連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/95/:真相・③

 村全体が燃え上がっていた。
 どこかの誰かが後先考えずに燃やしたらしい。
 結果として、村全体が乱戦状態だった。
 住まいがなければ寝ている隙に殺されてしまう。
 だったら殺される前に殺そうという算段なのだろう。
 私たちに青魔法で火を消す暇もなく、襲われて参戦する羽目となった――。

 何人も殺した。
 代わりに体はもう動かなかった。
 ボロボロになって私は地に平伏す。
 だけれど、お母さんだけは立っていた。
 片腕を落とし、血を流しながらも――。

「……立てる?」
「…………ちょっと……むず、かしい……」
「……無理しないで。暫くは、こうしていましょ……」
「……うん」

 私の横に、余った右手で左肩を抱いたお母さんが腰を下ろす。
 周りは地獄だった。
 あちこちに散らばった死体、血だまり、未だに燃え尽くさん炎はボォボォと燃え、夜を赤く染めていた。
 安定した生活を送っていたのに、これ。
 どこまで世界は私たちに酷な仕打ちをするのかと、謂れのない怒りに歯噛みをする。

「……お母、さん。だい……じょう、ぶ?」
「……片腕がなくなっただけ。痛いけど、すぐに止血もしたし、死ぬことはないかも」
「……よかっ、た……」

 死ぬことはないと聞いて安堵する。
 死なないと言い合ったんだ。
 約束は……破らないでよね。

「……だけれど、これからどうしよう。村から村は遠いし、草や動物が上手く狩れればいいんだけど……」
「……その話、後でも、いい?」
「あ、ごめん……喋るのも辛いよね?後にする……」
「……うん」

 私は無色魔法に吹き飛ばされてあちこちが痛いだけで、多分、数日もすれば痛みも取れる。
 骨は折れてなさそうで、暫くはお母さんに代わって狩りをしそうだと予感した。

「……疲れちゃったね」
「……う、ん」
「これだけ火があると、人も寄り付かないと思うし、私は寝るね? 寝てても死体と間違われそうだし……大丈夫かな」
「……そう、かも……?」

 確かに、死体と変わらないかもきれない。
 消耗しているなら、眠った方がいいだろう。

「――まだお眠りには早いぞ」

 その時、怜悧な男の声がした。
 お母さんが勢いよく顔を上げ、すぐに青ざめる。
 私も、何事かと、顔だけ前を見た。

 目の前には着物の上から銀の甲冑や草摺を付けた、顎髭の生えた男がいて――右手には白銀の刀がその白身に炎を照らしていた。

「あ、あな、貴方は……」
「……? おや、覚えておいでか。まぁ何回も抱いたしな。記憶に焼き付いてても仕方ないか」
「……っ……うっ……」

 お母さんが嗚咽を漏らしながら震えだす。
 お母さんの過去と、何か関連がある人なのだろうか……?

「あぁ、失礼。名前も名乗ってなかったな。私はファリュイア・シュテルロード。東の大国、フラクリスラルで侯爵をしている」

 私の目を見て何を思ったのか、自己紹介をする男。
 フラクリスラルだの侯爵だの、よくわからないが……偉い人?

「……何をしに、来たのですか?」
「貴様の首を貰いに来た。貴様に遠隔投射魔法を掛けて『西大陸で出産した子供の育成』について研究したが、もう不要らしい。4色も使える奴だ、万が一他人と徒党を組んで東に来られても面倒だろう。まったく、国も侯爵にこんな汚れ仕事を任せるとはな」
「……ツッ!」

 悪態つく男と私をお母さんは見比べた。
 男はお母さんを殺すと言った。
 そんな、事は……。

「火を点けたのは貴方ですか……?」
「いかにも。戦うのも億劫でね、君を弱らせるために争いを誘発したんだ。いっそ死んでてくれれば私が手を汚すこともなかったのに、生き延びるなんてね……」
「……私は、死ねない……」
「ほう? ならばそこの子を殺そう」
「!」
「…………」

 思いついたように男が言う。
 お母さんの顔色は、益々悪くなった。

「それだけは……どうか、それだけは……」
「別に私としてはどちらでも良いのだ。ガキまで殺せとは命令されてない。貴様の首さえあればな」
「…………」
「お母……さん……」

 別に、私は死んでも構わなかった。
 お母さんはずっと私を守ってくれてきた。
 だから、今は私が、なんとかしてお母さんを守りたい。
 なのに、体が動かない……。

「……私がおとなしく死ねば、いいのね?」
「そうだ。私は貴様らと違って忙しい。無駄話も尽きたか、殺させてもらう」
「…………」
「逃げ、て……お母、さん……」

 お母さんはまだ動けるはず。
 赤魔法で筋力を上げれば逃げられるはずなのに……。
 なのに、お母さんは立ち上がって、男に近付くだけ……。
 そっちじゃない……。
 ダメ、逃げて……。
 私なんかのために……死のうとしないで……!

 立ち上がろうと腕を地面に立てる。
 だけれどすぐにふらついて倒れてしまう。
 なんで私は……なんで立てないの……!

「お母さ――!!」
「さらばだ、姫よ」

 綺麗な一閃と共に、一つの首が宙を舞った。
 絶たれた体から飛び出す血が一瞬だけ雨のように降り、残った血肉と血塗れの金髪が地に落ちる。
 飛んだ首は男の腕に収まり、髪の毛を引っつかんでそのまま持ち去ろうと踵を返した――。

「――アァァァァァアア――ーッ!!!!!」

 怒りに任せて叫んだ。
 先程まで動こうともしなかった足で立ち上がり、地を踏みしめる。
 両手には炎を灯し、涙を流しながら男を睨みつけた。

「……なんだ?」
「殺すっ!! 絶対にっ……殺すっ!!!」
「……面倒な」

 男が血を払って剣を仕舞い、首を掻いた。
 その動作で私の怒りは有頂天となる。
 全力で赤魔法を使う。
 地を蹴れば、刹那には男の眼前に私は居て、炎の拳で殴り付ける――!

「ふんっ」
「あぐっ!!?」

 拳が届く前に、ちょっと気合を出したような声で放たれた膝蹴りに、私の体はくの字に曲がった。
 たった1撃で、私はまた地にひれ伏してしまう。

「……ハァ。情けだ、小娘。殺さないでおいてやる」
「あ……ぐ、うっ……!」
「ここでせいぜい苦しんで死ね。さらばだ」

 捨て台詞を吐いて、男は去って行った。
 私は痛む腹を抱えながら泣いた。
 自分の弱さをが嫌で。
 お母さんを守れなかった自分が嫌で。
 夜が明けても、私は泣き続けていた――。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品