異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

気ままな吟遊詩人

  これは幾年もの時を経て受け継がれた物語である。
 かつて天界には武と知を兼ね備えたジュダスという名の熾天使が存在した。しかしそれ故か、彼はの天使に無き感情、即ちおごり、欲と呼ばれる負の感情を持ってしまったのだ。
 本来天使とは神の作りし光の存在。闇の要素を持つことはあり得ないのである。それでも何故、その感情を持たなければならなかったのか、この世界の主、女神ロサも理解しえない。
 そして彼は元々持ちし知恵、さらに武勇を振るい、事もあろうか天界の大半を味方につけた。
 彼は勝ちを確信する。女神ロサはこの世の全てを創り上げた存在、しかし我はそれと同等以上の力を付けたのだと。天界はこれを機に長い混沌の時を歩むこととなった。これぞ世に言う天獄戦争である。

「なるほど」

 王立の図書で見つけた『天獄戦争』という本、なかなか興味深い。あれだよな、こういう神話モノとかはやっぱり面白いよな。心が躍るというかなんというか。いや前の世界でグリモアとか作ってたからじゃなくて、純粋に文学としてね?

「少し前ぶりですね」
「うお!?」

 いきなり声がかかったので図書館だというのに何事かと声を上げてしまった。
 人々の目線が俺を刺し、ティミーが向こうの本棚から顔を覗かせる。

「すみません、少し驚かせてしまったようですね」
「ダウジェス……お前、旅に出てもうここに戻ってきたのか?」
「はい、私とした事が忘れ物をしてしまいましてね」
「そりゃご苦労だな」

 本当に自由奔放というかなんというか……。姿も性格も昔となんも変わらないな。

「ダ、ダウジェスさんっ、お、おはようございます」

 そこへティミーもこちらに来て挨拶をする。相変わらずの挙動不審っぷりだ。そろそろ慣れればいいと思う。俺なんか半殺しにされたから敬語とかとっくの昔に外してるし。

「ティミーさん、おはようございます。そういえば二人ともその装いは……」

 騎士団の制服の事を言っているのだろう。もし急に呼び出されてもいつでも出動できるように、騎士団員は王都に滞在している間は制服が好ましいという事なので装着している。

「お察しの通りだよダウジェス」
「おお、やはりそうでしたか。アキヒサ君、ティミーさん、入団おめでとうございます」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます!」

 俺は軽く一礼し、ティミーは深々と頭を下げる。

「そういえばアキヒサ君は何の本を読んでいたのですか?」
「ああ、天獄戦争って本だよ。まだ冒頭しか読んでないけどけっこう面白そうなんだよ」

 答えると、ダウジェスは心なしか目を細める。

「天獄戦争……確か女神と熾天使ジュダスにまつわる神話でしたかね」
「知ってるのか?」
「はい、読書は旅の楽しみの一つでもありますから。世界にはこの図書館には無いような本もまだまだたくさんありますよ」

 読書は旅の楽しみの一つか。こいつと気が合いそうだと思ったのは今回が初めてだ。

「創造主であり神。女神ロサでしたか。実を言うと、私はあまり彼女、もとい神の事が好きではありません」
「なんでだよ?」

 ダウジェスにしては珍しい意見だ。と言ってもそこまでこの吟遊詩人のことを知らないので何とも言えないが、少なくとも何かを選り好みするような人物では無いと思っていた。

「私の考えだと神とは常に……いや失敬。さえない一人の思想なんてどうでも良い事でしょう」
「まぁちょっとは気になるけどな」

 率直な意見を述べるとダウジェスは少し意外そうな表情を見せた後、また例の柔和な笑みを浮かべる。

「ではまたの機会にお話しするとしましょう。私はそろそろ行かないといけませんので」

 ダウジェスはこちらに一礼して去ろうとするが、ふと足を止める。

「そういえば前から気になってたのですが、アキヒサ君の剣の鞘は……」
「ああ、裸で売ってたからな。元々は農具として使われてた剣だそうだ」
「農具……なるほど」
「納得するのかよ!?」

 やっぱり剣を農具にする風習でもこの世界にはあるんですかね?

「少しだけ拝見してもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいけど……」

 まぁ誰かに見せて減るもんでもない。
 剣の包帯を解き、ダウジェスに携えていた剣を手渡す。

「ほう……」

 何かを見定めるような、そんな反応を示したダウジェスはやがて剣を俺の元に手渡すと、ほほ笑みながら言った。

「一度機会があれば多くの魔力をこの剣に集中してみてください。そしたら面白い事が起こりそうですよ」

 それではまた、と再度軽く礼をしてくると、ダウジェスは図書館を去っていった。
 多くの魔力を集中、一体何が起こるんだろう? ……まぁ暇があればやってみるか。

「ふぅ……」

 不意にティミーが力が抜けたように息をつく。

「そういえばティミー、もうそろそろダウジェス相手にそこまで緊張しなくてもいいと思うぞ?」
「え、ああうん……そうだよ、ね」
「どうしたんだ?」
「えと、ダウジェスさんがすっごくいい人っていうのは分かってるんだけど、何て言うのかな、ちょっとだけ胸がざわざわしちゃって……」

 胸がざわざわ? え、なに、そういう事? いやでも流石に無いよな? ただ命の恩人であることは確かだし。……一応聞いてみるか。

「まさかお前……ダウジェスの事が、好きなのか?」
「なんでそうなるのかな?」

 即答である。そして絶対零度級のスマイルだ。ティミーの時折見せるこれは恐らく全人類を敵に回しても通用するものに違いない……! 僕はそんな人間兵器じみたものじゃなくてもっと暖かくて可愛いティミーの笑顔が好きだな!





 昼下がり、相変わらず活気に満ちた王都には人が多く行き来している。図書館にずっとこもるのはティミーが可哀想なので、とりあえず商業地区に来ている。
 いつぞや入ったアクセサリー店は今もなお営業しているものの、この剣を買った例の露店は商売をやめたのか見当たらない。基本要素は変わらないものの、やはり時間というのは過ぎていくもので、ちょっとずつ変わっていく様子を見ていくのもなかなか楽しい事じゃないかと思う。
 とりあえずどこに行きたいかティミーに尋ねようとしたところ、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「アキさん、ティミーさん」
「わぁ、アリシアちゃん、久しぶり~」
「はい、お久しぶりです……というほどでも無い気がするのですが」
「おお、アリシアがノリ突っ込みとは珍しいな」
「ノリ突っ込みではありません、たまたまそんな気になってしまっただけです」

 ついで上乗せしてアルドの事をからかいたかったが、いかんせん怒らせると怖いのでグッと飲み込む。さて、バカはよそう。

「悪い悪い。それより何してるんだ? けっこうな荷物だけど」

 見ればアリシアは重そうなカバンを持っている

「要らなくなった本を売りに出そうかと」
「なるほどな」

 中にはけっこうな量が入ってそうだ。

「そういえばアキさんは読書とか好きでしたよね。どこか売るのに良いお店とか知りませんか? いつもの所は今日開いてなくて……」
「ああ、それなら……」

 良い古書店がある。と言おうとしたところ、突如誰かの、否、アルドの声に遮られた。

「お~いアリシアー! やっぱり僕が荷物を持とう! そうだ、どうせなら君ごと抱えよう……ガッ!?」

 颯爽と走ってきたアルドにアリシアのひじ攻撃。顔面にクリティカルヒットし地面に沈みこませる。

「あとついでにこの面倒な人を売るのにいい場所とか知りませんか?」
「ごめん、それは流石に知らない……」
「ティミーさんは?」

 ティミーにまで聞くとか本気でアルドの事売ろうとしてるのか!?

「私も知らない、かな」
「そうですか、残念です」

 心底残念そうですねアリシアさん……。

「……酷いじゃないかアリシア」

 カクカク震えつつ地面からアルドが起き上がる。

「訳の分からない事を言うからです……その、誰かを抱えようとかなんとか」

 あれ、心なしかアリシアの頬が……気のせいだろうか?

「だってアリシアが荷物持たせてくれないから」
「分かりましたよもう……」

 ふてくされた様子のアルドに、アリシアはやれやれとばかりに荷物を手渡す。……もう二人とも付き合っちゃえばいいと思うな!

「それはそうとお二人とも、制服お似合いですね」
「そ、そうかな」

 ティミーが自信なさげに呟く。

「はい、可愛いと思いますよ」

 ぱーっと顔を輝かせた後、ティミーは髪をいじくりながらこちらを遠慮がちな上目で窺ってくる。

「どう、かな?」
「おう、いいんじゃないか?」

 純粋にいいと思うぞ。ぶっちゃけ好みだ!

「あ、ありがとう……」

 心なしか顔が赤い気がするぞティミー! まさか風邪じゃないだろうな!?

「無理をするなよティミー。風邪なら明日休んでもいいんだからな」
「アキ急にどうしたの……」

 いやだって若干顔赤いし! まぁ、元気なら元気でいいんだけど……。

「そうだ、アルドとアリシアはこの後予定あるのか?」

 とりあえず杞憂だったようなので話題を変えてみる。

「この本を売った後一度研究室に戻る予定ですが、その後は特にないですね」
「そうか、だったらついていってもいいか? 後でお茶とかしたいと思ってさ」
「はい、大丈夫ですよ。アルドさんもいいですよね?」
「あ、ああ……」

 悪いアルド。今日の所は目を瞑ってくれ……。
 心の中でアルドに詫びつつ、忘れかけていた良い古書店の事をアリシアに伝えてそこへ向かう事にした。
 

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