満月の美しい夜に…

ノベルバユーザー173744

人間の体…声こそ世界でもっとも美しい楽器です。

 月英げつえい瑠璃るりと手を繋いで、きゃっきゃとはしゃぐ可愛らしい少女を目で追うのはファッション誌の取材陣。

 美貌の瑠璃…世界の女神、歌姫『貂蝉ちょうせん』ではなく、母親である『瑠璃』として娘を見つめる優しい眼差しに微笑み。

 月英も男性だが、中性的な衣装のために性別不詳に見える。

 そして、二人を見上げながら可愛らしく笑っている少女…大きな青い瞳の幼い少女も、二人に劣らぬ美少女である。

「三人とも」

 声をかけるのは、光来承彦こうらいしょうげん

琉璃りゅうり?」

 にっこりと微笑む父親に近づき、顔を寄せてくる父親の頬にチュッとする姿に、カメラマンが目を見開く。

 承彦は怜悧で先程のように、厳しく切り捨てるところがある。

 しかし、娘にはデレッとしか言いようもない、表情が緩んでいる。

「うわぁ…デレデレ。で、兄様、怖いんだけど」

 写真撮影と言うよりも、家族写真を撮って記念写真集を作りたいんだと言う、承彦の言葉に、引き離されたかたちのりょうは琉璃のテディベアを抱いて無表情で、お茶を飲んでいる。

「で、りょ、亮はどこに行きたいの!?何なら、私が…」

 兄の瑾瑜きんゆに一言、

「兄上の邪魔はできませんし、私は研究所の整ったところを選んでいるつもりです」

「琉璃ちゃんがいるところ?」

「そうよねぇ~(⌒‐⌒)」

 二人の姉の一言に、フッと表情が揺れる。

「…解りません。琉璃は私を、お兄ちゃんと思っていますよ?」

「いいと思うわ。私だって最初はただのお兄ちゃんだったものね?子明しめい兄様?」

「うーん。まぁ、そうだよな。俺と9つ違うし、そう思われても仕方ないし…」

 珠樹しゅじゅと子明は頷く。

「何か不安でもあって?」

 義母の声に、亮は躊躇いがちに、

「…嫌われたら、辛いなと…」

「げぇぇ!?亮が、変なこといってるぜ!?明日は嵐か!!」

士元しげんは、ワインを飲みながら叫ぶ。

「五月蝿い…お前は去れ!!」

 亮はプイッと顔を背ける…と言うよりも、琉璃の様子を確認すると、

「おにーしゃまぁぁ!!」

 てててっと駆けてくる少女が、何かにつまづき転び駆けたのを確認した亮は慌ててベアを弟に押し付け、走り寄ると、抱えあげ、顔と顔を近づける。

「琉璃?駄目でしょ~?走っちゃ駄目!!お兄ちゃんを呼びなさい」

「えへへ…おにーしゃまだーいしゅき!!」

 メッと叱る亮に、にこにこと笑う。

「だ、だから…琉璃?」

「おにーしゃま!!りゅうり、おにーしゃまのピアノが聞きたいの。りゅうりも練習するの!!聞きたいの…め?」

 あぁぁ!?

 亮は、月英と承彦の方を見たがそ知らぬ顔をしている。

「…おにーしゃま…め?」

 悲しそうな顔になった琉璃に、慌てて、

「ううん。お兄ちゃん、演奏するよ。じゃぁ、珠樹も一緒に。それに、瑠璃さまも如何ですか?」

 二人は微笑む。

「では、何の曲を歌うのかしら?」

「『私のお父さん』は、如何ですか?」

 珠樹の声に、きゃっと瑠璃は微笑む。

「それがいいわ。その代わりに、亮さんも歌ってちょうだいね?『誰も寝てはならぬ』」

「え、えぇぇ!?わ、私もですか!?プロの瑠璃さまにも、お客人にも聞いて戴ける歌では…」

「あら、一度だけ聞いたことがあってよ。音楽の都での、『恋は野の鳥』。コロコロと弾けるように歌う声は素敵だったわ」

 瑠璃の一言に頭を抱える。

「聞かれてたんですね…あれを」

 うっすら頬が赤くなった青年に、瑠璃は、

「プロですもの。声の良し悪しは解るつもりよ?それに、瑤樹ようじゅさまはちゃんとレッスンをされているのでしょう?」

「それはそうですが…」

「おかあしゃま?お歌?」

「えぇ、そうなの。亮さんと私がお歌を歌うわ。だから聞いてちょうだいね?」

「うん!!嬉しい!!」



 緊急に仮設の設備、ピアノはイベントのときに使うことがあるため用意されていたのと、珠樹も愛用のハープを常に持ち歩いているため、揃えられ、妖精の女王の装いのまま、亮が確認のために出した音と声を慣らした。

 そして、亮が弾き始める。

 その音を追うように、ハープが奏でられ、瑠璃が歌い始める。

『お父様…』

という部分から始まった歌は、大好きな父親に恋人との交際を訴える娘の懇願の歌。

 しかし、その声は軽やかで、恋の幸せを噛み締めている。

 『こんなに幸せなの…大丈夫よ、だからお願い、お父様。彼との交際を…許してほしいの』

 声はソプラノ。高音域の女性の声。

 声は高くなるごとに、キンキンと響くだけで、か細く軽く聞こえることもある。

 しかし、瑠璃の声は深みもあり、それでいて少女の恋を愛おしそうに軽やかに歌う。

 それが『歌姫ディーヴァ』たる所以ゆえんである。

 瑠璃の目標とした歌い手は、マリア・カラス。

 彼女こそディーヴァだと、瑠璃はいつも語る。

 高音は正確であり、それでいてかすれやブレもなく、広がる。

 その声にうっとりするのは、客人たち…酒を飲むのだと言っていた士元すら呆然と聞き入っていて、グラスを落としかけ、丁度隣にいた元直げんちょくが、奪い取り、テーブルに置いた。

 瑠璃の声がかけあがり、亮のピアノとともにピタリと音を切る。

 シーン…周囲は静まり返る。

 しかし、次の瞬間、父と兄の間に座っていた琉璃が、瑠璃に駆け寄り、

「おかあしゃま、しゅごーい!!お声が遠くに飛んでいく感じ。それでね、それでね、ワンちゃんたちがコロコロ転げ回るの!」

「えっ!?この曲!?」

 亮は『子犬のワルツ』を引くと、きゃはは…と楽しげに駆け回る。

「おかあしゃま…お歌じょーずなの。琉璃もお勉強したいな。め?」

 瑠璃に近づきお願いする。

「おかあしゃまとおんなじお歌歌いたいの!!」

「じゃぁ、レッスンは厳しいわよ?それでもいいの?」

「うんっ!おかあしゃまと一緒に歌うの!!」

 琉璃の頬を撫でた、瑠璃は微笑む。

「親子で出演も良いかもしれないぜ?」

 月英の隣の席にいた益徳えきとくの声に、

「それも、素敵なことだわ!!」

 美玲みれいははしゃぐ。

 その間に、瑠璃はピアノの前に座り、亮は音合わせをする。

 そして、琉璃を抱いたまま、亮は、前奏を聞くと歌い始める。

 『誰も寝てはならぬ』この曲は『トゥーランドット』というオペラの一曲である。

 古代中国を模した国の美しいと評判の皇女が、結婚はしたくないと求婚者たちにある質問を投げ掛ける。

『私の名前を答えてちょうだい。答えられたら結婚します。答えられなければ命をいただきますわ』

 幾人もの皇子や勇者や勇猛な戦士が、学者等も美貌と賢い皇女を得ようと質問に挑戦するが、皆名前を口にできず、命をおとした。

 そんな中、一人の王子が挑戦し、皇女の名前を当てる。

 絶句する皇女に、代わりに王子は条件をつける。

『もしも貴方が私の名前を当てたなら、引きましょう…当たらなければ、あなたは私のものだ』と。

 条件をつけ、答えを聞く前、勝利を確信していた王子が、自分の勝ちだと歌うのがこの『誰も寝てはならぬ』である。

 この曲は、有名な曲である。

 トリノオリンピックの開会式で20世紀の最高の歌い手とも言われ、三大テノールの筆頭ルチアーノ・パヴァロッティが歌った歌であり(後日、あの曲は体調不良であり、時間的にも声が仕上がらないだろうと、本人は歌うというのを引き止め、録音されていたことが公表されている)、日本の金メダリスト、フィギュアスケート選手の荒川静香さんがイナバウアーを舞った曲でもある。

 テノールの声で勝利を確信した!!私は彼女を自分の妻にできる!!という歌である。

 亮の声は、正確にそれでいてあまり感情がこもっていない感じがしたが、琉璃の顔を見て、微笑むと、一気に声量が広がり、声に深みと色気が混じる。

 私の作戦は成功する!!彼女には私の名前は分かるまい…絶対に!!

 彼女は周囲に情報を集めさせているだろう、だが誰も解らぬ!!

 誰も寝てはならぬ!!明日は私は勝利する!!きっと、彼女を…。

 声が広がり、うっとりと聞き入る姉達。

 ちなみに二人が、あまりやる気のない弟に、留学してこいと追い出した張本人である。

「うわぁ…すっげぇ…」

「っていっても、今回はまだ声量押さえてるよ。マイクいらないし。それに、いつもよりバンバン感情駄々もれ」

 均は首をすくめる。

「どう言うことだ?」

 子明の問いに、

「うーん。技術で歌ってるんだよいつもは。でも、今回は、ほら」

 均が示したのは、亮が抱っこして喜んでいる少女に、その様子を嬉しそうに、見つめている様子。

「琉璃のお陰かな?兄様の新しい部分が開拓されたんじゃない?」

「そうなのか?」

「そう。しかも、あぁ…やってる」

 曲が終わると、突然、琉璃をおろし、歌い始めるのは、

「これって…」

「『ソルヴェイグの子守唄』。『ぺール・ギュント』の中の曲だけど、『ソルヴェイの歌』とも呼ばれているよね」

「つーか、高くねぇ!?さっきよりも。それに、瑠璃さんよりは低いけど…」

 子明はこそこそと聞く。

「カウンターテナーって言って、裏声だよ。昔は女性が舞台に立てなかったから、男性が裏声を使って歌ったんだ。で、その練習もしてるから」

「すげぇ…亮ってさぁ…あいつ、職業困らないだろうな。羨ましいぜ…」

「と言うか、その反応も面白いよね、子明にいさんは」

 均の声に子明は首をかしげる。

「何でさ?」

「普通ここまで出来たら皆が金儲けに走るんだよ?」

「はぁ?亮は自分がしたがること以外はしねぇんだから、頼んだって無駄だろうに、アホだなそいつら」

 バッサリ切り捨てた子明は、舞台を見て、一緒に歌い出した瑠璃と歌いきり、そして、『カルメン』の『恋は野の鳥』に『乾杯の歌』も出て、しばらくして、止めると一斉に立ち上がり「ブラヴォー」「ブラヴォー!!」の声が響き渡った。



 雑誌には、瑠璃とともに亮の歌の話題で持ちきりであった。

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