-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/13/心配

アンモビウムの花言葉は“不変の誓い”。
カムリルは酷い奴だ。
友達を作らないと誓った俺に、友達だって、言うなんて……。

「……俺が友達、か……」
「うん……だから、真和の事を助けたいの……」
「…………」

頭を抱えたかった。
どうして俺の元にこんな優しい奴が来てしまったんだろう。

「……真和は、友達が辛くなるのが嫌だから今の道を選んだんだよね?なら、私も同じ。真和が辛いのが嫌なの……」
「…………ダメだ。お前が、なんて言ったって、俺は彼奴らに顔向けできない……」
「できるよ。できる。私を信じて」
「…………」

前向きな意見だった。
信じて、それだけの言葉でどうして心がこんなに揺れるのだろう。

「できないかもしれない。失敗するかもしれない。でも、2回、3回と頑張るんだよ」
「……2回、3回なんて、そんなお節介なこと……」
「大丈夫。真和の伝えたいことは、きっとわかってもらえる。真和が優しい人なのは、皆知ってるんでしょう?」
「……俺は、優しくなんかねぇよ…………」

皆を突き放した。
明葉に騙されたが、和子も明葉も、直接突き放したのは俺だ。
少なくとも和子は、仲良くしてほしそうだったのに……。

「……優しい人だよ。あなたがどう言おうと、私がそう思うんだもの。妖精のお墨付きなんだからっ」
「……お前にお墨付き頂いたって、なんとも思わねぇよ」
「10年妖精やってるベテランなのに〜……」
「…………はぁ」

こうして話してると、本当に10年も妖精やってるって感じがする。
ここまでしつこいと、ベテランどころじゃなく、プロだ。
いい意味でも悪い意味でも、このしつこさはこいつのいいところだ。

「……ほんと、しつこいな」
「粘着質な妖精だからねっ」
「……ここまで真面目な話しといてネタ振るのかよ」
「嫌だった?じゃあ粘着質じゃなくて素っ気ないのがいい?べ、別にあなたの事を助けたいわけじゃないんだからねっ!って感じ?」
「じゃあ助けなくていいよ」
「いやいや〜、私のプライドがそれを許さないのよこれが」
「……プライドなんてタンクローリーに潰されればいいのに」
「今ので3割くらい潰れたかなっ!」
「…………」

急に元気になりだすカムリル。
ニコニコ笑っていて、何が潰れたのかさっぱりわからない。
きっと、こいつの根が潰れることなんてないだろう。
俺がいくら否定したって、こいつはそれを覆いかぶさるように肯定する。
いたちごっちだ、終わりっこない。

「……残りの7割、俺には潰せそうにないな」
「今更気付いた?私に勝とうなど100年早いっ」
「……そうだな」
「…………」
「…………」

視線が交差する。
しばし続いた沈黙。
やがて俺は降参だと言わんばかりに顔を顰め、カムリルは緩まった頬を両手で抑えて笑った。

「わったしの勝ちー♪」
「……ほんとだよ。俺の不変の誓いをどうしてくれる」
「私への愛を誓えばいいんじゃない?」
「明日晴れることを誓うか」
「私への愛より明日の天気予報の方が大切なのかぁああ……!」
「うるせぇよ……ったく」
「えへへへー♪」

甘えた笑い声。
子供のようにあどけなく、曇りがない。
この愚直なところが信用に置けるんだ。

「……やるぞ、仲直り」
「うん」
「失敗したら、半分はお前のせいにしてやる」
「うははは、どんとこいなのだ!」
「…………」

いくつか戸惑いはある。
だからと言って、俺を信じ続けるこいつのことを裏切ることが、俺にはできなかった。
失敗する、そんな心配も必要はない。
俺はこいつを信じる。
ただそれだけでいいーー。










湖灘家に戻ってきたのは20時過ぎだった。
リビングを通るもお母様は特に何か口にすることもなく、私達は真和の部屋に入る。

「……でっ」

スクールバッグを机に起き、真和が私に向き直る。

「具体的な作戦とか考えてんのか?」
「んー、ないっ!」
「話にならねぇな」

まったくもってその通りである。

「いくら私が天才でも帰り道だけで作戦は練れないよっ」
「そーだな……」
「そもそも作戦はいらないと思うよ?」
「……なんで?」

言いながら彼はベッドに腰掛けた。
私は人差し指を立て、説明する。

「仲直りするってことは直接的な手段か間接的な手段を用いるわけね。直接的な手段は話すこと。間接的な手段は手紙とか、その他別のきっかけでの仲直り。どっちでも仲直りはできるんだけど、手紙とかは明らかに効果が薄い。まず真偽を疑われるし、厄介が増えるだけなの」
「お前とかは効果が薄いわけか。薄いのが影だけじゃなくてよかったな」
「霊体の今は影ないけどね!」

しかも全然嬉しくないし。
まったく、いちいち茶々を入れるあたり真和も余裕なんだから。

「それにさ、私の本領発揮は“対話”にあるから話し合いじゃないと意味ないの」
「……対話?」
「そう。真和には前に、“同調”の話したよね?」
「……それももう、懐かしく感じるけどな」

“同調”、触れてる人と体、心を共有、授受できる能力。
この話をしてからもう5日も経っている。
覚えていてくれてよかった。

「それで?」
「口と脳を“同調”するの。会話に困ったと判断したら途中で私が代弁するし、私が喋りたい時は勝手に喋る。言いたいことがあるのに勇気が出ない時は、心を分けてあげることもできるから我慢させないよ」
「……ふーん……」

真和は腕組みをして目を閉じた。
私の能力の使い道を考えているのだろう。
電話か直談判しかないんだけどなぁ……。

「……そうだな。明葉とは直接話して決着をつけるべきだし、明日呼び出そう」
「……明日で大丈夫?」
「大丈夫だよ。覚悟はお前と話した時に決めた。あとは実行だけだ」
「……そっか」

真和も健気な様子で私は微笑んだ。
嫌われている相手に向き合うのって辛いはずなんだけど、真和は思ったよりも豪気だったみたい。

「俺の事は、こんなもんかな」
「……何?俺の事は、って?私の事聞きたいんですか?グヘヘへ」
「まぁ、な。もし明日解決したら、お前ともお別れだろ?」
「…………」
「……どうした?」
「……あ、いや、うん……」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
確かにそうだ。
明日でお別れかもしれない。
……あれ?それは真和の救済が確立した証拠であり、喜ぶべきことで、私は笑顔で去って行くべき。
なのに、なんでこんなに胸が苦しいんだろう?

「……なんだ?まだ居座る気か?」
「う、ううん……そんなつもりは……」

そう、そんなつもりはない。
世の中には心に病を持った人で溢れている。
それがどんな要因であれ、妖精である以上私はその人たちを助けたい。
なんせ私は、そういう人生を歩んだからこそ妖精になったのだからーー。

「……うん。行く、よ……」
「……歯切れ悪りぃよ。別に、居たいなら居ればいい。悪いことしねぇなら、俺は歓迎するぞ?」
「……いや、ダメ……」

居ては、いけない。
彼の甘言に呑まれちゃいけない。
私は……。

嫌な感情を隠しようもなく、私は自分の体を抱き寄せ、俯いた。
この自然現象について、私は心理学の本で少し読んだことがある。
寂しい気持ちの、表れ……。
……私は。

「……本当、どうしたんだ?」
「なんでも、ないよ……」
「嘘吐くな。なんかあるって顔してるぞ?」
「…………」

止まない追求に、私は押し黙るしかなかった。
……ダメだ。
真和に元気を与えようっていうのに、私が元気なくてどうする。
元気に行かないと。

「……本当に大丈夫。明日の朝日に誓って大丈夫ですっ」
「……そんなもんに誓ってなんになるんだか」
「ようは“明日には元気になってる”ってことだぜっ」
「……そうかよ」

真和は膝に手を置いてゆっくりと立ち上がり、押入れを開けた。
中からドサドサと布団を取り出し、ベッドの隣に敷く。

「今日はもう寝る。お前も寝ろ」
「え?私の話聞かなくていいの?」
「ああ、眠いからな。舌も疲れたし」
「私より睡眠欲を優先する真和さん素敵ですっ」
「だろ?」
「あ、やっぱりちょっと素敵じゃなかったかもしれない……」
「外で寝させてもいいんだぜ?」
「真和さん素敵っ!超素敵!」
「おだてても外で寝てもらうけどな」
「ぐぬわぁあー!?」
「……冗談だよ」

言って、さっさと布団に寝転ぶ真和。
ベッドを使えということだろう。
まったく、素っ気ない感じを消して気遣いできないものなのか。
それとも照れてるのかな?
まぁなんにしても、

「ありがとうね、真和」
「それはこっちの台詞だっつうの」
「うふふふふー♪」
「夏は蚊が煩いんだが、蚊より煩いのが居るな」
「私のこと!?」

……本当に、この素っ気なさはなんとかならないものだろうか。
そんなことを考えながら、私はありがたくベッドに就いて眠ったのだった。



続く

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