連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/43/:狙いの男

 ナルーの話を聞いて、俺たちは暫く沈黙していた。
 ただただ感動した時っていうのは何も言えないものなのだ。
 少しして、漸く俺の重い口は開いた。

「お前達は、ずっと守ってたんだな……」

 何を、とは言わなかった。
 守られていたもので思い浮かぶのは1人の少年のみ。
 彼の事を、1年も、外部の者を寄せ付けずに守ってきたというのが、わかるだろう。

「……そんなに大それた事ではございませんよ。守りたいものを守ってこられたというよりも、これからも守れるかが肝ですから」
「だとしても、俺はお前を尊敬するね。メリネスって人も、生きていれば是非一度談話を願いたかった」

 亡くなってしまわれたのが残念でならない。
 だが、1年前なら俺はこの大陸にも降り立っていないし、メリネスなんて人を知る由もないのだ。
 店など構えず、さっさと此処に来ていれば良かったのに――。
 そんな後悔は無駄だ。
 それに、コイツらの努力を無駄という事と等しいから口をつぐむ。

「メリネス様もきっと、優しい人間にお会いしたかったでしょう。もしや、貴方とならば談笑なさったかもしれませんね」
「……かも、な」

 ともあれ、会うことは叶わないようだが。
 なんとも惜しい話だねぇ……。

「それで、本題です。訊いてもらえますかな?」
「なんなりと言え。いいよな、キィ?」
「もちろんだ。つーか、私はヤラランに従うから同意はいらねぇよ」
「……そうかい」

 猫を撫でくりまわしているキィに了承を得る。
 同意を求めないのは果たして信頼されているからなのか投げやりだからなのか。
 俺にとっちゃ好都合だから別に文句も言わないのだがね。

「それで、本題は?」
「はい。ここ1ヶ月、どうも人間の侵入が多いのです。本日も貴方方に侵入されましたしね。そこで、戦闘になった時に手助けしていただきたいのです」
「そんだけ?」
「それだけ、と申されるかもしれません。ですが、こちらとしては人間は大変な脅威です。特に筋力増強の【赤魔法】と視覚で捉えられぬ【無色魔法】相手だと、犠牲を覚悟しなくてはなりませんから」
「……確かにな」

 赤魔法使う者相手では今朝みたく追いつけず、無色魔法は攻撃が避けられないし、結界もある。
 戦闘ならば攻撃手段が爪や牙の物理攻撃しかない動物達では苦しいだろう。

「さらに、追い返しても何度も訪れてくる者が2人居るのです」
「ほう?」
「1人は先程の話で出てきた黒いコートの男です。まだ生きていたらしく、復讐のために訪れては猫を1匹攫って去っていくようです。証言は別の猫から得ました」
「……はーん。復讐ねぇ……」

 先に手を出したのに復讐とはこれいかに。
 なんて、相手が卑劣だのクソ野郎だのと俺が思う必要もない。
 ようはぶっ倒して【羽衣正義】をかましてやれば良いんだ。
 【無色魔法】を使うとわかってる分、戦いも有利になるであろう。

「もう1人は?」
「赤い着物の女です。狂った言動を繰り返し、【黄魔法】と【赤魔法】を使います」
「…………」
「……なぁ、ヤララン。それって……」
「あぁうん、わかってるよ」
「?」
「さーて、どこから何を言ったら良いのやら……」

 俺はナルーに羽衣正義の能力と、それによって赤い着物の女、つまりはカララルがどうなったかも説明した。
 もう彼女は脅威ではない、という事を踏まえて説明する中で、ナルーは何度も頷きと相槌を返してくれた。

「そうですか。お仲間になったというなら信用致しましょう。私としても、貴方方を信用していたい」
「今頃は俺の村の中だ。もうここに危害が及ぶこともねーよ」
「オホホ、そうですか。少しは安心できますね」

 ナルーの理解は深く、赤服の仲間だからと憤る事もなくこの件は片付いた。
 ならば当面の目標ターゲットは1人に絞られる。

「それじゃ、俺らは黒コートの男……んん、面倒くさいからコート野郎でいいや。ソイツを【羽衣正義】か、しくはもうここに来たくないと思えるぐらいコテンパンにすればいいわけだな?」
「それが最善です。しかし、万が一こちらに被害が出るようであれば……」
「そーなったら俺も一切遠慮はしない。誰かが危険にあると判断したら、敵を殺す事を最優先に動くさ」

 猫が頭に乗ってるから威厳もないが、真摯な瞳でナルーの目を覗く。
 人を殺す、そのくらいの覚悟はある。
 人に襲われ、戦闘になり、殺さないこと、無傷であること。
 そんなことだけを望んでても叶わないことがあるのも分かってなきゃ、いつか来ると思ってなきゃいけない。
 結構長い日々をこの大陸で過ごす以上は、な……。

「……助かります。貴方は、殺しをしたくない人でしょう。辛い思いをさせることがないよう、こちらも最善を尽くします」
「サポート来る前に終わらせてやるけどな。というかサポートはいらない。俺は強い……よな? キィ?」
「んあ? おう。少なくとも魔法なら右に出る奴はいねーんじゃねぇか?私から見たら動きがちょい鈍いが、どうにもそんじょそこらの奴に殺されるとは思えねぇよ」
「と、いうわけだ。だから全員どこかに隠れてるかなんかしているといい」

 魔法なら右に出る奴はいないとダルそうにキィが言ったが、おそらくその通りだろう。
 そして動きが少し悪い、まぁこちとら傭兵でもなんでもない商人だったから仕方がない。
 けれど戦闘に経験がないでもないんだ。
 実は村でも模擬戦闘は何回かしてみたんだ。
 魔法なしでね。
 動きもちょっとは良くなったであろう。

「わかりました。応戦しやすい配置に隠れることにします」
「おい、今何聞いてたんだよ……。まぁいい、よろしく頼むぞ」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。では、これにて」
「ああ、後でまた会おう」

 ナルーは踵を返し、上に乗る猫が落ちないようのそのそと去って行った。

「なぁ、ヤララン」

 途端、ほぼ蚊帳の外だったキィが尋ねてくる。

「ん? なんだ?」
「私はさ、メリスタスの気持ちが少しはわかるよ。私も母親一つの手で育てられて、その後母さんが死んでからは1人だったから」
「…………」
「私、メリスタスとあそんでくるよ。ヤララン、また後でな」
「……あぁ。行ってこい」
「おう」

 キィも猫を置いて立ち上がり、駆け足で去って行く。

 キィの今まで生きてきた話は村で聞いていた。
 しかし、その事は極力思い出さないようにしている。
 どうにも人の過去というのは、良い話でない事が多いようだ。

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