、メリスタス、お前達はイチャつき過ぎだ。
なんなんだ、俺の仲間は……。
俺はよっこらせと腰を持ち上げ、寝ぼけ目のノールが居る奥の方に向かった。
「よっ。体調はどうだ?」
「……アンタに心配されるまでもないよ」
「相変わらず、連れない奴だな……」
声を掛けても冷たくあしらわれる。
仲良くなれないもんかねぇ……。
「よっこらせっ……と」
「ちょっと、ウチの許可なく隣に座らないでよ」
「お前、ケチ過ぎだぞ……。別に口説こうってわけじゃないんだからいいだろ?」
「キモッ。口説かれたりなんかしたら耳が腐って明日から音も聴こえなくなるね」
「……俺、お前に嫌われるような事したか?」
隣に座っただけでここまで文句を言われるのも珍しい。
どうしてこんなに嫌われてしまったのか……。
「……別に嫌う理由がなきゃ人を嫌わないとは限らない。何事にも理由がある」
「……なんじゃそりゃ」
「わかんなきゃそれでいいよ。理解されないように言ったんだから」
「……はーん」
ややこしい事を言われたが、なんとなく、俺を嫌う理由はないんじゃないか、というのは伝わった。
「まぁ、普通に嫌いだけどね。アンタ面倒くさいし」
「おいっ。どっちなんだよ……」
「アハハ、ま、ウチのことは良いんだけど……アンタら眠くないの?」
「……どっちでもよくないし、俺は眠いぞ」
「だろうね。アンタ、もう20時間以上起きてるだろうし」
ため息混じりにノールがツンとした声で指摘してくる。
俺は昨日の夜に起きて、そっから寝てないしな……確かに眠い。
「なんなら、子守唄を歌ってあげようか?」
「歌? お前が……?」
「なにさ、意外? 人の趣味は馬鹿にするもんじゃないよ」
「……別に馬鹿にはしてねぇけどな」
ノールが子守唄を歌ってる姿というのがあまり想像できない。
巫女だし、お経みたいな感じか?
……案外、似合ってるかもしれない。
「……なんか失礼な事考えてない?」
「いや、別に……」
「……ふんっ」
「痛っ」
わき腹に肘打ちを食らう。
悶えるほど痛くもないが、可愛げのかけらもない奴だな……。
「……これでも、【聖音の響姫】ってあだ名があったぐらいなんだけど?」
「今じゃ【邪音の狂気】だな」
「……ホントにコロスよ?」
「冗談です……」
あまり冗談も通じないし、真面目に話を聞くとしよう。
「昔からね、音楽は好きだった。ハヴレウスも元は音楽文化の国だったしね。ウチは詩を書いたり、歌ったり、そういうのが好きで……まだ、たまに歌ってるなぁ……」
懐かしむように、遠くを見据えてポツポツと語るノール。
何か声をかけたい憐憫の情がありつつも、俺は何も声をかけることはできなかった。
ただ黙って聞くしかできない。
俺も、東の人間だから……。
「……歌も得意で、歌詞もみんなに認められてた。今では聴いてくれる人はサァ兄しかいないけれど、即興の子守唄ぐらいなら、アンタに歌ってやらないでもないよ?」
「……是非聴かせて欲しいね。きっと、よく眠れると思うから」
「……後で、ね。みんな寝る頃に歌わせてもらうさ」
「はいよっ」
そこで話は途切れた。
いつかあった憐れみも消え、心にはまだ雲が掛かってるけど、それも寝れば取れるだろう。
明日も早いのはわかりきっていたから、俺は何かと集中している仲間をひっぱたき、寝る準備に入らせた。
各々眠るスペースを確保し、フォルシーナが影から寝袋やら布団やらを出して俺以外は寝具に包まった。
ノールも藁の上で寝るのか、寝具は無かった。
「眠る前に、僭越ながらウチが子守唄を歌います。どうか、ご静聴ください」
ノールはそう言って囲炉裏に灯されていた炎を消し、優しい歌を歌い始める。
初めてだった。
誰かの歌が、美しくて泣いたのは。
ノールの声はとても高く、神聖な力があった。
力強くも優しく、歌詞など気にならないぐらいに美しく……。
ただの子守唄だと言っていたのに――。
歌はどこまで続くのか、そんな事を考えているうちに意識は途切れた――。
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