連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/80/:花見・中編

  街近辺は当然ながら水を引いている。
 そうじゃないと水が無くて生きていけないから当たり前だが、水は川から寄越しているわけで、その川のほとりでフォルシーナは体育座りしていた。
 向けられた背中には何処と無く哀愁が漂っていて近寄り難い。

「……おーい、フォルシーナ〜」
「……なんですか、ヤララン」

 こちらに目もくれず、気怠そうに返事を返してくる。
 俺は深くため息を吐いて、石のじゃりじゃりいう川辺に足を入れた。
 フォルシーナの横にゆっくり腰を下ろし、両手を後ろの石に伸ばして座る。
 自然と上を向く顔は青空があり、絵画の額縁がくぶちのように木に成る花が映った。
 こんな気持ちのいい空だというのに、フォルシーナは何をグズっているんだか……。

「どうしたんだよ、お前らしくもない。嫌なことがあったなら言えよ」
「……別に嫌なことが、あったわけじゃないです……」
「……じゃあ、なんだよ?」
「…………」

 フォルシーナは顔を伏せたまま黙った。
 言われなければ解決しようがないのに、どうするんだよ……。

「…………」
「……ごめんなさい。少し感傷的になってるんです……。また、いつも通りになるから……大丈夫」
「……別に、無理して元どおりにならなくてもいいけどな。昔は敬語じゃなかっただろ?」
「ヤラランには、昔から敬語ですよ……」
「様付けはしなくなったけどな。もっとフランクな方が俺的には気遣わずに済むんだが……」
「……気遣ってます?」
「いや、微塵も」

 今の問いの時だけ顔を上げたが、俺の返答にまた頭を落とした。

「気遣わずになんでも言うぞ、俺は。もう切っても切れない関係だしな」
「……。……私は……」
「……ん?」
「結構、気遣ってるんですよ?」
「知ってるよ。寧ろ、気遣い過ぎだ」

 フォルシーナはまた顔を上げた。
 その顔はどうにもショボくれていて赤い瞳は半分しか開いていない。
 彼女の気遣いに、俺は随分助けられている。
 まず第一にここまでついて来てくれた事自体に疑問を感じている。
 ここは殺しなんて普通の場所だと、それを知っていて俺について来た。
 敬愛だなんだのと、そんなものでついて来ていいもんじゃないだろう。
 次に、キィの事だ。
 存外、2人になる事が多かった。
 俺と仲良くして欲しかったのだろう。
 だってキィは――。
 …………。

「気付いていて、それでも私に気遣わせてたんですね?」
「やめて欲しかったのか?」
「いえ。そんなことは決してないです」
「…………そうかいっ」

 フォルシーナは、聡い。
 普段はふざけていようと、それが無駄なことなのか必要なことなのか俺には判断が付かない。
 だから何も止めなかった。
 無理してるのか?嫌じゃないか?
 そうやって、訊いてやらなかった。
 フォルシーナ自身も今、やめて欲しくないと言った。
 なら、これで良かったのだろう。
 俺たちの身のためを思って行動してくれたことに、なんら変わりないのだから――。

「――いつもありがとうな、気遣ってくれて。本当に感謝してるよ」
「…………」
「お前がいなきゃ、心細くて何もできなかったかもしれん。いつも背後にいると信じてるから、俺はなんだってできるし、やってる……。まだまだ大陸の百分の一も行けてないけど、ここまで来てるのだって過去の成果のお陰だし、お前の知恵のおかげだろ? だからすっげー感謝してるんだぜ?知ってたか?」
「……いえ」
「だろうな。どうにも感謝だけは、口で言わねぇと相手に伝わらねぇなぁ……」

 言って、俺は苦笑した。
 気遣ってくれてるとはわかっていても、具体的に何をしてくれてるのかわからないのに感謝する。
 考えてみると、少し奇妙なことだ。
 だったらそんなまどろっこしい言い方はやめよう。

「いつも一緒に居てくれてありがとうな、フォルシーナ」
「…………」
「これからもよろしく頼むぜ?俺の元離れやがったら世界中から探してやるからな。俺と出会った事後悔しても遅いぜ? ざまぁみろ、ハハハハハッ!」

 笑い飛ばす。
 フォルシーナの変な憂いを取り払うように。
 だが、フォルシーナは未だに顔を上げなかった。

「……どうして貴方は…………そんなに、簡単に……感謝を口に、できるのですか……」

 涙声で、鼻をすすりながら訊いてくる。
 そんなものは第一に、口にしなきゃ伝わらないからだが……あえていつもの言葉を使おう。

「俺が世界一善魔力が多いからに決まってんだろ?」
「…………」
「って言っても、流石に恥ずかしくて普段は言えねぇけどな。というか、普段から言ってたら気持ち悪いだろ?」
「……そうですね」
「お前にいつも言われるようにモテないからな。自粛だよ」
「……無駄な努力ですね」
「うるせー……」

 いいんだ、別にモテたいなんて願望はないから。
 良いことだけしてれば俺は人生ハッピーなんだよ。

「……。ありがとうございます。多少元気が出ましたよ」
「そうかい、そりゃ何よりだっ、と」

 気力も回復したようなので、俺は立ち上がった。
 そして彼女の背中に微笑みかけ、頭をわしゃわしゃと撫で繰り回してやる。

「じゃ、先戻ってるから。お前も早く戻ってこいよ?」
「……はい」

 弱々しい返事だったが、それで十分だった。
 きっとすぐ戻ってくると信じられたから……。
 俺は一つ頷いて踵を返し、そのまま森の中へと戻って行った。

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