-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/4/土曜日

家電を見る事が好きな人間なんてそうそう居ないし、俺だってそんなに好きじゃあない。
ただ、科学に興味があるから冷蔵庫だの洗濯機だのに目が付くだけ。
科学館だなんだのに行くほどではない。

ぼんやりと携帯電話のコーナーを眺めていると、液晶を見て1時間近く経っている事に気付いてまたエスカレーターで元の階まで上がる。
先ほど来た店前、よく目立つ白髪の少女が俺に気付いて歩み寄って来た。

「ゴリラ、参上!」
「すみません、人違いじゃないですか?」
「酷い!私は1時間でゴリラ以下になってしまった!?」

両手を地につけてひがんだ俺の脳を悔やむカムリル。
いや、そのくらいに見違えたという事なんだが。
白の肩だしのトップスからは黒のブラヒモが見え、デニムを履いた足は靴下もなく露わとなっている。
頭の右側に黄色い蝶の形をした少し大きめのリボンを付け、靴は木靴のままではあるが、全体的にカジュアルな服装だった。
元気な様子のこいつにはよく似合う。

「ねぇねぇ、こんな足出してみたんだけどどう?私は結構恥ずかしかったりするんだけども……」
「ゴリラの体毛があるだろ?気にすんな」
「うん!恥全部吹っ飛んだ!」

羞恥心はゴリラによって消滅したらしい。
そんな事で消滅する女性はどれほどいることか。
矢張りこいつは本物のゴリラなのかもしれん。

「でさ、ここは男として『似合ってる』とか『可愛い』とか『結婚してくれ』とか言うんじゃない?ね?ね?」
「おう、やっぱダンボールの方が似合うな。ダンボールの方が可愛いよ」
「そこまでは予想してたぜっ。結婚は?結婚は?」
「ダンゴムシと結婚?お似合いだな」

笑顔で言ってやると、カムリルが白目を剥いた。
お前が適当な事を言うなら俺だって適当な事言うわ。

「というかそろそろ帰るぞ。日も暮れちまったし……」
「お?てっきりこのままホテルかと……」
「そういや財布渡したままだったな、返せよ」
「何食わぬ顔で無視!?」

もうほんとにこいつめんどくさい。










星々が煌めく綺麗な夜だった。
学校から帰る時は一雨来そうだと思っていたが、天気の予想というのは誰がしても当てにならないらしい。

「ただいまー」

20時を少し過ぎて、漸く帰宅する。
こんなに遅く帰るのは久しいが、母さんも呑気な人でリビングにいてもドアの音が聞こえるだろうになんのアクションもない。

「お腹空いた~」

隣にいるカムリルが少しテンションの低い声で呟く。
腕はだらりと下がっており、なんだか疲れた様子。
妖精なんだから疲れねぇだろ。

「つーかさ、お前腹減るの?」
「え?なんで?」
「いやだって、お前買い物とかしないんだろ?どうやって食ってたの?やっぱり盗み?」
「やっぱりって何よ、失礼しちゃうわっ。真和の言う通り、お腹空かないのが正解よん♪」
「うわ、昼飯代返せよ」
「美味しいものは食べたいのっ!おにぎりって美味しいね、ほんとこの世界はいいわねー」
「…………」

確かに、カムリルは昼間は昆布おにぎりで驚嘆していた。
こいつが前世でどんな境遇だったのかは知らないが、とりあえず食べ物は美味しくなかったんだろう。
憐憫の情から晩飯でも用意したくなるが、高校生の財布はそんなに重くないのでこれ以上の出費はキツい。
だからおとなしく玄関を抜け、一応帰った事を知らせるためにリビングに出る。
母さんの姿は予想通りリビングにあり、ソファに座ってテレビを眺めていた。

「母さん、帰ったよ」
「あらお帰り~」

声を掛けると、こちらを向く。
母さんの目には映らないだろうが、俺の後ろでカムリルが俺の頭部をぺちぺちと叩いている。
こんな場でなければ殴っているんだが、残念だ。

「ご飯ある?」
「もう片付けようと思ってたけど、残してあるわよ。そっちの子に食べさせてあげてね」
「うん。……あん?」

そっちの子?
チラリと後ろを振り返る。
カムリルがやっちまった!と言わんばかりに顔を窄めている。
…………。

「お前、実体化やめたか?」
「……いやー、私すっかり忘れてましてね~……」
「よし、今すぐその身体を土に埋めてやろう」
「ヒイッ!?」
「煩いわよー」
『はーいっ』

文句を言う母さんに口を揃えて適当な返事を返す。
というか、母さんも母さんだろ。
誰とも知れん奴家に上げてるのに何も言わないのかよ……。
まぁ、俺としてはどっちでもいいけども。

「……つーわけだ」
「うん、どういうわけ?」
「何か知らねぇけど母さんが存在を認めてるし、お前も家の物好き勝手使っていいんじゃない?」
「そそそそそそ、それは!?」
「煩いわよー」
「あ、すみませーんっ……」

こっちも見ずに難癖つける母さんに平謝りし、俺の方に再びカムリルが顔を近づける。

「……お風呂、使ってもいいんですかっ?」

恐る恐る俺に尋ねてくる。
こう訊いてくるのもわからなくもない。
俺は昨日入ったのだが、カムリルは着替えもないし、入らせなかったから。
女性としては入りたいだろう。

「いいんじゃない?」
「ふぉぉおおおおおおお!!!」
「うるっさいっ!」
「ブフォッ!?」

怒った母さんにカムリルがリモコンを投げられる。
頭に激突したのに血も出ないのは、妖精だからだろう。










普通の学生に羨ましがられるだろうが、俺にとって休みというものは暇以外のなにものでもない。
たまに出される宿題もその日に済ませるぐらい平日が暇なのだ、休日なんて何をすればいいやら。
これといった趣味もないし、特に外に出る必要性も感じない。
というわけで今日みたいな土曜日には

「寝る。おやすみ」
「あのね、そしたら私が一日中暇なんですがっ……」
「空に語りかけてな」
「人はそれを独り言という!」
「わかってんじゃん」
「わかりたくないよっ!?」

寝ようと思ってベッドに寝転がるも、ゴリゴリ喚くカムリルが両手をブンブン振り回して反抗する。
暇人が二人居たって暇は暇だ。
寝てた方が賢い。

「というかねっ、あんまり私も真和1人に時間かけてられないから、早く手掛かりを探らなければならないのですっ」
「俺が理由話せばいいのか?」
「直接は言わせたくなーいっ!名探偵カムリルに任せるのですっ」
「その探偵も、あんま役立たなさそうだけどな」
「うぐっ……」

剣でも刺さったかのように腹を押さえるカムリル。
役に立ってないのは事実だからな。
だが、俺はこんな感じで全然絶望なんてしていない。
さっさと行けばいいものを……といっても、1万も使ったんだからそれ相応に何かしてもらうまでは俺も突き放そうとは思わない。

「探偵頑張れよ」
「と言われても、真和がアクション起こさないと始まらないしね。あんまりヒントが得られてない現状、カムリルちゃん困ってるのですっ」
「その喋り方キモいぞ」
「ぬかりない侮辱、素敵っ!」

上向きに親指を立てた拳を寄せられる。
うーん、ヒント、ヒントか……。

「ヒントやるなら、明日な」
「何か特別な日なの?」
「明日っつてんのに今聞くんじゃねぇよ。脳みそあるのか?」
「私は脳3kgぐらいあるかな?」
「適当ばっか言いやがって……」

人の脳は大体1.3kgあると聞く。
こんな馬鹿に3kgもあってたまるか。

「じゃあ、今日は本当にお休み?」
「俺はな。お前はお前で好きにしろよ」
「え?……ぐへへへ、では好きにさせてもらいまっせ」
「……おーう」

話してても面倒臭いので適当に返事を返して目を閉じる。
カムリルは口ではああ言ってもどうせなにもしないだろう。
だから俺は身体の力を抜いて遠慮なく休む事にした。










真和が完全に油断していたから油性マジックで顔に落書きしてやって、それから私はヒントの1つでも得ようと彼の学生鞄、机の中を調べた。
日記やアルバムでもあればわかりやすいんだけど、そんな物は押入れであろう。
漁って本当にエロ本が出てきたら目も当てられないし、そこは後で調べる事にする。

「ん、これは理科ではあるまいか」

『理科』と書かれたノートを机の中から発見する。
科学に興味ある私はページをパラパラと捲ってみる。
ノートは綺麗にまとめられていた。
それは昨日も授業の様子を見ていたからわかるが、余白のスペースがあまりない。
青丸で囲われている部分が代わりにあって、それはどうもコラムらしい。
自分で調べてか元から知ってたか、アレだやる気に満ちているご様子。
科学好きなのかな?これは意外な共通点。
生物倫理について色々語れそうだ。
聞きたくもないんだろうけどねっ。

そんな些細な情報はいいとして、特にヒントは得られなかったので次に押入れを開く。
中は布団(私に使わせてもいいのよ?)、子供の頃に使っただろうおもちゃだの洋服だのが入っている。
それだけなら普通だ。
下の段の最奥、明らかに不審な銀色の四角いものがある
それはダイヤルロック式の金庫だった。
番号なんてわかるわけないから手にとって調べてみる。
持ち出してみると、中は軽い。
振ってみるとガランガランと金属が反発する音がする。
揺すれば細長い形状なのもわかった。
ふむ……。
……ナイフ?
多分そういう刃物なんだと思う。
…………。

「こんなもの仕舞ってる人が、絶望してないはずないでしょーがっ」

まったくもう、とごねて順序を元の通りに押入れに戻して行く。
まぁ、収穫は少しあった。
友人関係を敬遠するのはあの刃物が関係しているのだろう。
あとは何かアルバムでもあればその友人の特定ができるのだが、生憎あいにくここにはなかった。
別の場所を調べてもいいが、お母様に認識されている以上勝手に調べてるのが見つかったらまずいし、大人しくするとしよう。
というか、真和が寝てるんだから私は別に今ここにいなくていいし、他の人に希望を与えてくるとしましょうっ。

寝ている真和を起こさないよう忍び足で家を出て、私はぼちぼち困っている人を探した。










女の子が居た。
16〜18歳と、同い年くらいだった。
5〜6階になっている塔状の薄暗い図書館の1階、その誇りだらけの地べたに寝っ転がって楽しそうにレポートを書いている。
だが突如、恫喝に近い通達があった。
国内で起こり出した謎の病気、これを解決せよと。
そこで少女は友人と共に、赤い扉に向かって旅に出ようとーー。
……。
…………。



突如浮上した意識。
ぱっちりと開いた目に映るわ加減なく容赦のない天井から下がったペンダントライトの光。
……寝ている位置が明らかにおかしい。
なぜ俺が、部屋の真ん中で寝ている?
床を掴む。
いつものベッドの感触ではなく、硬い布の感触。
……これは布団だ。

起き上がってベッドの上を見る。
俺の枕を抱き、笑顔を見せて横向きに眠るカムリルの姿があった。
……このクソ妖精……。

「……あれ?」

しかも奴の近くには開いた状態の俺の携帯が。
別にやましいものはなにもないが、何か勝手に契約・登録とかしてないかとチェックをーー。

「…………」

ブラウザの履歴を見ようとして、その前に待ち受けで手が止まった。
待ち受け、変わってる。
しかも俺の寝顔だ。
額に大きく『100点!!』と書かれ、瞼の裏に書かれた目が爛々としている。
これはつまり……。
……うん。

携帯を閉じ、静かに机の上に置いた。
つまりこれはあれだろ?宣戦布告ってやつだろ?
いいだろう、相手になろう。

「ふんっ」

がむしゃらに机の引き出しを開ける。
昔から年賀状書く時に使っているスタンプのインクパッド、そして修正液を取り出す。

「俺のアートを刻んでやるぜ」
「はうっ!?なんか悪寒がっ!?」

良いタイミングでカムリルが飛び起き、俺の格好を見るや笑い出した。

「ぶははははっ!?ひゃっ、100点!なにしてるのよぉお!あはははははっ!!」
「…………」

確かに、俺の格好は面白い。
顔には100点!!と大々的に書いてあり、手にはペンとスタンプのパッドと修正液。
でも面白いからといって、こいつにだけは笑われたくない。
と言う事で、

「覚悟は良いよな?」
「え?あ、いや、ごめんなさいっ!?」
「謝って済むと思うなよっ!!」
「うぎゃぁああああ!!!助けてぇええ!!!」

その後カムリルは、リアルに真和色に染められたのであった。



続く

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