連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
ヤラランとフォルシーナ
善意とはつまり、親切にしてあげたいという心。
東大陸――特にフラクリスラルという国は善意を持った人達が集まっている。
それは過去の大戦で西大陸を降し、悪意を持った人間とトレードを繰り返しているから。
フラクリスラルでは毎日ブンチャカブンチャカと音楽の演奏が繰り返され、西大陸では強盗、わいせつ、殺人、とにかく犯罪が毎日のように行われている。
しかし、そのことを知っているのは上の人間だけ。
市井の民衆はただ幸せに、フラクリスラルの音楽文化を謳歌していた――。
ここは魔法のある世界、サウドラシア。
善意と悪意の総量が魔力になる不可解な世界。
人間達は善意と悪意が増えることで強くなる、皮肉な世界――。
「……アッホみてーな話だなー、こりゃ」
朝から草原の中心にある切り株に胡座をかいて座り、従者であるフォルシーナの集めた情報資料をペラペラと捲る。
資料によれば、ナンパ男や客引きの少数にはカモを西大陸にそのまま連れ去り、国の統制を図っていたそうな。
他にも国の気に入らない人間を西大陸送りにするなど、バカも大概にしろと言いたいものだ。
犯罪が毎日起こるような国に送られるなど、どれほど嫌なことか。
「……まったく、私欲にまみれたバカばっかだな。つーか判断基準はなんだよ。悪魔力かってーのっ」
人の持つ悪魔力が判断基準だとするなら、どうやって測っているのか問いただしたいところだ。
測れたって、どうせ本気で悪魔力出すバカなんていないんだからな。
判断のしようがない。
どうせ実際は気に入らない輩を排除してるに過ぎないんだろう。
とても下衆な発想だ。
「はーぁ……これなら例のやつ作ってもらっといて良かった。資金だけは集めといたっからなーっ、と」
読み終えた資料をばら撒き、軽く伸びをする。
朝早くから出て来たからか、まだ俄かに眠かった。
「……何をしてるんですかっ、貴方はっ」
「んっ?」
少し怒った風な女性の声がする。
この場にいるのは俺だけで、呼ばれたのはきっと俺なんだろう。
だからこそ振り返る。
真ん中に分けた銀髪に金色の瞳孔を持った顔、ピンク色の着物を着て、1人の少女が静かに佇んでいた。
俺はこの少女のことを知っている。
知っているから、ウンザリしたように肩を竦めた。
「……なんだよ。尾けてきたのか、フォルシーナ?」
「尾けてませんっ。貴方はいつもいつも、1人だと危ないと言ってるのにいつの間にかここにいるじゃないですか」
「ん、まぁな。ここが1番落ち着くし」
「……落ち着くし、じゃありませんよヤララン会長。そんなんじゃ貴方が作れと言った“神楽器”を渡しませんよ?」
「はは、それは手厳しいな。あと、16歳に会長は辞めてくれ。お前まで言うと、みんなヘコヘコするだろ? 」
「……とか言って、ここに1人で来たことを流さないでくださいっ」
「うわっ、バレてるし」
なんとか話を流せないかと図ったが、フォルシーナも長い間俺を見てるだけあってよくわかっている。
だからこそ従者を任せられるというものだが、あまり過保護なのも面白くない。
「俺はわんぱくに世界を見るために行商をしてたんだから、自由行動するのは仕方ないだろう?誰かさんが勝手に、クソつまんねー都に店構えるからいけねーんだよ」
「もう東大陸は見て回りましたし、いいじゃないですか都。私、都会暮らしに憧れていました」
「あーあーはいはい、私利私欲ばっかじゃねーかよ……」
俺は12歳から行商人として旅に出た。
貴族の生まれであらゆる事にに恵まれていたが、鳥籠の中で自分の羽を毟るような生活は耐え兼ねたのだ。
4年間の行商の旅が終わったのは、俺に許可もなく俺を会長にしたて上げ、フラクリスラルの王都に店をデーンと構えたのだ。
勿論コネもあるし高い税だって払ってるから目をつけられることはないし、何しろ4年で“世界一の金持ち”になっていたのだから傭兵も居たし、いろんなパイプを通して王様とも仲良くなっていたから安泰だった。
だが、だが、もう冒険はできない。
美しい景色を見れない。
目新しい自然に触れられない。
都なんてつまんない生活だった。
「むぅ……ヤラランだって、この前は変な音楽集団と楽しそうに演奏してたじゃないですか」
「そりゃそうだ。音楽は良い。脳が幸せになる。踊れば体もな。けど、疼くもんがあるんだよ」
男に生まれたからには、ビッグな事がしたい。
金を稼ぐ、女を誑かす、世界を征服する――。
なるほど、それは結構なことだ。
それで幸せならな――。
「……王様は、良い奴だよな。何処かで不幸があってもこの国だけは理想郷にしようとしてる。そんな話を直に聞いたよ」
「……えぇ、私も会談の時には居りましたから、存じてます」
王様は年老いていた。
齢80を超えてなお、世界の何処かに理想郷があって欲しいと願ってこの国を作ったそうな。
西大陸が不幸であれ、そんなことは関係ないと――。
「――フォルシーナ。俺はこれからもう一度、大きな冒険に出る。今度は4年じゃ済まないかもしれない」
「…………」
「俺が何をしようとしているかわかるか?」
「……勿論、存じています」
「言ってみろ」
「……西大陸に向かうのでしょう?貴方は、そういう人です」
「よくわかってるじゃねぇか」
影の中に“悪”魔力を送る。
俺の保有する体内の少ない悪魔力はすぐ底を尽きるだろうが、小さな魔法を発動することは容易い。
そうして【黒魔法】が発動する。
黒の力は影、物質、悪意を操る力、俺は落とした書類を、影を伸ばして影の中にしまう。
一応国の機密事項、なので俺が後で処分しておくことにする。
「……貴方はっ“善”魔力が豊富です。常人には引けを取らないくらい。でも、何が起こるかわからない西大陸だなんてーー」
「バカが。俺は死なねぇ。世界一善魔力が多い男だぞ、俺は」
「自称、ですけどね……」
魔法を使うのに必要な善魔力、悪魔力は人の善意と悪意の量で決まる。
2つ合わせてエモーション魔法というが、それはまた別の時に。
俺は立ち上がり、背に括り付けた刃を引き抜いて、地面に突きつける。
そして勢いよく、俺は叫んだ。
「【緑魔法】!!」
剣を通し、俺の魔力は草原に注がれて行く。
整えられていただろう草は育ち、視界いっぱいには鮮やかな花が咲いた。
【緑魔法】は自然を操り、魔法を繋ぐための魔法。
辺り一面に花を咲かせるほどの【緑魔法】を、俺は使える。
「これに、"神楽器"という魔力増幅器が加われば戦う必要もない。強大な魔法でビビらせりゃ済む。暗殺も、結界を張れば怖くねぇ。それでも俺が死ぬと思うか?」
「……。思いませんよ。貴方を止めたい言い訳に決まってるじゃないですか」
「ふん、俺は俺の好きにやる。金なんざテメェにいくらでもやるから使ってればいい。俺はどうせ死ぬこの命、世界のために使ってやるよ」
「……そうですかっ」
瞼を閉じ、フォルシーナはため息を吐いた。
俺にとことん呆れ返っている模様。
でも良い。
呆れ変えろうが、世界のために、俺のために、この命を惜しまず使う。
それこそが俺の善意だから。
「……本当にバカなんですね、ヤラランは」
「バカに決まってるだろ。バカじゃなきゃ金持ちはやってられん」
「……はぁ、まったく。そんなんだから私は着いて行きたくなっちゃうんですよ」
静かにフォルシーナが片膝を着く。
その様子を見て、俺はニヤリと笑った。
「お前も来る覚悟はあるか?」
「この身は善意に誓って、貴方と共にあります」
「良いだろう。俺と行くぞ、フォルシーナ!」
「はいっ……あーもうっ、痛いですよっ」
頭を鷲掴みにして撫でてやる。
それでこそ俺の第一従者に相応しい。
「目指すは西大陸! 世界を変えるぞ!」
「はい、貴方のお心のままに」
俺は剣を引き抜き、太陽へと掲げた。
そしてここから、冒険譚が始まる――。
東大陸――特にフラクリスラルという国は善意を持った人達が集まっている。
それは過去の大戦で西大陸を降し、悪意を持った人間とトレードを繰り返しているから。
フラクリスラルでは毎日ブンチャカブンチャカと音楽の演奏が繰り返され、西大陸では強盗、わいせつ、殺人、とにかく犯罪が毎日のように行われている。
しかし、そのことを知っているのは上の人間だけ。
市井の民衆はただ幸せに、フラクリスラルの音楽文化を謳歌していた――。
ここは魔法のある世界、サウドラシア。
善意と悪意の総量が魔力になる不可解な世界。
人間達は善意と悪意が増えることで強くなる、皮肉な世界――。
「……アッホみてーな話だなー、こりゃ」
朝から草原の中心にある切り株に胡座をかいて座り、従者であるフォルシーナの集めた情報資料をペラペラと捲る。
資料によれば、ナンパ男や客引きの少数にはカモを西大陸にそのまま連れ去り、国の統制を図っていたそうな。
他にも国の気に入らない人間を西大陸送りにするなど、バカも大概にしろと言いたいものだ。
犯罪が毎日起こるような国に送られるなど、どれほど嫌なことか。
「……まったく、私欲にまみれたバカばっかだな。つーか判断基準はなんだよ。悪魔力かってーのっ」
人の持つ悪魔力が判断基準だとするなら、どうやって測っているのか問いただしたいところだ。
測れたって、どうせ本気で悪魔力出すバカなんていないんだからな。
判断のしようがない。
どうせ実際は気に入らない輩を排除してるに過ぎないんだろう。
とても下衆な発想だ。
「はーぁ……これなら例のやつ作ってもらっといて良かった。資金だけは集めといたっからなーっ、と」
読み終えた資料をばら撒き、軽く伸びをする。
朝早くから出て来たからか、まだ俄かに眠かった。
「……何をしてるんですかっ、貴方はっ」
「んっ?」
少し怒った風な女性の声がする。
この場にいるのは俺だけで、呼ばれたのはきっと俺なんだろう。
だからこそ振り返る。
真ん中に分けた銀髪に金色の瞳孔を持った顔、ピンク色の着物を着て、1人の少女が静かに佇んでいた。
俺はこの少女のことを知っている。
知っているから、ウンザリしたように肩を竦めた。
「……なんだよ。尾けてきたのか、フォルシーナ?」
「尾けてませんっ。貴方はいつもいつも、1人だと危ないと言ってるのにいつの間にかここにいるじゃないですか」
「ん、まぁな。ここが1番落ち着くし」
「……落ち着くし、じゃありませんよヤララン会長。そんなんじゃ貴方が作れと言った“神楽器”を渡しませんよ?」
「はは、それは手厳しいな。あと、16歳に会長は辞めてくれ。お前まで言うと、みんなヘコヘコするだろ? 」
「……とか言って、ここに1人で来たことを流さないでくださいっ」
「うわっ、バレてるし」
なんとか話を流せないかと図ったが、フォルシーナも長い間俺を見てるだけあってよくわかっている。
だからこそ従者を任せられるというものだが、あまり過保護なのも面白くない。
「俺はわんぱくに世界を見るために行商をしてたんだから、自由行動するのは仕方ないだろう?誰かさんが勝手に、クソつまんねー都に店構えるからいけねーんだよ」
「もう東大陸は見て回りましたし、いいじゃないですか都。私、都会暮らしに憧れていました」
「あーあーはいはい、私利私欲ばっかじゃねーかよ……」
俺は12歳から行商人として旅に出た。
貴族の生まれであらゆる事にに恵まれていたが、鳥籠の中で自分の羽を毟るような生活は耐え兼ねたのだ。
4年間の行商の旅が終わったのは、俺に許可もなく俺を会長にしたて上げ、フラクリスラルの王都に店をデーンと構えたのだ。
勿論コネもあるし高い税だって払ってるから目をつけられることはないし、何しろ4年で“世界一の金持ち”になっていたのだから傭兵も居たし、いろんなパイプを通して王様とも仲良くなっていたから安泰だった。
だが、だが、もう冒険はできない。
美しい景色を見れない。
目新しい自然に触れられない。
都なんてつまんない生活だった。
「むぅ……ヤラランだって、この前は変な音楽集団と楽しそうに演奏してたじゃないですか」
「そりゃそうだ。音楽は良い。脳が幸せになる。踊れば体もな。けど、疼くもんがあるんだよ」
男に生まれたからには、ビッグな事がしたい。
金を稼ぐ、女を誑かす、世界を征服する――。
なるほど、それは結構なことだ。
それで幸せならな――。
「……王様は、良い奴だよな。何処かで不幸があってもこの国だけは理想郷にしようとしてる。そんな話を直に聞いたよ」
「……えぇ、私も会談の時には居りましたから、存じてます」
王様は年老いていた。
齢80を超えてなお、世界の何処かに理想郷があって欲しいと願ってこの国を作ったそうな。
西大陸が不幸であれ、そんなことは関係ないと――。
「――フォルシーナ。俺はこれからもう一度、大きな冒険に出る。今度は4年じゃ済まないかもしれない」
「…………」
「俺が何をしようとしているかわかるか?」
「……勿論、存じています」
「言ってみろ」
「……西大陸に向かうのでしょう?貴方は、そういう人です」
「よくわかってるじゃねぇか」
影の中に“悪”魔力を送る。
俺の保有する体内の少ない悪魔力はすぐ底を尽きるだろうが、小さな魔法を発動することは容易い。
そうして【黒魔法】が発動する。
黒の力は影、物質、悪意を操る力、俺は落とした書類を、影を伸ばして影の中にしまう。
一応国の機密事項、なので俺が後で処分しておくことにする。
「……貴方はっ“善”魔力が豊富です。常人には引けを取らないくらい。でも、何が起こるかわからない西大陸だなんてーー」
「バカが。俺は死なねぇ。世界一善魔力が多い男だぞ、俺は」
「自称、ですけどね……」
魔法を使うのに必要な善魔力、悪魔力は人の善意と悪意の量で決まる。
2つ合わせてエモーション魔法というが、それはまた別の時に。
俺は立ち上がり、背に括り付けた刃を引き抜いて、地面に突きつける。
そして勢いよく、俺は叫んだ。
「【緑魔法】!!」
剣を通し、俺の魔力は草原に注がれて行く。
整えられていただろう草は育ち、視界いっぱいには鮮やかな花が咲いた。
【緑魔法】は自然を操り、魔法を繋ぐための魔法。
辺り一面に花を咲かせるほどの【緑魔法】を、俺は使える。
「これに、"神楽器"という魔力増幅器が加われば戦う必要もない。強大な魔法でビビらせりゃ済む。暗殺も、結界を張れば怖くねぇ。それでも俺が死ぬと思うか?」
「……。思いませんよ。貴方を止めたい言い訳に決まってるじゃないですか」
「ふん、俺は俺の好きにやる。金なんざテメェにいくらでもやるから使ってればいい。俺はどうせ死ぬこの命、世界のために使ってやるよ」
「……そうですかっ」
瞼を閉じ、フォルシーナはため息を吐いた。
俺にとことん呆れ返っている模様。
でも良い。
呆れ変えろうが、世界のために、俺のために、この命を惜しまず使う。
それこそが俺の善意だから。
「……本当にバカなんですね、ヤラランは」
「バカに決まってるだろ。バカじゃなきゃ金持ちはやってられん」
「……はぁ、まったく。そんなんだから私は着いて行きたくなっちゃうんですよ」
静かにフォルシーナが片膝を着く。
その様子を見て、俺はニヤリと笑った。
「お前も来る覚悟はあるか?」
「この身は善意に誓って、貴方と共にあります」
「良いだろう。俺と行くぞ、フォルシーナ!」
「はいっ……あーもうっ、痛いですよっ」
頭を鷲掴みにして撫でてやる。
それでこそ俺の第一従者に相応しい。
「目指すは西大陸! 世界を変えるぞ!」
「はい、貴方のお心のままに」
俺は剣を引き抜き、太陽へと掲げた。
そしてここから、冒険譚が始まる――。
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