連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/73/:解消

「何があったのかと思いましたよ」

 窓から家に戻った俺に、フォルシーナが真っ先に言ってきた。
 俺は彼女から渡されたタオルで頭を拭きながら話を聞く。

「【七千穹矢ななせんきゅうや】で雨雲を吹き飛ばしたのですか。しばらくはいい天気ですね」
「世間話なら後でいい。フォルシーナ、ちょいと協力しろ」
「……はいはい」

 面倒そうに相槌を打ちながら、俺の後ろにいるミュラリルに白のタオルを渡す。
 普通に迎え入れられてるミュラリルはタオルを持ちながら難しい顔をしていた。

「やるのは遠距離魔法の断絶……ですね?」
「当然」
「……ということは、【孤立結界アイソレート・プロテクト】を使った逆探知ですか。【感情の四角形エモーション・スクエア】まで使うのは嫌ですからね?」
「できれば俺もそうしてぇよ」

 感情の四角形エモーション・スクエア、あんなものは2度と使いたくない。
 だが、ミュラリルに作用している魔法によっては……使わざるを得まい。
 失敗さえしなければ、有害ではないのだし……。

「ちょっとスペース開ける。キィとカララルは少し出ててくれ」
「あん? おう」
「はーいっ」

 室内にいたキィとカララルを退室させ、俺に充てがわれたこの部屋は3人だけになる。
 そしてすぐ、指示を出していく。

「ミュラリルはそこで立っててくれ。フォルシーナ、【自動探知オート・サーチング】をーー」
「もう出してます」
「わかった。じゃあ始めよう」

 フォルシーナが自身の目の前に青い四角形を展開しているのを確認し、俺はフォルシーナの方に左手を、ミュラリルの方に右手を伸ばして魔法を放つ。

「【無色魔法カラークリア】、【感知の同調チューニング・パーセプション】、【孤立結界アイソレート・プロテクト】」

 魔法名を呟いた刹那、白い直方体の箱がミュラリルを閉じ込めた。
 【孤立結界アイソレート・プロテクト】は無色魔法の究極系とも言える魔法。
 その箱の内なる世界と外なる世界を術者である俺以外の力は作用せず、完全に隔ててしまう。
 もう俺たちにミュラリルの姿は見えず、声も聞こえない。
 【感知の同調チューニング・パーセプション】はその名の通りで、感知したものを別の媒体にも伝える

「……遠隔投射魔法を感知、分析します」

 フォルシーナの見ていた青いパネルには、白い文字がビッシリと埋め尽くされていた。
 解析、というが、彼女はその文字を読んで目を泳がせる。

「……これはまだ透視する能力だけですね。断絶させるには彼女の身体データが必要です。どこか、体に発信機のような魔法印があるはずです」
「了解。【身体解析フィジカル・アナライズ】」

 再度、白の箱に閉じ込められたミュラリルへと魔法を投げかける。
 無色魔法で解析するものを限定して空間を解析する魔法。
 特に痛みはないし、これで終わればいいがーー。

「……体には何もありません」
「……魔力に作用してると?」
「はい」
「【魔法解析マジック・アナライズ】」

 次に、魔法について解析する。
 フォルシーナの顔は梅干しでも食べたかのように酸っぱそうだった。

「んー……これですか。遠隔投射についてはありましたよ」
「なんとかなるのか?」
「こっちでなんとかできますね。フッ、私が読んだ魔法書の数は862冊、もう内容ほぼ覚えてませんが、それでもこの程度は朝飯前ですっ」
「御託はいいから早くしろよ」
「はいはいっと」

 フォルシーナが青いパネルに刻まれた白い文字を摘んでブチっと取って行く。
 文字は空間に触れた瞬間に消え、空いたスペースにはフォルシーナが指で文字を書いていく。
 ずっとその連続だった。
 フォルシーナは青の四角形から目をそらすこともなくまばたきも忘れ、時には何度も連続で文字を取って指で俺には読めない文字を書いていく。

「……終わりましたよ。フラクリスラルの北東部にモラップ砂漠があったでしょう? あそこが見えるように改竄しておきました」
「終わりか?」
「ええ。終わりです。やってるうちに、体の中に【青魔法】の【血爆破ブラッド・ブレイカー】ってのがありまして、それも消失させておきました。おそらく、ミュラルルの死因もこの【青魔法】だったんでしょう」
「……そうか」

 ミュラルルの死因、か。
 ミュラルル、よかったな。
 お前の妹は助かりそうだぞ……。
 …………。

「……? ヤララン、終わりですよ。魔法の解除を」
「え? あ、あぁ……」

 言われて俺は少し慌てながら魔法を解除する。
 白い箱はパタリと開いて中からは目を丸くしたミュラリルが出てくる。

「な、なんでしたの? 一体……」
「お前にかかった魔法を全部解除した。もう死ぬ心配もねぇし、お前は自由だよ」
「……自由、ですの?」
「あぁ、そうだ」
「……そうですの。じゃあわたくしは、これから一体何をすれば」

 すんなりと自由という言葉を受け入れながらも困った顔をするミュラリル。
 元王女様、だっけな。
 自由になったらどうするかわからねぇよな。
 けど自由は少々お預けしてもらおう。

「ひとまず、俺たちに話を聞かせてくれ。アルトリーユは何故、悪い人を作ろうとするのかをーー」

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