-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/1/妖精と少年と

はるか遠い異世界で、酷い病気が流行りました。

人を――すると発症し、体が真っ赤に腫れ上がって死んでしまう病気。

誰もが絶望に暮れ、――が無いのなら何のために生きてるのかと、自分の手で死ぬ者もいました。

人々を悲しませるその病気を、1人の天才少女が止めようとしました。

少女は天才であっても、魔法使いではありませんでした。

しかし、魔法は1つ使えました。

使えるのは、ただ“同調”して体を見ること、これだけです。

少女は何万と“同調”を繰り返しました。

“同調”し、研究し、それだけを繰り返してきたのです。

数年が経ち、心と体を見続けてとうとう原因を解明しました。

しかし、その時の少女はあまりにも体が赤く、“救世の女神”として崇められる頃には、死んでしまうのでした――。










誰がやったんだろうって、ずっと考えていた。

犯人は俺じゃない。

なのに2人は俺を犯人だと決めつけて、非難した。

あの状況ならそう思われたって仕方ないのはわかるけれど、俺じゃない。

それを示す証拠がなくても、俺じゃない……。

そのうち2人は口も聞いてくれなくなった。

親友、その言葉は嘘になった。

噂になったのか、いろんな人が俺を避けるようになった。

違う。

違う、違う、違う。

やったのは、俺じゃない――。










「――とっとっとー」

木靴を踏み鳴らし、純白の振袖を広げながら小道を歩く。
ゆらゆらと踊りながら、人通りのない道をぶっきらぼうに歩くのは細やかな楽しみだから。

「……おやおや?」

向かいの道端から、閉じこもった少年を見つけた。
心に鍵を掛けて、生気の抜けた瞳をして、傾斜の緩やかな陽光を浴びてトボトボと学校からの帰路を歩んでいる。
癖っ毛のある髪はなんとも私の好みに合っているが、あの瞳は頂けない。
絶望に暮れた、あの瞳は――。
だから私は、羽根を広げて少年の前に立った。
だが、少年は私に気付かない。
だって私は、妖精だから――。

「……可哀想に」

後ろから、彼の背をそっと抱きしめる。
少し筋肉のある体は私にとって抱き心地が良く、軽いこの体をゆっくりと運んでくれる。

「――“同調”」

そして、“同調”を発動する。
“同調”――対象の心と体を診る力。
そして、妖精の私には気持ちの共有や授受、つまりは希望を与えられる。
これが妖精としての私の役割。
だから、さぁ。
私はゆっくりと、瞼を閉じる。
心と心を、繋ぎ合わせるように――。

バチンッ!

「――ッ!?」
「!!?」

“同調”が、弾かれた。
思わぬ出来事に尻餅をつき、同時に少年が振り向いた。

「な、なんですか?」
「え!?な、なんで見えるの!?」

驚愕のあまりに叫ぶ。
姿を見られている。
いや、それだけなら広いこの世界で何度かあった。
だけれど“同調”に失敗し、その後に見えるという事例はこれが初めてだ。

「……えーっと、取り敢えず、手入りますか?」
「あ、うん」

伸ばされた手を掴み、立ち上がる。
妖精をやって早10年、まさか人間に気を使われるとは思わなかった。

「それで、俺に何か用ですか?」
「う……」

言葉に詰まる。
私は妖精です、貴方に希望を与えます、なんて言ったらどうだろう?
間違いなく軽蔑される。
希望を与えるのに、私はなんて悲しいんだろう……。

「私は妖精。貴方に希望を与えるために参じたの」

それでも、言うのだけれど。
言い訳なんてないから。
案の定少年は私を残念そうに見て、ため息を吐いた。

「……宗教かなんかか?」
「ううん、私は妖精。って、言ってもわからないだろうから証拠を見せてあげる」

ポンッと音を立てて、煙幕が私を包み込む。
煙が晴れると、全ての物が大きく映り、特に真和の呆気にとられた顔が巨大に映った。

「どう?信じる?」
「……あー、うん。信じるよ……」

今の私は身長15cmぐらいしかない。
喋って動いて、羽根を動かして彼の前に飛んでいるのだから信じないというわけにもいかないだろう。

確認もしてもらったので、同じ容量で人間の姿に戻る。
視点は大きく変わり、体にあった浮遊感覚も消える。
やっぱり、この人間の姿のほうが私にはしっくりくる。

「それで、希望……?」
「そう。私は希望の妖精なの。でも、今貴方に希望を与えようとしたら、何故だか失敗しちゃって……」
「……そうなんだ」

なんでもないように少年が言う。
失敗と言われてもピンとこないのだろう。
さっきまで私が見えてなかったんだから。

「失敗したなら、別にいいよ。希望なんていらないし……」
「何を言うかっ。希望が無いなんてなんのための人生なのよ」
「……知らんけど、俺は現状に満足してんだ。勝手に干渉するのはやめてくれ」

そう言って彼は踵を返し、また歩き始めた。
当然私は少年の後をついて行く。
あそこまで言われて引き下がれませんよ、ええ引き下がれません。

「……ついてくんなよ」
「残念でした。希望は不屈です。いつでも貴方の側にあるのですよっ!」
「希望ってストーカーなんだな。知らなかったわ」
「うん。なんていうの?切っても切れない運命の男女の中!みたいな?」
「……言ってて恥ずかしくねぇの?」
「今のは自分でも引きました、ハイ」

ドヤ顔で言うと少年は頭を抱えた。
よし、取り敢えずの引き止めは成功。

「……お前馬鹿だろ?」
「根拠もないのに馬鹿とな?私が天才とも知らず言ってくれる」
「はいはいっ、天才天才」
「軽いっ!私の知能にもっと興味を持つんだ!ほら、“カムリルちゃんてんさぁああいっ!”って叫んで!」
「よーしっ、帰って宿題やるかー」
「わーっ!待って待ってー!」

私なんて居なかったみたいに歩いて行く少年の裾をガシッと掴む。
あまりふざけ過ぎるとスルーするのか。
少しは自重しよう。

「……マジでついてくんの?」
「【これさえあればいつでも安心!】で有名なカムリルちゃんがついてきちゃ不満?」
「…………」
「パ、パンチラとかサービスするよ?」
「いらんわっ!」
「ぐはっ……」

心にダイレクトダメージを受ける。
恥ずかしがっての拒否じゃなく、マジの拒否ですよ。
お姉さん涙でちゃう。

「……はぁ、もういいよ。どうせついてくんだろ?」
「うんうん。今まで逃がした人間の数は0だからねっ」
「ひでぇ自然災害と遭遇しちまったもんだ……」
「私ついに災害にランクアップ?いやはや、照れるわ~」

……いやいや、私は希望を振り撒くのであって災厄じゃないよ。
拡大解釈するなら“とても美しい女神様と遭遇してしまった”って言って欲しいわね、うん。

「というわけで、暫くよろしくね。お名前は何ていうの?」
「教えないとダメか?」
「教えなかったら“男の勲章ゼータ”って呼ぶけどいい?」
「……湖灘真和こなたまおだ。好きに呼んでくれ」
「おっけー。私はカムリル。よろしくね、男の勲章、ゼータさん。どーでもいいけど、ゼータって小文字で書くの難しくない?」
「…………」

梅干しみたいに顔をすぼめるゼータ。
好きに呼んでくれって言ったのは自分じゃん?
男の勲章……いやぁ、これは恥ずかしいよねぇ。

「……真和って呼んでくれ。一番呼ばれ慣れてる」
「おっけっけー♪よろしくね、真和っ」
「……おう」

何か疲れている真和の手を強引に掴む。
握手を交わす事、これぞ友情の証。

「貴方に希望を与えるため、少しの間一緒に居させてくださいねっ?」
「……不肖だけど、わかったよ……」
「あははははっ。ありがとーっ♪」

真和が髪を掻きながら渋々承諾しても、私は元気に笑みを返す。

「それじゃあ、真和の家にしゅっぱーつ!」
「いや、お前は帰れよ……。家とかねーの?」
「妖精に家なんてアリマッセーンッ。だからお願いします泊めてくださいもう地面で寝たくないですっ」

地面に頭をつけて懇願する。
睡眠も必要ないからいつも寝てないんだけど、とにかく彼の情報が欲しい。
ついでに家でエロ本の一冊でも探してくれるわっ!

「……流石に可哀想だな。でも母さんがいいと言うか……」
「いや、基本私は人に見えないから気にしなくていーよ?」
「は?俺は見えてるだろ」
「ねっ。それほんと不思議」
「…………?」

真和がよくわからんと言った様に肩を竦める。
私もそんな気分だ。
なーんで“同調”失敗した挙句姿見える様になるんですかっ。
暇な時に神様にでも訊こう。

「嘘くせぇ……」
「信じなくても良いよ?どうせついて行くから」
「……だよな。まぁ、見えたらお前はストーカーで犯罪者なわけだし、俺としては構わねぇよ」
「ん、じゃあいこー!」
「はいはい……」

乗り気でない彼の肩を押し、私達は真和の家に向かった。
もうすぐ沈みそうな夕陽が私達の色の薄い影を伸ばしている。
行きゆく径の中で会話の一つもなく、私は呑気に鼻歌を歌う。
あまり、彼に直々に詮索を入れると暗い空気になっちゃうから。

「おおっ、あれは“湖灘”って漢字ではないか。真和の家でしょ?」
「そんなわかりきってること、訊かなくてもいーだろ」

そっけない彼は私を置いて家のドアノブを回して屋内へと姿を消して行く。
隣にいくつか同じ様な造りのある、一般的な家。
黄色い壁色、正面からだと細長く見える家、湖灘家。
ふっ、私が今から占領してくれる……!

ガチャン。

「……Oh?」

…………。
…………。
……!?

「ままままま、真和さん!?鍵閉めたなぁああ!!?」

ドンドンとドアを叩き、猛反抗。
叩いたドアの先には、人1人分ぐらいの重さがあった。

「うっせーなぁ……。今日は風強くて嫌になるぜ……」
「うわぁああああすぐそこに居るくせに無視するぅううう!!!」
「さて、宿題でもやるか」
「え、ひどっ!?」
「…………」
「……もういないっ!?」

ドアの向こうはうんともすんともしない。
ドアに耳を当てても何の音もせず、はたから見れば私は完全に頭のおかしい人だった。
姿が見えないのは幸い……とも言い切れない。
真和に見えてるし、誰にでも見える様になってると?
あっ、子供通った!
よし、こっち見てない!よしよしよしよし!!

「フッ、私は人あらざる存在……見えない命なのよ」

見えない事が確認できた事で腰に手を当て、歯を光らせる。
なんの自慢にもならないのに、私は何やってるのだろうという自己懺悔は後でしますっ、はい。

「さて、と……」

改めて扉と向き合う。
私が触れていたからあまり冷たく感じない無機質な鉄の板。
こいつはどうしたものか、なんていうのは人間の問題。
私は立ち往生をしていたが、実際こんなのはどうとでもなるのだ。
何故ならーー

「真和さんは希望を捨てました。しかし、希望は不屈です。よって壁をすり抜けます。どぉりゃあああああ!!!」

壁なんてすり抜けられるから。
私はおよそ女性とは思えない様な雄叫びをあげながら扉を通過する。
そして華麗に決めポーズ。
ガニ股で両足のつま先を立たせ、手は頭の上で両手ともにピース。
完璧だった。

カシャッ。

「…………」
「…………」

…………。
…………。
……!?

「真和さん、何してるんですか?」
「いや、妖精って写真に撮れるのかなって思ってさ」
「…………」
「まさかあんなポーズで入ってくるとは思わなかったけどな、うん」

言って、私に携帯の画面をまじまじと見せつけてくる。
そこには希望ならぬ、絶望が映し出されていた。

「……うわぁああああああ!!!」
「うおっ!?」

私は恥ずかしさのあまりに泣きながら扉の向こうにあるお外に飛び出した。
羽ばたいて空に舞い上がり、どこまでも遠くに消え去ったのだった。



続く

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