-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/18/居残り授業

暑い。
夏は暑い、本当に暑い、日中なんて死人が出そうなくらい暑い。

「おい希望の妖精、地球温暖化をなんとかしてくれ。希望だろ?」
「えー、ちょっとそれは私の手に余るんだよねー……」
「使えねー……」
「私があおいであげようか?」
「別にいいわっ」

登校中の道すがら、カムリルとそんな会話をする。
太陽は燦々さんさんと光を放ち、今日も人類総熱中症を図っている。
時は7月で梅雨も終わっており、期末テストもそろそろという頃だ。
というかテストは来週からだったりする。

「つーかお前、暑くねぇの?」
「うん?」

カムリルは白衣姿だった。
つまり着物なのだが、こんなクソ暑い中でコイツは汗一つかかずに歩いている。

「こう、私は都合いい体してるからね。温度は感じないんだけど、火傷とかはしたりするよ?」
「じゃあ大気圏あたりまで太陽の近く行って火傷するか試してこい」
「その前に私の体がおかしくなっちゃう……いろんな意味で」
「フッ、面白い性癖だな」
「フッ、それほどでも」

片手で顔を覆い、格好つけるカムリル。
今日はちょっといつもと反応が違った。
変なものでも食ったか?

「今日のお前、いつもと違う気がするんだけどどうした?」
「え……?そ、そうかしらん?」
「ああ、今のお前と話してると、隣に住んでる人に夕飯を呼ばれたけど味がたいして美味くなくて微妙なテンションになる感じがする」
「そんな細かいテンション知らないよっ!」
「おおっ!」

そう、このツッコミ。
面白いというには微妙だが、物事の真意を突く確かなツッコミこそカムリルのもの。

「やればできるじゃねーか」
「なにが!?」

といっても、本人はやりたくてやってるわけじゃなさそうだ。
喋ってても暑さが和らぐわけでもなく、俺はいそいそと学校を目指した。










和子とも明葉ともクラスが違う。
クラスで孤立していた俺が、朝から忙しく誰かと話すというわけもない。
それでもエアコンの効いた室内は快適で、寝るにはちょうど良い。

「寝る」
「私の前で寝るとどうなるか、思い知らせてあげようっ!」
「なんかしたらそのなげぇ髪を俺が切ってやる。きっとタコみたいになれるぞ」
「要するに1本も毛がないってことだね!やったぁ!」
「嬉しいなら今切ってやろうか?」
「余計なお世話だよっ!」

髪を守るように後ろ髪を持って俺から距離を取るカムリル。
折角の申し出を断りやがって。

「それより真和、あっち見てあっち」
「あ?」

カムリルの指差す方を見やると、2人組の女子生徒がこちらから目を逸らすところだった。

「やばっ、こっち見たっ」
「独り言言ってる人こわ〜」

小声で女子たちがやりとりをするのが聞こえる。
…………。
…………。

「毛どころか皮まで剥がしてやろうか?」
「それ八つ当たりだよ!」
「いや、お前が悪い。一瞬実体化しろ。うすーく実体化とかしろ。そしたら幽霊と話す人になるから」
「実体化はそんな細かくできないよっ!」

無理か。
そもそもあまり期待してなかったし、どうせ話すこともない奴らになんと言われようが気にしないようによう。

「というか真和も新しく友達作ったら?」
「あ?」
「ほら、しがらみもなくなったし、心置きなく人と触れ合えるんじゃない?」
「……今更?」
「今更だよっ?」
「……あー、まぁぼちぼちな……」

言われてすぐに「さぁ実行!」ってできることでもない。
カムリルの言うことは本当のことだし、まぁそのうち、友達ができるだろう。

「俺は1人で居たいんだよ」
「そういう年頃なのね?私もそっとしておくから安心していいよっ」
「真和は1人になった。真和は眠りについた。カムリルは男を漁りに行った。カムリルは帰ってこなかった」
「古いゲームの説明文みたいに私を卑下しないでっ」
「男漁りに出かけたカムリルに待ち受ける女王様とM男、果たしてその先には……次回、俺は寝る……」
「次回予告風にしても許さないからっ!というか本当に寝るの!?」

俺は机に顔を伏せた。
そして何事もないかのように眠りについたのだった。










昼休みは毎度お馴染み、4階多目的室で過ごし、流れるような授業を終えて迎えた放課後。
とりあえず教室に残り、これからどうするかを考える。

「真和、真っ直ぐ帰るんだよね?だよね?」
「知らん。とりあえず明葉に電話していいか?」
「あ、うん。いいよ」

友達に連絡もなくさっさと帰るというのもなんだと思い、俺は携帯を取り出した。
電話帳から明葉に電話をかけると、3コール目で明葉が出た。

《もしもし。どうしたの?》
「おう。今日もいい声してんな」
《え、うん?ありがとう?》
「冗談だ」
《だ、だよね……》

適当なご挨拶をして、さっさと本題に入る。

「なぁ、今日一緒に帰るか?」
《え?今日?うーん、和子と駅向こうのデパートに行こうとーー》

そこまで聞いて、通話を切った。
なるほど、リア充は爆発してろ。

「真和、なんだって?」
「結婚式の準備で忙しいんだそうだ」
「え?うそ〜……」
「嘘だ」
「え!?」

自分でうそ〜と言っておりながら驚くカムリル。
わかってなかったらしい。

「どちらにせよ、真っ直ぐ帰ることになりそうだ」
「そう?じゃあ早く帰ってカムリルちゃんとお勉強のお時間でちゅね〜」
「キモい」
「ぐへぁっ!」

言葉による攻撃で腹を抱え込み、その場でうずくまった。
他人に見えないからといって、臆面のない奴だ。

「はぁ……なんで学校で勉強して家でも勉強しなきゃなんねぇのか……」
「簡単なレクチャーぐらいだよ。科学ってなんぞ?というそこの貴方!必見です!」
「……レクチャーねぇ……?」

なんか5分くらいで終わりそうだな。
それなら別に移動しなくてもいいんじゃねぇか?

「ここでやるか?誰もいねぇし」
「私は構わぬよ。ふはははは」
「じゃやってくれ。黒板は後で消すから自由に使っていいぞ」
「ひひぃ、かしこまりましたっ!」

恐れ慄きながら教壇に上がるカムリルを、俺は頬杖を着きながら眺める。
刹那、バンッ!と両手で教壇を叩き、カムリルが意味不明なキャラを演じ始める。

「皆、おはよう!カムリル先生による科学の授業だ!試験もやるからノートはちゃんっととるよーにっ!」
「先生、試験もやるんですか?」
「あったりまえだよ湖灘くん!1日の復習としての科学をやっているのどよっ…….いたっ……」
「噛む、リル先生、発音しっかりしてください」
「揚げ足を取るなぁああ!!!」

結局は何時ものキャラに戻ってツッコミをかましてくる。
なんなんだ一体。

「えー、ではまず科学とは、ですね。科学は化け学から物理やら生物やらあるわけだけど生き物でも無機物でもなんでも構造を知る、動きを見る、ための学問です」
「おお……」

黒板に化学、物理、生物と書かれる。
割と真面目に講義するんだな。

「化け学で物質の構造、物理は物質の動き、生物は生き物の中身、言うなれば構造を見るのです。こうしたことができるようになり、物質の作り変えや動きの予測などができるようになりますよ〜ってわけ」

それぞれの学問の役割を横に書いていき、一旦こちらを向いて歯を光らせるカムリル。

「当たり前のことを言ってるだけだな」
「そう思うなら、レクチャーいらないねぇー。じゃあテストしよっか」
「いきなりかよ……」
「問題作るから最後の悪あがきでもしてなっ」
「悪あがきなんてしねぇから早くしろよ先生」
「はいただいまぁああ!!」

カッカッとチョークを鳴らし、黒板に問題が書かれて行く。
元素、花の花弁の名称などの語彙問題から始まり、一体どこで名前を知ったのか有名な化石の名前や、最終的には水の組成式の作成などといった中学で勉強した内容だった。
それらの回答をルーズリーフに問題番号と答えのみ書いてカムリルに渡す。

「ふんふんふーんっ♪おっ、これもまる、まる、まる……もうなんか全部まるでいいや。はい、100点」
「多分組成式あってねぇぞ」
「え?あ、ほんとだ。なんか二酸化炭素が入ってるよっ」
「酸素なんてすぐ人間が二酸化炭素にするだろ?」
「そういう理由で持ってこないっ」

他にも数カ所訂正を加えられた紙を返される。
点数、77点。
細かく言うと32問中25問正解と部分点あり。
縁起がいい数字だ。

「うんうん、大体合ってるね。これからもっと精進すべしっ」
「勉強するぐらいなら寝るけどな」
「だよねっ。真和だもんねっ」

期待もしてないなら言うなと言いたい。

「でもね、現段階でこれだけできるなら、私が言うことはないなぁ〜……」
「マジで?」
「うん。普段の様子も見ててさ、苦手科目なさそうだし」

確かに、苦手らしい教科はない。
やることもないから全部の授業を耳にしてるしノートにまとめてあるからだ。

「……じゃー終わりか」
「うん……」
「…………」

カムリル先生の授業も終わり。
そして、俺とコイツを繋げる約束は全て終了した。
あとはもう、カムリルの自由だ。

「……どうするんだ、お前は」
「……どうしたらいいんだろうね?」
「……バカかよ。お前の命はお前のもんだ。どうしたらじゃなくいいかじゃなくてどうしたいかを考えろよ」
「…………」

口をすぼめ、目線を下げるカムリル。
まだ悩んでいるようだ。
なにやってるんだか……。

「おい、カムリル先生。泣くほど悩んだんだろ?」
「……うん」

昨日はコイツらしからぬ大号泣だった。
つまり!それだけ行きたくないってことなんじゃないのかよ?

「泣くほど嫌なことをする必要はないだろ。自分を大事にできないと、周りも大事にできないぞ?」
「……真和はそう思うの?」
「自分を大事にしなくて酷い目にあった奴が俺だぞ?当然だろ?」
「…………。そうだねっ……」

頭を数回揺らして頷く。
気の迷いは幾つかあるだろうが、ふっきれないならしがらみを持ったまま行くべきではないだろう。

「もう少し、もう少しだけ休ませて。何日になるかわからないけど」
「もちろんだっての。お前はもう少し俺に甘えろよ」
「えー、じゃあもう2、3着服が欲しいんだけど。もちろんブランド物で」
「訂正するわ。もっと自戒しろ」
「ハイッ、すみませんっ」

ビシッと敬礼し、陳謝をする少女。
矢張りこちらの方が元気だから、これでいいのだろう。



続く

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