連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/106/:魔物の存在

「……ウチは思うんだ。酷い目にあったらその分憎むのは当たり前のこと。この世界では、その酷い目にあった分だけ力が手に入るし、その力は自分の身から出たものなんだから奪われちゃいけないってね」
「…………」

 いきなり難しい話を始めるノール。
 俺はただただ聞いた。

「ウチの誓い立てた憎しみも、復讐心も、あって当然のものだった。でも、今はそれを全く感じない。恋人や家族が死体すら残らずに嘲笑されて、辱められて殺されて……もうウチは、東大陸に恨みも抱けないし、その事を悲しいとも思えない。力はあっても、この力はどうしたらいいのか……もう、自分でもわからなくなってしまった」
「……なら、俺を殺すか? お前の意志を奪ったから、憎いだろ?」
「……それもいいけれど。でも、実行したってその後にやる事がない。アンタを殺してスッキリしたら、何もなくなってしまう……。最悪だよ、アンタ……ホント。もう、泣けもしない……」
「…………」

 言葉が詰まりながらも、ノールは泣いていなかった。
 多少俺に対して悪意が芽生えても、それだけじゃ元の力にはならないし、恨みからくる悲しさを感じないのだろう。

「……お前の気持ちはわからんでもないよ」
「……別に、アンタなんかにわかって欲しくないけどね」
「あっそ……。ま、それでも俺は後悔してねぇよ。お前があれ以上人間を殺すのも俺には耐えられないし、殺したい奴がいるから、なんて理由の奴の悪意を塗り替えないなんてのは、俺にはできない」
「じゃあ話し合って仲良く手を繋げって言うわけ? おめでたい頭ね。そんなことができると思ってるの?」
「できるようにするために、お前を斬ったんだがな」
「…………」

 批難の目で俺を睨んでくる。
 口も目つきも悪いなら、キィで慣れてるっての。
 俺には効かん。

「それに、東大陸だって無闇に西大陸を落とした訳じゃない。フラクリスラルの王様曰く、この世界はどうにも善悪が平等らしい。幸せな国と不幸せな国が必要だってさ」
「……頭の中がお花畑の連中の国の王ね。自国の豊穣のために西大陸を滅ぼして、オマケを見つけて上手く活用した気でいるだけのあのマヌケ……思い出すと殺したくなってきた」
「…………」

 打って変わって愉悦の笑みを浮かべる巫女は両手を自分の頬に当てた。
 顔見知りだったか……だとすると、この話題は切り上げた方がいいのか?
 悪魔力が増えても困るし……。
 だが、気になることを聞いた。

「オマケって、なんだ?」
「ん? あぁ、善悪調整装置のこと? 東大陸ならもう伝わってるでしょ?」
「調整装置――!?」

 言われて立ち上がりそうになった。
 フォルシーナの頭が動きそうになったところで堪えたが、驚きが尋常じゃない。
 善悪の調整装置だと?
 そんなものがあるのか……?

「……その反応、知れ渡ってないんだ。あの悪どい王はやっぱり教えてないのね」
「どういうことなんだ? 教えてくれよ」
「……そんな義理があると思ってる?」
「別に話したくないならいいさ。フラクリスラル王に聞いてこの大陸をくまなく調べるだけだぜ?」
「……。どうせ知るなら、ウチの暇潰しに教えるよ。まだ眠くないしね」
「……そりゃ、嬉しい限りだ」

 渋々といった感じでだが、教えてくれるらしい。
 ……善悪平等の体らしいけど、善意のが多い傾向か?
 いや、相殺し合うといっても、体内にはあるからそれが使われるか使われないかだけなのか。
 今は善意の方が使われてる、と……。

「……善悪調整装置。あれは誰が作ったのかもわからない、謎の装置。ただわかるのは、アレによって世界が善悪平等になるということ。偏ったりしたら、等しくするために城から魔力のもやを出して人間に分布するの。それと、善と悪、どっちかの魔力を世界から吸収して“魔物”を作ることができる」
「……魔物?」
「魔力の塊だから、魔物。ちゃんとした生き物になるのは見たことあるし、今では悪魔力で“人骸鬼じんがいき”という魔物を量産する羽目になっているよ。ただ、魔力で作るって言っても、【黒魔法】のように使い終わったら粒子化する事もなく、形が残ることが特徴かな。そういう悪魔力の魔物を量産して、善悪調整装置のある地下神殿はほぼ埋め尽くされてると言っていい。だけれど、そういう魔物がいるから人間全体の悪意が少なくても善悪平等が成り立つわけ。……難しい話だけど、わかった?」
「……。あぁ、大体は理解したよ」

 どこまで信じれた話かはわからないが、世界にそういうカラクリがあった事を知れたのは良いことだった。
 悪の量が増えすぎないように、ずっと西大陸は調整していたのか……。

「ただ、魔物を抑える能力は代々ハヴレウス国全体で5人しか伝えられない。そのうち2人は殺され、1人は自害、1人は殉死……残った1人は東大陸の伯爵にとっ捕まって、今でも魔物の管理をしているよ」
「……魔物を放てばいいじゃないか。悪意で作ったからって、ただの生物なんだろ?」
「そんなわけないでしょ。悪意で作られたんだから、悪意満点で人も自然も構わず襲う。特に、最強クラスの人骸鬼はウチの使うものよりは多少弱くとも【悪苑の殲撃シュグロード】を使えるし……神殿に数万体ぐらいいたかな? 全部野に放てば、世界はきっと大混乱……それでもいいの?」
「……ダメだな」

 村1つを吹き飛ばす威力があるあの技を使えるのが数万体。
 太刀打ちしようがないのは明らかだし、万一倒しても人間の悪意に還るわけだから、さらに混沌とするだけだろう。
 魔物を放つのは、現実的な話じゃないな……。

「多分、今日は苦労してると思う。ウチの悪意の分の魔物を作らなきゃいけないはずだから、また人骸鬼ができてるはず……」
「……待ってくれよ。別に魔物を作るのは良いんじゃないのか?魔物を増やせば、世界は善意だけになって平和になるだろ?」
「それだけの魔物を入れる施設もないし、なにより、魔物を制御できなくなったときのことを考えなよ」
「……そうか。うーん、難しいな」

 制御できなくなれば神殿とやらも破壊されて、世界が魔物に蹂躙されてしまう。
 それは避けないとな。
 だったら、今の魔物の数でも結構抑えてる方なのだろう。

「……だから、悪意の塊であり、少しぐらいは自我を保ってたウチは尊い存在だった……どうしてくれるの?」
「……俺たちだって、死にたくないんだから仕方ないだろ? それに、今初めて知ったんだし……」
「……そうだね。じゃあ、仕方ないか」

 言いながら、ノールは静かに立ち上がった。

「寝る。もう襲ったりしないから、また明日お話ししてあげる」
「……あぁ、おやすみ。話してくれてありがとうな」
「…………」

 無言のまま、ノールは去って行った。
 まだまだ仲良くなれそうにはない。
 それはさておき、段々とややこしい話になってきたな。
 膝の上で眠る相棒に、一刻も早く相談したいぐらいに、な。

「……夜、なげぇ〜……」

 結構話したつもりだったが、まだ月は真上ぐらいにあり、フォルシーナが起きるまでは時間がかかりそうだ。

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