-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/29/夜への想い

飛び降りた女性らしき人を捕まえ、カムリルはゆっくりと降下する。
カムリルは女性の手を握り、目を閉じてブツブツと何かを呟いていた。
本来の、妖精としての彼女の姿。
人に希望を与えるーー。

「大丈夫、貴方には価値がある。生きてて。死んだって何にもならない……」
「……ありがとう」
「…………。……ふぅ」

女性を一旦寝かせ、俺の方へとカムリルが駆け寄ってくる。

「フられたショックで飛び降りたみたい。それだけが貴方の全部じゃないって言って、精神も安定させたからもう大丈夫」
「……そう、か……」

女性については大丈夫のようだ。
もうあんなことはしないらしい。
でも、カムリルは……。

「……私がちゃんと妖精として働いてなかったから、こんなことになったのかな……」
「そんな……違うだろ」
「今回は偶然見つけたから助かったけど、こんな人や、他にも困っている人がいるのに、助けに行かないのは、ダメなのかな……?」
「助かる命を助けようとするのは、良いことだけど!……お前がそこまで頑張る必要は、どこにもないじゃないか」
「……でも、私しか、いないんだよ?誰にも相談できないこと、一人で背追い込む人を解決できるのは、さ?私が……」
「……ッ」

他人が幸せであるために生きることを否定しきることはできない。
かといって、カムリルのとどまりたいという想いも無視すべきには行かない。
どうすることも、できない。
選ぶことなんて……。

「……ごめんね。もう帰ろう」
「……え?」

寂しく笑うカムリルが言う。
帰る、というのは意外で、思わず訊き返した。

「……行かない、のか?」
「……また考えるよ」
「……そうか」

行かないのなら、俺もそれで良かった。もう俺も、コイツと離れるのが嫌だったから……。

夕陽の沈みかけた暗がりの空。
俺たち2人の足取りは重く、ゆっくりと帰路を歩んだ。
繋いだ手は離されーー。
ずっと、その先の言葉は聞けずーー。











人肌が恋しいのは、人と人がいれば当然のこと。
2人、人がいて互いに無関心という事はないだろう。
その関心、特に真和へは、良い関心を抱いてしまった。
長くは続かない関係。
そんな事はわかっているのに……。

「暗闇を照らす月は綺麗で、いつまでも夜があればいいと思ってしまう。神様、こんな私は病気ですか?」

満月の夜だった。
真央も寝静まって、私は1人屋根の上で月に語りかける。
返事もなく消える私の声に寂しさはない。
ただある痛々しさから、私は羽を垂らしてそっと俯く。

「夜でいい、朝なんてまっぴら。真和が居るなら、もういいの……」

足を抱きしめ、羽を重力に任して垂らし、身体に顔を埋める姿を月は容赦なく月光を当てる。
夜は休み、月は真和、朝は妖精としての仕事ーー。
さっき思いついた、適当な比喩表現。

世界には自殺志願者や他人に傷付けられる人が大勢いる。
その人達を癒してあげるのが私の仕事。
私の生き方ーー。
どちらも捨てられないものだった。
どちらも大切な私の気持ち。
両方を持つ事はできないのだろうか。
それは愚問。
私が世界の平和を願ったときから、私の命の使い方は決まっていたから。

「……明日。……明日には、真和に別れを言おう……」

出ていくならいっそ、別れも言わずに出て行きたい。
別れなんてどうして言いたいものか。
でも、礼儀として、自分の気持ちともけじめをつけるため、彼にはしっかり言わないといけない。

「……今日も、寝よう」

妖精は眠くならない。
それでもなお私には精神に休みが必要だった。
屋根をすり抜けて真下にある真和の部屋に降り立つ。
暗く質素な室内。
もう見慣れた部屋ともお別れだ。
ベッドに近づき、彼の寝顔を見てみる。
微笑みもせず、仏頂面で小さな寝息を立てている。
いつも何かと悪口言うくせに優しい彼。
その優しさに惹かれた私は……。

眠っている彼に、静かに接吻を加える。
寝ている間にするのは卑怯だけど、我慢できなかったり。
結局自分の気持ちを伝えられずに消えるなら、せめてこのぐらいは許される事だろう。
そう、だからーー。

「……もう少し、もう少しだけ……」

ベッドに腰掛けて、それから横たわって、真和の隣に眠る。
近くにある彼の腕をどけてその身体を抱きしめる。
起きてる間はこんな事、自分からは一回もできなかったから、今だけはこうさせて欲しい。
今日で終わりなら、尚更……。

「……何してんだお前は」
「!!!!???」
「あーもう、うっせーよ……」

声にならぬ悲鳴をあげた私の腕をがむしゃらにどかして状態を起こす真和。
ガシガシ髪を掻いて眠そうに欠伸をした。

「……なにしてんの、お前?」
「い、いやー、新薬の効果の検証?」
「……新薬って、なんのさ?」
「それは、えー、あれ!カムリルさんとえっちな夢が見られる薬!」
「……モノホンじゃねぇか」
「うん、ねっ。なんでだろ?」
「…………」

信用の欠片もない目で私を見てくる。
流石に無理があったらしい。
でもこれ以上言及はされないだろうからよしとする。

「……寝る。お前も寝ろ」
「はーいっ。……!?」

真和が半ば私の上に覆い被さって再びベッドに倒れこむ。
顔なんて動かしたら彼の髪が当たるぐらい近いし、なんか腰に腕を回されてるし、だ、抱きしめられてるし……?
頭が混乱して今の状態が理解できてなかった。

「ま、真和?その、これは……」
「…………」
「……真和?」
「…………」
「……寝ぼけてただけですかっ」

理由を聞こうにも真和はもう眠っていた。
寝ぼけて私に抱きついてきたらしい。
その年で女性を抱き枕かなんかと勘違いですかっ。
私にとっては都合のいい状況だから文句はないけども……。

「……起きてて抱きしめられたかったなぁ」

でも、抱きしめられてる事実には変わりなかった。
私もそっと彼の腰に腕を回してぎゅぅっと抱き寄せる。

「……ん?」

その時、ちょっとした違和感があった。
腰のあたりに、コブがあるみたいだ。
一つ気づけばもう一つだった。
真和の腕が、なんだか腫れている気がする。
手首が不自然に太い。

急いで真和から飛び退いた。
それから彼をうつ伏せに寝かせ、手首、背中を見て行く。
否、それでは暗くてよくわからなかった。
だから私は、“10年前”みたいにーー

「“同調”」

腕に触れながらそっと呟く。
体の中の様子を観察して行く。

そんな事しなくたって、どうなっているかは本当はわかっていた。
彼の様子をずっと見ていて、こんな複数箇所腫れる事なんてなかったんだから。
予想通りの結果だった。
ドロップ病。
万人を死に追いやった最悪の病気。
真和は、それに感染していたーー。

「…………。……そっか……」

声もなかった。
それだけ言うのが精一杯だった。

私がドロップ病がなくなれと願ったのが3日前。
潜伏期間は約4日から5日。
感染者に強い行為を持つと感染する病。
そして、この世界でドロップ病に感染しているのは私だけ。
そこから導き出される答えを理解すると、私は泣いていた。
誰も愛してくれなかったから、こんな事はないと思っていたんだ。
今更になって愛してくれる人がいるわけないって、さ。
…………。

ーー真和。
ーー貴方は、ずっと前から










ーー私の事が好きだったんだね。











ーーありがとう……。










月と私は出会わなければ良かった。
私が見えさえしなければ、こんな悲劇が起こる事もなかったのだからーー。



続く

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