-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

エピローグ

――多くの時間が流れた。
忘れられない日々の記憶はもはや薄れ、俺は1人研究室にこもり続けていた。
自分の姿形すがたかたちを気にせず、目を凝らしてモニターと書類に向かい、ペンを握った。
手を休めることはなく、頭が痛くても体がやつれても机に向かった。
ただ1人、会いたい奴がいたから。
側に居たい奴が居るから。
その想いだけを原動力に頑張った。
体が痛い日々、たまに過労という言葉が脳裏をよぎる。

――ちゃんと80歳まで生きられるから。

そのときだけは休息を取った。
折角もらったこの命を、早死にさせるわけにはいかなかったから。
昔携帯に撮った写真なんかを見て笑ったり、懐かしんだりしていた。
でも、結局80歳までの寿命には届かなかった。
体が持たなかったのか、元々寿命だったのかはよくわからない。
それでも、偉人と呼ばれるに十分な仕事をした。
これでいい、俺はこれで――。
…………。
……。










「お、き、ろ!」
「にゅわっ!!!?」

キレのある右ストレートにより、私は目を見開いた。
いや、見開かされたと言っていい。
痛い、お腹が超痛い。
何事かと、体を起こした。

辺りにあるのは川と木々、その奥には山。
夢で見る、神様の創造した世界。
その中に1人、見知った少年が居た。

「よう。60年ぶりくらいだな」
「……あれ?真和……?」

ニヤリと笑う少年は真和だった。
なんでここに真和がとか、どうして会えたのとか、疑問で頭の中がパニックになりそうだ。

「……なんで、その……」
「英雄とかが妖精、天使になれる、だろ?俺は偉人になったんだよ」
「うええー!?」

あっけらかんと話す彼だが、私には到底信じられなかった。
偉人?偉人ですか?
あ、でもそれって私と同じ?
うん?なんか頭パニックだ。

「願いの1つで、お前を生き返らせた。嫌だったか?」
「え、いや……そんなことは、ないけど……」

嬉しいに決まっている。
目の前に真和がいて、これ以上幸せなことはないんだけど、あまりにも唐突過ぎて現状が飲み込めない。

「とにかく、お前は俺の目の前にいる。それでいいだろ?」
「……うん」

真和が側に居てくれるならなんでも構わない。
愛してる人が、目の前で私に笑いかけてくれていて、それだけでいい。

「……それから、お前に言いたいことがあったんだ。お前だけ言って行っちまうもんだから、保留になっちまっただろうが」
「え?なになに?」

少し間を置いて、わざとらしい咳払いを1つしてから彼は言った。

「俺もお前の事を愛してる。これから先、側に居て欲しい……」
「…………!」

愛してる。
それは別れる際に、キスと共に言った言葉。
そしてこのとき、私が生まれて初めて言われた言葉ーー。

「……うん……」

私はまた泣いていた。
いつからこんなに泣き虫になったのだろうと思うぐらいに泣いていた。
振袖で涙を拭って、それでも足りなくて、ずっと顔を上げられない。

「……泣き虫だな、お前は」
「……真和がそんなこと言うからでしょっ」
「ははっ、好きなもんは好きなんだ。許せよ」
「……もうっ!」
「おおっとっ」

真和の体に飛びついた。
体勢を崩しながらもなんとか私を受け止めてくれる。

「……まったく、興奮し過ぎだっつの」
「だーって好きなんだもの〜っ!」

力いっぱいに愛する体を抱きしめる。
真和の方も、私の体を力強く抱きしめてくれた。

「……あー君たち、そろそろ良いかい?」
「良くないわっ。さっさと帰りなさい」
「酷い言いようだな、君は……」

空気を読んでいたのか、隠れていた神様が現れて私達は体を離した。
それでも手を繋いで、2人で神様の方を見やる。

「やぁカムリル。久し振りだね」
「久し振り、じゃないわよ。アンタの説明不足のせいでとんだけ辛い想いしたか……」
「しかし、結果的には良かったじゃないか。もしかしたらこうなる運命だったのかもね。フフフフッ……」
「あーもう、一々ムカつくわねっ」
「まぁまぁ、そんな怒るなよ」
「……真和が言うならそうするけど」

真和にたしなめられ、事を収める。
神様はまたしてもやれやれと言わんばかりに肩を竦めていた。

「さて、湖灘真和。3つ目の願いを聞こうか?」
「ああ、保留で良い」
「…………」
「そういうもんだよな?な?」
「プッ。真和、私のパクリ?」
「うっせーよ。同じがいいだろ」
「まーねーっ♪」
「……君たちは、まったく」

神様は言葉もない模様。
でも、私達はこれでいいの。

「生き返ったカムリルは妖精のままだ。これからは同じ妖精になり、希望を与えて行く。2人でやるぞ、希望の妖精」
「へへっ、かしこまりっ」
「……行くなら早く行ってくれ」
「なんだ?羨ましいのか?」
「……さっさと行け」

神様の手によってか、私達の体は水中に落ちる。
温度の感じぬ水の中、真和の手だけが暖かかった。

「……真和、“同調”を――」
「妖精やるから貰ったんだよ。これでもう、寂しくないだろ?」
「……うん」

彼が私の体を抱きしめる。
繋いだ手はそのまま、ぎゅっと抱き寄せられ、私達はそのまま深くに沈んで行った――。

「――愛してる」

最後に耳に聞こえたその声を心に響かせながら――。










人間は誰しもが悩み、苦しむ――。

“希望”の妖精ですら悩んでしまう――。

だけれど、人間の手でも、癒すことができるーー。

それは誰しもが、希望を与えることができる証拠――。

人々の繋ぎゆく希望が、次の希望の妖精へと続いて行く――。



「真和、いくよっ?」
「はいはいっ」
「むうっ、やる気ないなー。よし、せーのっ!」



――“同調”。






-Tuning-希望の妖精物語

fin

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