異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

メールタット

 鳥の鳴き声、吹きしきる潮風。青空と白の建物の調和がこの町を見事に彩り、耳をすませば海の水の音が聞こえる。

 騎士団鉱脈調査二日目、現在はお昼時で、各自自由に行動する事になった。
 今いるのは海辺の町メールタット。大陸随一の高さを誇る山々が連なり、鉱脈調査対象のノルストクルム山脈を隔てた、隣国ノルトヴェステンとの貿易の拠点であり、ある程度の自治が統制された街でもある。

 騎士団はここから最近新たに開かれたメスト街道を通り、ディーベス村へと行く予定だ。ただ、今進むと夕暮れまでに村に到達することが不可能と思われるので、今日はここに泊まることになっている。騎士団としては野営はできるだけ避けたいらしい。夜には魔物が出現しやすいというのもあるが、やはり大きな要因は黒ローブの組織の事だろう。

「アキすごい、海だよ海!」

 ティミーが木の桟橋の上で目を輝かせている。
 今は平団員とは違いまだ仕事があるというミアを待ってる最中だ。この後適当に街をぶらつく予定。スーザンも誘ったのだが、わずかな時間でも惜しいと言って槍を携えてどこかへ行ってしまった。ハイリといえば町を入るやいなやどこかに駆けだしたので放っておいている。

「そうか、お前見るの初めてだもんな」
「え、アキは見た事あるの?」
「い、いや無い」

 危ない危ない。いつも忘れそうになるが俺はこの世界で記憶喪失、十歳以前の記憶が無い事になってるもんな。

「ふーん、ほんと……?」

 なんでそんないぶかし気にこっちを見るのティミーさん! そんなどうでもいい事掘り下げたところで誰も得しないぞ! やれやれ、こいつたまに鋭い洞察力を発揮するからな。どうしたものか……。

「いや、実はあった、というかあった気がするんだよな。心の深層がそう語りかけてくるんだ」

 よくもまぁ即席でこんな臭い事を吐けたな俺。

「……もしかして記憶が戻りそうって事なのかな」
「さぁな」

 そもそも記憶喪失自体が根も葉もない嘘なので適当に答えておく。
 しばしの沈黙。

「ア、アキ」

 不意にティミーが口を開いた。その瞳は何故だか少しだけ潤っている気がする。

「どうした?」
「そ、その……き、記憶が戻ってもずっと一緒にいてくれる?」

 時が止まる。世界が灰色の染まっていく。サファイア色に輝く海も、鮮やかな黄色で照らす太陽も、純白の街並みも。
 しかしそれは一瞬、次の言葉で世界はまた元の色彩を取り戻す。

「あ、いや、えと、ず、ずっと友達でいてくれるかな、っていう意味だよ!?」

 顔を真っ赤に、慌てて弁明するティミーに意図したわけでは無いが口元が緩む。

「当たり前だろ? もし昔の俺がいっぱいの友達に囲まれて過ごしてたとしても、今じゃその誰よりもお前は友達だ」
「そ、そっか……」

 少しうつむき加減のティミーの表情はうかがい知れない。

「ごめんティミー、待たせちゃったわね」

 そこへ後ろから声がかかり、ティミーが顔を上げた。たぶん笑っていたと思う。

「全然大丈夫だよ」
「そう、ならよかったわ。……その、ありがとう」

 ミアは何故か目をそらし頬を紅く染める。やれやれ、まだまだうぶだなこのお嬢様は。
 いやそんな事よりさ、さっきティミーだけに謝ったよね? 別にいいんだけど、アキヒサやっぱり悲しいな!

「俺もいるぞー、ミア」
「それがどうしたっていうのよ」

 ばっさり切り捨てられる。
 遠回しにアピールしてみても無駄だったようだ。俺には当たりきついんだよな……。

「とりあえず行こっか」
「そうね、行きましょう」

 二人が歩き出したかと思えばふとその足を止める。

「あれ、ミア先輩にティミー先輩……。あとアキ先輩じゃないっすか!?」

 懐かしい声だ。また学院の事を思い出す。

「コリンじゃないか」
「やっぱ先輩方でしたか! 久しぶりっすね!」

 声をかけるとコリンこちらにパタパタと駆けてくる。

「この制服は、もしや騎士団では!?」
「まぁな」
「いやぁ、アキ先輩がまさか騎士団に入ってたとは、流石すぎっす! ティミー先輩もミア先輩も騎士団なんすよね!?」
「一応そうだよ。ミアちゃんは上司にあたるんだけどね」
「マジっすか!? 凄すぎっす!」

 相変わらずのハイテンションに、思わず苦い笑みがこみ上げてくる。ただ昔は少しばかり辟易しそうになっていたこのテンションも、今ではとても心地が良い。

「別にそういうのじゃないわ、ただグレンジャー家の娘として監視役に任命されてるだけよ」

 おや、ミアなら当たり前よ、私はグレンジャー家の云々言いそうなものなのに。

「まぁでも確かに、ティミーはともかくアキよりは上ね!」

 ミアはこちらを一瞥し言い放つと、威勢よく髪をかき上げる。

「どういう理論だよそれは」

 少しは成長してると思ったのにこのザマだよ。いやそもそも俺が嫌われてるだけだったりして……。

「そういえばコリン君は何でこの町にいるの?」

 ティミーが尋ねる。それは俺も聞きたいところだった。

「あ、言ってませんでしたっけ、この町メールタットが自分の故郷なんすよ」
「え、嘘だろ!?」
「アキ先輩に嘘つくわけないじゃないっすか~」

 という事はコリンの姉であるあかり――キアラの故郷でもあるという事だ。

「なぁコリン」
「どうしたんすかアキ先輩」

 この先を聞いても良いのか、ひょっとして爆弾ではないのか。キアラの事を伝えた時、コリンだけはへらっとしてみせた。でも心の中で一番驚いたのはコリンじゃないんだろうか? 
 そんな葛藤が生まれるも、ここは意を決して尋ねてみる事にした。

「その、キアラは帰ってきたりは……」
「いやぁ、それがまだなんすよねぇ、まったく、姉ちゃんはどこで何をしてるんだか……」

 予想とは裏腹に、コリンはとても軽い調子で言い放つ。何故そこまで笑っていられるんだろうか?

「……コリン、野暮な事を聞くかもしれないけど、寂しかったりしないのか?」

 恐れつつも訊いてみると、コリンは少し考えるそぶりを見せる。

「寂しくないって言ったらウソになるっすけど、まぁ姉ちゃんだし仕方がないかなと」
「仕方がない?」
「今日に始まった事じゃないんすよねこういうの」
「え、どういう……」

 今日に始まった事じゃないって、昔から何回もこういう事があったのか?

「いやね、姉ちゃんって昔から行動力が半端じゃなくて、しょっちゅう旅に出てたんすよ……長くて三か月」
「三か月!? それまたどうして?」
「ちゃんと聞いた事はないんすけど、たぶん観光だと思います。証拠にお土産が無い日は無かったっすからねぇ」
「へ、へぇ……」

 待てあかり、お前は転生して何をしてたんだ……。いやまぁ確かに昔っから色んなところに連れまわされた覚えはあるよ。その多くの目的がグルメだったな。この世界でもそればっかやってたのかもしかして。

「しょっちゅう地域の食べ物の話を持ち込んでくれましたねぇ」

 グルメだ! グルメ目的だ絶対! 転生ライフどんだけ満喫してたんだよあいつ。

「確かにキアラちゃんらしいかも……」
「そうね……」

 キアラの食べる事好きは全員の知るところにある。二人も今回の旅はそれが目的だと結論付けたようだ。旅に出たくらいしか伝えてないからな。
 ただ今回の彼女の旅はそういう目的ではないと俺は知っている。ただもし、そんなくだらない目的の旅なら、どれだけ嬉しい事か。
 その可能性は絶望的だろう、ただ心のどこかで期待する自分もまたいた。



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