異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

  その後、コリンをガイドとし、心に軽い傷を負いながらも町を練り歩き、、最後には家にまで上げてもらっていたらすっかり遅い時間になってしまった。八時に点呼があるので、まだ七時くらいと少し時間はあるが、念のためおいとますることにした。長居するのもよくないしな。

「ありがとうなコリン」
「はいっす! またいつでも!」

 別れを言った後、ミア、ティミーと共に夜の街を歩く。
 辺りはすっかり暗くなり、町を照らす街灯と民家から漏れる光のみがかすかな光源だ。

「しかしコリンがこの町に住んでいたとはな」
「世界って案外狭いよね」
「まぁでも実際、俺らが思ってる以上に世界は……」

 当たり障りの無い話だが、思わず口をつぐんでしまう。
 感じるのは違和感。いや、胸騒ぎか。何やら不穏な殺気が頭をかすめる。
 足を止めると、数歩前に出た二人がこちらを振り返る。

「アキ!」

 どちらが叫んだのかは分からない、ただ言えることは、それがなければ恐らく今頃俺は死んでいた。
 頬を切ったのは微風。咄嗟に身体をずらすと、銀色の光を放つ物体を確認。俺のすぐ側を刃が振り下ろされていた。
 一撃で仕留めることに失敗した黒い影は大きく飛翔し回転。ティミー達の少し先へと着陸する。
 俺は剣の包帯を解き、二人の前へと身体を滑り込ませた。
 街灯に照らされているのは黒い衣に身を包み、逆手に刃を構えた人間。

「忍者……」

 その単語が口をついたのだった。
 その忍者は形勢が不利だと判断したのかこちらを一瞥すると、脇道へと身体を潜り込ませる。
 追うべきか、追うべきではないか。ただ身なりが忍者のようだという事は気になる。もし弥国も日本の昔みたいな街並みがあるのなら、忍者という存在がいても不思議ではない。
 弥国というワードに思い浮かぶのは黒ローブの組織。心の内に小さな黒点が生まれる。

「二人はバリクさんに知らせてくれ」

 それだけ言い残すと、生身の剣を腰に引っ提げ忍者の後を追う。
 細い路地の先に忍者の姿を確認できたが、既に距離はけっこう開いていた。
 流石は忍者、足が速いらしい。体力じゃまず勝機は無い、となるとあれを使うしかないか。

「フェルドフルーク!」

 またの名をファイアジェット。やはりファイアジェットじゃ身が締まらないと考え、名称を変えてみた。

 四肢から噴き出す赤い焔。最高出力で放たれたそれのおかげで、身体が浮き上がり、前進。忍者との間合いが少しずつ縮まっていく。わざわざ紺ではなく赤にしたのは万一町に被害が出ないようにだ。耐熱性がありそうな壁ではあるが、何が起こるとも知れない。

 空気を切り裂きながらの猛追。そのかん、突如忍者が左方へと方向転換。すかさず四肢を前に突き出し勢いを相殺、忍者の行く道へと引き返す。

 幸いにして民間人と出くわさないまま、しばらくの一連の動作を続けていると、不意に視界が開いた。
 周りは暗い森。後ろでは木々の間から明かりが漏れている。どうやら町の外に出たらしい。だが先ほどまで捉えていた忍者の姿が見当たらなくなっていた。
 急停止し周りを確認する。

「どこだ?」

 逃げられたのか、それともどこかに潜んで……。
――――ざわ
 思考を遮るかのように頭上の葉が揺れる。反射的に剣を上に向けて振るうと、刃と刃のぶつかる金属音が耳を貫く。

 忍者から放たれた斬撃だった。その細身の刀剣からは想像のつかない重さだ。唐突に繰り出された頭上からの襲撃に、心地の悪い汗が背中を濡らす。
 なんとか力で押しやると、忍者は宙で回転。俺との間合いを取りつつ逆手の刃を光らせる。

「何が目的なんだ?」
「…………」

 問うてみるが忍者からの応答はない。
 ……まぁそりゃそうだよな。ただ忍者という職業上、誰かしらの命令を受けて動いてるとみて間違いないはずだ。黒ローブの組織の手の者か、あるいは別の誰かか。まぁでもやっぱり、目の前のこいつが日本と同じような忍者なのかは確定できないわけなんだけど。

「我らが任務に貴様の排除も存在する」

 何も答えないのかと思った忍者だったが、それだけ言うと後方へと飛翔し、こずえの中へと身を隠した。
 俺の排除も任務のうちって、そこまで恨まれる事なんかしましたっけ俺……。
 思い当たり節を探していると、梢の中から黒い影が飛び出し別の木へと飛び移った。まぁ場所が分かれば頭上からの攻撃も……。

「……ッ」

 背後から枝が踏み折られる音。すかさず振り返り剣を薙ぎ払うと、俺の刃は何かとぶつかり火花を散らす。
 鮮やかに後転する影は、梢に身を潜めていたはずの忍者だった。

「いつの間に……」

 唖然としてる間にも忍者は暗闇に身を隠す。先ほどの事があるから警戒は解かない、解けない。
 時を置くことなく左方に気配。先手を打つためクーゲルを発射。
 魔力弾に激突された木は、煙を上げ、音を立てながら倒れこむ。その先に人の姿は、無い。
 後方から殺気。即座に右方へ回転、回避。先ほどまで俺のいた場所を、数本のくないが通過。

「そこか! クーゲル!」

 くないの飛んできたと思われる方向に魔力弾の連発。そのうちいくつかに手ごたえ。
 現れた人影は、致命傷ではないようだが、肩と足をを押さえているようだ。とりあえずあいつを生け捕りにできれば。

「騎士魔法【cautirictioカウティリクシオンns】」

 忍者に向けて突き出した指輪にあかい光が宿る。カウティリクシオン、敵を捕縛する騎士魔法。発動までに少し時間を置くが、これに捕らわれれば上位騎士にしかそれを解くことはできない。なので間違えて味方にでも打ってしまえば少々大変な事になりかねないが、わざわざそんな真似をする奴はいない。
 あと数秒もすれば忍者は魔力の鎖によって拘束されるだろう。でもなんだ、この何かひっかかる感じは……。

 刹那。

 視界の端で何かが駆ける。騎士魔法の発動を中断、目線を左へ。迫ってくるのは忍者。逆手に持たれた刀剣が月明りを映して不気味にきらめく。目線を右へ。同様に向かってくるのは、忍者。

 そうか、この引っかかる感じはこれだったか! あの忍者は「我ら・・が任務」と言っていた。つまり敵は複数。だとすればあのトリッキーな立ち回りも納得がいく。
 冷静に考えれば分かる事だった。だが生憎俺は実戦経験が薄い。まだまだ青二才だ。証拠に……いや反省は後だ。今はこれをなんとかしないと。

「頼む!」

 右方から迫る敵の素早い一振りは、学院で培った剣術で受け流す。左方から迫る敵の一振りは腕で受ける。騎士団の装備に賭けたのだ。

 片腕に凄まじい熱。だが幸いにして取れてしまったわけでは無さそうだ。深めには食い込んだが致命傷とはまだ遠い。

 左方の忍者はすぐさま仰け反り、後転。俺との間合いを取ったが、右方の忍者はよろめき、前傾体制になっている。
 好機。その背中に斬撃を見舞う。俺の剣は切れ味が悪い。胴体は真っ二つにはならず、忍者は背中に軽い傷を負い、地面に叩きつけられるだけとなった。まだ死んでなさそうなので少しホッとする。

 だがそれも束の間、すぐさま反撃に切り替えたらしい、もう片方の忍者から放たれたと思しき手裏剣が数個飛来。
 フェルドクリフの高速展開。紺色の炎の壁を形成。無詠唱により、いつもより壁は薄いが、手裏剣を防ぐには十分だ。

 しかし足首に痛み。目線を落とすと、一本のくないが刺さっていた。投擲されたであろう方向に目を向けると、先ほどクーゲルを受けた忍者が殺気の籠った眼でこちらを見つめていた。
 やっぱり三人だと分が悪いな。今は気を失っている足元の奴もいつ起きるか分からない。生け捕りは諦めて早いところケリを付けた方がよさそうだ。
 手始めにくないを投げた忍者に向けて剣を向ける。

「ケオ・テンペス……」

 言いかけて止める。……放てない。
 人間だ。目の前にいるのは人間だ。今まで実感もなくどことなくふわふわとした感じで魔術を使っては敵を排除した。その中にはもちろん人間もいる。

 だが幸いというべきか、今までなんとか人を殺めずに事は収束してくれた。今これを放てば間違いなくあの忍者は仕留めることができるだろう。でも果たしてそれをしてしまってもいいのだろうか? 今になって葛藤が生まれる。皮肉にも余裕から現れた感情だった。

 殺せ。殺らなければ殺られるぞ。

 どこからか声が聞こえた気がする。でも殺すって言っても人殺しだろ?

 殺せ。殺らなければ殺られるぞ。

 ……いや、でも。

 殺せ。殺らなければ殺られるぞ。

 自制を無視し、声は脳内を反芻する。
 既にフェルドクリフは消失している。左方からは忍者が刃を向けながら突進してきていた。
 そして歪む視界。何故か焦点が定まらない。
 もしかして毒か。確か忍者は毒を塗った刃を使う事もあると聞いた事がある。くないに塗っていたのか、はたまた刀剣に塗られていたのか。

 このままだと間違いなく死ぬ。でもこれはこれでいいんじゃないだろうか? ここで死ねば俺はなんのとがも無く天命を全うできる。
 ……だが。
 こいつらは黒ローブの手先と推定。つまり、かたきだ。

「殺せ!!」

 気付けばそんな言葉を叫んでいた。
 剣を足元の忍者の心臓へ突き立てる。右手、左手をそれぞれ前方の敵、左方の敵へと向ける。

「ケオ・テンペスタ」

 両手から放たれるのは凄まじい業火。炎は高速旋回しながら二人の忍者を貫くと、両者は一瞬のうちに灰となる。
 悪臭は無い。臭いすらも起こさないほど紺色の焔は強いから。
 転がるむくろから剣を抜き、グラグラとする視界、倦怠感と戦いながら町の方へと歩いていく。
 まさかこんなに毒が効くとはな……。

「アキ!」

 歩くことはおろか、立ってるのも困難になってきたところ、少し先から聞こえた、よく知る声に安心感を覚える。

「ティミー、か」
「大丈夫!?」
「死なない、程度にはたぶんな」

 吐き気と戦いながら、くないが足首に刺さったのに気づき抜く。

「待ってその刃物。毒? ……すぐに・・・…………」

 暗転。
 意識が闇へと吸いこまれる。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品