-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/6/1匹の猫(※)

手早くコンビニで数万円下ろし、俺たちは近所のファミレスに入り、対面になる二人席に案内される。
席に着くと早速カムリルがメニューを開いて呼び出しボタンを連打する。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!

「これって何回も押すと意味ある?」
「ああ、多分、迷惑行為で出入り禁止になれるぞ」
「えっ!?」

そこは店の寛容さ具合によるだろう。
だが、出禁になったらそれはそれでまたファミレス探すのが面倒だ。

「店員来たら謝っとけ」
「うむ……」

言うや否や、すぐに店員は現れてカムリルがその場で土下座をした。
その姿を俺は写メに残し、カムリルは許された模様で嬉々としてパフェを2つほど注文する。
2つも勝手に注文すんなとは、こいつには言わん。
言っても無駄だろう。

「待ち時間、暇だな」
「科学教えるよ?」
「なんの道具もねーっての……」

ノートも筆箱も、全部家だ。
なんだ、テーブルにセットされた楊子ようじで紙に穴でも開けて勉強すればいいのか?

「えー、じゃあ家帰ってからなの?」
「別にいつだっていいだろ?どうせまだ解決しないんだろうし」
「……まぁね~」

そもそもパフェなんか食べにくるんだから中々余裕そうだ。
どうにかこうにか解決しようって気が見えない。

「あと、科学教えるのは良いけど、悪い方面で使わないでよね。覚え方一つで大変な目に会うんだから」
「安心しろ、学校とお前にしか使わないから」
「安心できないっ!?」

半ば白目を剥くカムリル。
妖精って爆発とかで死ぬのだろうか?
試そうとも思わないが、多分死なないだろう。

「お待たせしました~」

そんな話をしているうちに、ウェイターがカムリルの注文したパフェを持って来た。
高さ20cm程のイチゴの赤いのとチョコの茶色の奴が両方奴の手元に置かれる。
ごゆっくり、と残してウェイターは去って行った。

「うむむむ、見かけは良しっ。というかこれ、どうやって食べるの?」
「スプーンだ。……わかるか?」
「うんうん。私の国ではメリャーンって呼ばれてたけど、あったからわかる。なるほどなるほど……」

ホイップやらお菓子やらでコーティングされたパフェ2つをマジマジと見つめるカムリル。
こうして見てると、千いくらを払うのも安いぐらいかもしれない。

「……こうして見てると、お前の前世の食生活が気になるよ」
「それ訊いちゃう?」
「主食はやっぱりバナナか?」
「残念、雑草でした~」
「……は?」

雑草。
あれか、雑草、そこらへんに生えてる草。

「……マジ?」
「マジよ。兎に角お金なかったからねー。薬品ぐらいは買ってたんだけど。手段は問わずね。いやはや懐かしい」
「……ふーん……」

実際に口に出したら付け上がるだろうが、俺の目にはカムリルはそれなりの美人に見える。
それにこいつのユーモアを加えれば職なんていくらでもあるように思えるが……。

「なんで働かなかったんだよ?」
「国外追放命じられてたのよね。だから犯罪者だったり?」
「……そうか」

俺は腕組みをして頭を捻った。
お茶目にしては過ぎた事もするが、カムリルはいい奴だ。
犯罪なんてしようものか。
国外追放なんて、どうせ碌な理由じゃ無いんだろう。
だから、これ以上の言及はしない。

「……変な話させて悪かったな。早く食えよ」
「うむうむ。では実食」

カムリルにはこの世の品性というものがないようで、彼女はスプーンをイチゴパフェの中にブスッと突っ込み、中身をずんぐりすくい上げる。

「……まぁ食べ物の見かけなんて最初だけだよね?どうせ食べるし?」
「……まぁ、そうだな……」

元のパフェの美しさは消え去り、頂点からグチャグチャになっている。
汚い彫刻みたいなこのパフェを作った人が見ればなんと言うだろうか。

「……気を取り直して、いただきまーすっ」

柄までクリームの着いたスプーンを口に運ぶ。
刹那、彼女の目は限界まで刮目し、眉が跳ね上がった。

「うまぁぁああいっ!!」

感嘆からの大絶叫が店内に鳴り響く。
当然客の視線を釘付けにするのだが、今日は大目に見てやろう。
なんて事は思わない。

「あの、お客様……店内であまりーー」

叫びを聞きつけた若いウェイトレスさんが注意に来た。
カムリルは目を血走らせてパフェにがっついていて聞こえてない模様。
代わりに俺が身を乗り出して対応する。

「うちの連れが大変申し訳ありません。こいつを黙らせるのでドリンクバー追加して良いですか?」
「え?あぁ、はい……ドリンクバーがお一つですね」

若いからか、ドリンクバーでどうカムリルを咎めるかわかったらしい。
客を処断する責任もない立場なのか、ウェイトレスはこの場を去って行く。
後は俺の独壇場だった。
ドリンクバーを混ぜたりと、
食べ物で遊ぶのはよろしくない。
なら、普通にひどい飲み物を持ってくればいい。

「……凄いものがあるんだな、世の中には……」

ジュースやお茶の銘柄が幾つも書かれた機体の前に立つ。
目に留まったのは“祀茶いるど”というお茶(らしきもの)。
説明文には“8品種のお茶が織り成す雨水味のハーモニー”とある。
飲食店が出していい飲み物なのだろうか。
しかし、カムリルの舌を現実的に唸らせるにはもってこいだ。
陳列されたコップを1つ取り出し、祀茶いるどを注ぐ。
色は紫、最早危険物と言えるだろう。
きっと製造会社はこれを飲ませて奇人でも作りたかったんじゃないかと疑わしい。

「……なんだ、この匂い?」

匂いを嗅いでみると、なんとも言えない嫌な匂いですぐに鼻を退ける。
納豆の容器のゴミが沢山集まってる感じ。
よく発売の企画を通したな。
最高だ。

「カムリル~、食ったか~?」
「うん……なんかね、今とってもとっても幸せなんだ……」

席に戻ると、既に2つのパフェの容器は空だった。
うっとりした顔で微笑み、頬を朱に染めている。

「おまけだ、こいつも飲めよ」
「え?うん、ありがとう……」

カムリルは愚かにも俺の手からコップを受け取った。
そしてすぐさま口を付ける。

ドンッ

次の瞬間、カムリルが倒れた。
抵抗なくテーブルに頭がぶつかる嫌な音がした。
…………。

「……生きてるか?」
「……お……うぉお……」
「生きてるなら大丈夫か」

なんとか返事があった。
ついでに震える手をこちらに伸ばして来る。

「お前もこの世界で暮らすなら、常識を弁えろよ」
「……は……ぃ……」

カムリルはしばらく動く事なく、それから声もあげなくなったのだった。










ファミレスから次に向かったのは古本屋で、俺は漫画を読んで時間を潰していた。
カムリルは医学関係のエッセイを読んでて彼女にとっても時間潰しとなったらしい。

店にいてもわかるぐらいの夕日が傾斜を描く頃に、俺はカムリルの首根っこ掴んで外に出る。

「痛いです、兄貴」
「うっせー。お前の欲しがってたヒントやるから来い」
「あ、そだたそだたっ」

ヒントの存在を忘れていたらしいが、別にカムリルが忘れていても今日は“彼処あそこ”に行くつもりだった。
先ずはそこらへんの花屋に向かう。

「……お花買うの?それとも看板娘が目当て?」
「ここの店主男で独身なんだけど?」
「そうだ。いつもしがない商売してる、悲しい花屋だぜ……。俺の嫁になってもいいんだぜ、お嬢ちゃん」
「あ、彼がいるので結構で~すっ」

彼氏扱いされたのも訂正するのが面倒くさい。
俺は店主にとある花を注文し、彼は店の奥に引っ込んだ。

「アンモビウム。花言葉は“変わらぬ誓い”や“永遠の悲壮”……」

ポツリ、とカムリルが呟く。
意味としてはあっているだろう。

「よく知ってるじゃねぇか」
「自然科学の一種と思って調べたんだよ」
「ふーん……」

流石は自称天才だけはある。
雑学と思ってもそっちの方面も知ってるとはね。

数本束になったアンモビウムを持ち、俺達はまた移動する。
夕日が沈むにはまだ早過ぎるらしく、綺麗なオレンジ色の空が俺たちを見下ろしていた。

「……着いたぞ」

訪れた場所は、木々が立ち並ぶ広い公園。
中でも人が近寄らなさそうな雑木林の中にある、チョットしたスペース。
そこには子供が作ったような墓があった。
飛ばされぬように石の入った四角いお菓子の缶を新聞でくるみ、それらを重ねてできた墓。
そこに手書きで書かれた“ライム”という文字、カムリルには誰が書いたのかわかるかもしれない。
俺の字を学校で見てるから。

「…………」

後ろにいるカムリルはただ無言だった。
怒られるのを怖がる子供みたいに縮こまっているようにも見える。
俺は彼女を一瞥し、墓の前に跪く。

「今は7月だったか……こいつが死んでさ、もう3ヶ月になるんだ」

カムリルに聞こえるように独り言を呟く。
しかし、自分に言い聞かせるためでもあった。
もう3ヶ月、早いもんだ。
空虚な時間を生きていれば、時間なんてあっという間なものなのか。

「……ライム?」

後ろからの元気の無い声。
絞り出されたかのようなか弱い声に、返事を返す。

「そうだよ、ライムっつーんだ。勘違いして欲しくないけど、こいつはただの猫だから」
「……ただの……じゃ、ないでしょ……?」
「……そうだな」

普通に考えて、ただの猫の墓参りに3ヶ月経って来るわけがない。
自分の語弊を内心恥じて顔を渋らせる。

「……野良猫だったみたいでさ、結構可愛いのに、飼い主がいないのが可哀想だった。俺は暇があればこいつに会いに行ったよ」
「……飼えなかったの?」
「残念ながら、母さんが猫アレルギーなんだよ。こればっかりは仕方ない」
「……そっか」

アンモビウムを墓の前に置く。
普通ならこの花を置くのは間違っているけど、知識の乏しい俺にはこの花以外に自分が何を置くべきかわからなかった。

「……ライムは、さ」
「……うん」
「俺が殺したんだ」
「…………」
「そう思っておいてくれ」
「……えっ?」

彼女は驚きの反応を示した。
その声につられ、反射的に振り返る。

「……真和、自分で殺したって……」
「ああ、言ったな。でも、実際は違う」

フラフラと体を揺らして立ち上がる。
どうにも力が入らない。
そりゃそうだ、これは俺にとって不利益しかない嘘だから。
でも周りにとっちゃ都合のいい事だから。
口から出る言葉は全て心の無いものになるーー。

「……それでも、俺が殺したんだ。そう思っていた方が、皆にとって都合が良いから……」

場違いな薫風がそよぐ。
ただ照りつける夕陽と風だけが動く世界。
木霊なきこの沈黙の場は、永遠のように感じられた。


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続く

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