それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

55.建創式へ

私達6人は、新幹線に乗っていた。新幹線なんていつ振りだろう。
2日前の水曜日、立花さんに源さんから連絡が入った。建設工事を始める段取りが整ったらしく、いよいよ金曜から始まる事になったと言う。建設前に必ず行なわれるという建創式に参加して欲しいという連絡を受けて、私達は朝早くから都心へ向かっている。
「ね、眠たい……。」
「天馬、着くまでは時間があるから寝とけ。」
「ありがとう、ございますぅ…。」
駅に着くまでの車の中から既に眠そうだった夏依ちゃんが、お礼を言い切ると共に眠り込んだ。
「こうやって皆で移動すると旅行に行くみたいッスね!」
私の正面で林田君が嬉々とした表情を浮かべながら、溌剌と話す。夏依ちゃんとのギャップが少し可笑しい。
「浮かれてはぐれるなよ。」
「竜胆さん、俺そんな子供じゃないッス!」
そんな言い合いを横目に、意識は自然と右側に向く。立花さんが夏依ちゃんの膝に自分のコートを掛けてあげたから。
暖房が効いた車内も足元は風が流れて肌寒い。寒そうに足を擦り合わせていた夏依ちゃんも良い顔でまた眠りに落ちた。
正面で女の子が寒そうにしていたら立花さんなら当然の様に掛けてあげちゃうよな、と納得と尊敬の気持ちで頷きたくもなるけど、羨ましいな、なんて気持ちがその下から湧き出てきてそれしか見えなくなる。
私の成長はと言えば、どうして、なんて醜い考えじゃなく純粋に羨望の目で見られた事だろうか。やっぱり先日きちんと話ができたのは大きい様に思う。それでも色々考えてしまうのはだめなところだな。
「金城。」
「はい?」
考えない様に顔を背けたら、反対隣で沙希ちゃんと竜胆さんが話を始めてしまった。2人は恋人同士な訳だしその間に入り込むのは気が引ける。そう思いつつ、竜胆さんの表情がいつもより色濃く見えて、本当は竜胆さんもはしゃいだりしてるのかなって無粋な事を考えた。
正面に視線を移すといつの間にか林田君も眠っていて、時折微笑んで千果さんの名前を呼ぶ。あれ以来進展については何も聞いていないけれど、林田君が幸せそうで何より。2人が並んで歩く姿を見られるのはいつになるかな。

最初はあまり気にならなかったのに今になって少し足元が寒くなってきた。着たままだったコートを脱いで膝に掛ける。タイツを履いただけの足は思っている以上に冷えたらしく、コートの上から摩るとじわりと体温が戻ってきた。……沢山着て来たけど、コートを脱ぐとやっぱり少し冷えるな。
「コート着ておいた方が良いんじゃないか。」
突然掛けられた声に反射的に、え?と返す。顔を上げると立花さんが眉を下げている。
「あぁ、でも足の方が寒いので。」
「これを足に掛ければいい。これで良ければ。」
そう言って自分のジャケットを掲げる。すぐにでも受け取りそうになるのを抑えて、尋ねる。
「でも、寒くないですか?」
「このセーターの防寒性、半端じゃないから。」
Yシャツの上に着た厚手のセーターを摘んで教えてくれる。それが本当かは分からないけどその心遣いが嬉しくて可愛らしくて、ふふ、と笑いを溢す。
「じゃ、お言葉に甘えて。」
受け取ったジャケットを肩に羽織る。ふわりと優しい香りが鼻を掠め、抱き締められているみたいに暖かくなる。ふと見ると立花さんは、私が足ではなく肩に掛けたからか驚いた様子でこちらを見ていた。
「床に付くと裾が汚れちゃいますから。」
そんな言い訳で逃げてみる。正面に向き直った目の端で、立花さんが小さく微笑んでそっと肩が触れ合うから、あぁ私もはしゃいじゃうな、って何だか素直に思った。


駅から暫く歩くと、大通りに面したビル群の真ん中に一際広い敷地を見つける。ここが今回ショップとカフェをオープンさせる場所。資材が幾らか運び込まれただけの敷地に、ここから始まるんだと何やら感慨深く思った。
「おう、来たか。」
源さんの声にお辞儀を返すと、片手を上げて応えてくれる。
「おはようございます。もう皆さんお揃いですか?」
「あーと、そうだな。今出た奴が戻ってきたら全員か。」
そんな会話が交わされた後、数人の男性達が敷地へと入ってくる。皆作業着姿だから関係者だろう。
「お、帰ってきた。
 10時前だが建創式始めるか。おい、ごん!」
「はい!」
「始めっから、全員集めろ。」
「了解ッス!」
若い男性が源さんの指示を受けて駆け出す。四方八方にいた男性達が全て集められ、源さんと私達の前に固まった。

「全員集まったな。建創式始めるぞ。」
拡声器を通して源さんが一言発しただけで、目の前の男性達は居住まいを正し真っ直ぐに源さんを見据えた。彼らにとってこの建創式が既に始まりなんだと気付かされる。
「建設にあたって、設計に参加してくれた
 Partnerの企画課の方々が式に参加してくれている。
 ちょっと挨拶してもらうか。」
源さんは隣に立つ立花さんにほい、と拡声器を手渡す。困惑した顔で受け取った立花さんは気を取り直して話し出した。
「只今ご紹介に与りました、
 株式会社Partner、企画課代表の立花と申します。
 本日はこの様な大切な式に参加させて頂き、
 誠にありがとうございます。
 皆さんの手によって店が形になっていく様を、
 間近で見ていく事ができるのは本当に喜びです。
 くれぐれもお怪我のない様、最後まで宜しく
 お願い致します。」
一礼をした表情が精悍で、やっぱりこの人はすごい人だなと何とも単純な感想が浮かぶ。
「建設終了まで、何度か見に来てくれるからな。
 お前等、綺麗なお姉ちゃんがいるからって、
 手出したり格好付けて失敗すんじゃねぇぞ!」
源さんが茶化して言う。真剣すぎて若干怖い顔になっていた男性達も笑い出す。万人には伝わらない冗談で私達は取り残された様に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「冗談はこれくらいにして。
 早速分担言うからしっかり聞けよ。」
「はい!」
「まずAからな。班長は白石。副班は山本。……」

「……以上。全員呼ばれたな?
 それじゃ、いっちょ建てるか!」
「お願いします!!」
地響きを起こしそうな程の掛け声を合図に、皆がわらわらと持ち場に動き出す。
「暑苦しいのに付き合わせて悪かったな。
 まぁ、この寒さには丁度良かっただろ?」
「連帯感がすごいです。流石源さんのチームですね。」
にかっと笑って言った源さんに立花さんが答える。あれだけの人数をまとめられるのも源さんの人望と仕事に対する熱意が伝わっているからなのだろう。源さんは鼻を擦りながら小さく頷く。
「チームなんて洒落たもんじゃねぇけどな。
 でも俺達の強みは全員との繋がりだわな。
 今日のところは大して面白くはねぇが、
 仕事ちょっと見ていくか?」

その申し出を受けて私達は作業する人達の隙間を縫いながら、各所で話を聞いた。それぞれ担当する人達を紹介しながら、源さんは「こいつは不器用でこれしかさせられねぇんだ。」とか「こいつ、でかい図体で怖がりでさ。」なんて意地悪にも教えてくれる。言われた人は皆「親父さん、それ言うなよー。」って笑いながら文句を言った。
それだけで関係性が分かる。強みは全員との繋がりだ、という言葉を反芻する。それぞれに信頼し合っているからこそ大きなものを作り上げていける。
「私達だって負けてないよねー?」
楽しそうに言う沙希ちゃんの言葉に、勿論、と自信を持って頷いた。

 

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