連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/28/:ブワワッ

 軽く海沿いまで飛んでから俺が戻ってくると、キィは起きていた。
 落ち着いたのか、フォルシーナの横にちょこんと体育座りをしている。
 赤服の女はまだ起きておらず、眠っていて、フォルシーナはキィの隣から草に降り立った俺に駆け寄ってきた。

「おーう、ただいまー」
「ただいまー、じゃないですよっ! キィちゃんに何したんですかっ!」
「あ? 俺は何もしてねぇよ。さっきブワワッ草っての食って勝手に泣いてたぞ」
「え? あぁ、そういうことですか、あの草を……」

 食って掛かってきたフォルシーナは納得したのか、頭を掻いて口をへの字に曲げた。
 訊いてくるってことは、起きて1回暴走したのだろうか?
 んまぁ今は平気ならどっちでもいいんだけど。

「それより、赤服は大丈夫なのか?」
「えぇ、【羽衣正義】で斬りましたからね。悪意満点の様子でしたし、起きた頃には泣いて詫びるでしょう」
「……いや、【羽衣正義】ってなんだよ」
「昨日言った善悪の交換です。指示を剣に与えれば魔力消費なく勝手にやってくれるんですよ」
「あー……」

 まぁ痛みは残るみたいですね、と言葉を続けるフォルシーナ。
 なるほど、あれだけ殺意の強そうな奴なら善悪取っ替えるだけで敵でもなくなる。
 羽衣正義ねぇ……。

「良いネーミングでしょう?」
「やめろ、昨日と同じ事言わせんな」
「ぐぬぬぅ…… !カッコいいでしょう【羽衣正義】! もうっ! ちょっと聞いてくださいよ!」

 これ以上喋っても面倒臭いので俺はしゃがみ、隣のキィに話し掛ける。

「どうだ、キィ?落ち着いたか?」
「……おう。なんかすっげぇ疲れてんだ。あばらとか痛ぇし……暫く休ませてくれ」
「わ、わかったよ……」

 まぁ、あんな絶叫あげて、鉄のメイルに抱きつきゃそりゃ疲れてるし痛いだろ。
 げっそりとした様子だし、放っておこう。

「あ! そういえばキィちゃんの着物がたるんでましたけど、ヤララン何したんですか?」
「はぁ!? な、何もしてねぇよ……」

 このタイミングで上からフォルシーナが詰問してくる。
 キィも顔を上げ、「なんだ?」と頭に疑問符を浮かべた。

「その反応……何かしましたね……」
「いやいや誤解だっつの! コイツが俺を救世主かなんかと勘違いして抱きついてきたから着崩れしたんだ! うん!」
「ほほぅ? キィちゃんはその時の記憶がないんですよね?」
「覚えてねーよ。ブワワッ草はそういうもんだからな」

 肝心の当事者は平然と答える。
 どうでも良さそうだな、おい、自分の体だろうが。

「という事は、記憶が無い間、都合の良いように……」
「いやいや! マジで何もしてねーよ!さっきの件といい、お前マジでぶっ飛ばすぞ!?」
「おやおや、事実を言われて悔しくなって暴力ですか……幻滅しました……」
「お前! 笑いながら幻滅したとか説得力ねぇぞ!」
「……まぁそもそも、男女1対2で今まで手を出されなかったのがおかしいんです。ヤラランも私の知らぬ間に男に……」
「なってない! 性別的には男だけど、そういう男にはなってねーよ!」
「この時代で齢16にもなって男じゃないって……ねぇ?」
「よし、フォルシーナ。久々にタイマンしようか」

 ここは1回説教というか、しつけをした方がいいな。
 俺は極めて爽やかな笑顔を作り、フォルシーナの肩にポンと手を置いた。
 お?なんか冷や汗かいてるな?
 ちょっと着物が湿ってるし顔も引きつってるぞ?

「じ、冗談ですよ。ほら、離してください……」
「ん? なんだって?」
「ヒィイ!!」

 俺が手の力を強めると情けない声を出す。
 んん? どうしたんだ〜?

「やめてやれよ、ヤララン……失神するぞ」
「……チッ。キィが言うからこの辺にしてやるよ」
「は、はぁぁぁぁ……」

 ヘナヘナとフォルシーナが崩れ落ちる。
 あんまり調子にのるんじゃないよ、まったく。

「つうかキィ。あんまり辛いなら【黄魔法】で癒してやろうか?」
「いや、そこまでじゃねぇよ……大丈夫だ」
「ならいいんだがな……」
「……やっぱりお二人、出来てるんじゃ「土に埋まってみるか?」いやぁヤララン様の従者やれて幸せです! はい! もう口答えとかしませんよええ!」
「…………」

 都合の良い奴め。
 長旅でコイツも随分ひねくれたな。
 あーもう、空飛んでる間に考えてた事忘れちまったよ。
 ここ戻ってきて何かしようとしたんだが……もういいか。

「んで、あの女はどうするんだ? 俺たちはお前が作ったっていうマフラーでさっさと飛んで行きたいんだけどな」
「【羽衣正義】の効果を検証したいので、起きるまで待ちましょう。この効果次第で今後のやり方も変えなくてはいけませんからね」
「そうだな……。あ、そういやアイツの腕折っちまったんだ。治さねぇと……」
「え? 敵に塩を送――ああもう、聞いてないですし……」

 フォルシーナが何か言っているが、無視して赤服に近寄った。
 頭を隠すように腕を構えたまま動きは停止している。
 全身に蔓が張っていて可哀想な姿だが、近付いてみると血の匂いもして憐憫の情は薄れた。
 それでも人に重症まで負わせたのが嫌で、回復のために黄魔法を発動した。

「【黄魔法カラーイエロー】、【治癒ヒール】」

 女の腕に向かって手をかざし、黄色い光を放つ。
 少し曲がった腕は一直線に戻り回復したであろう。

「…………ん?」
「お、起きたか?」

 治療が終わるとほぼ同時に女が目を開けた。
 治癒ヒールを止めて俺は女の顔を覗き込む。
 女も俺の顔を見て、何故かダラダラと冷や汗を掻き出した。

「……おい、だいじょう――」
「うわぁぁぁああああああああああ!!!」
「お前もかよっ!!」

 なんだかよくわからない絶叫を喰らい、ツッコまずにはいられなかった。
 なんだ、さっきのはブワワッ草のせいなのか?
 だとしたらほんと申し訳ないんだが……。

「あ、あの!」
「あん?」
「すみませんでした! 本当に申し訳ありません!! 突然襲って本当にごめんなさいっ!!」
「あ、あぁ……」

 大変な勢いで謝罪してくる赤服。
 でもまぁ、腕が上になってるから必然的に下向いてるんだけどな……。
 …………。
 ……流行ってんのかな、ブワワッ草……。

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