異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

謝恩

 間違いない、ダウジェスだ。
 しばらく棒立ちになっていると、まもなく人が散り散りになっていく。

「おや、もしかして……」

 ダウジェスも俺らの存在気づいたらしく、こちらへゆったりと近づいてきた。

「アキヒサ君とティミーさんではありませんか。すっかり大きくなりましたね」

 柔和な笑みは相変わらずだ。
 そしてその表情を見てはるか昔にこの世界へ転移させられた時の事を思い出すと同時に、あの時の記憶がフラッシュバックする。俺はこの人に礼を言わないといけない。

「ダウジェス……。あの時は本当にありがとう」

 誠心誠意頭下げる。何せこの人はティミーの命の恩人と言える人だから。

「頭を上げてください。あくまで私は情報を渡しただけであって実際行動に移したのはアキヒサ君自身なのですから」
「あ、あの」

 そこにティミーも口を開く。

「アキから話は聞いてます。そ、その、ありがとうございました」

 ダウジェスの事はティミーに話してある。緊張してるのか若干声を詰まらせながらもしっかりと感謝の言葉を伝える。

「おやおや困りましたね……」

 ダウジェスは微笑みながらも少々居心地が悪そうな様子だ。あまり感謝される事に慣れてないのだろう。

「どうしたんだ二人とも……ってもしかしてあの時の吟遊詩人か!?」

 なかなか来ないのにしびれを切らしたのか、ハイリはこちらに歩んでくると、すぐにダウジェスを見て驚きの声を上げる。
 そう言えばハイリもダウジェスの事は知ってるんだったな。ティミーが炎魔の病にかかり、俺が何の準備もせず山に踏み入った時、ハイリが現れてダウジェスから話を聞いたというような事を言っていた。

「ディーベス村にいた騎士団の方ですね」
「おう、あの時はほんとに助かったぜ」
「いえいえ、滅相もありません」

 一通りやりとりを終え、つかの間の沈黙が訪れると不意に先ほどの光景がどういう状況だったのか気になった。 

「なあダウジェス、さっき何してたんだ?」

 疑問をそのまま口にすると、ダウジェスは相変わらずの柔和な笑みで答えてくれる。

「少し詩を披露させていただいてたのですよ。私も放浪するためには少々ですがお金が必要になってくるのでね」
「なるほど……」

 確かにダウジェスは吟遊詩人だからな。ごもっともだ。

「ではアキヒサ君達は何を?」

 ああそういえばそうだったな……宿探ししないと。
 ダウジェスに言われ、今置かれている状況を思い出すと、ついついため息が漏れそうになる。

「ちょっと宿探しをな」
「宿探し……?」
「おう。明日この国に用があるんだけど、泊まる宿が無くてな。今全力で探してるんだ」
「ふむ、なるほど……」

 俺の話を聞き、ダウジェスはしばらくあごに手をやり考える素振りを見せると、何か思いついたのか顔をすっと上げた。

「おお、そうだ。アキヒサ君、お泊りはティミーさんと二人ですね?」
「まぁ、そうだけど……」
「分かりました。しばらくここで待っててください。少しアテがあったのを思い出しまして」

 アテがある……? そうか、放浪の吟遊詩人というくらいだからけっこう知り合いが多いんだな。その中にどこかの宿を経営してる人も混ざってるという事だろう。

「すまん、頼んでもいいか?」
「はい、まかせてください」

 やわらく微笑したダウジェスの姿が突如歪んだかと思うと、その姿は虚空へと消え去っていた。
 ……え? これテレポート?

「おい、アキ、ティミー、今あいつ……」
「う、うん……」

 ハイリもティミーもかなり驚いた様子だ。テレポート使うとか何者だよダウジェス……。
 しばらく茫然と立っていると、虚空からまた急にダウジェスが現れた。

「うおっ」

 ハイリには珍しく驚きの声を上げる。

「すみません、驚かしてしまったでしょうか」
「い、いや大丈夫だ」

 ハイリがばつの悪そうに咳払いすると、またいつも通りの平静さを取り戻す。

「それで、アキ達の宿は取れたのか?」
「はい。しっかりと取れました。ここから少し歩きますが宿屋アラバスタというところです」

 その宿の名前を聞くと、ついにため息が漏れてしまった。それはティミーやハイリも同様らしい。
 だって一軒目に俺らが訪ねたところだったから……。

「どうかしましたか?」

 そんな事情は知る由もないダウジェスの頭には疑問符が浮かんでいるようだ。
 まぁでも、ダウジェスがいなければ野宿だったわけだから感謝だな。

「ありがとう、助かった」
「いえいえ、ではそろそろ失礼しますね。また放浪の続きです。アキヒサ君、ティミーさん、それと……」
「そう言えば名乗って無かったな。俺はハイリだ、よろしく」
「ハイリ……明るい印象を受ける名前ですね、ではハイリさんもお二人とも、またどこかで会いましょう」

 穏やかに微笑みながらダウジェスは俺らに背中を向けると、また例ののんびりとした音楽をリュートで演奏しながらこの場から去っていった。
 なんというか、相変わらずどこか掴みどころのない奴だ。
 まぁとにかく宿を得ることはできた。早く宿に行って宿探しの疲れをとる事にしよう。

「ハイリ、アラバスタなら場所分かるから、もう帰っていいぞ」

 あまり突き合わせると悪いからな。

「ん? そうか。じゃあ俺は行くぞ」
「おう、ありがとうな宿探しに付き合ってくれて」
「なんてことないさ。じゃ、また明日な!」
「またねハイリ」

 ティミーも別れの言葉を告げると、ハイリは大きく飛躍し、民家の屋根に当然のごとく飛び乗ると、再度こちらに手を振りどこかへ行ってしまった。





 その後、宿屋アラバスタの店主にダウジェスの名前を告げると、複数のベッドが置いてあるような相部屋で使われる部屋とは別の、宿屋の一角にある個室に案内された。

「本来、この部屋はダウジェスさん専用の部屋なんだが、本人があんたらに使わせてあげてほしいって事だったからな。まぁゆっくりしていきな」

 専用の部屋って何、ダウジェスってけっこうお偉いさんだったりするのか?

「昔、ダウジェスさんには命を助けてもらってね。どうしてもお礼をさせてくれって無理に頼んでこの部屋ができたんだ」
「なるほど、そうでしたか」

 俺が疑問を抱いている気配を察したのだろう、宿屋の店主はそれだけ説明すると、また仕事に戻っていった。

「宿とれてよかったね」
「ああ、そうだな」

 何気ない会話をしていると、ふと違和感を感じる。
 ベッドが一個しかない。
 部屋の内装は赤いカーペットが敷いてあったり、それなりに凝ったものではあるものの、部屋自体は一人用という事もあってかお世辞にも広いとは言えない。たぶん元々あった普通の部屋をダウジェス用に改装したんだろう。
 うーん、一応二人寝れるくらいの広さはあるけど流石に無理だろこれ。

「ベッド一個だけだね……」

 少々顔を赤くしながらこちらをちらりと窺うティミー。どうやら同じくこの事に気付いたらしい。

「一緒に……寝る?」

 ティミーは頬を赤く染め、羞恥からなのか身体を心なしかもじもじさせる。どうにも拍動が荒ぶるのを感じつつ、邪念を振り払うため首を大きく横に振る。
 これは違う、これは反則だ。

「な、なにを言ってんだよ、そのあれだ、スペースとっちゃ悪いしな。うん」
「私はいいんだよ……?」

 濡れた瞳に紅潮する頬、上目遣いで見てくるその姿はまさしく天使のごとし……。
 うわぁ! そういう事言うなよティミー! くっ、こんなにももだえ苦しむくらいならいっそのこと理性の崩壊を黙って傍観するのも悪く……いや悪い、断じて悪い! こういうなんていうの? 不純異性交遊っていうの? 良くない、絶対良くない。

 結局、最後はなんとか理性が俺を制してくれて、自らだけ床に寝る事を決意させてくれた。



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