不思議な人

些稚絃羽

不思議な人

「ねぇ、一緒に生きようか。」


歩道橋の上。
女性の声が、背後から私にそう話し掛ける。
私は柵に足を掛けたまま、ゆっくり後ろを振り返る。
柵の上。
早朝の白んだ空に背中を預けて、そこに座るのは知らない人。


―そんなところに座ってたら、危ないですよ。
「そういう事はその左足を下ろしてから言おうか。」


仕方なく、両足をコンクリートの上で揃える。
改めて女性に向き直る。
―そんなところに座ってたら、危ないですよ。


「君は真面目だから、
 全てを終わりにしたくなっちゃったんだね。」


まるで私をわかっているかのように話す。
少し腹の奥がヒリついたけれど、何も言えなかった。


「思った事は言った方がいいよ。
 嫌な奴だな、って思ったでしょ?
 あたしも思ったもの。」


自嘲するように笑って話すその人は、
私と同じ空気がした。
遠くで蝉が鳴く。


「朝早く起きて、仕事に行って、帰ってきて、寝る。
 それだけのはずなのに、考える事が多すぎる。
 言いたいのに言えない事。
 言わない方がいいのに言っちゃう事。
 そうやって失敗ばかりなのに、
 人の何気ない言葉で傷付いたりして。
 ちょっと疲れちゃうよね。」


ゆっくり言葉を吐き出すその声は、
少しだけ心地良くて、ヒリついた場所を優しく撫でた。
遠くでクラクションが鳴る。


「あたしも君が立ってるその場所で、
 同じ事しようと思って来たんだけど。
 自分がしようとしてた事を他の人がしようとしてると、
 なんか冷静になるね。
 下を走ってる人達の気持ちとか。
 君に話し掛けなかった自分の事とか。
 借りたままの図書館の本の事とか。」


私とこの人は、やっぱり同じ空気がする。
それでもこの人は私よりずっと、強い人だ。
スニーカーが擦れてキュッと鳴る。


「同じ日に、同じ場所で、同じ事しようとしてる。
 ちょっと奇跡的な出会いだな、とか考えたよ。」


そう言って笑ったその顔は、
心から楽しそうで、嬉しそうだった。
鳥がすぐそこで小さく鳴く。


「ねぇ、一緒に生きようか。
 君の事何も知らないけど、
 生きるのが楽しくなりそうだから。」


柵から降りて、目線が同じになる。
近くで見ると少し幼く見えた。
いつの間にか私は、泣く。


「とりあえず暑くなってきたし、
 下のコンビニでコーラでも飲みながら
 これからの事、考えようか。」


肩を叩いてそう言う。
触れた手は生きる人の温もりがあった。
やっぱり私はまた、泣いた。


―コーラ、苦手なんです。
「おや、そうなの。そりゃいい事聞いた。
 君の事を何も知らないあたしじゃなくなったね。
 ご褒美におやつも買ってあげよう。」


―シュークリーム、が好きです。
「そうかい、そうかい。
 あたしはプリンが好きだなぁ。」


その人と入ったコンビニは、体の熱を冷ましてくれて。
その人が買ってくれたレモン飲料は、胸の棘を流してくれた。


―どうしてお金、持ってたんですか?
私が初めて投げかけた問いに、嬉しそうに笑って。


「だって、貴重品は身に着けておくものでしょう?」



「不思議な人」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「文学」の人気作品

コメント

コメントを書く